古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜   作:黒い小説家

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五話 両親の海外出張

翌朝、窓から差し込む光と空腹により幽々子は目を覚ました。

 

「……ん、うぅ……」

 

 昨日の食べ物だけではやはり足りなかったのか、お腹が空いたと言わんばかりに幽々子は自分のお腹を撫でるように手で押さえる。

 

「……お腹空いたわね」

 

 自分が寝ていた布団を綺麗に畳んだ後、寝室として使っていた空き部屋から出ていき、何となく和室に向かって歩いていく。

 

 もちろん、何となくやって来た和室に大和の姿は無く、和室の中はガランとしていた。

 

「……いないわね」

 

 ここの和室に大和がいるだろうと思ったが、どうやら見当違いだったようだ。

 

 大和が見つからないまま少しだけ廊下を歩いていると、一つの部屋からトントントンと何かを切っている音がしてくる。

 

 こんな朝早くから一体何をトントントンとしているのかと、幽々子は物音が聞こえてくる部屋の扉を開けて中に入っていく。

 

 物音が気になって幽々子が入った部屋の中には、冷蔵庫やガスコンロなどの料理をするために使う物が沢山置かれている。恐らくこの部屋は料理などの支度をする台所なのだろう。

 

「やまと~ そこにいるのかしら?」

 

 しかし台所で手際良く料理していたのは自分が知っている大和でも和生でも武尊などの三兄弟ではなく、大和達の母親だった。

 

 台所で料理をしていた大和の母親に対する、幽々子の第一印象は見た目はもちろん、態度の振る舞いや雰囲気は御淑やかな女性のイメージだった。 

 

「……大和のお母様?」

 

「あら……おはよう幽々子さん」

 

 台所に入ってきた幽々子の気配に気が付くと、大和の母は料理を一旦止めて、賑やかな笑顔で幽々子に向かって挨拶をしてくる。

 

「大和、何処にいるのかしら?」

 

「そうねぇ、あの子朝早く起きて鍛練してると思うから家の道場か中庭、もしくは外に出て走ってると思うわ」

 

「ありがとうございます。」

 

 そう言うと気を改めて幽々子は台所から出ていき、大和を探しに屋敷中を歩き回った。

 

 

 

《~少女探索中~》

 

 

 

 しかし結局のところ、広い屋敷のどこを探し回っても大和の姿は見つからず、何処にいるのかわからないまま途方に暮れてしまった。

 

「……大和ったら、一体どこに行ったのかしら?」

 

 冷静になって考えてみれば、こんなに探しても大和が見つからないのは、この屋敷内にはいないということなのか。

 

 だとすれば今度は屋敷内ではなく、屋敷周りの外を探してみようと、近くにあった縁側から眺めることができる庭をふと見てみる。

 

「あっ……」

 

 縁側まで近付いて見てみると朝っぱらから身体でも鍛えていたのか、庭の真ん中には上半身裸になっている大和が身体中から汗を流しながら木刀で素振りをしていた。

 

「こんなところにいたのね」

 

 一体、大和は何時から外で鍛練をやり続けているのか、ついさっき始めたとは考えられない程の汗が身体中から絶え間なく流れている。

 

 休むことなく庭で鍛練している最中、大和は縁側にいる幽々子の気配に気が付くと、素振りを一旦止めて木刀を下ろして縁側に近づいていく。

 

「おはよう、起きたんだな」

 

 今の時代、身体を鍛えるために朝から木刀で素振りするなんて、時代遅れだと思われてもおかしくはないのだが幽々子は違った。

 

 木刀の素振りや剣術の鍛練を見慣れているのか、鍛練の事に関して何の疑問も抱かずに幽々子は普通に話しかけてくるだけだった。

 

「朝から剣術のお稽古してたのね」

 

「まぁな、毎日の日課だから」

 

 男達に絡まれていた幽々子を助けた時には徒手空拳だけでも十分強かったのに、更に剣術も学んでいるとなると、それはまさに鬼に金棒、脅威としか言いようがない。

 

 それに服の上からだとわからなかったが、大和の身体を良く見てみると、普通の人なら鍛え込まれた筋肉に目が行き勝ちだが、身体中に大小の傷が無数に刻まれている。

 

 跡が残るほどの深い擦り傷や打撃による損傷跡、果ては刃物で切られたような傷跡など、傷跡を数えればキリがない。

 

 まだ歳もあまり重ねていない少年なのに、恐らく幼い頃から相当な鍛練と修行を積んで、幾度の修羅場を乗り越えてきたのだろう。本人の口から聞かずとも、身体中の傷がそう物語っている。

 

 だが、剣の稽古や身体に刻まれた傷跡とは別に、大和のことでひとつ気になっていることが幽々子にはあった。

 

「でも、素手でそんなに強いのに、武器を使う必要あるのかしら?」

 

 正直なことを言うと、大和の生身の身体能力や強さは全身凶器と言っても過言ではないだろう。その上、武器を使うとなれば、それはまさに鬼に金棒と言わざるには得ないだろう。

 

 そう幽々子に聞かれると、他の人の耳に入ったら不味いことだったのか、大和は若干オドオドしながらも小言で答える。

 

「俺の師匠がな…そこんところ口うるさくて」

 

 今も言った通り、俺には武術を教えてくれる師匠がいるんだが、その師匠に弟子入りする際に『素手のみならず、武器術も覚えなさい』て口酸っぱく言われたんだ。

 

 だから近代的トレーニング法以外にも、こうして武器術の鍛練も欠かさずにやっている。ちなみに俺は日本刀や刀が好きだから、木刀での素振りを基本的にやっている。

 

「その師匠てどんな人なの?」

 

 その師匠のことを聞きたいと言わんばかりに幽々子がそう言ってくると、大和はあまり話したくなさそうな表情を浮かべながら小声で答えた。

 

「俺の口からはちょっとな、まぁ、この家にいれば近いうち会うことになるから、その時だな」

 

「そう、それは残念ね」

 

 そんなことを話してると、居間の方から大和の母親の声が聞こえてきた。

 

「みんなー朝御飯出来たわよ」

 

 朝食と聞いて腹が空いたのか、大和と幽々子のお腹が『ぐぅ~』と鳴り響いた。

 

「いこうか」

 

「そうね」

 

 そう言うと大和は全身の汗を拭いて上着を着る。そして二人はみんなが集まっているであろう茶の間に歩いて向かった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 中庭から茶の間までの距離が近かったので、二人は茶の間にすぐに到着した。

 

 茶の間には両親はもちろん、和生や武尊がすでに座って待っていた。

 

「えっ?」

 

 幽々子が思わず驚いたのが、朝食とは思えない大量のごはんや料理がちゃぶ台の上に置かれていたことだった。

 

「さぁ、早く座りなさい」

 

 大和達の父親にそういわれると二人は空いてる席に座った。

 

 六人集まり、テーブルを囲むように座る食卓、大和やその家族からしてみれば特に何の違和感もないが、他人である幽々子からしてみれば異様な光景にしか見えなかった。

 

「みんな集まったな、それじゃあ」

 

 大和達の父親がそう言うと、六人は箸を持って一斉に手を合わせる。

 

「「「「「「いただきまーす」」」」」」

 

 大量の料理を主に大和と武尊が山盛りのどんぶり飯を片手に持ちながらひたすら食べまくる。

 

 一方、和生やその父親はゆっくりと上品に食べてはいるものの、やはり食べる量は多かった。 ちなみに母親の食べてる量は普通のようだった。

 

「幽々子ちゃん、早く食べないとなくなるわよ」

 

「はっ、はい」

 

 大和の母親にそう言われると、幽々子もゆっくりと朝食を食べ始める。

 

 そして朝食を食べながら少し時間が経つと、和生と武尊は今後の話をしたりする。

 

「おい和生、飯食い終わったら機械の使い方を教えてくれ、全然わかんねーから」

 

「わかったよ大兄貴、相変わらずの機械音痴だな」

 

「しゃーねぇーだろ、機械類に強いのはお前しかいねぇんだから、それとも大和に教えて貰えって言うのか?」

 

「それもそうか。」

 

「おいおい勝手に巻き込むな、それじゃあまるで俺も機械音痴みたいじゃねぇかよ」

 

「「いや、事実だろ」」

 

 兄と弟に正論を言われて恥ずかしくなったのだろう。大和は顔を赤らめて黙り込んでしまう。

 

「ところでお前達に重要な話がある。」

 

 他愛もない話をしている最中、大和達の父親が真剣な表情でみんなに話しかけてくる。

 

「つい最近決まったことなんだが、実は父さんと母さんは仕事の関係で海外に行くことになったんだ。 日本に帰る予定はまだ決まってない。」

 

 しかし、そんな話をしたところで和生と武尊の二人の表情は変わらず平然としていた。まるでそんなことは想定の範囲内だといわんばかりに。

 

「まぁ別に良いんじゃね? 俺は構わんよ、なぁ兄貴達」

 

「あぁ、寧ろ夫婦水入らずで良いじゃねぇか、俺も別に構わねぇ、賛成だよ」

 

「…………」

 

 親の海外出張をどうとも思っていなかった和生や武尊達に対して、大和は非常に険しい表情を浮かべており、まるで何かを悟ったような感じだった。

 

 大和は理解していた。兄弟の中で炊事や家事全般を出来て得意なのは自分だけと言うことを。そして武尊や和生が炊事や家事全般が不得意で出来ないと言うことを。

 

 つまり両親がいなくなるということは、炊事、洗濯、家事全般など、家のこと全て俺が必然的にやることになる。

 

「俺も……別に構わねぇよ」

 

「なんだなんだ? 親父と母さんがいなくなって寂しいのか大和?」

 

「そんなんじゃあねぇよ! 炊事や家事を全部やるのが俺になることが嫌なだけだ」

 

 武尊のからかいが余程気に食わなかったのだろう、怒って怒鳴るように発言する大和。

 

 そんな幼稚な挑発に乗った大和を見て呆れたのだろう、和生はこんなことを言った。

 

「なんだよ、そんなことで怒んなよ兄貴、それなら俺も手伝うぜ炊事」

 

 その一言に周りの空気が凍り付き、大和と武尊の表情や態度が一気に豹変する。

 

「いや、その心掛けで結構だ、それにやる気あるなら炊事以外を頼みたいんだが。」

 

「そうそう、炊事は俺と大和に任せとけ」

 

「……あっ? なんだよ兄貴も大兄貴も急に?」

 

 なぜ大和と武尊の二人はこんな態度を取るのか、それはわかっていたのだ。和生に料理を絶対に作らせてはいけないことを。

 

 以前、両親がいないときに武尊が面白半分で和生に料理を作らせたことがあった。 そして事件は起こり、和生の料理を食べた大和と武尊はあまりの不味さに失神してしまったのだ。

 

 しかし恐ろしいところは料理の不味さだけではなく、和生本人は自分が料理が下手なことを理解していないことだった。

 

 ということがあり、大和と武尊は珍しく一致団結して和生に料理を作らせないことを心に誓ったのである。

 

「取り敢えずだ。 家事全般も頑張るし、料理は俺が作るから」

 

「そうそう、俺達に任せてお前は何もしなくて良いんだ、末っ子なんだから」

 

「まぁ、そこまで言うなら言葉に甘えるよ」

 

 そんなことを話している間に、山盛りに積み上げてたおかずやご飯は無くなり、みんな朝食を食べ終える。

 

 朝食を食べ終えると幽々子を除いた草薙家の者達は各個人で使った食器を始め、おかずなどを食べ終えた食器をなど早々に片付けて台所へ持っていく。

 


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