古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜   作:黒い小説家

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四十二話 敗北と撤退

 バタリッと倒れ込んでしまった大和、それに対して無情にも仁王立ちをしている風間獣蔵、二人の殺し合い、闘いに終止符が打たれたのだ。

 

「終わりだな。中々楽しかったぜ怪童」

 

 そう呟くと、指をパチンッと鳴らして誰かを呼ぶ合図をする獣蔵。

 

 一体いつから隠れていたのか、木の陰からこっそりと黒い衣を纏った男達が姿を現したのであった。

 

 公園にいた人数は十人程と、大和や武尊を襲ったときの倍以上はおり、今回の本気度は今までとは比べ物にならないほどの人数だった。

 

「俺は怪童を殺る。お前らは女を逃がすなよ。」

 

「御意」

 

 文字通り大和の息の根を止める。風間獣蔵はそういった。

 

 その間、黒い衣を纏った男達は黙々と幽々子の周りを囲んで逃さないようにする。

 

 故に幽々子は身動きが取れなかった。大和を助けに行きたくても黒い衣を纏った男達が立ち塞がってくる。

 

 倒れている大和に歩いて近づいていき、その間に懐から殺傷力のある鋭利な短刀を取り出して右手に持った。

 

「お前とはもっと闘いたかったが、これも仕事でな。あばよ怪童」

 

 左手で気を失っている大和を持ち上げて短刀を構える獣蔵、殺す準備は整ったらしい。

 

 短刀を突き立てた。その瞬間だった。

 

 まるで大和を死から救おうとしたかのように、獣蔵に向かって突然丸い物体が飛んできた。

 

 それに対して自分に向かって飛んできた物体を難なく避ける獣蔵、しかしそれによって大和を殺害することを阻止されてしまった。

 

 獣蔵に向かって飛んできた物体、それはピンポン玉ほどの大きさをした石だった。

 

 大和の殺害を阻止されたことが余程気に食わなかったのだろう。獣蔵はイライラしたような表情を浮かべながら石が飛んできた方向に向かって叫んだ。

 

「何だてめぇ、俺と怪童の殺し合いに手出しするなよっ!!」

 

 そうして姿を現したのは大和の師匠である御巫紅虎だった。

 

 獣蔵の言葉に対して紅虎は冷静且つ的確に答える。

 

「それは無理な相談ですね。愛弟子が死んでいくのを見ているだけなんて私にはできないことなので」

 

「愛弟子だと?」

 

「私をご存知ではないのですか?風魔一族の若頭とあろうものが」

 

 風魔一族の連中が身構える中、ただ一人だけ頑然と立っているだけの者が一人、それは風間獣蔵だった。

 

 わかっていたのだろう。この男には構えなど無意味、いや闘うことすら烏滸がましいことだということに気付いていたのだろう。少なくとも風間獣蔵には闘う意志は微塵もなかったのだ。

 

 だが、相手の力量が底知れないものだというのに闘うのか、それともただ単に相手の力量がわからずに闘うというのか、それはわからないが、黒い衣を纏った男達は武器を片手に紅虎に向かって視線を向ける。

 

 しかし。

 

「やめとけお前ら、こいつには束になっても勝てない」

 

「若?」

 

「こいつは御巫紅虎だ」

 

 御巫紅虎の名を聞いた瞬間、何か聞き覚えがあったのか、風魔一族の連中がざわめき出した。

 

「御巫!?」

 

「あの御巫紅虎だと?」

 

「あぁ……俺も見たのは初めてだが、こいつの覇気や気配、間違いなく本物だ。」

 

 見間違えるはずがない。初めて見る相手だがすぐにわかった。こいつは御巫紅虎だということがはっきりと。

 

 しかし、あの御巫紅虎が一体何しにここに来たのか、それがわからない。まさかとは思うがこの怪童を助けるためにやってきたのか?

 

「その御巫紅虎様が俺達に何のようだ?愛弟子の敵討ちでもしにきたのか?」

 

「敵討ちですか。それも悪くありませんが、それでは大和のためにはなりません」

 

「じゃあ何しに来たんだよ?」

 

「ただ私は、大和を助けに来ただけですよ、貴方に殺される前に」

 

「あぁそうかよ、愛弟子が殺されなくて良かったな」

 

 もし現れるのが数秒でも遅かったら大和は死んでいたであろう。しかし紅虎の行動力と判断力は凄まじく正確なものであり、並外れた冷静さがなければ到底のことながらできない所業であった。

 

「気になったですが、貴方……死ぬのは怖くないのですか?」

 

「あぁ?」

 

「貴方を殺す機会は何度かありました。その度に殺意を向けましたが、貴方は恐れるどころか表情を一切変えない。これはどうゆうことなのか知りたくてですね」

 

「さぁな。俺馬鹿だからわかんねぇや。」

 

 これは驚いた。まさか死ぬことを恐れない者が相手だったとは、何かしらの事故で心が欠損してしまったのか、それとも単に生まれ持った天性的なものなのか、それは本人ではないのでわからない。

 

 しかし強いのはわかる。どうりで長年育て上げた大和が負けるわけだ。

 

 天下無双の御巫紅虎の中にも恐ろしいと思うものが幾つかある。その一つは恐れを知らぬ者、死の恐怖を一切感じない者だ。

 

 非人道的な訓練、何かしらのショックを引き起こす、もしくは天性的なものでもない限り、死の恐怖とは誰でも感じるものだ。これは自然の摂理でもあり、誰でもわかる一般的な常識でもある。

 

 だが、死を恐れぬ者は数多いる訳ではないが稀にいる。それと同時に注意しておくべき点が幾つかある。

 

 まず殺すことに容赦や躊躇いが無い。それは何故か、理由は明白、自分の命はもちろんのこと、他人の命など何とも思っていないからだ。

 

 そしてもう一つ、それは引くことがないということ、恐怖を知らないと言うことは威嚇や殺気を感じ取っても平然としていることはもちろんのこと、決して逃げることも怖気づくこともしないということだ。

 

 だからこそ風間獣蔵が恐ろしい逸材だと思った。弟子である大和を凌駕し、況してや死を恐れない心を持ってるのならば言うことは無い。もし師弟の関係だったのなら理想の弟子と言っても過言ではないだろう。

 

 そんなことを思いながらも、大和を難から逃すためなのか、それとも単なる気まぐれから来たものなのか、紅虎は風間獣蔵に対してある提案を出した。

 

「四日ください。」

 

「あぁ?」

 

「四日頂ければ、大和を貴方と同等かそれ以上の強さに仕上げてきましょう」

 

 これは大和の命を延命する策でも嘘やはったりでもない。なんの紛れもない事実である。

 

 もしも、今の大和を殺さずに生かし、四日という短いようで長い時を待っててくれれば、獣蔵と同等がそれ以上の強さに仕上げてこれると思ったからだ。

 

 それを聞いた獣蔵は思った。戦闘好きの獣蔵にとってそれ以上に無い喜びと嬉しさだった。

 

 たった四日待つだけで自分と同等がそれ以上に強くなってくれるのならば待つしかないだろう。もしそれが真実であり本当のことであるのならば期待しても良かった。

 

「おもしれぇ、わかったよ。お望み通り四日待ってやるよ」

 

 指をパチンッと鳴らして、部下である風魔一族を自分の背後に跪かせる。

 

「今日は撤退だ。アジトに戻るぞ。」

 

「御意。」

 

 返事を一つすると、風魔一族はその場から姿を消した。

 

「それじゃあな。俺をがっかりさせるなよ」

 

 澄ましたような表情で紅虎に対してそう言うと、風間獣蔵はゆっくりとまるで散歩でもするかのように、歩いてその場から立ち去っていった。

 

 これにて大和と風間獣蔵の戦いは幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 《〜それから数十分後〜》

 

 

 

 

 獣蔵の戦闘によって気を失っていた大和がようやく目を覚まし、ふっと身体を起き上がらせる。

 

 周りを見渡して風間獣蔵がいないこと、そして師匠である御巫紅虎と幽々子が傍にいたことに気がつくと、大和はなんとなく今置かれている状況を把握した。

 

「そうか、負けたんだな俺」

 

「落ち込んでる暇はありませんよ大和」

 

「……………」

 

 しかし落ち込むのも無理はない。幼い頃を除けば負けたことなんて今までなかったのだから。

 

 だがそれでも、やるべきことがわかっていた紅虎からしてみれば、今の大和には落ち込んでいる余裕も暇もなかった。

 

 敗北した大和に対して紅虎は伝える。

 

「良いですか?貴方はこの四日間で強くならないといけないんです。休む暇も余裕も無いんですよ」

 

「そんなことができるんですか?」

 

「えぇ、できますとも。私は貴方を強くする方法を知ってますので」

 

 そんな都合の良い方法があるのならば、それに縋り付くしかない。風間獣蔵に勝つためにも、そして今よりも強くなるためにも。

 

「ただし。文字通り死ぬ思いをしなければいけません。その覚悟があるのなら喜んで強くなる方法を教えましょう」

 

「獣蔵に勝てるならなんだってやりますよ。無論覚悟は出来てます。」

 

「それでこそ私の弟子です。」

 

 もしも出来ない無理だと言ったら間違いなくその場で破門していただろう。流石は長年苦行に耐え抜いてきた弟子だといえよう。

 

 そう言うと紅虎は大和に対して背を向けて歩き出した。どうやらこれから何処かに行くようだ。

 

「では早速行きましょう」

 

「行くって、何処へですか?」

 

「山籠りです。」

 

 これから大和達を待っていたのは過酷な地獄そのものだった。

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