古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜 作:黒い小説家
一日目
三角形を描くように配置された三本の大木に火を付けて燃え上がらせ、燃え盛る環境の真ん中に大和が片膝立ちで居合の構えを取っていた。
「焦げ臭い」
大木が燃えて発生する焦げ臭さに鼻を覆い隠す幽々子。
遠くから見守る幽々子や紅虎、それでも尚立ち上り焼け付くような炎の熱気を感じ取れる。
幽々子は思った。こんな遠くから見守っても焼けるような熱気を感じているのだ。火の中にいる大和はどれだけの熱さを感じているのか、そして耐えているのか、想像もつかなかった。
燃え盛る火の中で大和は片膝立ちで居合の構えを取っていた。
熱い、熱い、熱い、息苦しい、肺が焼けるように熱い、焦げ臭い、身体が焼ける、そんな感情の中、大和は構えを取り乱さずに、ひたすら耐え抜いた。
道着や肌が焼け、絶え間無く全身から溢れ出てくる汗、熱によって呼吸することすら苦痛だった。
それでも止めない。いや、やめさせてくれないと言ったほうが正しいのか、恐らく力尽きて倒れるまでやらされるであろう。だからぶっ倒れるまで耐え抜く。
脱水症状になろうとも、身体の皮膚が焼け爛れても、呼吸ができなくなろうとも、大和はやめない。ひたすら地獄のような環境を耐え抜いた。
「大和、あんな火の中にいて良く耐えるわね」
「恐らく地獄にいるような感覚でいるでしょう。ですがそれで良い。そうではなくてはいけません」
もはや紅虎の言動は大和を殺すためにあるのではないかと思うほど非情で冷酷さを感じ取れる。
だが、これはあくまでも大和を強くするための一つの修行に過ぎない。これをやり遂げなければ風間獣蔵に勝てることはないことを紅虎はわかっていたのだから。
「大丈夫なの?本当に死ぬかもしれないのよ」
「この程度の修行、やり通さなければ強くはなれません。」
冷酷に非情に徹底な紅虎、一体大和に何を求めているのか幽々子にはわからなかった。
それから数時間の時が経過したあと、燃え盛る大木の炎が燃え尽き、完全に鎮火したことによって、炎の中で耐え抜く大和の修行は終わりを告げる。
そして修行が終わったのも束の間、次に大和を待っていたのは、居合の構えを取ってひたすら精神統一をする修行だった。
修行に寝る暇も休む時間などは一秒たりともない。四日四晩不眠不休で修行をするのだ。それが大和に課せられた修行であり試練でもある。
二日目
精神統一を終え、次に大和が行った修行はひたすら滝に打たれるものだった。
一体毎秒何千リットル以上の水が落ちてくるのか、常人ならまず立っていられないほどの量が落ちてくる滝の下で大和は居合の構えを取りひたすら耐え抜いていた。
「…………っ!!」
滝に打たれる度、足に異常なまでの負担が押し寄せてくる。体勢を崩れそうになったことが何度あったことか。
一見楽そうに見える滝行だが本来はその真逆、過酷なうえに時間が経つ度に体温を奪われていく非常にシビアで修行にはもってこいの所業だった。
滝に打たれる最中、大量の水とともに巨大な大木が落ちてくる。
大木は樹齢千年は軽く超えているだろう。その大きさといえば長さは三メートル以上、太さも一メートルは軽く超えている。樹齢千年も納得するような大きさだ。
当たれば即死、いや、虫のように踏み潰されて生きていれば良いとも言える。
しかし、大和は避けない。いや、気づいていないのか、それとも修行だと思って単に避けないだけなのか、それは本人にしかわからないこと。
落ちてきた大木は大和に命中し、体勢を大きく崩して川へと流れ着いてしまう。
その光景を目にしてしまった幽々子と紅虎は思わず唖然とした表情を浮かべていた。
「ねぇ、これは新手の自殺手段なの?」
「………」
しかし紅虎は何も言わなかった。
大木が落ちてきたのは偶然とはいえ、大和が大木を避けなかったこと、それは大和自身が悪いことだとわかったいたからだ。
大木に押しつぶされてもなお奇跡的にも生きていたのか、ゆっくりと川から起き上がってくる大和、そしてもう一度滝行に戻る。
二十時間は経過した頃、大和は滝行を終えて精神統一の修行に戻る。
三日目
もう鉄刀を満足に握れないほどに活力を失った大和は意地でも握ろうと右手に布を巻いて鉄刀を握り締め、居合の構えをひたすら取っていた。
たくましかった全身の筋肉は削げ落ちてやせ細り、瑞々しかった身体の水分はまるでミイラのように干せからびていていた。
そんな満身創痍の大和を放っておいて、幽々子と紅虎は石の上に座りながら焼きおにぎりを食べお茶を飲んでいた。
「今日で三日目、飲まず食わずでいて、本当に死ぬかもしれないわ」
「今諦めたら、それこそ大和自身を殺す要因でもあります。だから修行を放棄することはできません。」
今回の修行は正気の沙汰ではない。そんなことは幽々子はもちろん、紅虎もすでにわかっていたことだ。
しかし、この試練を乗り越えなければその先の、更なる強さに辿り着くことができない。今の弱いままでしかならないのだ。
過酷な修行によって力尽きたのか、それとも空腹と睡眠不足で精神も肉体もやられたのか、どちらが理由なのかはわからないが、大和が突然その場でぶっ倒れてしまう。
「……大和っ!?」
食いしん坊な幽々子が食べていた焼きおにぎりやお茶を放り投げて倒れてしまった大和の傍に走って駆け寄った。
急いで抱きかかえてみると大和の身体は非常に重く、完全に身体の力が抜かれた状態だった。いわゆる脱力状態というやつだ。
本来、人間の身体は軽くなろうと無意識に力が入っており、そのため持ち上げたりすると比較的に軽いのだが。身体に力が入ってないと100%の重さがのしかかるのだ。
今の大和は酔っ払った人間、もしくは熟睡した人間と同じで身体に力が完全に入ってはいない。
呼吸はしている。脈もある。生きていることは確かなことだ。しかし、意識があるかどうかはわからない。
「ゆ……ゆ……こ………?」
「大和っ!」
どうやら意識はあるようだった。もしも意識が完全に失っていたらどうしようかと思ったが、良かった。
「大丈夫なの?」
「ちょっと………つかれただけさ……だいじょうぶ」
そう言うと黙々と起き上がって居合の構えを取り修行を再開する。
もはや言葉を喋ることさえも難しくなっているほど、満身創痍になっている大和、それでもなお修行を続けて、一体何を求めているのか、それは幽々子にはわからなかった。
「ありがとう………もうすこし………がんばれそう」
心配そうな目で大和を見つめる幽々子。
自分のために何故そんなにも頑張れるのか、何故そこまでして辛い思いをするのか、それが幽々子にはわからなかった。
苦痛に耐え、苦行を乗り越える。大和がそれら全てを耐え抜く理由は一つだけあった。
それは愛、幽々子を愛するために、そしてこれからも幽々子と一緒にいるために、自分が強くなり、幽々子を守り抜く。ただそれだけのことだった。
心配そうにしている幽々子の肩をポンと優しく叩いてくる紅虎。そしてこういった。
「わかりましたか?もう辞めることも止めることもできないということが」
「えぇ……」
「ですが安心してください。もうすぐ大和は強くなります。それは保証しますから。」
二人は大和を置いて座っていた石の元に戻り、再び大和が修行を終えるのを待っていた。
過酷な四日間の修行があと一日で終わりを迎えようとしている。果たして大和は心眼に達することができるのか、それは師匠である紅虎にもわからない。
しかし、大和は過酷な修行を乗り越え、心身共に限界を迎えている。やることはやった。全て乗り越えてきた。あとは人事を尽くして天命を待つだけだ。
《〜一方草薙家では〜》
大和の兄である武尊が身支度を整え、玄関で草履の紐を結んでいた。
ちょうど玄関を通りがかった和生が不思議そうな表情で武尊に話しかけてくる。
「なんだよ大兄貴、どこかに行くのか?」
「和生か、そうだな。ちょっと大和の様子を見にな」
「兄貴に会いにってことは、心眼が開眼してるかどうかか?」
「あぁ、修行が始まってもう三日が経つ。そろそろ頃合いって時だな」
弟である大和がどうなっているのかも観ものだが、それよりもあとどれだけで心眼が開眼するのかが気になるところだ。
「それじゃあな、戸締まりは任せたぜ」
そう言うと武尊は立ち上がり戸を開けて外に出ていった。
外に出てみると誰かを待っていたのか、一人の男が草薙家の壁に立っていた。
青年は髪の色は黒く短髪。
身長はおよそ185㎝と武尊よりは小さいものの大和よりも背が高く、恵まれた体格をしており、容姿は端麗な顔立ちが特徴的、服装は白い半袖の上に青い長袖ジャケットを着ており、下は紺色のジーンズを履いている。
武尊を見るやいなや、ようやく来たと言わんばかりに武尊の前に立ちはだかりこういった。
「よう草薙武尊」
「お前は?」
「風魔家若頭風間獣蔵って言うんだ。まぁよろしく」
つまり俺を殺しに来たというわけなのか、真っ昼間なのに大胆な奴だな。
無意識に武尊は戦闘態勢に入り、一体どうゆう殺しの技や手段を使ってくるのか、この目で確かめようとした。
しかし。
「そんな警戒すんなよ。別に殺しに来たわけじゃない」
「何のようだ?」
「あんたがどうゆうやつなのか見に来た。それだけだよ」
様子を見に来たと言ったが、それとは裏腹にポケットから拳銃を取り出して銃口を武尊に向ける。
拳銃の引き金が引かれる瞬間、武尊は銃口から逃げるかのように身体を避けて銃弾を難なく回避する。
「すげぇや本当に持ってるんだな、心眼を」
「何が見に来ただ。殺しにかかってるじゃねぇかよ」
「今のはただの挨拶だよ。もし心眼を持ってなければそれまでの男だってこと」
笑顔を絶やさないのを見て、こいつには恐怖というものが無いのかと思った。
壊れている。生まれつきなのか、それとも何かのショックで壊れたのか、それはわからないが、少なくともこいつは常人でもなければ恐ろしい人種だ。関わったらこちらの命が危ない。
「感情が壊れてやがるな。お前、死の恐怖とか感じねぇんだろ」
「それがどうした?そんなものあったって自由気ままに生きられねぇだろうが。俺は楽しんで生きていたいんだよ。」
そう言うと、獣蔵は道を譲る。
「いけよ、怪童に会いに行くんだろ?」
「やれやれ、筒抜けって言うわけか」
「明日で四日目、約束は守ってもらわないと待った意味がないからな」
その時の獣蔵の顔は、まるで極上の新しいおもちゃを楽しみにしている無邪気な子供のような表情をしていた。それほど大和との戦いが楽しみなのか。
道を譲られると武尊は大和がいる山奥に行くために前に進む。最上の敵である獣蔵に目もくれずに。