古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜 作:黒い小説家
決着後のこと
もはや大和は動かない。虚ろな目をしていて、まるで死体のように動く気配はない。
「さて、楽にしてあげましょうか、貴方は心臓を壊されたら死ぬのかしら?首を斬られたら生き返るのかしら?
どちらにしても何度でも殺してあげるわ」
何を言ってるんだこいつ?心臓を破壊されたら死ぬし、首を斬られたら即死に決まっている。俺は不死身の怪物ではないんだぞ。
八雲紫は異空間の中から剣を取り出して、大和の首を跳ねる準備をする。
もう駄目だ。出血多量のせいで身体は動かない。闘える力も残っていない。このまま殺されて終わるのか。
大和はもう諦めていた。もはや痛みは感じない。いや、何も感じない。敗北感も生きる気力も、痛みも何もかも。
大和が殺されそうになると、もう居ても立っても居られなかったのか、幽々子が八雲紫の前に立ちはだかり、大和を守ろうとする。
「止めて紫……どうか大和の命だけは……」
「駄目よ幽々子、この人間は危ないの。
この場で殺さないとまた悲劇が起こるかもしれない。この一族は活かしておく訳にはいかないの。
お願いだから理解して頂戴。」
幽々子を優しく退けて大和の近くへと行く、そして剣を振りかぶり確実に殺そうとする。
八雲紫が大和の首を跳ねようとした瞬間。
「やめなさい。」
声が聞こえた。男性としては声が高く、女性としては若干声が低い。中性的な声だった。
声が聞こえてきた方向へと八雲紫は顔を向ける。そこには白衣を着た中性的な人間が立っていた。
妙だった。どこから現れたのか?いつからそこにいたのか?今まで気配は無かった。声を掛けられるまで気付かなかった。まるで突然現れたかのように。
「誰かしら? 貴女は?」
「私は御巫紅虎、なに、貴女が今殺そうとしてるその子に武術を教えている師匠をやっている者ですよ」
スタスタと二人に向かって近づいてくる御巫紅虎、しかも笑顔を絶やさずにいたので八雲紫は不気味に感じていた。
「どうぞ、
すると何が起こったのか、八雲紫は武器を無意識に手放してしまう。
八雲紫は驚きを隠しきれなかった。自分の意思とは別に武器を手放したのだから。しっかりと握っていたはずなのに手からすり抜けるように武器が離れた。
「どうゆうこと?」
「
その瞬間、八雲紫の身体に異変が起こる。
動けなかった。指一本ですら動かない。そして境界が操れない。境界を開くことさえ出来なかった。
この小娘は何をしたのか?催眠、精神操作、しかし言葉を放っただけで何もしていない。
「貴方………何をしたの? 身体が動かない……それに能力が使えなくなったわ……」
「なに、私が持っている能力でして、ちょっとした精神操作です。種明かしをすると、私の言ったことを対象に禁じる能力です。」
通称デス・マス、対象に対して自分が言ったことを強制的に禁止するというもの。尚、否定形の命令では発動することができない。
表向きは暗示催眠ということになっているが、実際の能力ら言葉を発することが発動の条件になっている精神操作能力で、相手が言葉を電話越しに聞いても、言語を理解していなくても、聴覚をシャットアウトして聞こえていなくても、紅虎が話しかけさえすればその能力を相手に適用させることができる。
「それはつまり、動くことも……能力を使うこともできないってことね」
「そういうことです。理解が早くて助かります」
二人に歩いて近づくと、まず最初に瀕死状態だった大和を触って診察する。
息はしている。脈は少し乱れているがまだ想定の範囲内、だが武器で刺されたところのほとんどは内臓がある場所で、内臓がかなり損傷している。
かなり時間は掛かるが、私が手術すればほとんど助かる状態、それは幸いだった。
「内臓が損傷してますね。助かりはしますが、後遺症が残るかどうか……」
「貴女、何が目的?私と戦いに来たの?」
「いえ、戦いに来た訳ではなく、私はただ単に可愛い弟子を助けに来ただけです。貴女が何もせずに私達を見逃していただければ特に何もしませんよ」
「もし逃さないとでも言ったら?」
「この場で貴女を殺します。」
その瞬間、紅虎から悪寒を感じるほどの殺気と得体の知れない程の気配を感じ取った。
殺気は尋常ではない。まるで昔から人間を何百人殺したかのような本物の殺気、その気になれば何人でも殺せると云わんばかりのもの。
しかし感じはもう一つは人間ではない。いや、寧ろ自分と同じ妖怪のような得体知れないものを感じがする。この人間は精神操作以外にも他に別の何か特異な異能を持っているとでも言うのか。
「その言葉に嘘は無さそうね」
「これでも昔は素手の殺し屋をやってましてね、苦しまずに楽にあの世に送ってあげれますよ」
今まで何人殺してきたのか検討もつかない。それに妖怪を相手に素手で苦しまずに殺せると言うなんて、どんだけ自分の殺しの技術と技量に自信を持っているのか。
だが、八雲紫にも一つだけわかることはある。それはこのまま本当に殺し合うとするのなら間違いなくこの小娘は自分を殺すであろうという事実。
八雲紫は能力を使えない。動けない。更に相手は人間といえども異能を持っている元殺し屋。あまりにも不利で状況が悪すぎる。勝てる要素がほとんどない。
「恐ろしい人ね、そして優しい。」
「貴女もそうではありませんか? その気になれば能力で大和を簡単に殺すことができたのに、そうはしなかった。
何故すぐにでも殺さなかったのですか?」
「友人の大切な人ですもの、眼の前で殺してしまえば悲しんでしまうわ。私は友人が泣く姿を見たくなかったのよ」
「なるほど、貴女にも慈悲というものがあったとは」
だから、すぐに殺さなかったのか。しかし、大和を殺そうとした以上は止めなければいけなかった。師匠として、弟子の命を救うのは当然のことだった。
それにしてもこの妖怪の行動に気掛かりなことがある。
この妖怪の最大の目的は幽々子を連れ戻すことだろう。それなのに何故に大和を含む草薙家の一族を必要以上に殺そうとするのか?草薙家に何か恨みでもあるのか。
聞く必要がある。知る必要がある。この妖怪が草薙家を根絶やしに抹殺する理由を。
「質問なんですが。何故大和やその一族を消す必要があるんですか? 貴女の目的は彼女を連れ戻すことでしょ?」
「貴女は知らないようね。この一族がどれだけ愚かで恐ろしい末裔かを。
私はそこにいる一族の始祖の正体も恐ろしさも知ってるの、況してその始祖の一族だと言うんだから、その極めた危険性を考慮したら誰でも根絶やしにしたくなるわ」
草薙家が愚かで恐ろしい、そして極めた危険性を秘めた一族?草薙家の始祖は一体どうゆう大罪を犯したとでも言うのか、それほど活かしていたらこの一族は危険だとでも言うのか?
調べる必要がある。この戦争が終わったあと、草薙家のことを念入りにそして深く知る必要がある。どれだけ危険な一族だということを。
「どうします? 逃げますか? それとも私と殺し合うか、選んでどうぞ。私はどちらでも構いませんよ」
「やめとくわ。貴方の能力を封じる手段もないし、私は能力を使うことができない。
ここは逃げるのが一番良い策ね。」
「そうしてくれると助かります」
至って正しく、そして頭の良い判断だ。恐らくデスマスの能力を恐れて退散する決断をしたのだろう。そしてこの妖怪にはこの私に勝てる要素がないことを理解したうえでのことなのだろう。
妖怪がどうゆう闘い方をするのか興味があったので相手がその気であれば受けて立とうと思いましたが、それはそれで良いでしょう。別に平和に事が収まるのなら別に構わない。
「貴女、現代では収まらない相当な実力を持っているけど、何故あの子達に加勢しなかったの? もしかしたら誰も死なずに済んだかもしれないのに」
「確かに私がいれば誰も死なずに済みましたね。あの程度の雑魚共は何人いようが、数分あれば全員殺すことは造作も無かったですから。
ですがつまらないでしょ?知人が死んだのは予想外でしたが、それでは面白くない。それに彼らの為にはなりませんからね」
「恐ろしいわね貴女、人間とは思えないくらい異常な思考をしてるわ。もしかしたら私達妖怪に近い部類に入るんじゃないかしら?」
「どんな思考をしていても私はただの人間です。貴女のような人外と同じにしないでください。」
幾ら殺しをしていようが、特異な異能を持っていようが、私は妖怪でも人外でもない。私はただ特別な力を持っているだけの人間であり、根本と本質はただの人間である。
人間を超越した化物や妖怪と一緒にされては困る。私はただちょっと平均よりも強い人間なのだから。
「さて、能力は解きました。さっさとお逃げなさい。」
「それじゃあさよなら。そこの一族を根絶やしに出來なかったのは癪だけど……仕方ないわね。」
この小娘が言った通り。身体を自由に動かすこともできる。能力も扱うことができる。どうやら精神操作の能力を本当に解いてくれたみたい。
八雲紫の前に異空間が開き出すと、その異空間の中に八雲紫が入っていく、そして中に消えていくと異空間も閉じて消えていく。
「その能力……有り難く
その後、紅虎は大和を運び出し、幽々子を引き連れて自分が経営する御巫医院に向かい。重傷を負った大和に緊急手術を施した。
八雲紫率いる風魔一族と草薙家の闘いはこれで集結した。瀕死状態になった大和はどうなるのか、そしてこれからどうゆう結末が待っているのか、それは誰にも分からない。