古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜 作:黒い小説家
男達との喧嘩がようやく終わると少年は女性にゆっくりと近づいて話しかけてくる。
「大丈夫か? 怪我とかしてねぇか?」
一見して見たところ少女の服装や身体に襲われたような形跡はない、どうやらまだ口説かれていただけのようだ。
それから近くで対面して解ったが、少女は本当に美人で、あの男達がナンパするのも無理はないと思うほどに可憐で美しかった。
「……た、助けてくれてありがとう」
見ず知らずの少年に助けられて動揺しているのか、戸惑いの表情を浮かべながら少女は少年に対してお礼を言ってくる。
「別に礼なんかいらねぇよ。困ってる人を助けるのは当然のことだからな。
それじゃあ、気を付けて帰れよ」
そう少女に告げると少年は背を向ける。また他の男達に絡まれるのではないかと心配事は色々あったが何とかなるだろう。
「……まって」
そのまま立ち去ろうかとした途端、少年に何か用でもあったのか、走り去ってしまう前に少女は少年の服を掴みながら声を掛けてくる。
少年は少女が声を掛けてくると思わなかったので少し驚いたが、咄嗟にその場で足を止めて振り向き返答をする。
「どうした? 俺に何か用でもあるのか?」
何か悩み事があるのなら全て早く言って欲しい。本音を言うと明日に備えて自宅に帰りたい気持ちもあるが、何よりもまた他の男達に絡まれる前に女性には一刻も早く家に帰ってほしかった。
少女は如何にも困惑したような表情を浮かべながら少年に向かって問い掛けてくる。
「ちょっと尋ねたいことがあるの。聞いても良いかしら?」
「構わないけど、手短で頼むぜ」
面倒くさそうな表情を浮かべながらも少年はコスプレのような格好をした少女の話に耳を傾ける。
まぁどうせ深刻な事を聞かれる訳ではないだろうと少年は真面目半分に話を聞いてみる。
「ここは何処なの?」
「……はっ?」
妙なことを聞かれた。一体どんな質問をしてくる思えば、ここは何処なのか教えて欲しいとの事だ。
だがそれよりも。ここはどこなのかとは一体どの範囲を示しているのだろうか。県なのか、市なのか。流石に日本にいることは分かっていると思うが。
取り合えずだ、取り合えず県辺りを聞いてみよう。その方が分かり易くて良い。
「どこって、ここは京都だよ京都」
「……きょうと?」
少年の言葉に対して、まるで頭に疑問符を浮かべているような表情をする少女。その様子は『京都』という単語を初めて聞いたような反応だった。
そんな反応を見て、少年もどうすればいいのかと思わず頭を抱えてしまう。
(おいおい、こいつマジかよ…)
まさかと思うがこのコスプレをした少女は日本の都道府県の一つである京都を知らないとでも言うのか。だが普通に考えてみれば日本に住んでいて京都を知らないというのは有り得ないことだ。
しかし少女の困惑した反応は演技とは思えない。恐らく本当に京都と言う場所を知らないのだろう。
京都の事に関してまだ理解できていないのか女性は不安そうな表情を浮かべながらも、再び少年に向かって問い掛けてくる。
「あの、もう一つ聞いても良いかしら?」
「……はいはい、今度はなんだ」
次はどんなぶっ飛んだ質問をしてくるんだよ、と言いたそうに少年は呆れ果てたような表情を浮かべながら返答してくる。
「あなた、幻想郷と言う場所をご存じかしら?」
「はぁ? げん…そう、きょう?」
今度は聞き覚えのない単語が飛び出してくる。
もはや幻想郷というものが一体何なのか全然わからない。しかし恐らく少女の言う幻想郷とはどこかの地域の名前なのだろう、しかしそんな地域の名前なんて見たことも聞いたこともない。
「悪いけど、そんな場所は知らねぇよ」
思わず素っ気ない態度で答えてしまった少年だが決して悪気があった訳ではない。京都を知らない素振りを見せられたり、いきなり見知らぬ土地の名前を口にしたりなど。そんな少女を目の前にして、少年も少なからず困惑していたのだ。
だが自分でも今の態度はちょっと冷たかったと思い、少しだけ罪悪感を覚え始めると、
「ごめんなさい、急に変なことを聞いてしまって」
少年の冷たい態度が悪かったのか、遠回しに聞いた自分が悪かったと言わんばかりに少女は若干落ち込んだような表情を浮かべながら謝ってくる。
「いや、その……俺も悪かった」
別に悪いことはしていないが、こうやって落ち込みながら謝られてしまうと、何だか自分は悪いことをしたと、謎の罪悪感を感じて思わず謝ってしまう。
「あのさ、その、嫌だったらいいんだけど…今まで何があったのか詳しく聞かせてくれねえか?」
多少誤魔化すように話を振る。ここら辺でコスプレのイベントがある訳でもないのにコスプレのような格好をしている上、京都を知らないければ急に幻想郷とか言う謎の地名を出してくる少女をこのままほっといてはいけないような感じがした。いや、寧ろこの場合はほっとく訳にはいかなかったと言う方が正しいか。
それに対して少年の話があまりに突然で予想外だったのか、少女は何故そんな事を聞くのかと驚いたような表情を浮かべた。
「どうしてそんなことを?」
「いや、別に大した理由はねぇよ。ただ、強いて言うならあんたを助けたいと思ったからかな」
柄でもない態度で少年がそう言うと女性は初めてクスッと少しだけ笑みを浮かべてくる。
「優しいのね…」
少女の笑顔と言葉に動揺したのか、照れたように少年は顔を少しだけ赤らめると思わず少女から目を逸らしてしまう。
………キュウ
その直後のこと、安心してお腹でも空いたのか、少女のお腹から音が小さく鳴ると、少女は恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「なんだ、腹空いていたのか」
和やかな表情で少年はキョロキョロと周りを見渡し、ベンチのある方を指で示しながらこういった。
「じゃあ立ち話もなんだ、そこのベンチで飯を食いながら話そうぜ。」
バックから大量のおにぎりとお総菜を取り出して少女の前に差し出した。
「ほらよ、好きなだけ食いなよ」
「ありがとう」
そう言われると少女はおにぎりやお総菜を嬉しそうに食べ続ける。
そんな幸せそうな少女を見て、笑みを浮かべながらゆっくりとおにぎりを頬張る少年、こんなに嬉しそうにごはんを食べる人を見るのは初めてだったからだ。
(良く食べるな………って、あっ!?)
少年がおにぎり一つ食べ終え、気が付いたときには大量に買ったはずのおにぎりやお総菜はそこにはなく、少女に全て食べられてしまったのだ。
(マジか、全部食いやがった………)
食べる速さもそうだが、一般男性が食べる二倍以上の量はあったはずのおにぎりとお総菜を平らげたことに少年は思わず唖然としてしまう。
満足そうにしてる少女に対して、何か物足りなさそうな表情を浮かべながらも少年は話の本題を少女に告げる。
「そう言えば聞き忘れてたけど、あんたの家は何処にあるんだ?」
そう言うと何かいけないことを聞いてしまったのか、女性は申し訳なさそうに戸惑いの色を顔に浮かべながら話してくる。
「多分信じて貰えないと思うけど、私は冥界にある屋敷に住んでいるの」
今までの会話から考えて、また少女がとんでもない返答をしてくるだろうなとは薄々と感ずいてはいたが、流石にそこまで予想はしていなかった。
それにしても真偽はともかく、冥界に住んでいると言うことは、この人は亡霊とか幽霊なのか? だが、仮に幽霊だとしてもなぜ足がはっきりとあるのだろう。色々わからないことや気になることが沢山ある。
驚きたい気持ちや聞きたいことでいっぱいだが、ここは驚くことを我慢して冷静さを保ち、早く次の話に進めていこう
「何で家に帰らないんだ?」
「帰りたいけど、ここは幻想郷ではなく、別の世界だから帰る方法がわからないの」
その女性の言葉を耳にすると少年は如何にも困ったような表情を浮かべながら頭を抱え込んでしまう。
今までの内容も含めて信じがたい話だが、女性の深刻そうな表情から察して恐らく作り話ではないことは確かなことだろう
だがそんなことよりも女性の言葉でさっきから疑問になっていることが一つだけある。
「なぁ、さっきから言ってる、その…げんそうきょーてのは一体何なんだ? さっぱりわからねぇよ」
今まで触れなかったが正直な事を言うとずっと気になっていた。少女が言っていた幻想郷と言うところは一体どんな場所で何処にあるのか、何でも良いから取り合えず幻想郷に関する情報を知りたかった。
別に大した理由ではない、その情報を元にもしかしたら幻想郷へ辿り着ける場所や手懸かりがあるんじゃないかと思ったからだ。
それに対して少女はまるで信じては貰えないだろうと言わんばかりに、不安そうな表情を浮かべながら口を開いた。
「そう簡単には信じて貰えないと思うけど、幻想郷とわね……」
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…少女説明中…
「……と言う場所なのよ」
少女の話をずっと聞いたところ、正直言って信じることができないような内容だった。
少女が言う幻想郷とは簡単に説明すると、この日本の山奥のどこかに存在するとされる、結界で隔離された土地のことで、人間や妖精、妖怪や神霊など空想の生き物が数多に住んでいるらしい。
「……なるほどな、大体掴めたよ」
話の理解したと少年は平然とした表情で言っているが、正直なところ話の内容の中に理解できていないところが結構あった。
「それで私は冥界に帰れなくて……これからどうしたら良いのか迷っていたの」
自分の家に帰れないことが余程悲しいのか、少女は落ち込んだ表情を浮かべながら顔を下に向けている。
このまま放っておいて、またさっきの男達のように絡まれたらと思うと俺も気分が悪くなるし、それ以上に少女が心に深い傷を負う可能性があるだろう。
もしそんなことが起きるとわかっているのなら、俺は少女にこう言うしかない。
「それならよ、帰る方法が見つかるまで家に来ないか?」
少年の言ったことに耳を疑ったのか、その言葉に対して少女は信じられないと言わんばかりに驚いた表情を浮かべていた。
「でも……迷惑にならないかしら?」
少女がそう言うのに対して何故そんなことを聞くのかと思ったのか、少年は若干呆れたような表情を浮かべながら答える。
「別に構わねぇよ、寧ろこのままほっとくわけにはいかねぇだろうが」
それに目の前に困っている人がいて、況してやその事情を聞いてしまったのだ。このまま、ハイそうですかと突き放すのも後味が悪いし、何よりもそんなことは自分自身が許してくれない。
言葉遣いは若干悪いが、言葉の中に自分を助けたいと思う優しさを感じると、少女は穏やかな笑みを浮かべて少年を見つめてくる。
「ありがとう、私の名前は西行寺幽々子、よろしくね」
初めて少女が名前を名乗ってくれた。良く思えば今までお互いの名前も知らなかったし、自己紹介もしていなかったな。
「そう言えばまだ名乗っていなかったな。俺の名前は大和、草薙大和だ、まぁ自由に気軽に呼んでくれ」
幽々子の穏やかな微笑みに心惹かれたのか、大和は若干照れたような表情を浮かべながらも軽く自己紹介をする。
引き込まれるような可憐な声と美しくて妖しい妖艶な姿を前に、今更ながらも大和は思わず息を呑んだ。
良くわからないが、何だか今まで自分に足りていなかったものが少しずつ満たされていく気がする。
頭の中がふわふわとして気持ち良くなり、異常な眠気が襲ってくる。それと同時に胸の鼓動がドキドキと徐々に早くなる。今までにこんな感情や感覚を味わったことはなかった。
「どうしたの?」
幽々子に話し掛けられたことで、大和は襲ってくる眠気から解放されて正気を取り戻す。
「………え、えっ?」
「……ん?」
意識が半分飛んでいたとはいえ聞こえていたのか、幽々子の言葉に動揺を隠しきれず、大和は若干戸惑った表情を浮かべてしまう。
「い、いや、何でもねぇよ」
動揺していることを隠すように、大和は座っていたベンチから立ち上がると、そのままゆっくりと歩き出した。
「じゃあ俺ん家まで案内してやるから、ついてきな」
そう言うと歩いている大和に付いて行くように、幽々子もベンチから立ち上がって歩き出し大和の背後に近づいてくる。
「これからよろしくね、大和」
背後から幽々子が微笑みながら突然そう言ってくると、不意を突かれた大和はまた顔を赤くして照れたような表情を浮かべる。
「あっ、あぁ……よろしくな………ゆっ、幽々子さん」
若干距離を置きながらも二人はそのまま歩いて暗闇に包まれた公園から去って行った。
こうして『怪童』と『亡霊少女』二人の数奇な運命を巡る物語が始まった。