古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜   作:黒い小説家

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四十三話 山籠り

 風間獣蔵に敗北した大和達一行は屋敷に戻って軽く身支度を済ませた後、三人が向かった先は人気の無い山奥だった。

 

 人もいない。建物などの人工物もない。あるのは獣の鳴き声や虫達の囁き、純度100%の山の中。

 

 屋敷から数時間掛けてたどり着いた山の奥、果たしてこの場所で一体何をやるのか、大和や幽々子は検討もつかなかった。

 

 山奥にやってくるや否や、紅虎の説教のような会話が始まった。

 

「良いですか?貴方にはこの四日間、不眠不休且つ飲まず食わずで修行してもらいます。もちろん、できないとは言わせません。覚悟してくださいね」

 

「不眠不休、飲まず食わず……ですか」

 

「無理だというのならば破門にします。それでもいいと言うならばこの場から立ち去りなさい」

 

 嫌だというのならば止めはしない。無理だというのなら無理はさせない。しかし、出来ないというのならばどちらにしても破門することに変わりはない。

 

「良いですか?今言ったことは強くなるための最低限のことです。それができないと言うのならば到底のことながら強くなることはできませんよ」

 

 紅虎がそういうのならば間違いはない。しかしこの四日間不眠不休、しかも飲まず食わずで修行するのは流石に無茶なことだと言える。

 

 今まで辛い修行を何度も行い、乗り越えてきたが、今回の修行は明らかに次元が違いすぎるのだ。恐らく過去で一番辛く険しい修行だと言えるだろう。

 

 厳しい修行だと言うのはわかる。命に関わる危険な行為だというのもわかる。そんな中で大和はある疑問が思い浮かんだ。

 

「あの、一つ質問良いですか?」

 

「良いでしょう。」

 

「この修行は一体何の意味があるんですか?」

 

「すぐに答えを言うのは決して良くないことですが、まぁ今回は良いでしょう。」

 

 本来ならば修行の末に見つけることが一番いい。それはわかっている。しかし今までにないほどの過酷な修行の上に命が掛かっているのだ。どうゆう理由でこの試練を受けるのかを知っておかないと迷走してしまうことは目に見えている。

 

「大和、貴方は心眼をご存知ですか?」

 

「名前ぐらいなら、どんな代物なのかはわかりませんが」

 

「良いですか?私達武術家にとって心眼とは言わば未来を見通す能力と言ったところです。」

 

「未来を……見通す……」

 

「一流の中の一流、達人の中の達人、その中でも一握りだけですが、心眼を会得している者はこの世にいます。」

 

 聞いたところ心眼を習得できるのは極稀の存在であり、過酷な修行しても会得できるのはその者の才覚と努力によるものらしい。況してや生まれつき心眼を持っている者は稀中の稀であり、この世に数人いるかどうかの存在と言っても過言ではない。

 

「私の知っている限り、心眼を会得しているのは、この私と、貴方の兄である草薙武尊、そして風間獣蔵」

 

「兄貴が心眼を」

 

 いや、驚くことはない。冷静に考えてみれば思い当たる節が沢山ある。『全部視えてるんだよ』とか『お前の攻撃は当たらねぇよ』など、武尊は何度も言っていた。

 

 それはつまり、最初から攻撃を先読みしており、未来を見通しているから言っていたことなのだ。道理で俺の攻撃が絶対に当たらない訳だ。

 

 風間獣蔵だってそうだ。あいつも『視えている』と言っていた。あれは俺の攻撃が全て視えているという意味だったのだ。

 

「どうやらわかったそうですね。貴方と武尊、そして風間獣蔵の決定的な違いが」

 

「はい。」

 

 兄貴に関しては心眼だけでなく、身体能力や技術面で軽く凌駕されている。恐らく心眼を習得して楽に勝てるような相手ではないだろう。いや、寧ろ勝てるのかどうかすらわからない。

 

 しかし、風間獣蔵に関しては身体能力は五分五分、技術面はわからないが勝てない相手ではないと思う。恐らく心眼を習得すれば勝機はある。

 

「そして大和、貴方が今からやることは心眼を開眼させる修行です。できるかどうかはともかく、今以上に強くなるためには心眼を開眼させる他にありません。」

 

「もしもできなかったら……どうなるんですか?」

 

「恐らく死ぬでしょう。それほど過酷な修行ですから」

 

 今まで自分の命を脅かす修行は沢山やってきたが、失敗したら死ぬなんて言う修行はやらなかった。紅虎さんが本気で自分を強くしようとしていることが痛いほどわかる。

 

 近くで二人の話を聞いていた幽々子はあまりにも物騒な内容に納得できなかったうえに、恋人である大和が死ぬ可能性があることに我慢できず、思わず紅虎に対して話しかけてしまった。

 

「紅虎さん、それは流石に言い過ぎじゃないかしら?死んだら元も子もないのよ」

 

「事実を言ったまでです。今回の私は殺す気で大和を鍛え上げることを心に誓っているので」

 

「でも……」

 

「幽々子さん。これは貴女を守るためでもあるのです。もし大和が敗北したら貴女は八雲紫に連れて行かれるのですよ。私には関係ありませんが、恐らく貴女を失った大和は生気の無い廃人になってしまうのですよ。」

 

「………私のために」

 

 そう、表向きは大和自身を強くするための修行だが、その真実は八雲紫から幽々子を守るために大和が強くなる。ただそれだけのこと。

 

 長年大和を見てきたのでよく分かる。負ければどうなるか、幽々子さんを失えばどうなるのか、それから後々どうなるかも目に見えている。

 

「良いんだよ幽々子」

 

「大和……」

 

「俺は幽々子だけの正義の味方になる。そう決めたからさ」

 

 無邪気な子供のように満面な笑顔で幽々子を見る大和、まるで幽々子を心配させないように振る舞っているようだった。

 

 その反面、幽々子は心配だった。これから死ぬかもしれない修行をさせられるのにも関わらず、自分を安心させようと笑顔で振る舞っている大和が心配で仕方がなかった。

 

 しかし大和からしてみれば過酷な修行を行うよりも、幽々子がいなくなることのほうが最も嫌だった。もっと言うなら幽々子がいなくなるぐらいなら死んだほうがマシだというほどに。

 

 故に修行をする。故に過酷な試練に挑む。八雲紫に負けないように、幽々子を連れて行かれないように、俺は強くなり続ける意味があった。

 

「早速修行をやりましょう。」

 

「わかりました。精々死なないように努力しなさい」

 

 武器を片手に大和と紅虎、そして二人の後を追うように幽々子は更に山奥の深い場所へと足を踏み入れる。一体これからどんな修行をするのかも知らずに。

 

 

 

《〜一方草薙家では〜》

 

 

 和生と武尊は居間に集まり、それぞれの今やるべきことをやっていた。

 

 和生はこれからの戦闘に備えて銃や刃物の手入れや調節などをしながら飲み物を飲んでいた。

 

 それに対して草薙武尊は昼間だというのにも関わらず大量の酒を飲んでいた。おそらくは武器の手入れや鍛錬などは既に済ませていたのだろう。そうでもなければ戦争が始まるというのに呑気に酒などは飲むはずがない。

 

 やるべきことはわかっていたが、それでも兄である武尊が呑気に酒を飲んでいることが気になっていた和生は一旦手入れするはずの銃や刃物を床に置いてイジるのをやめて、休憩すると同時に武尊に質問を投げてみた。

 

「なぁ大兄貴、戦闘の準備もせずに昼間っから酒なんて飲んで大丈夫なのか?」

 

「あぁ?まぁいいんじゃね?やるべきことはやったと思うし、後は戦闘が始まるのを待つだけだ。」

 

「本当にそれで良いのかよ?」

 

「お前は色々と考え過ぎなんだよ。もっと単純に物事を考えるのもの大切なことだぞ。」

 

「そういうものなのかな」

 

「そもそも俺は日本刀や弓矢、長巻や槍とか武士や兵法者が使っていた武器しか持っていない。お前が使っている銃火器みたいに日々調節や手入れしなくても大丈夫なんだよ。まぁこんな俺でもたまには銃を使うことはあるけどな」

 

「使うことあるのかよ」

 

「まぁな、親父から学んだ術に砲術があった。だから火縄銃やらの古い銃から近代の銃とか色々と使えるぜ」

 

「親父は大兄貴に何を教えてんだよ」

 

 後々に聞いた話だが、大兄貴である武尊は親父から色んな術を学んでいたらしい。細かく言えば術は全部で十八種類あったらしく、その術は草薙家の長男のみが教わり習得することが許させる、言わば一子相伝の帝王学のようなものらしい。

 

「そういえば兄貴達、何処に行ったんだろうな。帰ってきて早々またどこかに行っちまったしな」

 

「恐らく心眼を習得しにいったんだろう。今よりも格段と強くなるためにな」

 

「はっ?心眼?なんだそれ?」

 

 知識豊富な和生でも知らない単語、いや単語だけなら知っているが恐らくその意味を知らないといったほうが正しいのか。

 

「心眼ってのは簡単に言ってしまえば未来を見通す能力みたいなものだ。」

 

「つまり兄貴は未来を見通す能力を得るために修行しに行ったのかよ。また突然のことだな」

 

「どうせ誰かに負けたか。勝てない相手にでも遭遇したんだろうよ。まったく向上心の塊みたいな奴だな」

 

 武尊の言う通り、大和は風間獣蔵に負けたのだ。そして今のままでは駄目だと思ったのだろう。故に紅虎が大和に心眼を習得してもらうために修行を設けたのだ。

 

「それにしても心眼か。興味あるな。俺でも手に入れることができるのかな?」

 

「いや、無理だと思うぞ。修行が過酷過ぎて下手すれば死ぬぐらいだ。」

 

「そんなに過酷なのかよ……」

 

 そんな便利な能力を習得したいと軽々しく思っていたが、まさかそこまで険しく厳しい修行とは、心眼を習得しに行った兄貴には頭が下がる一方だな。

 

 だが一つ気になることがある。それは何故大兄貴が心眼にそこまで詳しいのかだ。

 

 まさかとは思うが大兄貴は心眼をしするために修行をしたのか、そうだとしたらとんでもないことをやっているということだ。

 

「大兄貴、なんで心眼のことをそこまで知ってんだ?」

 

「どうしてって、俺も心眼を得るために修行したからだよ」

 

「まじかよ」

 

「あぁ、嘘だと思うなら今ここで攻撃なり奇襲なりしてみろよ」

 

「いや、酒飲んでいるとはいえ、大兄貴が嘘付くことなんて滅多にないからな、遠慮しとく」

 

「そうか?」

 

 冷静に考えてみれば、大兄貴と組手なり稽古なりすることが少なくともあった。だが攻撃を当てたことは奇襲を含めて一度もなかったのだ。

 

 それなら理由がつく、大兄貴に攻撃を当てられなかった理由、それは心眼を会得していたからだ。

 

 つまり大兄貴は超人的な身体能力と一子相伝の帝王学、そして未来を見通す心眼の能力があるから強いのだ。恐らく御巫紅虎と同等かそれ以上の実力を持っているのだろうと予測できる。

 

「質問だけど、兄貴は心眼を会得するためにどんなことをしてきたんだ?」

 

「んな特別なことはしてねぇよ。三日三晩不眠不休且つ飲まず食わずで修行しただけだ。」

 

「予想以上に過酷な修行だな。」

 

「そういうことだ。やばいと思ったのなら心眼を習得するなんて馬鹿な考えはやめとけ」

 

 話し終えると武尊はおちょこに酒を注いで一気に飲み干した。

 

 大和が修行している最中、二人も戦争に向けて下準備をする。どんな結末だろうとも、どんな悲劇に逢おうとも、戦いの中で死ねるのであれば本望だと。

 

(俺ももっと強くなりてぇよ)

 

 和生はそう思いながら、黙々と武器の手入れをする。

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