古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜 作:黒い小説家
目的地からさっきの場所まであまり遠く離れてはいなかったのか、数十分も経たずに目的地である草薙家に到着した。
「ほらよ着いたぜ、ここが俺達の家だ」
三人の目の前に建っていた建築物、それは今の現代では住んでいるのが珍しい立派な武家屋敷だった。
歴史の重みが感じられる塀に囲まれた武家屋敷と広々とした敷地、大名や御家人など、昔の名のある偉い人達が住んでいた武家屋敷と比べれば小さい方だが、それでも家族数人で住むには手に余る物だった。
大和達が住んでいる所が立派な屋敷だったことに驚いたのか、まったくの予想外だと言わんばかりに幽々子は唖然とした表情を浮かべて目を見開いていた。
「……凄いわ、大和と和生君はこんな立派なお家に住んでいるのね」
「いや……ただ敷地と家が広いだけだよ、それに毎日の掃除が大変だし」
ちなみにこの屋敷と敷地は俺達の父親が所有している物であり、水道代や電気代以外は一切掛からない。だが、やっぱり広すぎるせいか生活に色々と支障が出る。
しかし悪いことだけではない、屋敷の近くには昔からある古くて大きな倉庫があり、倉庫の中を探索してみるとガラクタも沢山あるが、俺達に取って為になる物や道具が出てくることがあり、今でもたまに倉庫の中を探索したりしている。
そんな事を冷たい風が吹いている野外で長く説明している間に、俺の手足の先が冷たくなり、身体が徐々に冷え込みつつある。
「身体冷え込んだら大変だし、そろそろ家の中に入ろうか」
「これからお世話になるわね」
二人が門を潜って屋敷の中に入ろうとすると一体何を思ったのか、和生は一人で屋敷とは別の方向に歩き出そうとする。
「じゃあ兄貴、俺もう少し遊んでくるわ。 親達には適当に理由言っといて」
また遊びに行くなら何で俺達に着いてきたんだよ? と思ったが、ここは口には出さずに心に止めておこう。
夜中に遊びに行くことに関して心配することはなかったのか、大和は遊びに行こうとする和生を止めることなく見送った。
「あぁ、だけど気を付けろよ」
まぁ心配しなくても、こいつが危険な目に会うとは微塵足りとも思っていないし、寧ろ喧嘩を吹っ掛けてくる相手の方が危険すぎて心配だが。
大和の自分の身を案じた言葉がお節介だと感じたのか、和生は有難迷惑そうな表情を浮かべる。
「んなことわかってるよ、じゃあなー」
大和に返事を返すと、和生は背を向けながらひらひらと手を振って、暗い夜道の中を歩いて姿を消していった。
和生が何処かへ遊びに行ってしまった後、残された大和と幽々子の二人はその場に立ち止まりながら少しだけ話し合う。
「じゃあ改めて家に入ろうか」
「……えぇ」
この場に長く立ち止まっている理由はないと思い、二人はそのまま歩いて門を潜り、草薙家の屋敷に入っていった。
《~…草薙家…~》
外で見た時からずっと、草薙家の屋敷や敷地は広くて立派なのはわかっていた。
いざ草薙家の玄関の扉を開けて入ってみると、玄関は広く古風で、さっきまで歩き回っていた町中とは何か違う雰囲気が漂っていた。
大和は玄関で履き物を脱いで、家に上がろうとする。
が、しかし、何か珍しい物でも見たのか、幽々子は家に上がろうとはせず、何処か懐かしそうな表情で玄関で突っ立ていた。
「……どうしたんだ幽々子さん? この屋敷が気に入らなかったのか?」
「……いえ、そういうことじゃないの。
広さはともかく、雰囲気や造りが私が住んでいる白玉楼に似ていたから」
「そっ、そうなんだ、それを聞いて安心したよ…」
何故か大和は額に冷や汗を流しながら動揺した表情を浮かべ、話す言葉も若干片言になっていた。
大名や御家人の屋敷よりも小さいとはいえ、この屋敷でも世間一般的に見れば、かなり広くて立派な建物だろう。
しかし幽々子の何気無い表情と話の内容から推測して、白玉楼と言うところは、この屋敷よりもかなり広いと考えられる。
(おいおい、勘弁してくれよ、この家より広いて相当な物だぞ?)
ただでさえ無駄に広い屋敷なのに、これ以上に広い屋敷に住んでいるなんて、一体どこの御令嬢だよ。というか、なんでそんな御令嬢のような人が夜の公園に一人でいたんだよ。と大和は密かに思っていた。
それから幽々子が家に上がった直後、大和の父親と思われる人物が玄関に突然やってきた。
「おぉ大和お帰り、今日は早いお帰りだ………」
喋っている最中、父親と思われる人物は大和の隣にいた幽々子を見た途端に、唖然とした表情を浮かべ目が釘付けなってしまった。
それから、大和の父が我を取り戻すと、何を思ったのか家の中に向かって大声で叫びだした。
「おーい母さん! ついに大和が彼女を連れてきたぞー!!」
「なんですって!?」
そう言ってにやってきたのは、嬉しそうな笑顔を浮かべながら飛んでくるようにやってきた大和の母であった。
大和の両親は非常に若く、見た目だけなら三十代前半と言われても納得するような若夫婦だった。
「あらやだ可愛い彼女じゃない! 大和も隅に置けないわね」
「よし、今日は赤飯だ!! 盛大に祝おう!!」
「取り敢えず黙って俺の話聞いてくれない? そろそろぶちぎれるよ?」
いくら親とはいえ、他人の前でこんな恥ずかしい態度を取られたらぶちギレそうになったり殴りたくもなる。
取り合えず、取り合えずだ。俺と幽々子さんがそう言う関係ではないことを両親に教えないと、変な誤解をさせては後々困ることになってしまう。
「あのな親父に母さん、幽々子さんは恋人……とかそう言う関係じゃなくてな………最近出来た友達なんだよ」
大和の説明に対して両親は疑いはしなかったものの、物珍しそうな表情を浮かべる。
「それは珍しいわよね、タケルならともかく、大和が女の子のお友達を連れてくるなんて」
「実はこう言う経緯でな」
❮…少年説明中…❯
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「と言う訳で、幽々子さんを家に泊めたいんだけど、良いかな?」
取り敢えず両親には悪いが、幽々子さんが困ってること以外は大体嘘の説明をさせて貰った。
本当のことを話さない理由は単純、幻想郷や幽々子さんの真実を説明すると色々と面倒なことになりそうだからだ。
「なるほどな、それは大変だったろう。 そう言うことなら行き宛が見つかるまで好きなだけ家に泊まればいい、なぁ母さん?」
「そうね、空き部屋で良ければ好きに使っても構わないわよ」
(良かったわ……俺の両親チョロくて)
このとき多少の罪悪感はあったものの、大和は生まれて初めて両親が単純で良かったと心から思った。
「取り敢えず家に上がりなさい、外は寒かったでしょうに」
そう言うと母親は息子の大和と幽々子の二人を優しく家の中へと招き入れてくれる。
そんな母親の暖かい気遣いと言葉が余程嬉しかったのか、幽々子は何とも言えない安心感に包まれ、安らいだ表情を浮かべる。
「大和のご両親、とても明るくて優しい人ね」
「寧ろ鬱陶しいくらいだ、毎日毎日こんなテンションで接せられたら頭痛くなる」
親子でコミュニケーションを取るのは決して悪いことではないと思っているが、この両親の場合は
度が過ぎてるので鬱陶しかったり、イラついてしまうことが多々ある。
屋敷に上がった直後のこと、大和の母親が幽々子に対して話しかけてくる。
「幽々子ちゃん疲れたでしょう? お風呂沸かしてあるから入りなさい、私が風呂場まで案内してあげるから」
「えぇ、ありがとうございます。」
口で言うよりも母親自ら案内した方がわかりやすいし、迷うこともないだろう。何も説明せずに屋敷の中を歩き回させたら迷うことは目に見えているのだから。
「じゃあその間に俺は部屋でゆっくりしてるから」
「それじゃあ私も書斎で仕事でもするかな」
その他の男達は女性のプライベートに足を踏み入れてはいけないと思ったのだろう。大和は自分の部屋に行き、父親は仕事をするために書斎へ行った。
そして残された幽々子は大和の母親に風呂場へと案内された。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大和の母親に進められて来た風呂場、幽々子は『しゃわー』等の慣れないお風呂用具に苦戦していたが、何とか身体を洗い終え、湯槽に浸かって寛いでいた。
そして身体の芯まで暖まると幽々子は湯船から上がり、浴室から脱衣所に出ると、バスタオルでよく髪や身体を拭いて、大和の母親が用意してくれた寝巻きに着替えた。
「……ふぅ」
大和の母親が用意してくれた寝巻きは意外にもサイズがちょうど良く、見た目も女性が着てそうなデザインだった。 恐らく大和の母親が着ていたものだろう。
そんなことを薄々と考えながら、何事なく寝巻きに着替えた後に幽々子は風呂場から出て行く。
しかし屋敷が意外と広いせいか、大和がいる部屋がわからず迷子になってしまった。
屋敷の中は思っていた以上に広くて、内装も立派な物だった。
襖で分担されている和室が幾つかあり、屋敷の広さは、例え三十人以上が一斉に泊まりに来ても何ともないぐらいの広さがある。
畳や和室など、部屋全体かなり年期は入っているように見えるが、隅から隅まで綺麗に手入れされている。
「おかしいわね、大和は何処にいるのかしら?」
屋敷の中で迷い、大和を探しながら周りを見渡しながら歩いていると。
「きゃっ!」
廊下の曲がり角で誰かと衝突してしまう。
「ごめんなさい」
「……あぁ?」
目の前を見てみると、そこにいたのは和服を着た巨体の青年だった。
身長は190センチあり、大和よりも圧倒的に背が高い。容姿は整った顔立ちをしており、髪は特徴的なツンツンと逆立った黒い長髪に背中まで伸ばした後ろ髪を一束に纏めている。
服装は和服で、茶色の着物のうえに紺色の羽織を羽織り、下は灰色の袴を履いている。年配ならまだしも、若者でありながら私服が和服なのは現代では珍しい。
それに男は一升瓶が六本入ったエコバックを片手に持っており、これから晩酌をしようとしていたことが予測できる。
「なんだお前? どっちかの兄弟の知り合いか?」
ぶつかってきたのが気に食わないと言わんばかりに不機嫌な態度で接してくる青年。
しかし、ぶつかってきたのが女だと気づいた途端、男は見定めをするように幽々子の顔をじっくりと眺めてくる。
「へぇ~よく見たらかなりの上玉じゃん、名前教えてよ」
さっきまで無関心な態度だったが、幽々子が美人だと気付いた途端、妙に優しい態度に豹変する男。
「さっ、西行寺幽々子です」
「へぇ~幽々子ちゃんか~可愛いねぇ~ どう?今から俺の部屋に来る気はないかな? 一緒に酒でも飲みながらさ、話し合おうぜ」
「えっと、その~」
以前にナンパされた男達とは異なり、あまりにも積極的でストレートすぎる男の言動に思わず困惑してしまう幽々子。
積極的にグイグイと押してくる男の行動から考えて、恐らく幽々子を狙っているのことは確かな事だろう。 そうでなければ自分の部屋に誘おうなんて言わないのだから。
だが、幽々子を自分の女にしようとする計画は一人の男によって意図も簡単に崩されてしまう。
一体いつ現れたのか、幽々子をナンパしている男の肩を背後から誰かが突然掴んでくる。
「よせよ兄貴」
背後から男の肩を掴み、そう言葉にしたのは幽々子を探しに来た大和だった。
自分の肩を掴んで兄と呼んだ人物は声でわかっていたのだろう、男は後ろを振り向くと、不機嫌な表情を浮かべて大和を睨み付ける。
「なんだ大和、お前の女かよ」
「そんな関係じゃねぇ、だけど手は出すな」
「別に良いじゃねぇかよ、誰のでもねぇ女を口説くのは俺の自由だろうが、それに晩酌の相手が欲しかったところだしよ」
お互い睨み合い、今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気を漂わせる。
今の状況だとお互い身を引く気配は微塵たりともなく、このまま喧嘩になってしまうのだろうと大和はもちろん幽々子もそう思っていた。
……が、しかし。
「なーに冗談だよ冗談、そんな怒った顔をするなって大和」
威圧的な重い空気から一転し、笑顔を浮かべながら気兼ねしない態度で大和の背中をパンパンと軽く叩いてくる男。
それに対して男に親しい態度を取られようとも、大和の険悪に満ちた表情は一切変わらない。まるで幽々子をナンパしたことが絶対に許せないと言わんばかりだ。
「…………」
「なんだよ、そんな怒った顔するなって、何時までもそんなんじゃ色々損するからよ、人生もっと気楽にいこうぜ」
しかし、大和が険悪な表情をしていることなんて気にもせず、男は平然と明るい態度を振る舞っている。これは日常茶飯事とでも言わんばかりに。
「んじゃあ俺はお邪魔そうだし部屋に戻るわ、仲良くしろよお二人さん。」
幽々子のことは諦めたとでもいうのか、ヘラヘラしながら男はそう言うと、二人を残してこの場をあっさりと立ち去ってしまう。
男がいなくなると、大和は一安心したような表情を浮かべて深呼吸をする。
「悪いな幽々子さん、恐い思いさせて」
「ううん大丈夫、それよりあの人は誰なの?」
「俺の兄貴さ、名前は
「お兄さん?」
「あぁ、今の通り女好きな質でな。決して悪気はないから許してやってくれ」
とは言っても、武尊が家に女を呼んでないと言うことは、俺か和生のどちらかが連れてきたというのを武尊本人はわかっていたのだろう。それを理解していた上で、兄弟が連れてきた女を口説いたりナンパするのはどうかと思うがな。
それにしても幸いだった。兄貴が片手に酒瓶を持っていたということは、今日はまだ酒を一滴も呑んでいなかったようだ。 それに上機嫌の様子から察するに上物の酒を手に入れたらしい。
もしちょっとでも酔っ払っていたら、まず喧嘩は免れなかっただろう。本当に幸いなことだった。
「大和ったら、すっごい険悪な顔してたけど、お兄さんに何か恨みでもあるのかしら?」
「いや、兄貴に対して恨みとか憎しみはないさ。ただあんな風にしないと幽々子さんを諦めてくれないと思ってね」
口では明るいそうは言っているが、内心では何か闇を抱えているのであろう。大和は頑張って作り笑顔を浮かべながら幽々子にそう言った。
喧嘩したり睨み合うことなんて今始まった訳でもない。寧ろ日常茶飯事とでも言うべきか。
それに実を言うと俺と兄貴は色々理由が合って昔から仲が悪い傾向にある。
まぁ、そう言うことに関しては今すぐに話さなくても良いだろう。それに正直な事を言うと兄の武尊との人間関係はあまり人には話したくはない。
「まぁ、そんなことは置いといて、寝室に案内するからついてきな」
「うん」
言う通りに幽々子は大和の後ろについて行き、別の部屋に歩いて移動をする。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大和に案内された部屋は、中には備え付けの押入れがあり、床が畳の空き部屋だった。そして部屋の隅にある布団以外は何も置かれておらず、がらんどうとしている。本当に空き部屋のようだ。
しかし空き部屋と言っても、特に埃等のゴミが溜まっているような様子はない。どうやらこの部屋も、普段から掃除は徹底的にされている。
「何も無い部屋だけど、寝泊まりぐらいは出来ると思うから」
「いえ、寧ろ十分過ぎるわ、本当に何から何までありがとうね」
幽々子は頭の隅で、何故大和やそのご両親はこんな見ず知らずの私に食事やお風呂、寝巻きや寝床をしっかりと用意してくれるのだろうと考えていた。
「じゃあ俺は風呂に入ってくるから、寝てても構わないよ」
「ちょっとまって」
眠そうな表情を浮かべながら歩いて部屋から出ようとする大和を幽々子が呼び止めてくる。部屋を出る前に呼び止められた大和はその場で足を止めて幽々子の方向に振り向いた。
「…どうした?」
「恩人にこんなことを聞くのもあれだけど、なんで…見ず知らずの私に…こんな優しくしてくれるの?」
そう言われると大和は幽々子から目を逸らして何か隠し事をしているような表情を浮かべると、こめかみを指でポリポリと掻きながら答える。
そんなことを聞かれても、別に特別な理由なんてあまりない。まぁ強いて言うなら、こんな綺麗で美しい人が、あの場で男達の餌食になったり、野垂れ死なれたら嫌だったと思ったからかな。
それに俺自身は半端な人間だが、中途半端に関わって、中途半端な所で投げ出すなんて。そんな無責任な事はできない、やりたくないのだ。
「さぁな、別に大した理由はないよ」
「そう……わかったわ」
少し間を空けた後、優しい表情を浮かべると同時に毅然とした態度で大和は一言だけ口にする。
「でもさ、幽々子さんが故郷に帰れるように、俺は出来る限り力を貸すよ」
草薙大和と言う少年は幼い頃からこんな人間だ。
闇雲に強さと力を求めているが、その反面、不器用だが真面目で優しく、困っている人がいれば見捨てるようなことはしない。
それにどんなことでも、一度深くまで踏み込んでしまったら、途中で引き返すような事はしない。いや、できないと言った方が正しいのか。
そう答えると大和は扉に向かって身体を振り向かせ、部屋から出て行ってしまう。
扉を閉めて大和が出ていくと部屋の中には幽々子一人だけしかいなくなり、心臓の音が聞こえてくるような静けさで包まれる。
「……ありがとう……大和……」
その後、大和が風呂から上がった頃には幽々子は布団の中で深い眠りについており、夜が明けるまで二人は屋敷の中で出会うことはなかった。
幻想郷へと帰る為の道のりは、きっと楽なものではないことは確かであろう。これから、様々な困難が幽々子の前に立ち塞がり、助けてくれた大和にも迷惑をかけるかも知れない。
しかし、こうやって大和のように、見ず知らずの幽々子を気にかけてくれたり、助けてくれたりする人がいる。 幻想郷にだって、彼女を待っている友人達がいる。
だから。幻想郷、冥界の白玉楼に帰ることをそう簡単に諦める訳にはいかないと、幽々子は密かに決意を抱く。