古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜   作:黒い小説家

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三十七話 忍び寄る黒い影

「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 かれこれ休まず一時間半、距離にして三十キロ以上は走っただろう。大和はひたすら走り続けていた。

 

 重りを着ながらの走行は非常に辛い。なにせ体重の約ニ倍近くのの重みと負担が足に掛かっているのだから、常人なら歩くことすらキツイだろう。

 

 それを大和は三十キロという長距離をペースを落とすどころか、休まずに走っているのだから、桁外れの足腰の強さと体力の持ち主だということが伺える。

 

「まだだ。この程度では、まだ終われない」

 

 長距離を走っていくうちに集中力と感覚が無意識に研ぎ澄まされる。そして無駄な思考や感情が消え去り、苦痛に満ちた表情も今では澄ましたような表情へと変化している。

 

 研ぎ澄まされて研ぎ澄まされて、まるで神経が剥き出しになったような感覚になっていく。

 

 そう、大和は鍛錬の中で超集中力《ゾーン》に入るコツを掴みつつあったのだ。

 

 やはり引き金(トリガー)になったのは武尊との稽古だったか、無理して闘い、苦痛が限界を超えたことによって偶然にもゾーンに入ったあのとき。

 

 苦痛が取り払われ、快感にも似た気持ちいい感覚、そして何よりもスローモーションの世界に入ったような不思議な感覚、あんな感覚は生まれて始めて感じた。

 

 これは武器になる。御巫紅虎や草薙武尊と闘うための有力な武器となるだろう。少なくとも大和はそう思っていた。

 

 そのためにと思うと大和はひたすら走り続ける。どこまでも走り続けようと思うのだろう。

 

 しかし彼もそのために走り続けようとも、そのためには数々の困難が立ちはだかることとを知らない。それは英雄にはつきものだということを知るよしもないからだ。

 

 ひたすら走り続ける最中、大和が向かった先は人気のない公園だった。

 

 

 

 《〜公園にて〜》

 

 見知らぬ緑草木が大いに茂る公園だった。

 

 まだ朝だからなのか、どこを見渡しても人はいない。まぁ人がいるとしたら、朝から元気なおじいちゃんや運動が好きな暇人ぐらいだろ。

 

 苦痛に耐えながらも走り続ける大和、無意識に立ち入った公園で幸いなことが起きるとなんて知る由もなかった。

 

 人気のない公園の中に足を踏み入れると、どうゆうことなのか背後から人の気配を感じる。

 

 軽く後ろを振り返っても誰もいない、しかし人の気配を感じる。一体これはどうゆうことなのか?

 

 理由は明白、それは誰かが身を潜めながら俺を追跡しているということ、つまるところストーキングみたいなものだ。

 

 俺を追っている人物が気になったのもあるが、なによりも追跡されることが性に合わない。

 

 仕方なく大和は足を止めてその場に留まり、後ろを振り向いて誰かに話しかけるかのように言葉を放った。

 

「隠れてないでとっと出てきたらどうだ。俺を追っていることはわかっているんだからよ」

 

 そう言って突然姿を現したのは黒い衣を身に纏った五人の忍者だった。

 

 身長は全員180センチ以上あり、体格は非常に恵まれている。服の上からなので確信的には言えないが恐らく奴らの身体は引き締まった筋肉で覆われているのだろう。

 

 見たところ武器らしい武器は持ってないし見当たらない、だが俺を殺すための武器を持っていることは確かなことであろう。少なくとも大和はそうわかっていた。

 

 何も言わずとも、こいつらが俺の命を狙っていることはわかっている。微かだが殺気や気配でそうわかるのだ。

 

「なんだ、てめぇらは?」

 

「草薙大和、とお見受けする。」

 

「そうだよ、だったらなんだ?」

 

 そう言った途端、黒い衣を身に纏った男が大和との距離を縮めて来る。そう、懐に潜り込んできたのだ。

 

「お命頂戴する。」

 

 男の手元が一瞬煌く、それは刃物が光った煌めきだった。

 

 そしてそのまま刃物は大和の腹部に向かってドスッと突き立てられ容赦無く突き刺さしたように見えた。

 

 しかし。

 

「ってーな。 いきなり何だよ?」

 

 腹部に突き刺さる前に大和は素手で刃物を掴んだのだ。その代わりに四本の指が深く切れてしまい、ドクドクと夥しい血が流れてしまう。

 

 引かれて指が切り落ちる前に大和は本能的に刃物を手放した。

 

 そしてその直後、自分が味わった痛みを倍返しするかのように大和は男の股間を容赦なく蹴り上げた。

 

「うぐっっ??!!」

 

 見事命中した。どうやら効果は抜群だったようだ。まぁ男であれば通用するのは当然のことなのか。

 

 男性であれば間違いなく気絶する苦痛、黒い衣を身に纏った男は股間を抑えながらその場に倒れ込んでしまう。

 

「ったく、危ねえな」

 

 左の二の腕を右手で押さえつけて、指からの出血を緩やかにさせる。そうすると血の流れが止まって自然と出血が収まるようになるのだ。

 

 それにしても、こいつらは一体何者なんだ?さっきお命頂戴するとか言ってたけど、俺に何か恨みでもあるのかよ。

 

 少なくとも俺は誰かに恨みを買うようなことはしていないぞ、もしするとしたら和生の方だ。あいつは誰これ構わず他人から恨みを買うやつだからな。

 

「どうして俺の命を狙う?俺は恨みを買った覚えはないぞ」

 

「「「「………………………」」」」

 

 しかし黒い衣を身に纏った男達は大和の質問に対して答えない。答える気は毛頭ない。

 

 その代わり、残った四人の忍者は懐から短刀を取り出し、大和に向かって切っ先を向ける。まるで今から殺し合いを始めようと言わんばかりに。

 

 どうやら本当に俺を殺そうとしているようだ。まったく、今日はついてない。

 

 大和の返事に答えない代わりに四人の男達は仲間内で話し合いを始める。

 

「草薙大和、まだ幼いが中々強い。」

 

「勝てない相手ではないが手強いぞ。恐らく体力だけなら若にも匹敵するかもしれない」

 

「どうやって始末する?」

 

「真っ向からでも構わないだろう。強いが化け物レベルではない。」

 

 次々と話を進める四人の男、どうやら大和の戦闘力の推測とどうやって殺そうか決めているらしい。まったく物騒な奴らだな。

 

 自分の質問には答えず、仲間で話し合っていることが気に食わなったのだろう。気に入らないような表情を浮かべながら大和は再び男達に話し掛ける。

 

「いきなり何だよ急に仲間内で話しやがって、しゃべれるなら俺の質問にも答えろってんだ。」

 

「「「「………………」」」」

 

 しかし答えない。答える気すら感じさせない。どうやら敵対象とは喋らないらしい。言わなくても質問に答えないところがそう物語っている。

 

 無視されることが嫌いだった大和の表情は余計に不機嫌になり苛立ちを感じさせる。

 

 もはや言葉を交わすことはできないとわかると、大和は着込んでいた五十キロの重りを脱いでその場に置き、拳を構えて戦闘態勢に入る。

 

「さてと、わかってると思うけど、無事で帰れると思うなよなっ!」

 

 刃物を手に持っている相手に対して、まるで特攻するかのように大和は四人のうちの一人との間合いを一気に詰める。

 

 重りを外したことによって大和の動くスピードが格段に速くなっている。その速さは凄まじく、並の反射神経や瞬発力では追えないほどのスピードだった。

 

「………速いな」

 

 しかし、大和が風神の如く、目にも留まらぬ速さで動いているのにも関わらず、黒い衣を纏った男達は驚くことすらしなかった。まるでそれが当たり前だと言わんばかりに。

 

 敵の反応に違和感を感じながらも大和は間合いを詰め、攻撃を仕掛ける。

 

 まず大和は相手の顔面に向かって左ジャブを放って瞬時に引いた。

 

 左ジャブ、人間の反応速度を容易に超えたスピードで放たれる攻撃、未来予知でもなければ避けることは到底のことながら不可能の手段。

 

 この攻撃は相手を仕留めるためではない。相手の出方を見るための先制攻撃である。

 

 常人であれば左ジャブをまともに喰らってKOできたであろう。もしくはヒットしてダメージを与えられたはず。

 

 しかし今回は相手が悪かった。

 

 男は大和の左ジャブは容易に手の平で受け止めて防ぎ、まるで何もなかったかのような表情で大和を見る。

 

 それに対して大和は驚きを隠しきれなかった。見定めとはいえ、最速の攻撃を意図も簡単に受け止められたのだから。

 

「おい嘘だろ? 受け止めやがった。」

 

「なんだ、その程度の攻撃か」 

 

 攻撃を受け止めた直後、男は容赦なく大和の首を狙って右手に持っていた短刀を振るった。

 

「やべぇっ」

 

 驚きながらも首を狙われていることに直感で気づいた大和は瞬時に気持ちを切り替え、自分の首を目掛けて振るわれた短刀を紙一重で回避する。

 

 相手が刃物だということもあり、一度の攻撃を避けただけで冷や汗が止まらなかった。

 

 あともう少し避けるのが遅かったら短刀で頸動脈を切られて終わっていた。確実に死んでいたであろう。

 

 避けたのも束の間、黒い衣の男の攻撃はまだ終わらない。

 

 今度狙われた箇所はわからない。手首、首、胴体、足腰、決まった部位を狙わず、縦横無尽に短刀を振るわれた。

 

 刃物という性質上、狙われる部位全てが急所とも言える。一度でもまともに喰らえば致命傷は間逃れない。

 

(あっぶねぇっ!!)

 

 相手のパターンが予測できない攻撃に対して、大和は横に縦に動いて、身体中に掠りも何度もしたが、なんとかギリギリ全ての攻撃を回避する。

 

 無論、一つ一つ避けるのに神経を大きく削っていた。

 

 しかし避けるだけが脳ではない。攻撃を何度か避けると反撃に出る。

 

 首に向かって振るわれた短刀を避け、攻撃が完全に振り切った直後、大和は相手の顔面に向かって右足で蹴りを放った。

 

 反撃を予測できなかったのであろう。男の顔面、厳密には下顎にクリーンヒットする。

 

 だが、ただ受けるだけでは終わらない。男は蹴りをまともに喰らう直前、大和の右上腕二頭に向かって短刀を振るった。

 

 刃は大和の上腕二頭に見事に引き裂き、傷口からは大量の鮮血が吹き出てきた。

 

「ちっ………」

 

 それと同時に引き裂かれた痛みが上腕二頭に走り出すが、歯を噛み締めて痛みに耐えて、蹴りに力を入れる。

 

 振り抜かれた大和の蹴りで男の意識は完全に絶たれ、為す術もなく男の躯体はその場に倒れ込んでしまう。

 

「………よし」

 

 なんとか一人仕留め終えると、次は誰が相手なのだと大和は残っている三人の男達を睨みつける。

 

 まだ闘うと言うのならば俺も容赦はしないぞと言わんばかりに男達に向かって殺気を剥き出しにして威嚇をする大和、まるでこれ以上の闘いは命を無駄にするだけだと思わせるような素振りだった。

 

 武器を持った敵がいると思うと気が悔やまれる。武尊や紅虎さんよりも弱いとはいえかなりの強敵、恐らく俺と同等か少しばかり強い相手だと予測する。

 

「今度は誰が相手だ?仲間一人やられたぐらいで怖気付くような奴らではないだろう」

 

 本音を言えばもう闘いたくはない、闘いを長引かせなくはない。さっき上腕二頭に喰らった攻撃のせいで出血し、血を多く流したせいで貧血気味になっていたのだ。

 

 これ以上闘えば間違いなく出血大量でこちらが自滅するのは目に見えている。だからこそ殺気を露わにして威嚇をし相手が俺を見逃すように仕向けているのだ。

 

 

「草薙大和……ムラはあるが中々強いな」

 

「こいつの殺気、これ以上の闘いは無意味か」

 

「これは撤退した方が良いな」

 

 まだ無傷だった男のうち二人は倒れた二人の男を起き上がらせて背負うように担いだ。

 

 そして大和に背を向けて走り出すと風のように去っていき、数秒足らずでその場から姿を消してしまった。

 

 ストーカーされていたと思いきや突然刃物で刺されそうになり、闘ったと思えばあっさりと立ち去ってしまう。全く忙しい奴らだ。

 

 謎の黒い男達がいなくなると、大和は脇腹を強く抑えて上腕二頭の出血を緩やかにする。貧血状態はどうしようもできなくても、これで出血大量死は先延ばしになり、あと何時間は動くことはできるだろう。

 

「こうしちゃいられねぇ」

 

 幽々子が心配になってきた。もしかしたら俺と同じように謎の黒い集団に襲われてるかもしれない。

 

 地面に落とした50キロの重りを片手に大和は自分の家に帰るために疾走する。

 

 果たして、あの黒い衣を纏った集団は何者だったのか?そして幽々子は無事なのか。

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