古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜   作:黒い小説家

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五十九話 運命の選択肢

「…………」

 

 ベッドから大和が起き上がる。

 

 目が覚めてしまった。今何時なのかは知らないが、真夜中に起きてしまった。やはり早寝をしたのが仇だったか。

 

 自分の隣で幽々子がぐっすりと眠っている。まるで死んだ人のように、息を引き取ったかのように、綺麗な寝顔でスヤスヤと眠っている。

 

 冷静に考えてみれば、こんな綺麗で可愛い子と一緒に寝ていたかと思うと、ちょっと恥ずかしいし、誰かが知ったら反感を買うことになるだろう。

 

「はぁ……」

 

 顔を手で抑えながら小さな声で溜息をつく大和。

 

 困ったな、八雲紫からの選択肢が頭の中にこびり付いていて、今の状態ではもう一度眠りに着くこともできない。多分、早起きしたのもそういうことなのだろう。

 

 それに、兄弟の死が頭から離れない。寝ていたら、悪夢のように呼び覚まして飛び起きてしまう。もしかしたら兄弟が夢の中に出て来くるような感じがして嫌だった。

 

 色々な事が頭に過って眠れないし、何かして気を紛らわそうとしても幽々子を起こすのも嫌だし、どうすれば良いのか悩んでいた。

 

「外の空気でも吸ってくるか……」

 

 幽々子を起こさないように、そっとベッドから立ち上がって部屋をコソコソと歩き、ドアを開けて部屋から出ていく。

 

 大和が部屋からいなくなると、ずっと起きていたのか、それとも単に目を覚ましてしまったのか、幽々子は目を開けてベッドから起き上がる。

 

「どうしたのかしら?」

 

 こっそりと大和が部屋を出ていったことに幽々子は疑問を感じていた。

 

 今思えば、紫が家に来てから大和が少しおかしくなったと思う所が沢山あったような気がする。

 

 晩ごはんを一緒に食べてる時も、一緒に寝るときでさえ、大和はずっと浮かない顔をしていた。何かに追われているような焦りと不安で満ちていたような感じがした。

 

 わからないわけではない。今の大和は兄弟の死を目の当たりにして、そして追い打ちを掛けるかのように紫から幻想郷に行くのかどうかを迫られていたのだから。

 

 しかし、今の私に大和の悩みと不安を解決することも、心の傷を癒やすこともできない。今の私にできることは、ただ傍にいていられることだけ。

 

「行かなくちゃ」

 

 そうだ。このまま黙って見過ごすわけにはいかない。今の自分ができることがわかっているのだ。それをやらなければいけない。

 

 かつて自分が困っている時に、見てみぬ振りをせず、見過ごさずに単身で助けてくれた大和のように、次は自分が大和を助ける番だ。

 

 幽々子もベッドから立ち上がって、大和を追い掛けるように部屋を出ていく。

 

 そして困ってる大和が行きそうな場所を予測しながら、屋敷の中をひたすら歩き回る。

 

 

 

  

           《…少女移動中…》

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 一方その頃、大和は屋敷の一部である縁側に座っていた。

 

 深夜の静かな庭を眺めていたり、冷たい外の空気を吸ったり、取り敢えず少しでも落ち着くためにやる事はやってみた。

 

 しかし、駄目だった。兄弟の死がトラウマのように頭の中にこびり付いていて、八雲紫の選択肢が決して頭の中から離れられない状態にいた。

 

 こんなにも心を締め付けるような、こんなにも深く考えるようなことは今までにはなかった。

 

 今までに辛い経験や悲しい思いはしてきたが、眠れなくなることも無かったし、そこまで自分の中で障害になることもなかった。

 

 これからどうすれば良いのか、究極の選択肢をどう決めれば良いのか、今の大和にはわからなかった。これからの人生を大きく左右させる運命の選択肢に大和は苦悩していた。

 

「はぁ……」

 

 再び大和の口から溜息が漏れる。そして悩み苦しみながらも、どこか浮かないような顔をしている。

 

 虚ろな目をしながら縁側を眺めていると、屋敷の中から足音が聞こえてくる。起きてるのは自分だけしかいなかったので誰もいないはずなのに。

 

 縁側で足音が止まり自分の近くに気配を感じ取ると、大和は振り向いて見る。一体誰なのか。

 

 自分以外に縁側にやってきたのは寝ていたはずの幽々子だった。足音の正体と気配は自分を探しに屋敷中を歩き回っていた幽々子だった。

 

「大和……ここにいたのね」

 

「幽々子……起きていたのか」

 

「うん。」

 

 一言返事をすると、幽々子はあることを悟って何も言わずに大和の隣に座る。

 

 やはり変わらない。大和は虚ろな目をしながら、何か浮かないような表情で悩んでいる。まるで何かに追い詰められたような感じでいる。こんな大和を見るのは初めてだった。

 

 ある程度に間を置けたあと、幽々子は大和に話し掛ける。

 

「やっぱり悩んでるの?」

 

「あぁ……すぐに決めるなんて無理だよ」

 

 俺は武尊の兄貴や弟の和生のように頭が良いわけではない。況してや、あの選択肢をすぐに決めろだなんて正直無理がある。

 

 もしも誰か家族がいれば、この問題を相談して解決してくれる可能性はあると思うが、今は誰もいない。一番親しい仲の人物と言えば幽々子しかいない。

 

「戦争終わって、兄弟が死んで、挙げ句に現代に残るか、忘れ去られて幻想郷に行くか選択肢迫られて、本当に濃厚で重い日々だよ。」

 

 人生波乱万丈だと誰かが言うが、ここ最近の俺の人生は正にそれだった。生まれて初めて戦争を経験し、兄弟の死を目の当たりにして、そして究極の選択肢を迫られる。

 

 もしも常人だったら、間違いなく精神的に病むし、それじゃなくても顔付きや性格が歪んでしまうだろう。幸いにも俺は落ち込んでいるだけで済んでいるので、自分の精神力が強かったことが良かったと思っている。

 

 ちょっと愚痴のようには言うものの、大和の表情はずっと浮かないようなままだった。まるで、ちょっと弱音を吐いただけでは心が晴れないと言わんばかりに。

 

 幽々子は思った。このままでは大和が壊れるような感じがした。このまま自分の中に思いを溜め込ませていると駄目なような気がした。

 

 自分ができることは一つだけ。

 

 それを実行するように幽々子は何も言わずに大和を優しく抱き締めながら話し掛ける。

 

「辛いこと、悲しいこと、全部吐き出したほうが良いわ。そうしなきゃあ大和が壊れちゃう。

 私が全部受け止めてあげるから話して。」

 

 すると幽々子に抱き締められたことで安心したのか、大和の目から涙が零れる。そして、とても悲しそうな表情を浮かべる。

 

 それから、大和は自分が嫌なこと、辛いこと、悲しいこと、どうして良いのかわからないことを全て吐き出そうとした。涙と共に洗い流そうとした。

 

「兄貴も……和生も……何でいなくなるんだよ? 俺なんか悪いことでもしたのかな……? 何で俺から大切な者を奪っていくんだよ?」

 

「そうね……残酷よね……お兄さんも弟もいなくなって悲しいわよね。神様は何で大和を酷い目に合わせるのかしらね?」

 

 優しく答える。否定はせず、宥めるかのように、大和の心に寄り添うようかのように。

 

 まるで泣いている子供を優しく慰めるかのように、幽々子は大和の頭を優しく撫でる。

 

「現代から離れたくない……だけど幽々子と一緒にいたい……離れ離れになるのは嫌だよ……」

 

「私も大和と一緒に傍に居たいわ。さよならなんてしたくないもの。」

 

 幽々子の服が大和の涙で濡れる。しかし、今はそんなことはどうでも良い。大和の心を救うことが一番の目的なのだから。服なんて濡れても何も問題ない。

 

 大和が自分と離れるのは嫌だと言ってるが、私も大和と離れるのは嫌だった。こんな優しくて、自分を守ってくれて、自分を想ってくれてる人がいなくなるなんて、想像するだけでも耐えられなかった。

 

「頼むよ……頼むから俺の傍からいなくならないでくれ。怖い……恐ろしいよ……幽々子がいなくなることが今一番嫌だよ……」

 

「大丈夫……私はいなくならないわ。安心して、ずっと大和と一緒にいるから……」

 

 泣いて震えながらも大和の抱き締める強さが一層に強まる。まるで執着するように、離れたくない気持ちを現すかのように強く幽々子を抱き締める。

 

 こんなにも弱々しく、怯えている大和を見るのは初めてだった。あんなにも英雄のように勇敢で恐れ知らずの大和が今ではか弱い子供のようだった。

 

 だけど、それで良いの。誰にだって弱点や怖いものはある。完璧な人間なんて存在しないのだから。弱い部分や短所があってこその人間だもの。それを侮蔑もしないし、否定もしない。

 

 それから、大和は泣きながら弱音や自分の想いを吐き出した。一欠片も残さずに全部、自分が楽になるまでひたすら号泣し言葉を吐き出した。

 

 幽々子も宥めるように優しく大和に寄り添いながらも、大和の言葉をひたすら聞きながら答えを返した。

 

 

 

          《…一時間後…》

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 幽々子の服が大和の涙でぐしょ濡れになってからかなりの時間が経過したあと、大和の弱音と涙が止まった。

 

 さっきまで、虚ろな目で浮かないような表情をしていた大和だったが、今ではまるで弱音を全部吐いてすっきりしたかのように元気でやる気に満ちた顔をしている。

 

 もう心配はなかった。兄弟の死は確かに大和の心を締め付けてはいたが、それでも今は大分マシになっている。前向きに考えるようにはなっている。

 

 あとは、八雲紫の選択肢を解決するだけだった。どちらを選ぶのかは大和自身の判断であり、幽々子には決めることはできない。

 

 しかし、もうその必要はない。

 

「決めた。俺は幻想郷に行くよ。」

 

 それを聞いた瞬間、幽々子は驚いた。弱音を吐いて涙を流しただけでそんな簡単にも決めて良いのかと思ってしまって、驚きを隠さずにはいられなかった。

 

「……良いの? それで?」

 

「あぁ! 俺は幽々子と一緒にいたいからさ!」

 

 無邪気な子どものように、笑顔でそう答える大和。

 

 そうだ。俺は幽々子だけの正義の味方になり、ずっと傍で寄り添うことを決めていた。何で最初からその事の気付けなかったのか。

 

 俺にはもう兄弟はいない。両親も頭に過ったが、俺も自立するということで親元を離れようと思った。

 

 それに泣いて弱音を吐いたことで決心がついた。現代から忘れ去られること、幽々子を天秤に掛けたら、今の俺は間違いなく絶対に幽々子を取る。

 幽々子がいなくなることに比べれば、現代から忘れ去られることなんてどうってこともない。

 

 もう恐れることも心配することもない。今は取り敢えず、八雲紫がやってくるまで、新天地での生活がどんなものなのかを想像しながら待っていよう。

 

「なんかスッキリしたよ。ありがとう幽々子」

 

「別に良いのよ。困ったときはお互い様っていうでしょ?」

 

 そう。大和は自分だけが幽々子に助けられたと思っているが、それは違う。

 

 幽々子も大和に助けられていたのだ。不良から助けられたこと、仮の住処を与えられたこと、ご飯を沢山食べさせてくれたこと、他にも助けられたことは沢山ある。

 

 だから、恩返しとまではいかないが、ずっと大和に助けられているだけでは嫌だったし、何よりも大和を助ける機会だったので、そうしたまでのこと。

 

「取り敢えず寝る前に服着替えようか。びしょ濡れにしちゃったし、風邪引くとやばいし」

 

「そうね。」

 

「先部屋に行って着替えていてくれ。俺もうちょっと景色眺めてから行くから」

 

「うん。でも覗いちゃ駄目よ」

 

「覗かねぇよ」

 

「うふふ……それじゃあ」

 

 そう言うと幽々子は縁側を歩いて出ていき、先に部屋に戻って服を着替える。

 

 その後、大和も幽々子が着替え終わってから数十分経過したあとに部屋に戻る。

 

 それから二人は一緒に再び就寝する。明日のために、八雲紫がやって来るのを待つために。

 

 選択肢を決め、幻想郷に行くことを決意した大和。これけら待ち受けるのは幸福か。それとも地獄のような絶望が。それは誰にも分からない。

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