古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜   作:黒い小説家

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二話 決闘 大和VS妖夢

 もうすでに夜遅くなので空は薄暗い紺色の空に広がって所々に雲が見える、それにふと空を見上げてみれば薄暗い空を照らす美しい満月が昇っており、現世ではまずお目にかかれない白い人魂が縦横無尽に漂い続けている

 

 白玉楼の美しい枯山水の中庭の真ん中で少し距離を置いて黙々と対立する大和と妖夢、お互い精神を極限まで研ぎ澄まして睨み合うように一度たりとも目をそらさずに真剣な眼差しを送っていた。

 

 見過ごすわけにはいかなかったのか、縁側に座って心配そうな顔で中庭にいる二人を見つめる幽々子がいた。

 

「二人共……」

 

 心配だった。妖夢が真剣で勝負を仕掛けてきたこと、それを受け入れた大和のことを。どちらにも負けては欲しくはなかった。二人共無事に勝負をつけて欲しい。

 

 大和が持っている異形な武器を前に妖夢は凝視していた。

 

 少なくとも普通の武器ではない。木刀のような形状していて鍔もある。しかし材質は木材ではなく、鉄もしくは鋼、しかもかなり高純度の物を使っていると推測される。

 何のための武器なのか、刃は付いていないので確実に斬撃や相手を斬るような類ではない。もしかして相手を撲殺するための武器なのか?

 

 一瞬でも気を緩めれば決して無事では済まない闘いが徐々に始まろうとしている中、毎日のように稽古で剣術を鍛えている妖夢が冷静に脱力を高めているのはともかくとして、真剣の勝負が初めてではないとはいえ大和からは恐れや緊張をまったく感じさせず、まるで余裕があるかのように心を落ち着かせている

 

 ずっと睨み合うのにも嫌になったのか、大和は深く息を付きながらゆっくりと瞬きをした。

 

「さてと……さっさとはじめようぜ妖夢」

 

 勝負を始めようと大和は手に持っていた鉄刀を構える。満月の光に照らされて鈍く光る黒色の刀身、すぐに鉄刀の切っ先を妖夢に向けて身を構えた。

 

 しかし構えている大和に対して妖夢は腰に差している刀も背中に背負っている刀も一才抜こうとはせずに、冷静かつ真剣な顔でリラックスするように全身の力を抜きながら黙ってじっとしているだけだった。

 

 返事も帰さなければ動きもしない妖夢の行動に不安を感じると、大和は曇ったような表情で深くため息をついて再び妖夢に話しかける

 

「おいおい………さすがに無視はねぇだろ」

 

 そう思いながら鉄刀の峰で肩を叩き数分の時が経つと、ゆっくりと深呼吸をして妖夢がやっと動き始めた。

 

 腰に差していた短刀ではなく背中に背負っていた長刀の柄を軽く握りしめるが、大和と違って刀を鞘から抜こうとはせず身を構えるだけだった。

 

「では始めましょうか」

 

「あぁ……いつでも良いぜ」

 

 真剣な顔で妖夢に返事を返し、心を落ち着かせながらも自分の視線や神経を全て妖夢に集中させると、刀をもう一度構えた。

 

「では……参ります!」

 

 妖夢がそう呟き、そして背中に背負っている長刀を抜いたと同時に物凄い速さで大和との距離を一気に縮めた。

 

 最初の一振りを大和の首を一点に目掛けると、妖夢は虚空を斬り裂く勢いで長刀を振るうが、その前に大和は妖夢との縮んだ距離を空けようと、慌てずに平然とした顔で大和は後ろに下がると妖夢の振るった長刀を難なく避けた。

 

 大和は余裕の表情だった。それも無理はない未来を見通していたのだ。つまり最大の武器である心眼を使っていたのだから。

 

 それからも何度も使う。全ての未来を見通すような勢いで心眼を全身全霊で使用する。

 

 妖夢が長刀を振るう。的確に、首や腹部などの急所のみを狙って何度も振るいまくる。

 

 それに対して、心眼を使っていた大和は余裕な素振りを見せながら、それら全てを紙一重で回避する。予知通りに来る攻撃を適切にスムーズに避け続ける。

 

 そして、妖夢が長刀を振り切った瞬間、その隙を突いて大和も反撃に出る。

 

 大和は鉄刀を横薙ぎに振るう。その時、バットを振りかぶったような鈍い音が響き渡る。

 

 しかし、妖夢は余裕だった。まるで鉄刀を振るった攻撃が遅いと言わんばかりに、別に命の危機を感じているような素振りもなかった。

 

 瞬時に振り切った長刀でガード態勢に入る。これでこの攻撃は受け止めることができる。そう妖夢は確信していた。

 が、しかし……

 

(……マズいッ!)

 

 鉄刀が当たる直前で、妖夢は嫌な予感を察知した。この攻撃を受け止めるのはマズイ。もし受け止めたら大変なことになると、直感が叫んだ。

 

 刹那の一瞬、妖夢は長刀でガードするのを止めると、後ろに大きく飛んで鉄刀を回避する。

 

 攻撃を避けながら妖夢は後ろへと下がって態勢を整える。そしてもう一度改めて大和の持っている鉄刀をじっくりと観察する。

 

「あの武器……まさか……?」

 

 形状はともかく、今までに見たことのない武器だったが、攻撃をガードしようとした瞬間、嫌な予感と危険を直感したことから、あの武器の意味と使い方を理解した。

 

 あの鉄刀は斬撃や斬る事を捨てている。その代わりに相手を撲殺したり、相手の刀剣類を確実に破壊するための武器だ。いわゆる武器殺し。

 

 つまり私が使っている刀剣と明らかに相性が悪い。仮にあの鉄刀を刀剣でガードしたら刃毀れするのはもちろんの事、下手したら叩き折られてしまう。

 

 逆も然り、自分が一方的に攻撃を仕掛けても、あの鉄刀でガードされたら刀剣が刃毀れを起こしてしまう。

 

 これは参った。あんなシンプルで一見殺傷能力が無さそうなのに、まさか攻防一体の武器殺しとは。これはどうすれば良いのか。

 

 考えれば考えるほど、あの鉄刀の隙の無い攻防一体の性能と自分が持っている刀剣が破損してしまうことを恐れて、妖夢は手が出せなくなってしまう。

 

「理解しちまったか……俺の武器の本質を」

 

「良く作られてますよ、斬ることを捨てて、相手の刀剣を確実に破壊することだけに特化した武器殺し

 何でそんな物騒な武器を作ったのかは知りませんが、私に取っては最悪の武器ですね」

 

「まぁ武器殺しとは言うけど、俺はそのためにこれを作った訳じゃない。偶然だよ偶然」

 

 別に最初に考案したときは武器殺しにはならなかった。しかし決して壊れることは無いであろう圧倒的な耐久力に特化したら自然とこういう武器になってしまったのだ。

 

「何のためにそれを作ったんですか?」

 

「いや、木刀でも日本刀でも、俺すぐに武器壊しちゃうからさ。俺の力の強さに耐えきれなくてな。

 だから、俺が全力で使っても絶対に壊れない武器を作ったら、これが生まれたってわけ」

 

 なるほど、そういう訳なのか。単に武器を破壊するために、耐久力と破壊力に特化させた専用武器と思ったが、まさか自分が使っても壊れないような武器を作ったなんて、意外とこの人は単純なんだな。

 

 妖夢は思わずクスッと笑う。

 

「大和さん。貴方面白い人ですね。」

 

「そうか? 別にそんなこと無いけど。」

 

 俺なにか面白いこと言ったっけ?別に変なことを言ってないよな俺、それなのになぜ妖夢は笑うんだ?

 

「決めました。全力を出します」

 

 妖夢は決めた。武器殺しである鉄刀を恐れず、この人に自分が出せる全身全霊を使って打ち倒そうと、この人には負けられない。幽々子様のためにも、そして自分自身のためにも、全力でこの人を倒そう。妖夢は決意を堅めた。

 

 持っていた刀剣の刃を逆さにして峰を前にする。そして構えだすと妖夢から笑顔は消えて真面目な表情になる。そして緊張感が走り出し、殺気のような寒気も感じた。

 

 大和も臨戦態勢に入る。そしてこれからどんな攻撃を繰り出してくるのかを知るために心眼を使って未来を見通す。

 

 心眼を使った瞬間、大和は危険を察知した。

 

 直ぐ様、前足のつま先で地面を蹴り、身体を後ろに移動させた。ボクシングで言う所のバックステップである。

 

 そして念のために鉄刀を盾にガード態勢に入った。

 

 その瞬間。

 

 眼の前に妖夢が接近してきた。数メートル離れていたはずなのに、まるで瞬間移動でもしたかのようなスピードで眼の前に現れた。

 

 それと同時に斬りかかってくる。

 

 鉄刀と長刀がぶつかり合い、聞くに耐えないような高い金属音が響き渡る。

 

 幸い、バックステップで後ろに下がったこと、そして鉄刀を盾にしたことで一撃は免れた。

 

「あっぶねぇ……」

 

 危険を回避したのも束の間、無意識に心眼を使ったのとによって次の攻撃を未来視する。

 

 それから間もなく、妖夢の姿が目の前から消える。そして次にどういった攻撃を仕掛けてくるのか、心眼を使っていた大和にはわかっていた。

 

 背後だった。気が付けば次に妖夢の姿を見た時には背後を取られていた。

 

 大和は咄嗟に後ろを振り向いて、鉄刀を盾に再びガード態勢に入る。心眼を使っているとはいえ、避けるのは間に合わない。避ける動作をしたときにはもう斬られていることを理解していたからだ。

 

「これも防がれた?」

 

 妖夢は少し驚いた表情を浮かべていた。自分の攻撃を防がれたことがありえないと言わんばかりに。

 

 二度の攻撃を仕掛けて妖夢は疑問に思っていた。初めて立ち会いするのに、初めて見せるであろう技の数々なのに、何故こんなにも正確に自分の動きを読まれているのか?

 

 普通ならありえない。私は特殊な技法で最速の動きをしている。相手の表情からして恐らく私の動きは見えていないはず。常人であればさっきの一撃で決着していたのに、この男は二度も私の最速の攻撃を防いでいる。

 

 この男の眼には何が視えている? 神通力?未来視? 普通の人間がそんな人知を超越した能力を持っているとでも言うのか、そんな人間がこの世にいるとでも?

 

 妖夢は焦りを感じながら、その場から消える。そして次に姿を顕にしたとき斬り掛かる。

 

 大和の右に現れては斬り掛かり、防がれたらまた姿を消して、次に大和の左に現れては斬り掛かり。防がれたら姿を消す、それの何度も繰り返した。

 

 左右前後、あらゆる場所から何度も何度も斬り掛かる。その光景はまるで台風のような、嵐のような猛連撃の数々だった。

 

 しかし、焦りの色を見せながらも大和は全て防ぐ。ギリギリだが、まるで全ての攻撃がわかっているかのように、的確に適切に流れ作業のように防ぎ切る。

 

 それから一方的に大和が攻撃を受けてから数分が経過したところ。

 

 瞬間移動のような妖夢の動きが遂に止まる。あの嵐のような猛連撃が収まったのだ。

 

 妖夢は後ろへと下がり大和との距離を空ける。そして荒い息を漏らしながら、額には大量の汗が滲み出ている。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 この特殊な技法はかなりの体力を消費する。本当なら一撃で終わらせる代物なので何度も使って良いような技ではない。何度も使っていると、この通り体力が尽きたり、疲労で動けなくなる。

 

 それに対して、大和も冷や汗を流していた。そしてあの嵐のような攻撃を耐え抜いて少し安心していた。一時はどうなるかと思ったが、意外となるようになるもんだな。

 

「すげぇよ妖夢。こんな技があるのか」

 

 驚いていた。あの瞬間移動のような動き。人間の動きではない。今の俺では、とてもながら真似をすることなんて出来ない。並外れた努力と恵まれた肉体が成せる技と言っても良いだろう。正直尊敬する。

 

 しかし、それに対して妖夢は不服だった。怒りすら覚えるほどに納得いかないことがあった。

 

「それはこっちのセリフです。何故、私の動きが分かるんですか? まるで最初から私の行動を知っているかのように防いでましたよね?」

 

 その言葉を聞いて、大和は困惑した。

 

 これは言って良いのか、それとも心に留めて置くべきなのか、しかし隠し通そうとしても、妖夢の奴は勘が鋭そうだし、どうせいずれバレるときが来るだろう。

 

 隠し通そうとするのが無理だと察したのだろう。大和は真面目な表情で素直に何故自分が妖夢の行動がわかるのかを答える。

 

「頭おかしいこと言うかも知れないけど、俺未来を見通す力を持ってるんだ。多分、妖夢の行動がわかるのはその能力のおかげなんだ。」

 

「未来予知!?」

 

 薄々は察していたが、まさか未来を見通す能力を本当に持っているとは思ってもいなかった。

 

 今まで平然としていた流石の妖夢もその答えに驚きを隠しきれなかった。

 

「現代にいた俺の師匠が言うには『心眼』って言う能力らしい。過酷な修行をすることで手に入る代物さ。

 全部見通すことはできないけど、少し先の未来を視ることぐらいはできる。」

 

 そう、風間獣蔵と闘って敗北したあと、四日間飲まず食わずで修行して、文字通り死ぬ思いをして手に入れた能力。

 一流の中でも特に一流の達人達が持っているであろう、未来を見通すことができる奇跡の能力。

 

 それがある限り。俺には攻撃は一切当たらない。どんな攻撃も手に取るようにわかる。例え瞬間移動のような速度で動けたとしても場所がわかれば対処できる。

 しかし、対策が出来たり、あの技を使えるとしたら話は別だ。

 

 そんな絶対的な回避力を持っている大和にどうゆう対処するのか、ここが妖夢の腕の見せどころであり、修行の成果を発揮させる絶好のチャンスである。

 

「やってみるしかない。」

 

 何も対策もせずに、無策のまま戦おうとしていたのか、妖夢はまるで突っ込んでいくかのように大和に向かって接近した。

 

 そして刀を振るう。絶対に避けられることを知った上で、縦横無尽に、何度も刀を振るい続ける。

 

 これも心眼の予知通り、見通していた。こうなることも、どうゆう攻撃を仕掛けてくるのかも、全て大和には手に取るようにわかっていた。

 

(……視える! これなら行ける。)

 

 鉄刀を使うまでもなく、スムーズに的確に避け続ける。あとは反撃に出て、圧倒すれば勝てる。そう思っていた。が、しかし。

 

 突然のことだった。

 

(これはまさか!?)

 

 心眼を使った瞬間、攻撃が二つに分岐する未来が視えた。

 

 咄嗟に大和は避けるのを止めて、鉄刀で防御する態勢に入る。

 

 辛うじて飛んできた妖夢の一撃を受け止めた。

 

(……『くずし』だ。)

 

 『くずし』途中までまったく同じ動作で、相手の動きを見てから行動を変える古武術の一つ。兄である草薙武尊から教わった未来視対策の技。

 

 恐らく大和の心眼の裏を搔いたのか、それとも相手の動きを見てから動作に入る行動しているのか、どちらにしても妖夢の奴、心眼の天敵である『くずし』を使ってきた。

 

 さっきまで余裕の素振りを見せていた大和だったが、今では尋常では無い冷や汗を流し、焦りと恐れを感じているような絶望的な顔を浮かべていた。

 

 そんな大和を見て、相手の弱点と恐れていることを理解したのだろう。それを一切見逃さずに妖夢は畳み掛ける。

 

「なるほど、コツは掴みました。それが大和さんの嫌がる方法ですか」

 

 すると何を思ったのか、妖夢は腰に差していた短刀を引き抜いて構える。

 

 それと同時に大和にも異変が起こった。

 

 心眼を使っても未来が視えなくなったのだ。相手の行動が一切見えない。まるで暗闇のように真っ暗な未来。

 

 恐らく心眼を使えなくなったのは、妖夢がこれからは相手の動きを見てから行動する動きに変更したらだと予測される。心眼を使えなくなった今、あの素早い動きを捉えるのはほぼ不可能とも言っていいだろう。これはマズい。

 

 妖夢が一気に間合いを詰めてくると、再び嵐のような猛連撃を繰り出してくる。しかも今回は長刀だけではなく短刀もある。手数はさっきの二倍以上になるだろう。

 

 常人なら眼では追えないほどの妖夢の攻撃を大和は持ち前の洞察力と直感力のみで立ち向かう。

 

 上下左右に縦横無尽に繰り出される妖夢の攻撃、肉眼で捉えるだけでも一苦労なのに、それを防いだり避けるのはほぼ至難の業と言っても良いだろう。

 

 相手が峰打ちできているとは言え、まともに喰らえば一溜まりもない。ギリギリのところで避けたり防いだりを繰り返し、大和は防御に入るだけで精一杯の状態だった。

 

 金属と金属がぶつかり合う高い金属音が鳴り響く、そして風を切るような音も何度も響く。

 

 最初は適切に的確に対処していた大和だったが、時間が経過するに連れて、避けたり防御することができずに妖夢の峰打ちが顔や身体を掠める。

 

 それからはあっという間だった。もはや何もできないまま鉄刀を叩き落され、丸腰状態になってしまう。

 

 そして大和が尻餅をつくと、妖夢に見下されながら眼前で長刀の切先を向けられる。

 

「大和さん……勝負ありましたね」

 

 そう言いって勝利を確信すると妖夢は手に持っていた長刀と短刀を静かに鞘へと収める

 

 それに対して大和は自分は勝負に負けたと知ると、落ち込んだ表情で顔を俯けた。

 

「そうか……負けたんだな俺、それじゃあ仕方ねぇな」

 

 この勝負に敗北したということは自分の力はまだ未熟で幽々子を守ることが出来ない、それはつまり妖夢は自分と幽々子を恋人同士とは認めないと言っているみたいなものだった。

 

 だが妖夢はそんなこと微塵も考えてはおらず、大和が落ち込んでいる理由がまったくわからなかった。

 

「あの大和さん? なぜ落ち込んでるんですか?」 

 

「気休めはよしてくれよ妖夢、俺と幽々子が付き合うこと認めねぇんだろ」

 

「何言ってるんですか? 認めますよ」

 

 妖夢がそう言うと大和は予想外過ぎて驚きを隠せず顔を上げると思わず「えっ!?」と言ってしまった。

 

「認めるって……本当に?」

 

「はい、貴方の力なら幽々子様を充分に任せることができます。……人間としては普通に強かったですし」

 

 妖夢の言葉を聞いて大和は安心すると、縁側でずっと二人の闘いを見ていた幽々子が嬉しさのあまりに大和に向かって走ってきて、そのまま大和に笑顔で抱きついた。

 

「良かったね大和!」

 

「あっ……あぁ……」

 

 しかし、大和は浮かない顔だった。

 

 負けたことが悔しかった。紅虎さんや兄貴の武尊と闘って負けた時とは違う。いや、どちらかと言えば現代で闘った風間獣蔵に負けた時に感じた敗北感に似ている。

 

 相手が格上だったとはいえ、負けた自分が許せない。武器相性は有利だった。身動きの速さは圧倒的に負けていたが、筋力は自分が上だったはず、それなのに剣術の技量で負けてしまった。

 

 もっと強くなりたい。誰よりも、限り無く、誰にも負けない程に強くなりたい。

 

 そうなれば、もはや自分がやることは一つしか無い。恥ずかしいとか羞恥心なんてどうでも良い。とにかく強くなれるのであれば、何だってしてやる。

 

「なぁ、妖夢。お前の腕を見込んで頼みたいことがあるんだけど……」

 

 急に畏まった態度で妖夢に接する大和。その光景は不気味に感じるほどに恐ろしかった。

 

 しかし、妖夢はまるで何とも思っていないような表情で大和に対して話し掛ける。

 

「何ですか?」

 

「俺を……弟子にしてほしいんだけど。良いかな?」

 

「別に良いですよ。」

 

「本当に?」

 

「はい。成長しそうで見所ありますし。寧ろこんな人材を放って置くなんて勿体無いなと思って」

 

 そんなにも俺のことを過大評価してくれてるのか、正直ありがたいって思って良いのか、それともここは謙虚にいった方が良いのか。妖夢の期待に答えられるのか心配だ。

 

「ですが、私の教えは厳しいですよ。それは覚悟してくださいね。」

 

「安心しろ。どんな試練も乗り越えて見せる。

 多分大丈夫だから……どんな修行でも……ははっ……あはは……」

 

 最初は元気だったが、最後の言葉はまるで覇気も無く。まるで何か悪いことでも思い出したかのように、大和は魂が抜けたような感じで、かなり落ち込んだような表情で下を向いていた。

 

 そうだ。俺は師匠の紅虎さんの地獄のような修行とトレーニングを数年間に渡って耐え抜いたのだ。今でも思い出したくないような地獄な日々を過ごしたんだから。今更厳しい修行なんて、どうってことも。

 

 そんな大和の魂の抜けた態度を見て、妖夢は何かを察したのだろう。今まで何があったのかを一切聞かずに、取り敢えず話を進めようとする。

 

「取り敢えず修行は事が纏まってから始めましょう。それまでは休みを取って修行に備えるように。」

 

「ウン……ワカッタ……」

 

 何かトラウマのようなことを思い出して、言葉がカタゴトになっている大和、本当にこの人の人生に何があったのか、妖夢は気になっていた。

 

 見物していた幽々子はともかくとして大和と妖夢の体は長い闘いで心身共に疲れきっていた。

 

「ねぇ、せっかくだから三人で一緒に寝ましょうよ」

 

「私は良いですが、大和さんは?」

 

「俺は別に構わねぇよ」

 

 普通に考えて男女が同じ部屋で一緒に寝るのは少しやばいと思うが、この先三人で一緒に暮らすことになると考えると大和は気にしないで幽々子と妖夢の三人で一緒に寝ても良いと思った。

 

「さぁ二人共、早く屋敷に戻りましょう」

 

 三人は屋敷に戻って布団の用意を済ませると、三人は川の字に並んで夜が明けるまで眠りに着いた。

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