古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜 作:黒い小説家
対立する八雲紫と草薙和生。
少しずつ身体が壊れるような音が聞こえてくるような気がしながらも、兄貴達を助けるために目の前に立ちはだかる和生。
「来いよ……決着付けようぜ……」
次の瞬間、まるで不意打ちでもするかのように、和生は銃を取り出して引き金を何度も引く。何度も何度も弾丸を放ったのだ。
秒速100キロ以上は超えているだろう。違法改造したガン、並の人間なら速すぎて目視することもできない。当たれば皮膚を貫通する威力。
しかし、八雲紫はまるで余裕の態度で動く気配は無い。避ける気がなかったのだ。
その代わりに妙な事をする。
弾丸が当たる前に、異空間のようなものが開き出し、弾丸はその空間に吸い込まれていく。
「……消えただと?」
弾丸が空間の中に消えた瞬間、和生の背中に激痛が走った。まるで何かの物体が自分の皮膚を貫通したような痛み。
「あがっ!?」
痛みの正体は自分が放った弾丸だった。よく見ると八雲紫の目の前に存在する異空間のようなものが和生の背後にもあったのだ。
(……こいつの能力は何だよ? 空間移動? 空間操作? いや……もっとやばい能力かもしれない……)
その場にいるとまずい、このままでは俺が蜂の巣になってしまうと本能で察したのだろう。和生はその場を離れて素早く動き回る。
そして動きながらも、相手に狙いを定めて銃の引き金を何度も引いて弾丸を放った。
これならあの異空間のようなものを開かれても俺には当たらない。大丈夫だと、和生はそう思った。
しかし。
「うぐっ!?」
避けているはずなのに、動いているはずなのに、自分の放った弾丸が異空間を通じて何度も当たる。
弾丸が皮膚を貫き、出血する。
(この野郎……俺の行動パターンを完全に読んでやがる……どんな知能してんだよ?)
ありえない話だが、どうやらこの妖怪は俺の動きを演算して異空間を作り出し、カウンターしているようだ。
恐らく俺よりも知能は高い。いや、比べるのも嫌になるくらい天と地の差、雲泥の差はある。こいつは紛れもなく化物だ。
「銃撃じゃあ無理か……」
もはや何度も撃っても返ってくるのがわかった。このまま銃撃戦で挑んでも弾の無駄だし、こちらのダメージになるのは明白だった。
ならどうする? 接近戦ならどうだ? 相手は武器を持っていない。こちらには大型のナイフが二本ある。
いや、NOだ。あの異空間に引きずり込まれたら一瞬で終わる。脱出する手段は無い。
しかし、接近するのは良い手段だ。接近して相手の懐に潜り込み、致命傷を与えてKОだ。
それなら、これならどうだ。
和生は懐から手榴弾を取り出し、八雲紫に向かって放り投げる。
(……手榴弾!?)
「馬鹿がっ! 煙幕だよ!」
周囲一体が煙で覆い尽くされる。
八雲紫の視界は妨げられた。これならどこから襲いかかってくるのかわからない。チャンスだ。
「この人間がっ! 小癪な真似を」
念の為に煙を吸わないように袖で口を覆い隠す八雲紫。
視えない。どこを見ても煙と煙、視覚が全く役に立たない。どこから襲って来るのか、どこから攻撃を仕掛けてくるのかわからない。
煙に包まれている中で周囲を見渡していると、八雲紫は左肩に激痛が走った。
「……っ!?」
左肩に走る痛みの正体、それは草薙和生が八雲紫の左肩に噛みついていたからだった。
噛みついた瞬間、歯で服を破って皮膚を貫き、肉まで達する。そしてそのまま肉を噛み千切ってしまう。
「この人間がっ!」
怒りのあまりに八雲紫は噛みついてきた和生を振り払って天高く放り投げる。
しかし、和生の身体が重力によって落下する瞬間、和生は空中で着地する態勢を整える。
そして難なく地面に両足と左手を付けて着地する。まるで何も無かったかのように。
「……ぺっ!」
和生は口から布を吐き出す。地面に吐き出されたのはヨダレと血で塗れた布だった。
そして食べる。ムシャムシャと味わうように八雲紫の左肩の肉を堪能するように食べる。
口から血液が溢れると右手で拭う。
噛みち千切られた八雲紫の左肩から鮮血が迸り、周囲の服が赤く染まる。傷口は痛々しく、くっきりと肉まで見えている。
「私を食べても無駄よ。いえ、寧ろ身体の更なる崩壊へと繋がるだけ。」
「そんなこと知るかよ……空腹を凌ぐためのせめてもの抵抗だ……」
だが足りない。肩の肉片だけじゃあ物足りない。もっと欲しい。もっと喰いたい。あいつ肉も臓物も全てを喰らい尽くしたい。
空腹が更に深まる。食欲が更に高まる。
そして和生の身体から紫色の亀裂のような傷が入る。だが痛みはなかった。
和生の身体が徐々に壊れていく様を見て、八雲紫は呆れたような表情で淡々と話す。
「貴方の身体が壊れる理由、それは妖気が身体を蝕んでるから。人間に取って妖気は毒のようなもの。
妖怪を取り込むことによって人知を超えた力を得る話は数多あるけど、所詮は有害物質、妖気への抵抗力が無ければ死ぬだけよ」
ふらふらになりながらも、何処か相手を見下したような態度で振る舞いながら鼻で笑う和生、まるで八雲紫の発言が馬鹿馬鹿しいとでも言わんばかりだった。
「はっ、だからどうした?妖気?抵抗?有害物質?そんなもの関係ねぇよ、それら全てを乗り越えてこその人間だろうが。
俺は強くなるためなら猛毒だろうがなんだろうが全て飲み込んで超越してやるよ。」
俺は大兄貴とは違う。双子の兄貴とも身体の造りが全く違う。頭脳だけは優秀だが、身体能力は常人よりも少し強いぐらいだ。兄貴には到底敵わない。
だが、俺には人間としての意志がある。誇りがある。例え化け物に変貌しようとも、例え培養液で満たしたガラスの中にある脳髄であろうとも、それは変わらない。俺は根っからの人間だ。
乗り越えて見せる。どんなに理不尽で無理難題なことであろうとも克服して見せる。そうやって偉大な英雄や優れた人間は生きてきたのだから、俺にもできる可能性は僅かでもある。
高らかに自分の意思と誇りを告げる和生に対して八雲紫は冷ややかな視線を向ける。
「良いわ。楽にしてあげる……」
四つの異空間が姿を現した。
そしてその一つの異空間の中から弾丸のような速さで謎の物体が和生に向かって飛んでくる。
幸い、謎の物体は和生を横切り当たらなかった。しかし地面にぶつかると地面は抉られて大きな穴が空いた。
恐る恐る、冷や汗をかきながらも和生は自分を横切り地面を抉った物体を目にする。その正体とは。
剣だった。剣が地面に突き刺さっていたのだ。
「まさか……嘘だろ……?」
コミックやアニメの世界で見たことがある。宝物を湯水のように異空間から放出し、相手が死ぬまで何度も放つ技を。
それに類似していた。この妖怪がやっていることはコミックやアニメに世界で存在する技だった。まさか空想の技を使うやつが存在するなんて思いもしなかった。
「見せてあげるわ。現実ではありえない。幻想の戦い方を」
「クソがっ!!」
和生は刃渡り60cmはあるであろう大型の片刃ナイフを二本引き抜いて戦闘態勢に入る。
そして、再び放たれる異空間からの武器攻撃、飛ぶスピードは秒速340mは軽く超えているであろう。本物の拳銃と並ぶ速さである。
それに対して、和生は直感と異空間の向きから推測して避けようとする。
動き回る。必死に、生き延びるために、抵抗するように、避けるために必死に動き回る。
飛んできた武器をギリギリのところで回避すると、地面は抉り削られ、まるでクレータのような穴が出来上がる。
しかもよく見てみると、突き刺さっているのは剣だけではなかった。刀、槍、剣、斧、などなど、様々な武器でバリュエーションが沢山ある。
武器を回避しながらも前へと進む、八雲紫がいる場所へ、奴の息の根を止めるために、全速力で突き進む。
避ける。避け続けなら前に進む。雨のように降り注ぐ武器を縦横無尽に避けながら八雲紫の元へ。
一発の武器が飛んできた瞬間、和生は左手に持っていたナイフを盾にする。
武器とナイフがぶつかりあうと、ナイフの刀身はバラバラに砕ける。
壊れたナイフを放り投げ、八雲紫の元に着くまであと数メートルというところまで走ってきた。
「くたばれ妖怪ッ゙ッ゙!!」
八雲紫の懐まで接近した。あとはナイフを突き刺すのみ。
しかし、八雲紫は冷静だった。まるで自分が死ぬとは思っていないかのように、まるでこれが危険であるとは思っていないかのように。
そして、和生が八雲紫をナイフで刺そうとした瞬間。
和生の頭上には無数の異空間が開いており、その中から無数の武器が雨のように降り注ぐ。
降り注いだ武器の数々は和生の肩、背中を容赦無く貫き、その中には身体を貫通している物もあった。
和生は成す術もなく倒れた。八雲紫をナイフで刺す前に力尽きたのだ。
「あっ……ゴフッ(ゴロゴロ)」
武器に肺を貫かれて、肺に血が入ってゴロゴロ音がする。他の内蔵も無数の武器で貫かれているが、幸い心臓だけ避けられて無傷だった。
しかし、このままもう死ぬであろう。治療しても治らない、もう長くは生きられない。
倒れている和生の前に八雲紫が立ちはだかる。氷のように冷たい目をしながら、まるで命をどうということもないと言わんばかりに和生を冷酷に見つめる。
「このまま殺すのも良いけど、気が変わったわ。貴方を今日の食料にしてあげる。あの一族の肉なんだから、絶品かもしれないから。
この戦争が終わったらゆっくり食べてあげるわ」
「へへへっ……」
重傷の状態で和生は異空間の中へと引きずり込まれ、そのまま消えていった。
異空間は閉じ、完全に和生はこの世から姿を消した。
草薙和生、現代から姿を消す。誰も知られずに、何も残すことはなく、陽炎のようにその姿を消した。