古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜   作:黒い小説家

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五十四話 賢者からの逃走

 手を繋いで八雲紫から逃走する二人。強大で得体の知れない怪物から逃れるため、幽々子を奪われないようにするために大和は幽々子の手を引いて全力で走る。

 

 出来るだけ遠く、誰にも見つからない場所へ、行く宛も無く走り続ける。

 

 どうすれば良いのか?どうしたらあの化け物から逃れることが出来るのか、そんなことが脳裏に過るが考えている暇など一秒たりとも無い。今はただ走り続けて、誰にも追われないようにすることで手一杯だった。

 

 しかし、大和は悩み苦しんでいた。

 

 人間を止めた和生のこと、そしてその和生が八雲紫と対立していること、一体これからどうなるというのだ。

 

 空腹で飢えているとはいえ和生は確かに強くはなっている。しかしあの八雲紫の足止めが出来るというのか?

 

 もしかしたら和生は死ぬかもしれない。八雲紫に殺されるかもしれない。そんな最悪な結末が大和の脳裏に過ぎってしまう。

 

 そんなことを考えていると、大和の表情は涙を流しながら苦しそうに顔を歪める。

 

「……大和」

 

 悲しみに顔を歪める大和を幽々子は見つめる。

 

 和生が化け物になったのは自分の責任だと感じているのか、幽々子は悲しそうな表情を浮かべる。

 

 もしも、もしも私が八雲紫に連れて行かれてたら、こんなことはなかったのかな、和生くんも人間のままでいられたのかな?

 

 でも、私がいなくなったら大和はどうなるのかしら?最愛の人がこの世からいなくなったことで生気の無い廃人になってしまうのではないのか。

 

 走ったまま、申し訳なさそうな表情を浮かべて幽々子は大和に対して話しかける。

 

「ごめんなさい大和、私のせいで和生君が……」

 

「謝るな、あいつは生き残る。 死んだら一生恨んでやるだけだ」

 

 和生が妖怪になったのは私のせい。戦争の発端も私のせい。全部私のせいだ。私が現世に来なければ、大和と出会わなければ何も起きなかった。

 

 何で逃げてんだろうか、何故紫と戦っていのか、どうして私を守ろうとしているのか、考えれば考えるほど訳がわからなくなる。

 

 もう止めよう。逃げるのを止めよう。私が紫に連れて行かれさせすれば誰も死なずに済む。誰も悲運に見舞われることもなくなる。

 

「もう止めましょう、私は紫に連れて行かれる。そうすれば大和達は助かると思うから」

 

「ふざ……けるな……」

 

「えっ?」

 

「ふざけんなっ!!」

 

 走るのを止めて立ち止まり。泣きながらも怒ったような表情を浮かべて幽々子を強く抱きしめる大和。

 

「いなくなる? 連れて行かれる? 俺のために? 俺達のために? ふざけんじゃあねぇよっ!! それこそ何もかも全てを放り投げることと一緒だっ!」

 

「……大和」

 

「俺はな……幽々子がいなくなること……それが一番怖くて堪らないんだよ……自分が自分でいられなくなる。どうなっちまうのかもわかんねぇ……もしかしたら本当に生きていけなくなるかもしれない……」

 

 幽々子がいなくなったら。もし幽々子が自分の前から消え去ってしまったら。俺は一体どうなるのか想像もつかない。本当に目的も生きる甲斐も失った魂の抜けた廃人になってしまうかもしれない。

 

 それをわかった上で、そんな兄弟は見たくはないという気持ちで兄貴は闘ってくれている。確かに戦場で自分の力を相手に思い知らせたい。純粋に戦争を楽しみたいという欲望もあるが、兄弟を助けたいという気持ちが強いのだろう。正直言って弟思いの兄貴を持ったと実感している。

 

「それによ。兄貴や和生は俺の事を知った上で闘ってくれてる。況してや死ぬことを前提でこの闘いに挑んでいる。おそらく人も沢山殺してるだろうよ。だから今更命が惜しくて降参なんて出来ないんだよ。」

 

 運が良いことに俺は誰も殺していない。いや、俺自身が人を殺すことに躊躇いがあり、そんな勇気は無いからだ。正直なことを言うと、俺は人を殺めることができない。つまりトドメを刺すことができないのだ。自分の慈悲の心、良心がそれを強く拒絶する。

 

 しかし、兄貴や弟は違う。

 

 弟は俺と違って人を殺めることに一切の躊躇いがない。自分に害する者であれば何の容赦も無く殺すだろう。況してや自分を殺そうとする相手であれば尚更。

 

 兄貴に関しては組み手で何度も闘っているが、半殺しにはされたことがあったが、本当の殺意を感じたことが無い。もっと言えば俺を殺そうとしたことは一度も無い。

 兄弟への慈悲なのか、それともただの遊び相手だとしか思ってないのか、その真相はわからない。

 だからこそ、俺に少しでも優しくしてくれた兄貴が人を殺める姿を想像できない。しかし自分を殺そうとする相手を容赦無く殺めるだろう。

 

 俺の兄弟がみんな、俺のために人を殺めて手を血塗れに汚してくれてるんだ。だから今更命乞いをするたなんてそんな都合の良いことはできない。

 

 大和の説得に心を打たれたのか、幽々子は何の迷いもない純粋な表情で答える。

 

「行きましょう大和」

 

 そうだ。この人と共に歩もう。どこまでも、例え地獄の奥底でも、地平線の彼方でも、どんな時も共に歩もう。この人とならどこにでも行ける。

 

「あぁ!」

 

 活気に満ちた表情で大和は答える。そして二人は走り出す。賢者から逃げるために。

 

 

 

 

《武尊がいる場所では》

 

 

 

 大量の死体に囲まれながらも、安心して木に背を預けている武尊がいた。

 

 身体中に刃物による深い切り傷が刻み込まれ、手裏剣の傷跡や吹き矢などが刺さった場所は変色している。かなり重傷の状態だ。

 

 出血死しないように傷の手当をしたいところだが、毒によって身体がもう動かない。もう指すらピクリとも動かない状態だった。

 

「へっ……身体が動かねぇ……このままだと確実に死ぬな……短い人生だったぜ……」

 

 まだやり残したいことや、思い残すことが沢山あった。このまま死ぬのは嫌だな。

 

 しかしどうにもならない。自分で手当が出来ないので近くに助けてくれる人がいれば良かったが、大和も和生も今は戦闘で手一杯でそれどころではない。

 

 紅虎さんが近くにいれば応急手当てをしてくれて助かるのだが、今はどこにいるのかわからない。気まぐれで神出鬼没の出現がこういうときに裏目に出たか。

 

「こうなるんだったら……もっとうめぇ酒を沢山飲めば良かったな……あと美味いつまみがあればなぁ……ゆゆちゃんみたいな綺麗な女が注いでくれれば……何の文句もなかったんだけどなぁ……」

 

 本当なら幽々子に晩酌の相手をしてもらったが、大和が不満になるだろうし許してもくれなかったんだろうな。

 

 死期が近づいてくることを悟った。もう時期自分が死ぬことも理解していた。悔いは沢山あるが死ぬことを受け入れている。もうどうにもならないと諦め半分で。

 

「大和と和生……あいつら大丈夫かな……?」

 

 心配だった。兄弟の安否が気になって仕方なかった。もしかしたら死んでるのではないのか?苦しんでるのではないか?自分に助けを求めているのではないか?そんなことが色々と頭に過ぎっていた。

 

「ごめんな大和……俺は悪い兄ちゃんだっただろう? 何もしてやれなくてすまねぇな……俺のこと目標にしてくれてありがとう……

 和生……話してて楽しかったぜ……頭が良くて色んなことを知っててな……俺の自慢の弟だよ……ちょっと無差別で好戦的なところはあれだけどな……」

 

 兄弟のことを独り言で語りだす。本当ならあいつらの前で話したほうが良かったんだけどな、だがそんな時間は残されていないし、今兄弟達は闘っているだろう。もう会うことは叶わないことだ。

 

「あばよ現世……最後に楽しい戦争ができて良かったぜ……更に戦場で華々しく散れるんだ。名誉なことだ。」

 

 静かに目を閉じて息絶えるのを待つ武尊、呼吸ができて自分の心臓の鼓動が伝わってくるのを感じるとまだ生きているんだなと実感する。

 

 死んだら間違いなく地獄行きだろうな。人を沢山殺したんだ、天国に行けるはずがない。

 

 意識が少しずつ薄れていく中、自分に向かって近づいてくる足音が聞こえてくる。

 

「まったく、なんですかそのザマは? それでも草薙家の当主である人間の有様ですか」

 

 目を少しだけ開き、顔を上げて声が聞こえてきた方向に振り向く武尊。

 

 聞き覚えがある声、友人の声だった。

 

「あんたは……」

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