古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜 作:黒い小説家
大和が入院してから一週間後のこと。
戦争で負った傷も治り、紅虎さんの言う通り一週間で退院することができた。
内蔵が損傷していると言っていたが、その後に後遺症も特に無く、普通に動けるし呼吸も至って普通、怪我は完治したようだった。
それから、紅虎さんに見送られながらも御巫医院を旅立っていき、今は自分の家に幽々子と一緒に帰っている途中のことだった。
「お家に帰るの久しぶりね」
「そうだな、家がどうなってるのやら?」
家に帰ることが待ち遠しいかったが半分憂鬱。一週間以上留守にしてたので家がどうなっているのか心配だったし、特に掃除をしなければいけないと思っていたので結構憂鬱な気分だった。
しかしその反面、家に帰ることが少し嫌だった。
それは、家に誰もいないからだ。兄貴も和生も両親も誰一人家族が家にいないから、家に帰ると死んだ兄弟のことを思い出しそうで、大和は不安と悲しみを抱いていた。
そんな不安と悲しみを背負いながらも、大和達は無事家に辿り着く。
そして、いつものように門を潜り、ドアを開けて中に入り、履物を脱いで家の中に入っていた。
家の中はがらんとしており、誰かいるような気配は無い。まるで蛻の殻だった。それもそうだ、両親は海外出張、兄弟達は全員戦死したのだから、誰一人居るはずがない。
玄関を抜けて廊下を歩き、何となく茶の間に行ってみる。もしかしたら誰か居るのではないかと期待をしながら。
もしかしたら、行方不明になった和生が戻ってきてるかもしれない。もしかしたら、兄貴が生きているかもしれない。そう大和は思っていた。
しかし、そこにいたのは、和生でもなければ兄貴でもなく、招かれざる客だった。
二人が襖を開けて入ってみると、茶の間のど真ん中には八雲紫が二人を待っていたかのように立っていた。
「どうもお二人さん。久しぶりね」
「八雲……紫……」
八雲紫の姿を見たその瞬間、大和はプツンと切れて、まるでタカが外れたような感じになる。
こいつは敵だ。武尊の兄貴や弟の和生の命を奪った兄弟達の仇だ。この場で殺さなければ俺の気が済まない。こいつを生かしておくわけにはいかない。
そんな怒り、憎悪、憎しみ、等など大和の中に負の感情が芽生えていた。
怒りのあまりに理性を失った大和、もはや何をするのかわからない。どんな行動に出るのかは大体予想はつくが、それはもはや負の連鎖しか産まない。
大和は鬼の形相を浮かべながら、一心不乱に八雲紫に飛び掛かって張り倒し、左手で八雲紫の首を締める。
そして残った右手で何度も何度も八雲紫の顔面を殴る。容赦無く、躊躇いもなく、ただひたすら殺す勢いで全力で顔面を殴りつける。
殺さないと。殺さないといけない。こいつは俺から幽々子を奪おうとした。こいつは俺の兄弟を殺した仇だ。許さない。絶対に、誰が何を言おうと決して許さない。
今の大和は殺気と狂気で満ちていた。殺すことしか考えていない。理性を失ってでも殺さなくてはと、ただ本能のままに動く獣のようなものだった。
一方的に殴られているのに対して、八雲紫は何も反撃しない。抵抗すれば簡単に殺せるはずなのに、何もしなかった。
その代わりに、八雲紫は無表情ながらも大和を憐れんだような目で見つめる。まるで兄弟を失った大和を可愛そうだと言わんばかりに。
その悲惨な光景を見て、幽々子はいても立っても居られなかったのだろう。理性が吹き飛んだ大和を止めようとする。
「もう止めて大和!」
幽々子に押さえつけられて強制的に殴るのを止めさせられると、それでも大和は拳を振るう。何度も空振りしても尚。
それから間もなくして、大和は理性を取り戻す。
気が付いたら。眼の前には顔面を殴られたような痣がある八雲紫がいて、傍には幽々子が俺を取り押さえていた。
「……幽々子?」
さっきまでの記憶が全く無い。確か俺は家に帰ってきて、家に八雲紫がいることに気付いた。それからの記憶が全く無い。
倒れていた八雲紫が立ち上がると、顔の痣を手で撫でながらも大和に向かって話しかけてくる。
「これで気が済んだかしら?私の話を聞いてくれる?」
「てめぇ、何しに此処に来た。」
「別に貴方とまた戦争を起こそうとも、戦うために来た訳じゃないわ。話と交渉しに来たの」
「……交渉?」
今更なにを言うんだこいつ。兄弟を殺して、俺を殺そうとして、幽々子を奪おうとしていたのに、何を今更交渉だなんて、話をしようだなんて。あまりにも都合が良すぎる。
どうせ、この妖怪のことだ。無理難題を押し付けて、俺に幽々子を諦めさせて連れて行くのに決まっている。だが、断固てしてそれができると思うなよ。
「別に貴方達とまた戦争でやりあうのも良いんだけど、現代での私の兵力は残っていないのよ。まぁ現代の兵力がいないだけで、幻想郷から連れて来れば良い話なんだけど」
「また戦争を起こす気かよ」
そうだとしたらかなりまずい。俺の陣営には俺しかいない。況してや幻想郷とかいう世界から得体の知れない化物や人知を超えた存在がやって来たら、本当に草薙家が根絶やしにされてしまう。
しかし、大和が自分の話を聞かないことに呆れてしまったのだろう。八雲紫は溜息をつきながらも説明する。
「だから言ったでしょ?戦いも戦争もできることなら避けたいのよね。別に貴方だけを消すぐらいならどうってこともないんだけど、貴方の陣営には切り札がいるわよね?それもとびっきりの恐ろしい切り札が」
草薙家の陣営で生き残った人なんて、俺と紅虎さんしかいない。もしかしたらこいつ、紅虎さんが草薙家の最終兵器の切り札だと言ってるのか。
「紅虎さんのことか」
「あの小娘との戦闘は絶対に嫌ね。幻想郷に来ても一二を争うほどの実力者と呼べる力を持っている。多分私が兵力を集めてもかなりの犠牲者と被害を喰らうわ」
この妖怪は何が言いたいのか?戦争はしたくないだの、やろうと思えばまた戦争を起こせるだの、話の本筋が全くわからないうえに、何が目的で何が言いたいのか全然わからない。
それに紅虎さんのことを小娘と言っていたが、この妖怪まさか紅虎さんのことを女だと思っているのか?あの人は列記とした男性だぞ。
「何が目的だ? 話の本筋がわからねぇよ」
「最初に言ったでしょう交渉よ、交渉。
貴方は幽々子と一緒にいたい。私は幽々子を冥界に連れ戻したい。だけど極力争いはしたくない。
そういうことになると、利害が一致して私が出来ることは一つしか無い。」
「なんだよ。それは?」
こいつの目的はわかっている。俺の本音も理解している。確かに戦争はもうやりたくない。しかし、それら全てを同時に解決することなんてできるのか?俺は馬鹿だから全くそれが思いつかないし、わからない。
「簡単なことよ。貴方を幽々子と一緒に幻想郷に連れて行くことよ」
そうすれば誰にも邪魔されること無く幽々子を連れ帰ることができる。それならば争いも生まれることはなく、誰も悲しみも不安を感じなくて済む。
しかし、現代の人間を幻想郷に連れていくのは少々問題はあるが、これ以上犠牲者や死人を出すよりかはマシだ。少なくとも八雲紫はそう思っていた。
それに対して、大和は驚きを隠せなかった。
幻想郷、確か幽々子と始めて出会った時に聞いた土地の名前だった。妖怪や妖精、神や神秘の存在が住まうと言われている幻想の世界。幻の国。
そんなところへ、ごく普通の人間である俺が行っても良いのか?天国のような、もしくは地獄のような場所へとついて行っても良いのか?
「俺を幻想郷に……連れて行く?」
「なんでこんな簡単なことを思いつかなかったのかしらね。そうすれば誰も死ななかったし、誰も悲しまずに済んだのに、完全に盲点だったわ」
この一族の苗字からして、ただの人間では無いとは思っていたが、まさかここまで人間の分際で歯向かってくるとは夢にも思わなかった。流石は奴の一族。
本音を言うと、簡易的に集めたとはいえ、たった四人相手に多くの犠牲者を出したのも、かなり予想外だった。まさか全滅するとは思わなかったのだ。この一族の力を完全に侮っていた。
もし、この一族の力量を完全に把握して知っていたら、最初から戦争を起こさずに、幽々子と一緒に幻想郷に連れて行けば良かった。
「ただ、貴方を連れて行くのには一つ条件があるの」
「なんだよ?」
「幻想郷に行ったら最後、元の世界には戻れないの。」
「……戻れない?」
つまり、一方向に一回のみ通用する片道切符ということなのか。元の世界に戻れないということは、二度と故郷へは帰れないとでも言うのか。
「幻想郷は外の世界で失われた『幻想になった』者達が集まる場所なの、つまり行ったら最後、この世界から忘れ去られるの」
そんなことは聞いていない。ということは幻想郷に言ったら最後、皆から忘れ去られるとでも言うのか?家族からも、友達からも、先生や知人からも、みんな俺のことを忘れ去ってしまうのか?
それは困る。誰からも忘れ去られるなんて、何も残さずに幻想に消えていくなんて、俺は絶対に嫌だ。父さんと母さんに二度と会えなくなるなんて嫌だ。
だが、幽々子と離れるのも絶対に嫌だ。何のために闘ってきたのか、何のために兄弟が死んでいったのか、それがわからなくなる。自分が自分では無くなってしまう。
幽々子を選ぶのか、それとも現代を選ぶのか、究極の選択肢が大和に迫られていた。
あまりにも極端な選択肢を、すぐには決めることができず、大和は苦悩に満ちた表情を浮かべながら顔を下向けに考え続ける。
苦悩にも選択肢を選べない大和を見て、今日決めることはできないと悟ったのだろう。八雲紫は溜息をつきながらも優しく猶予を大和に与える。
「その様子だと、すぐに決めるのは無理そうね。」
「…………」
「……わかったわ。明日また来るから、その時に答えを出すと良いわ」
すると、今日は諦めて自分の居場所へと帰ろうとしたのか、八雲紫は謎の異空間を目の前に開いて、その中に入ろうとする。
「精々悩むと良いわ。幽々子を選ぶか、それともこの世界を選ぶかを」
そう言うと、八雲紫は異空間の中へと入っていき、完全に中へと入り切り姿を失うと異空間はすぐに閉じた。
八雲紫がいなくなると、大和は身体を両手で押さえつけて膝から崩れ落ちるように跪く。
その時の大和は、選択肢を選べない苦悩とこの世界から忘れ去られる恐怖、そして何よりも幽々子がいなくなる恐怖で満ち溢れていた。
そんな大和を見て、哀れみと心配でいっぱいだったのだろう。幽々子は優しく大和の右肩に手を置いて話しかけてくる。
「大和……大丈夫?」
「大丈夫……問題ない。それより飯にしよう。それから深く考え込めば良い……」
そう言うと大和は食事を作ろうと、台所へと向かう。精神的に不安定だったのか挙動と行動が可怪しかった。
本当にそんな状態で晩御飯なんか作れるのかと、幽々子は心配と不安でいっぱいだったが、何も出来ることはなく、ただ見守ることしか出来なかった。
そのあと二人は最後の晩餐ではなく、いつものように晩ごはんの支度をして食べ終えると、普段から考えれば寝る時間にはまだ早いが、そんなこと関係なく二人は寝間着に着替えた。
そして大和と幽々子は誰にも邪魔されずに夜を共にしようと、何も言わず二人で寝室に入っていき、そのまま一緒のベッドで深い眠りに就いた。