古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜   作:黒い小説家

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五十七話 妖怪の賢者が去ったあと

 意識を取り戻すと、気づいた時にはそこは森の奥深くではなく、どこか見覚えのある病室だった。

 

「……あっ?」

 

 上半身を上げて周りをキョロキョロと見渡す。

 

 見覚えがあると思ったら、此処は紅虎が経営している医院の病室だった。

 

 確か俺は八雲紫と闘って敗北して、殺されたはずではなかったのか、だけど生きている。心臓の鼓動も強く感じる。

 

 しかし、いきなり動いたので身体中に痛みが走る。武器で刺された部分の傷や内蔵が痛む。

 

「大和……意識を取り戻したのね」

 

 傍には幽々子がいた。どうやらずっと俺のことを見守って傍にいてくれていたらしい。

 

 良かった。意識を取り戻した。一時はどうなるかと思ったが、ようやく大和が戻ってきてくれてた。

 

 大和が意識を取り戻すと、幽々子は喜びのあまりに声を殺しながらも大和に抱きついて押し倒した。

 

「幽々子……良かった……いたのか」

 

 傷が痛むが、それよりも大和は幽々子がいなくなっていないことを静かに喜んだ。

 

 やったんだ。成し遂げたんだな。あの八雲紫という妖怪から幽々子を守ることができた。闘いには負けたが、ある意味勝利したことになる。

 

 二人が抱き合っていると、ドアが開いて紅虎が病室に入ってくる。

 

「やっと目覚めましたか。まぁ、あの怪我でしたし、意識を取り戻すかは心配してましたが。」

 

「……紅虎さん」

 

「全く、三日も意識が戻らないから心配しましたよ。」

 

「三日も……俺は寝てたのか」

 

 戦争が終わってから約三日、重傷を負った大和は紅虎に手術を施されてから三日間ずっと昏睡状態に陥っていたのだ。

 

 幸い、脈も正常、心臓も正常に動いている。呼吸もしっかりとしていたので生きていることは確かだったが、意識だけが戻らず、ずっと目覚めるのを待っていた。

 

「なんか身体に違和感はありますか? 呼吸の具合は? なんかあったら言って下さい。

 手術はしましたが内蔵がかなり傷を負っていたので、もしかしたら後遺症が残っているかもしれません」

 

 そうは言われても、特に身体に違和感は無いし、呼吸も普通にできる。今のところ特に後遺症とかも無いようだ。

 

 身体は特に問題は無い。正直なところ別に俺がどうなっても構わないと思っていた。

 

 それよりも気になることがある。俺の身体よりもそれの方が重要で一番気にしないといけないことだ。

 

「紅虎さん……兄貴は……和生は……どうなりました?」

 

 俺は無事だった。それは良い。生きていただけ幸運だったと思っておこう。

 

 しかし、それよりも兄弟だ。あいつらは今どうなっているのか、三日間ずっと昏睡状態だったので、それまでの情報は全く無い。それを早く聞きたかった。

 

 それに対して、紅虎は溜息をついて深刻そうな表情を浮かべながら大和に答えた。

 

「武尊君は息を引き取りました……治療はしてみましたが……駄目でしたね……和生君は遺体が見つかりませんでした。衣類も肉片も血痕さえ跡形も無く……まるで何処かに消えたかのようでした。」

 

 その瞬間、大和の顔は青ざめて絶望したような表情を浮かべる。

 

 兄貴が死んだ?あの兄貴が……健康優良児で一番死にづらそうで、誰よりも殺しても平気そうな不死身染みたあの兄貴が……死んだ?

 

 和生もだ。いなくなった?八雲紫は殺したと言っていたが、何故遺体が見つからなかったのだ?何処かに飛ばしたとでも言うのか。

 

 二人の兄弟を失ったことを切っ掛けに大和は絶望した。それと同時に心にぽっかり穴が空いたような感覚に襲われ、果てしない虚無を感じていた。

 

 まるで誰かに八つ当たりするように、大和は今すぐにでも泣きそうな表情を浮かべながら紅虎の服を掴んで揺する。

 

「和生はともかく、兄貴はどうにかなったでしょ? 何で見捨てたんですか!? もしかしたら助かったかもしれないのに、何で!?」

 

 大和は紅虎を批判した。兄弟を助けなかったこと、行方不明になった兄弟を見つけられなかったことに怒りを感じていた。

 

 果てしない虚無感と怒り、そして空虚を少しでも和らげるためには、こういう事を言うしか無かった。今の大和には心の余裕は一切なく、まるで何かに追い詰められたように心に行き場が無かった。

 

「どう足掻いても無理でしたね。奴ら多種の毒を使ってましたからね、解毒が不可能だったんですよ。」

 

 紅虎はそう答える。

 

 武尊の身体はもう駄目だったのだ。時間がかなり経過していたので毒が全身に回っていた。それに不運にも多種の毒を使われていたので、解毒方法が無いに等しく、助けるのはほぼ不可能の状態だった。

 

 紅虎が申し訳無さそうに答えるのにそれに対して、大和は怒りを顕にした。必死に焦るように、まるで紅虎が悪いかのように必死に訴えるように罵倒した。

 

「何で兄貴や和生が死ぬ前に助けてくれなかった!? 紅虎さんなら兄弟が死ぬ前に助けられただろ!? それを何でずっと見ていた!? 何で手を差し伸べなかった!?」

 

 もうどうして良いのかわからなかった。自分でも何を言っているのかわからなかった。しかし、こうでもしない限り、こうしない限り自分の精神が持たないことを理解していた。自分を守るための防衛本能が働いていたのだ。

 

 大和の罵倒を聞いて、紅虎もプツンと切れてしまったのだろう。さっきまで申し訳無さそうな表情を浮かべていたが、突然逆ギレしたかのように怒ったような表情を浮かべながら大和に反論した。

 

「私を批判しているようですが、何か勘違いしてるようですね。何故貴方達が受け入れた戦争に加担しないといけないんですか? 私はあくまでも部外者ですよ、貴方達の参加した戦争に参加した覚えはない。

 それに何ですか? 自分達が死にそうになって、兄弟が死んで、人のせいにするのはあまりにも都合が良すぎるのでは?人の力を頼るのは半端者がやることですよ。

 たかが兄弟が死んだ、それは兄弟の力が未熟だったからではないんですか?」

 

 紅虎のあまりにもまともで理に適った正論に対して、大和は何も言えなかった。自分が紅虎の言葉に納得してしまい、挙げ句、兄弟が死んだのは弱い自分が悪いことに気付き、再び絶望に満ちた顔を浮かべた。

 

 そうだ。紅虎さんの言う通りだ。もし俺が強ければ和生を死なさせずに済んだのに、もし風間獣蔵との決着を終えた後、すぐにでも兄貴の元へ行って加勢していれば助けることが出来たのに。

 

 大和は掴んでいた紅虎の服を離すと、まるで何もかもの失ったような虚ろな目をしながら下を向く。

 

「兄貴……和生……何で……」

 

 極限まで落ち込んでいる大和に対して、紅虎は励ますとまではいかないものの、まるで兄弟を失ったことを共感しながら大和の肩を軽く触り、優しく声を掛ける。

 

「兄弟の死を今すぐに忘れるのは無理でしょう。ですがずっと悲しんでいてはいけません。貴方は一歩先に進まなければなりませんからね」

 

「……はい」

 

 大和の言葉にまるで力が無かった。兄弟を失ったことがそれだけ自分の精神に異常をきたしていると云わんばかりに。

 

「兄弟は失いましたが、この通り幽々子さんは傍にいてくれている。それだけでも心の救いになりませんか?」

 

 それもそうだ。もしこれで幽々子も失ったら、それこそ生気の無い廃人と化してしまう。生きている意味が無くなってしまう。

 

 幽々子が傍にいてくれているだけ、それだけでも心の救いになる。生きている意味がある。だからこそ前に進もう。幽々子と共に生きるためにも。

 

「さてと、話も済んだことですし。ご飯でも食べましょうか、大和は点滴ばっかりで三日間何も食べていなかったので、お腹すいでるでしょう?」

 

 そう言われると、大和の腹が『ぐぅ~』と鳴った。空腹だったのだ。そして幽々子のお腹も『キュウ』と可愛らしい音が鳴った。

 

「失礼、大和だけではなく幽々子さんもでしたか」

 

「……えへへ」

 

「紅虎さん、まさか三日も幽々子の食事の面倒を?」

 

「そうですよ。大変でしたよ。作るのも然り、食べる量が尋常ではないので、この三日間で食費の下敷きになるところでしたよ。」

 

「ちなみにどのくらい掛かったんですか?」

 

 恐る恐る大和は聞いた。この三日間で幽々子がどれだけ紅虎さんに食費を負担させたかを、まさかと思うが10万円とかは言わないよな?

 

 二人から目を逸らしながら、とても深刻そうな表情で紅虎は答えた。

 

「30万です。一日10万は掛かりました。」

 

「……えぇ?」

 

 たった三日間で30万って、大家族でもそんな額にはならんぞ、況してや四人家族なら三ヶ月は養えるレベル。

 

 大和は幽々子の底無しで強大な胃袋にドン引きしてしまった。まさか自分が昏睡状態に陥っている間に紅虎がとんでもない食費を負担していたとは夢にも思わなかった。

 

「私はこれから厨房で食事を作ってきます。それまで待っててください。」

 

「はい」

「は〜い」

 

「あと言い忘れていましたが大和、怪我が治るまで入院です。全治一週間てところなので宜しくお願いします。」

 

 そういうと紅虎は歩いていき、ドアを開けて病室を出ていく。

 

 その後、大和と幽々子と紅虎は三人で食事を取った。

 

 それからはというと、大和は一週間という長い時間が過ぎるまで、幽々子と話したり、食事を取ったり、夜になったら睡眠を取るなど、比較的に平凡で退屈な日々を過ごした。

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