古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜 作:黒い小説家
大和達が山を降りて街に帰ってきたあと、腹拵えをするために近くのファミレスに寄って行った。無論、食べ放題の店である。
店に入って席に座り、店員に注文をする大和一行、その量と来たらとんでもないものだった。
「これとこれと、あとこれもお願いします。 デザートは食後で……」
「私はこれと、これと、これと、あとついでにこれもお願いするわ。」
「私はこれで」
まるで二人は競い合っているかのように、大和と幽々子は色んな料理を注文する。無論食べ放題のスープやサラダ、ご飯物も忘れてはいない。この店を閉店に追い込むのではないのかと思わせるほど。
三人の注文が終わり店員がいなくなると、紅虎は大和に対して話しかけてくる。
「そんなに頼んで大丈夫なんですか? お金は何とかしますが、何も入れてない身体に大量の食事を摂取すると胃がビックリしますよ。」
「いやーすいません。あまりにも腹が減ってて色んな料理が美味しそうで、つい衝動的になってしまいましたよ。」
「まぁ…残さず食べれば私は何も言いませんよ。」
「あら、私には何も言わないのね。」
「貴女の場合は大食いが平常運転ですから。この店の食材を全部食べ尽くしても驚きはしませんよ」
大和もかなりの大食いだが、幽々子はそれ以上に大食いだ。こんな細い身体のどこに食事が入っているのかと思うほどに料理が良く入る。もしかしたら異次元やブラックホールでも胃の中に搭載しているのではないかと思ってしまうほどだ。
「それにしても羨ましい身体ですよね幽々子さん。沢山食べても太らず、体型を維持できるなんて夢のような身体じゃないですか」
「そうですか? そんなこと私は全然考えたことなかったから」
「逆に言えば脂肪が増えない、太れないってことだよな、筋肉とかを付けたい俺からしてみれば致命的なことだと思う」
幽々子からしてみればどうでも良い話だが、大和の言う通り太れない体質はボディービルダーや身体を至宝とするアスリートに取っては致命的なことである。
本来肉体とは脂肪を付けてから筋肉量を増やす、それが一般的なやり方である。
脂肪がたんまりと乗っている太った人が筋肉を付けるのは努力次第でなんとかなるが、筋肉も付いていないガリガリの人がそこから筋肉を付けるには筋トレをするのはもちろんのこと、それ以上に相当な食事をする努力が必要である。
筋肉を肥大化させたいという人は太れないという苦しみを味わう、この苦しみに対立している人はどれだけいるのかは想像もつかない。
つまり、太れるというのは才能の一種であり、太れないというのは筋肉を付けるうえでとても致命的なことである。
まぁ幽々子からしてみれば、筋肉を付けることも、身体を肥大化することも無縁な話であり、どっちにしてもどうでも良いことなのである。
「お待たせしました。ご注文の品々です。」
店員が料理を持ってくると、極限まで腹が減っていた大和は眼を光らせ早速料理にありつく。
「頂きます」
手を合わせた後、ガツガツムシャムシャと豪快に飯を喰らう大和、余程腹が減っていたと見ることが出来る。
あっという間にほとんどの料理は無くなり、食べ物が無くなるや否や今度はサラダやコーンスープ、大盛りのカレーなどを持ってきて食べだす。
大和のあまりにも早すぎる食べ方、そして大量の食事に紅虎は難を示したのだろう。食事中の大和に思わず指摘をしてくる。
「早食いは良くありませんよ。もっとゆっくり食べては?」
「すいません。腹減って腹減って、夢中で喰ってました。」
「駄目よ大和。食事はもっと優雅に食べないと」
そう言っている幽々子も料理は全て片付けてサラダやスープ、大盛りのカレーを持ってきて食べている。今でカレーは四杯目と言ったところか。
「俺より喰ってる幽々子が優雅やら何やら言う資格があるのかよ? 上品に喰ってる割には大食らいじゃねぇかよ」
「あら? 野生児みたいに品性の欠片もなく食い散らかすよりはマシだと思うけど、もっと私を見習って欲しいわね。」
「言うね、そこまで言われたの初めてだわ。それに誰が野生児だって?」
「まぁまぁ二人とも……夫婦喧嘩はそこまでにしときなさい。周りのお客さんに迷惑ですよ」
「夫婦じゃねぇよ!!」
「夫婦じゃないわ!!」
息ぴったりの二人、流石の紅虎も呆れてしまうほどの意気投合の仕方。
二人の喧嘩が止まると再び食事を始める。食事が終えるまでそれから一時間近く経過するのであった。
《〜少年少女食事中〜》
大和がサラダやスープ、カレーをおかわりしたこと合計50回近く、同じく幽々子がおかわりしたこと合計100回近く。やはり幽々子の胃袋の次元は違ったようだ。
空腹から開放されて、ようやく満腹になった大和。砂漠を三日間飲まず食わずで彷徨ったあと初めて水を飲んだ時の爽快感と多幸感がある。
「ふぅ〜食った食った。こんな美味い飯久しぶりだわ」
「ご馳走様、美味しかったわ」
「さて、食事も終えたことですし。本題に移りましょうか」
「本題?」
「大和、貴方は心眼を習得し、安心して平和ボケしていると思いますが、これから戦争が始まるのですよ。
まず自分が戦争をすることを自覚しなさい。」
「はい。」
そうだ。これから風魔一族との戦争がある。風間獣蔵との決戦がある。これは逃げることも避けることもできない運命的なものである。
平和ボケ、確かにしていた。俺は過酷な修行の末に心眼を習得して安心し切っていたのだ。
気を引き締めなければいけない。褌を締め直さなければ、この先、風間獣蔵のとの戦いがある。そして幽々子を連れ帰るために来る、あの化物の八雲紫とも対立しなければいけないのだ。俺には安心している暇も呑気にしている余裕もない。
「まぁ、大丈夫ですよ。以前とは違って貴方は格段に強くなったのですから」
「そうよ。大和なら大丈夫だって。 紫には遠く及ばないけれど、何とかなるわ。」
紅虎さんも、幽々子も励ましてくれる。それがどれだけの励みになることやら。しかし八雲紫にはどうしても勝てないらしい。人の力ではどうしょうもない、人知を超越した強大な化物らしい。
「紅虎さんありがとう。幽々子、俺頑張るよ、絶対に守って見せる。」
「話はそれで終わりです。さっさとお会計済ませて屋敷に帰りましょうか」
「はい」
「はーい」
三人は席から立ち上がってお会計を済ませる。しかしかなりの料理を頼んだせいか、店員がレジを打つ時間が非常に長く、結構待たされた。
そして。数十分後のこと。
「5万8000円になります。」
「えぇ……?」
お金を出す紅虎は思わず聞く耳を疑ってしまった。
えぇと一桁多いのでは?あの二人どんだけ食べたんですか?など、紅虎の頭の中はいっぱいだった。
思わず苦笑いを浮かべながらも紅虎は5万と8000円を取り出して料金を支払う。
店から出ていき外に出る三人、もう夜遅くだったので暗い夜空には無数の星々と満月が浮かび、空気はかなり冷え込んでいた。
草薙家に帰る三人、大和と幽々子はまるでお互いを暖めるかのように身体を寄り添って歩いていた。
《〜少年少女帰宅中〜》
ファミレスから出て三十分くらいが経過したところか、三人は草薙家に到着した。
玄関を開けて中に入り、靴を脱ぐ。そして長い廊下を歩いて茶の間へと向かう。
四日間家を空けていただけだが、何だか久々に我が家に帰ってきたような気がする。兄の武尊と弟の和生は今どうしてることやら。いや、武尊とは最近会ったばっかりだっけ。
三人が襖を開けて茶の間に入ってくると、そこには珍しく兄の武尊と弟の和生が寛いでいた。
兄の武尊はお茶を飲んでゆったりとしており、弟の和生は武器の整備をしている。
大和達が帰ってきたことに気がついた二人は、四日振りに家に戻ってきた大和を優しく?出迎えてくれる。
「よう兄貴久しぶり、帰ってきたのか」
「寂しかったぜぇ〜お前がいない間ずっと俺が飯作ってたんだからよ」
兄貴は嫌味ったらしく、弟は淡白で無愛想な口調で兄弟の帰りを出迎えてくれた。
弟が無愛想なことは昔から良く知っている。俺が死ぬ思いをして帰ってきたからって別にこれと言った特別なことなんてないのだから。
しかし問題は兄の方だ。兄弟が死ぬ思いをして帰ってきたことを知っているのにも関わらず、最初に口にしたのは飯のことだ。もしかして自分の弟のことを飯炊きとしか思っていないのか。
まぁ、良いや。俺も大人だ。そんな小さいことで怒ったり悩んだりはしない。家事を全て任せたのは悪いと思ってるし、俺がいないことで迷惑もかけた。
それに兄貴は勝てない。ここは穏便に平和な策で行こう。そうすれば喧嘩も争い事も起きない。
「留守に悪かったな二人共、修行に行ってたとはいえ迷惑をかけた。」
「別に良いんだよ、料理も意外と楽しかったから。
それに強くなって帰ってきたことは褒めてやるよ。これで俺とかなり良い勝負が出来るんじゃねぇか?」
「いや、まだ兄貴には遠く及ばない。どうせ今戦っても負けるのは目に見えている。これからも強くなるために稽古を積まないとな」
「ったく、もうちょっと自信を持てっつーの。今の俺だったら兄貴に勝ってみせる、とか粋な答えはできねぇのか?」
そんなこと言われても、心眼を習得したとはいえ俺と兄貴の戦力にはまだ雲泥の差がある。兄貴の身体能力も技も能力も次元が全く違うのだ。
俺も馬鹿ではない。心眼を習得した直後に兄貴に見せられた『くずし』という武術、あれの存在を教えられたことによって兄貴の底無しの戦力の恐ろしさと心眼の弱点というのを知ってしまったのだ。
「いや、無理だよ。兄貴には勝てない。」
「お前これから戦争を始めるんだぞ? そんな気弱で臆病風に吹かれた状態でいると生き残れないぞ
もっと自分に自信を持てって、それにお前はゆゆちゃん守るんだろ?今のお前は以前とは比較にならないほど強くなったんだからよ。」
珍しく励ましてくれる武尊、これから戦争が起きるからなのか、それとも単なる気紛れなのかそれはわからない。しかし自分を鼓舞するその兄の言葉は何だかやる気と自信が溢れ出てくる。
「それによ、俺は楽しみなんだ。何せ自分の力を全力で振るうことができる戦場に巡り合わせてくれたんだからよ。ゆゆちゃんには感謝してるぜ、今まで辛く厳しい鍛錬を耐え抜いた甲斐があるってもんだ。」
「お兄さん……」
近い将来、戦場を駆け巡ることがとても嬉しそうにしている武尊を見て幽々子は恐ろしく感じた。
現代の風魔一族がどれだけ恐ろしいのかはわからない。しかし友人である八雲紫の強さと恐ろしさは知っていた。あれは人の力でどうにかなるものではない。いや人間ではどうしようもない強大な力を持っている。
もし戦場で相見えて戦えば確実に殺される。例え未来を見通す力を持っていても、どんなに優れた身体能力を持つ人間でも彼女には勝てない。それほど恐ろしく強大な力を持っているのだ。
「それは危険なことよ、紫と戦えば死ぬかも知れない。お兄さんは命を粗末にする気なのかしら?」
「構わねぇよ、俺は生粋の戦士だ。戦場で戦って死ねば本望ってもんよ。
それにな、俺は平穏に長生きするよりも、戦争で華々しい活躍を遂げた戦士として死ぬ方が良いんだ。」
「わからないわ。お兄さんの考えが……」
「わからねぇだろうな。俺が住む世界は女にも一般人にも理解できない世界だからな」
あまりにも高潔で何の曇もない戦士としての理念、そして死ぬことすら自分の誇りだと自負する高い自尊心。
草薙武尊とはそういう人物なのだ。恐らく彼は幼い頃から戦士として育てられ、戦士としての生き方や意味を考えて、自分の意志を貫いてきたのだ。
武尊が理想とし求めるもの、それはこの世で最も強い最強の兵法者、戦場を縦横無尽に駆け抜けて敵を蹂躙し殲滅する一騎当千の戦士。それを手に入れることが出来るのならば、自分の死なんて取るに足りない。
「悪いが俺は大兄貴と違って死ぬ気はない。俺は俺の考え方とか意志がある、それを通し抜くだけのことだ。」
「俺も死ぬ気は更々ねぇよ、まだ死にたくはねぇし、何よりも幽々子のためにも生き残らねぇとな」
「それじゃあ大和……」
「おっと、今更戦争を止めろなんて言うんじゃねぇぞ、このまま幽々子を八雲紫に引き渡すわけにはいかねぇからな。
もし幽々子がいなくなったらと思うと、怖くて恐ろしくてどうしようもないんだ。自分が自分でいられなくなる。」
八雲紫と闘うのは確かに怖い。今でもあの恐ろしい能力のことを考えると恐怖とトラウマで手足が震えだす。しかし、それ以上に幽々子がいなくなると思うと気が触れてしまい正気ではいられなくなる。幽々子がいない世界など何の意味も無くなってしまうのだから。
「という訳だゆゆちゃん。俺達の命を慈しむ心は良い心掛けだが、今更戦争を止めさせようだなんて無理なこった。
俺は大切な人がこの世界からいなくなって壊れる弟を見たくないし、何よりこんな面白くなりそうな戦争に水を差されたくないね。」
飲んでいたお茶を飲み終えて立ち上がる武尊、どうやら床の間から出ていくようだった。
「それじゃあ、俺は戦争の準備しながら一人で晩酌するわ。死ぬ気は更々ないが、もしかしたら最後の酒になるかもしれねぇからな。
それともゆゆちゃんに晩酌の相手してもらおうか? 良い女に酒を注がれたらもう何も言う事ないんだけどな」
「兄貴っ!」
「冗談だよ、そんな怒んなって。」
これから戦争が起きるというのにも関わらず、陽気に笑いながら床の間を歩いて出ていき、自分の部屋に戻る武尊。
「俺も自分の部屋に戻るわ」
「それじゃあ私も今日はここで寝泊まりさせて貰いましょう。部屋は空いていると思うので、勝手に布団を敷かせて貰いますよ。」
そう言うと和生は調整していた武器を手に持って立ち上がって自分の部屋へ、紅虎は空き部屋へと歩いて行き、床の間を出ていった。
二人きりとなった大和と幽々子、さて、これからどうしたものか。まぁやることは大体決まっていた。
「俺達も寝るか」
「うん」
それならばさっさと部屋に戻って就寝しようと二人が床の間を出ていこうとする時だった。
突然、幽々子が大和の服を掴んで何か言いたそうな表情を浮かべながら立ち止まる。
「ねぇ大和……もし良ければだけど、今夜一緒に寝ても良いかしら?」
「……………………はっ?」
あまりに突然の一言に顔を真っ赤にする大和。
幽々子は何を考えているのか、男女が一つ屋根の下で暮らしているのが精一杯だと言うのに、況してや一緒の布団で寝るなんてどうかしている。
「駄目?」
まるで誘っているかのように幽々子は上目遣いをしながら大和の腕に抱き着いて豊満な胸を押し付けてくる。
それに対して大和は目を逸らす。理由は言うまでも無く、恥ずかしいからである。
「わっ、わかった。一緒に寝るから頼むから離れてくれ……そんな積極的なアプローチしないでくれよ」
「いーやだ、はなさなーい」
「はぁ……まったく……」
駄目だ。幽々子の豊満な胸を意識すると心身とも持たない。もう諦めよう。どうゆうわけなのか離れる気は更々無さそうだし。
自暴自棄になりながらも二人は大和の部屋へと行き、ベッドで就寝する。ちなみに幽々子は眠りにつくまで大和を離さなかった。
八雲紫率いる風魔一族と草薙家による全面戦争が始まるまで一日が切り、残り数時間のこと、果たしてどのような結末が待っているのか?それは誰にもわからない。