古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜   作:黒い小説家

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四十六話 心眼に達した後

 紅虎と幽々子が心眼を習得した大和の元へ戻ってきてから数十分後のこと。

 

 大和が心眼に到達したことを聞き入れ、紅虎は早速実践して確かめようと何もない平原に大和を呼んだ。

 

 平原の真ん中で立ち会う両者、これから戦闘が始まると言わんばかりに一人を除いて緊張感が走っていた。

 

 師匠を相手に緊張する大和に対して、平然と冷静にいる御巫紅虎、その静けさはというと心臓の鼓動が伝わってくるのではないかと思わせるほどだった。

 

「それでは始めますか。心眼の能力を私に見せて精々私をがっかりさせないように」

 

「はい」

 

「いっときますが、私は信じてませんよ。貴方が心眼を習得したということ。実践で確認するまではね」

 

 嘘か真か、それはやってみないとわからない。紅虎はそう言った。

 

 いきなり未来が視えると言っても信じてはくれないだろう。況してや修行の厳しさに耐え切れず苦痛に泣いて、もうできないからと嘘をついて開眼したと言ってる可能性もある。

 

 真偽は実践によって見定める。少なくとも紅虎に取って大和が嘘をついているのか真実を言っているのか見抜くことは造作でもないこと。動きを見ればはっきりとわかる。

 

 空腹に耐え、眠気に耐え、熱さに耐え、想像を絶する苦痛を耐え抜いた大和、あらゆる苦行を乗り越えて今師匠の紅虎の前に立ちはだかっている。

 

 苦痛だった。四日間不眠不休で飲まず食わず、更に人間の五つの感覚である五感を封じるための修行は決して生半可なものではない。下手すれば本当に命を落として死んでいたかもしれないほど、想像を絶するほどの行いだった。

 

 だが、修行僧の苦行ですら生温いほどの修行を耐え抜いたのは決して一人で乗り越えたわけではない。

 

 それは愛しい人である幽々子が傍にいて見守ってくれたからだ。もし幽々子がいなければ修行に耐え切れずに今頃野垂れ死んでいたかもしれない。

 

 いや、そもそも幽々子がいない世界で今以上に強くなる必要があったのか?心眼を開眼させる意味があったのか?いや、ない。

 

 幽々子がいてくれたからこそ俺は強くなれた。更なる力を付けることができた。それは変わることのない真実である。

 

 少し間を開けると、そろそろ実践を始めても良いのではないかと思ったのか、紅虎は大和に対してこう言い放った。

 

「それじゃあそろそろ始めますか」

 

「はい」

 

 両者、同時に拳を握り締めて同じ構えを取る。師弟関係であるのだ。同じ構えでも別に不思議なことではない。

 

 お互いすり足で前へと進んでいき着々と距離を縮めていく、攻撃が届く射程距離範囲に入るまでひたすらと。

 

 そして数秒後には両者共に攻撃が当たる距離まで近づいていくと、一旦足を止めて静止した状態へとなる。

 

 射程距離範囲内に入っているのにも関わらず、両者共攻撃もしなければ動く気配もない。そんな時間が数秒程続くのであった。

 

 それから数秒後、沈黙の時間は打ち砕かれる。

 

 先に動き、先制攻撃を仕掛けたのは紅虎の方だった。

 

 時間に換算しておよそ0.5秒以下と言ったところか、肉眼では到底捉えることができないほどのスピードで右拳を大和の顔面に向かって繰り出してくる紅虎。

 

 人間の意識の処理は0.5秒遅れてくる。つまりその間だけ無意識の状態になっているのだ。

 

 紅虎の放った打撃は人間の反射神経では取られるどころか相手は何が起こったのか理解できない。

 

 今までの大和なら為す術もなく紅虎の攻撃をまとも喰らっていただろう。しかし、今の大和は心眼を開眼させている。故に紅虎の攻撃が視えていたのだ。

 

 心眼によって先の未来を見通し、既に紅虎の打撃を見抜いていた。

 

 大和は打撃が顔面に向かって放たれること見越して、打撃が来るよりも早く咄嗟に後ろに下がって紅虎の攻撃を紙一重で避ける。

 

「………ほう」

 

 自分の放った神速の右拳を避けたことに驚いたのだろう。表情には出さなかったものの、思わず言葉を漏らしてしまう。

 

 今の攻撃が避けれたのか、人間の反射神経では絶対に捉えることができない、速さの究極とも呼べる最速の打撃を。

 

 しかし、偶然かもしれない。いや、もしかしたら直感で避けたのか、偶々避けたのか、それとも本当に心眼を開眼していて未来を見通したのか。

 

 これはもう一度試す意味がある。もし偶然ではなく、心眼を習得していたのならば、次の繰り出す攻撃を確実に、いや、絶対に避けるであろう。

 

 もう一度攻撃が当たる範囲内に入り、紅虎は先程と比べて遅いものの左拳を繰り出して打撃を放ってきた。

 

 それに対して大和は構えているだけで何の動きもない、攻撃を仕掛けてくる気配もない。どうやら紅虎の動きや様子を観察しているようだ。

 

 左拳を大和の顔面に向かって放つ。端から見れば当てるために繰り出した打撃と思うだろう。

 

 だが、それは偽造(フェイク)、相手を騙すため、相手の気を引くための囮のようなもの、当てるつもりは毛頭ない。

 

 それに対して大和も避ける気配はなかった。まるで当てないことがわかっていたかのように。

 

 顔面に向かって放った左拳を紙一重で寸止めして自分の元に左拳を引っ込める。

 

 本命は右拳、目にも止まらぬ速さで繰り出す神速の一撃、未来を見通すことが出来なければまともに喰らうであろう必殺必中の攻撃。

 

 大和が心眼を習得しているのかどうか半信半疑だった御巫紅虎、しかしこの一撃によってようやく真実が導き出せる。

 

 紅虎は容赦なく決して勢いを殺さずに本気で繰り出す打拳、もしまともに喰らえば確実に大和の意識を絶つことができるだろう。

 

 しかし。

 

 未来を見通していた大和は繰り出してきた攻撃が当たる前に瞬時に少し後ろに下がると同時に紅虎の右拳を紙一重で避けた。

 

 その後に何を思ったのか、大和は更に後退して紅虎との距離を空ける。

 

「…………」

 

 フェイクを見破られたうえに、況してや自分の神速の打撃が当たらなかったことが予想外だったのだろう。握り締めた右の拳を見つめながら黙り込む紅虎。

 

 今の攻撃は人間の反射神経を軽く凌駕した速度で放たれる、云わば必中の一撃。到底のことながら避けられる代物ではない。

 

 しかし大和は難なく避けた。恐らく来ることを知っていたのだろう。まるで最初から繰り出してくることがわかっていたかのように。

 

 これで確信が持てた。はっきりと言えることがある。大和は心眼を開眼させている。

 

「どうやら身につけたようですね、心眼を、見えないものが視える仏の境地を」

 

「………はい」

 

 紅虎の言葉に対して大和は静かに冷静に答えた。

 

 改めて実感した。心眼の凄さを、そして未来を見通すことができる能力の素晴らしさを。

 

 この四日間、厳しく辛い修行をやった甲斐があった。更なる強さを会得したうえに、ようやくこれで幽々子を守り抜くことができる。

 

 心眼を習得し、そして紅虎の最速必中の打撃を避けられたことが余程嬉しかったのだろう、大和の心は満足感と達成感で満ち溢れていた。

 

 すると何を思ったのか、紅虎は戦闘態勢の構えを解いて大和の方に歩いて近づいていく。

 

「貴方が心眼を会得したことは理解しました。もうこれ以上の闘いは無駄でしょう」

 

 どうやら戦闘はこれで終いのようだ。

 

 紅虎さんもどうやら信じてくれたようだ。自分が心眼を習得したことを、地獄とも言える苦痛の四日間を耐え抜いて生き延びたことを。

 

 大和の隣に来ると、紅虎は目を瞑りながら嬉しそうな表情を浮かべて大和の右肩を右手でポンッと軽く叩く。

 

「良く頑張りました。それでこそ私が見込んだ弟子です」

 

「………っ!!」

 

 初めてだった。初めて師匠の紅虎さんが自分のことを褒めてくれた。こんなことは今までなかった。

 

 嬉しかった。褒めてくれたくれたことがとても嬉しかった。褒められることがこんなにも嬉しく気持ちのいいものだとは思ってもいなかったのだから。

 

 今までに無い多幸感と高揚感が大和の頭の中に溢れてきた。過酷な修行の末に心眼を習得した達成感、幽々子を守り抜くことができる力を手に入れた実感、そして師匠である紅虎に褒められたこと、それ等全ての感情が統合し化学反応を起こしてスパークした。

 

 有頂天というべきか、今の感情を表す言葉はそんなものしか思い浮かばない。

 

「貴方はまだまだ強くなれます。これからも鍛錬を怠らずに精進することですね。いずれ私や武尊と対等に闘えるように強くなることを心から願います」

 

「はい。頑張ります……」

 

「以上、貴方の師匠のからのアドバイスです」

 

 話が終わると突然、幽々子が後ろから豊満な胸を押し付けてきながら抱きついてくる。

 

 四日間ずっと見守ることしかできなかったうえに、コミュニケーションも取れなかったので、もう我慢が出来なかったのだろう。幽々子の感情が爆発して大胆で積極的な行動に出てしまったのだ。

 

「良かったわね大和!!」

 

「あぁ……ようやく幽々子を守ることができる。」

 

 最初は冷静に平然とした態度だったが、幽々子が抱きしめながら豊満な胸を自分の背中に押し付けてきていることに気が付くと、大和の顔が徐々に真っ赤になっていき、思わず目を逸してしまう。

 

「ゆっ、幽々子……その……頼むから離れてくれ……」

 

「良いじゃないの〜四日間も放ったらかしにされたんだから、このくらいやらせなさいよ〜」

 

「頼む……背中にな……胸が……当たってんだよ……」

 

「な〜に〜? 聞こえないわよ〜うりうり〜」

 

 大和が顔を赤くして照れていることに気づきながらも、更に強く抱きしめて胸を押し付けてくる幽々子、これは確信犯だった。

 

 駄目だ。刺激が強すぎる。限界だ。この四日間三大欲求を禁欲してきたので、この状況をどうにかしないと理性が吹き飛んでしまう。今にもどうにかなってしまいそうだ。

 

 幽々子に責められていると、緊張感と修行から開放されて安心でもしたのか、大和の腹から『ぐぅ~』と山奥に大きく響くような音が鳴った。

 

「やべぇ……腹減った。」

 

「それも無理は無いわね。四日間飲まず食わずだったからもの」

 

「それでは山を降りて食事にしましょう。それまで我慢してくださいね」

 

 そう言うと紅虎は一人で歩き、幽々子は抱きつくのを止めて、嬉しそうな表情を浮かべて恋人同士のように大和に寄り添って腕を組みながら歩いて山を降りていった。

 

 過酷な修行の末に心眼を会得した大和、近づいてくる八雲紫との戦争、そして風魔獣蔵の再決戦、二人が戦場で闘い相見える日はそう遠くはない。

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