古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜 作:黒い小説家
前代未聞の終わり方で結婚式が終了したあと、八雲紫は帰り、大和が目覚めないまま日を跨ぎ、朝を迎えた後のことだった。
何故、自分が眠っていたのかも知らずに大和は目覚め、いつものように妖夢と一緒に朝食を作って、幽々子と妖夢と自分の三人で朝食を食べた。
そして朝食を食べ終えたあと、大和は妖夢から急に庭に呼び出されて、何をするのか知らないまま来た。
白玉楼の美しい枯山水の中庭、その真ん中で妖夢と大和は対面するように話し合おうとしていた。
「それでは早速修行を始めます。」
「いきなりかよ。」
まだ、この白玉楼に住み着いてから三日も経っていないというのに、まだまだ生活環境を理解してないというのに、今日修行を始めるのか。
まぁ、でも大丈夫か。身体は少々鈍っているから、運動能力を取り戻す良い機会だ。
「はい。大体の物事が終わったことですし。これから修行をしても差し支え無いかと。」
「それで、最初は何するんだ?」
紅虎さんのような、一流のアスリートや修行僧でも音を上げるような修行は勘弁して欲しいけど、そんなことは言ってられない。
妖夢よりも強くなるためにも、誰にも負けないためにも、どんな厳しい修行でも乗り越えることが目標だ。そのためならどんな苦痛も耐え抜いて見せる。
「では、まず屋敷の外を一周走ってください。10キロ程あるので頑張ってください。」
「あっ、あぁ」
妖夢の修行に対して、疑問はあるものの、それは言葉には出さず、何も言わずに大和は素直に従った。
そんな距離を一周走るだけで良いのか?もうちょっと厳しくしても良いのでは。
早速、大和は屋敷の外へ行って走り込みをする。しかも後先考えずにまるで体力を残そうとせずに自分ができる限りのスピードで走ろうと、初っ端なから全力疾走する。
「大丈夫かな……?」
それを見ていた妖夢は、そんな勢いで走ったら完走する前に力尽きるのでは? もし走りきったとしても次の修行が出来ないのでは? と心配そうな表情で見ていた。
《〜疾走中〜》
ひたすら走っていた。100メートルを10秒台で走る勢いで、ペースを落とさず、一定のリズムと呼吸を刻んで、ただひたすらに走っていた。
全力疾走をしていると体力は無くなる。幾ら毎日毎日走っていてもいずれ苦痛を感じる。
しかし、ある一定の距離を全力で走っていると、苦痛が取り払われて幸福感すら感じるのだ。まるで死ぬまで無限に動き続けられるような夢の感覚。
5キロ程走ったところか、今の大和は身体が暖まってきて、苦痛が完全に無く、寧ろ走ることに多幸感を感じている。
この現象は『ランナーズハイ』。長時間に渡り、走り続けていると、気持ち良い程に気分が良くなり、いつまでも走り続けられるような陶酔感を味わう感覚のこと。 ランニング中に脳内で分泌されるβ-エンドルフィンというホルモンの作用だといわれている。
そして走るスピードが更に加速していく。苦痛が無く、走ることに快感を得た今、長距離を全力で走り切るまで終わらない。
《〜15分後〜》
あれからどれだけの時間が経過したのか。いつも通りの距離を走ったので、体内時計の感覚だと三十分切ったほどだと推測する。
長距離走が終わったところで、大和は休む暇もなく妖夢に走り切ったことを報告する。
「終わったぜ。」
「早いですね。一時間切ってる。」
自分でもあの距離を走り切るのに一時間は掛かるのに、この大和は一時間以内に余裕で走り切っている。
現代の話であれば10キロを走るのに一時間とちょっと掛かる。しかし大和はその記録を塗り替えてしまうほどのスピードで走ったのだ。
しかも10キロの距離を休まず走っていたのにも関わらず、大和は疲れているどころか息一つ乱れていない。まるでまだまだ走れると言わんばかりだった。
それもそうだ。俺を軽んじて貰っては困る。毎日毎日、紅虎さんの修行で馬や狼のように走らされていたのだ。中学を卒業する頃にはフルマラソン(42.195キロ)を全力疾走で完走できるほどの体力は身に付いている。
あまりにも桁外れの体力を持っている大和を前に妖夢も思わず若干引き気味に驚いてしまう。
「息一つ乱れてないですね」
「まぁ毎日走ってたし、こんなもんだろ?」
こんなもので疲れていたら紅虎さんの弟子にはなれない。即破門である。
伊達に鍛えてるわけではない。俺は強くなるためにあらゆる努力をし、死ぬ気で修行していたんだ。
並の修行で俺が尻尾を巻いて逃げるとは思うな。
「次は何するんだ?」
「それじゃあ、腕立て腹筋を100回ずつ」
「よっしゃあ、やるぞ!」
妖夢の目の前で筋トレを始める。
まずは腕立てだ。一番やっていた得意分野。
足を伸ばしてつま先を立てになり、頭から足首まで身体を真っ直ぐになるようにし まっすぐな姿勢をキープしながら四つん這いになり、脇を締めて肘を曲げ、体を床に着くギリギリまでゆっくりと下ろす。
基本に忠実な腕立て伏せを1秒間に一回ペースで熟す。100回やるまでペースが落ちることはなかった。
《数十分後》
体力が有り余ってるとはいえ、そろそろ大和の身体からじんわりと汗が流れる。
その一方、疲れている様子は無い。
「終わったよ。次は?」
「……早っ、次は◆◇◆ですね」
淡々と、そしてあっと言う間に修行を熟す大和に対して、妖夢は自分の修行が役に立ってるのか疑問に思っていた。
「よっしゃあ」
再び修行を始める。
《数十分後》
あっと言う間に言い渡された修行を終える。
大和の身体が暖まってきて、筋肉もパンプアップしている。身体から大量の汗が流れる。
しかし、疲れてはおらず。
「終わったぞ。」
「次はこれをですね!!」
あまりにも大和が疲れないので、妖夢は焦っていた。自分の課した修行で全く疲労を感じさせないからだ。
どうしたら良いのか、もう自分がやっていた修行が底を尽きる。もう教えられる修行は無い。
「あいよ!」
言い渡された妖夢の修行に取り組む。まるで流れ作業のような感じだった。
この時、大和は修行が楽しくて仕方なかった。
久しぶりに身体を動かすことができて、汗を流すことで感じられる爽快感を味わっていた。
《数十分後》
尽く課せられた修行を終える大和。
汗を大量に流し、身体が完全に暖まって、ギアチェンジしなくても、いつでフルスロットルで動くことができる。
「終わった。」
(……全っ然! 疲れない!? なんなのこの人!?)
あまりにも体力お化け過ぎる。何をしたら疲れるのか、どうしたら良いのか、妖夢にはわからなかった。
もう出来る修行はない。完全に底を尽きた。
この際だ。この大和の肉体の強さを改めて見直そう。
この人は並の人間ではない。規格外の体力とあらゆる修行に耐え得る強靱な肉体を持っている化物だ。怪童と呼んでも良い。
私の修行では、この大和を疲れさせることも、厳しいと思わせることもできない。相手が悪すぎる。
修行が駄目だと言わんばかりに自分を責めている妖夢、しかしそんな中で嬉しそうにしている人が一人。
大和だった。修行を熟していた大和がとても嬉しそうにしていた。
「いやぁ、すげぇよ妖夢。稽古でこんなに身体が暖まるなんて久しぶりだよ。流石は幽々子の剣術指南役だな」
心臓が起き上がって、芯まで身体が暖まる修行をしたのはいつぶりだろうか。
自分の日常稽古だと軽く済ませるので、汗を流す程度で終わる。身体も多少暖まるが、それでも中途半端だ。
しかし、今回の妖夢に課せられた修行は良かった。手を抜くこと無かった。
しっかりと全身を鍛えられ、身体も十分に暖まってる。こんな充実した修行をしたのは久しぶりだ。
「それは……良かったですね」
そんなことを言ってくれると、とてもありがたい。自分の修行が役に立っていると思うと喜ばしい。
しかし、全ての修行を熟して疲れないとなると、厳しさが足りないと思われたら自分が舐められる。「妖夢の修行こんなもんかよ、大したことねぇな」て言われるのは絶対に嫌だ。
その反面、大和はそんなことを言うような奴ではない。紅虎のに比べれば確かに厳しくないが、それでも鈍ってる身体を鍛えるには今の修行でかなり満足してるのだ。
「次は何するんだ? なんでも熟すぜ」
「次で最後です。素振りを晩御飯前までずっとやっててください。」
「その前に服脱いで良い? 汗でベタベタで嫌なんだよ」
「どうぞご勝手に」
素振りの前に大和は上着を脱いだ。
「……っ!?」
脱いだ瞬間、妖夢は大和の身体を見て絶句した。
極限まで鍛え込まれた肉体。分厚い胸筋に、綺麗に割れたシックスパックの腹筋、凝縮させた筋肉を搭載した腕。
贅肉は一片もない。
ギリシャの彫刻のように強靱な身体、しかし筋肉は硬くはなく、女性の乳房のような柔らかさと、しなやかな鞭のような滑らかさがあった。
更に、身体中には無数の傷が刻み込まれている。
刃物傷、打撃傷、爪痕、銃創、数えればキリがない。
全ての傷が物語る。どれだけの修羅場を潜り抜けてきたのかを、どれだけの修練を重ねてきたのかを。
絵に書いたような、芸術的にすら感じる大和の肉体。
妖夢は思った。どうすればそんな肉体が完成するのか、どれだけの鍛錬を積み重ねてきたのか。
自分では到底のことながら無理だ。こんな美しく強靱な肉体を作るのは。
「どうすればそんな身体を作れるんですか?」
「別に大したことねぇよ。紅虎さんに鍛えられたら誰でもこうなる。耐え切ることができればの話だけど」
もし、紅虎さんに弟子入りして、耐え抜くことさえできれば、誰でも強靱さと美しさ重ね揃えた肉体を手に入れることができる。それができるのは極わずかだと思うけど。
「それで、何で素振りすれば良いんだ? 木刀か? それとも俺が持ってる鉄刀か?」
「これです。」
妖夢が両手で持ってた物を差し出してくる。
目を疑うような鍛錬器具だった。
柄は普通の木刀と変わりない。問題は刀身に当たる部分だった。
長さは木刀と変わらない。丸太をそのままの形に保っている。直径は30センチほどあるか。木の皮が張り付いていた。
材質は樫の木か。太く、重い、それでいて存在感がある。
差し出してきた鍛錬器具を大和が片手で受け取る。
手に取った瞬間、ずっしりとした、ダンベルのような重みが片手に押し掛かる。
およそ30キロ以上ほどあるのか、非常に重い。片手で振り回すには力が足りなさ過ぎる。
この鍛錬器具の重さは木刀の30倍、鉄刀の3倍以上はある。
これを何時間も振るうのか。大和はそう思った。
普通の木刀なら問題ない。鉄刀でも大丈夫だろう。しかしこの鍛錬器具で何時間も素振りできるのか、少々不安だった。
早速、素振りを始める。
中段の構えを取る。鍛錬器具を背中まで振りかぶり、胸の辺りまで振り下ろす。
その際、鍛錬器具を振り上げるのと同時に右足を前に出し、振り下ろすのと同時に左足を引きつける。
「これは……」
筋肉が軋む。鍛錬器具の重みが両腕に乗っかかる。
これを普通の木刀のように、高速で繰り返すこは無理だ。あまりにも重すぎる。
自分のペースでやろう。時間は沢山ある。最後までやり抜くことだけを考えよう。
大和は休むこと無く素振りを続ける。
《〜数時間後〜》
ここは冥界、朝も昼も夜もない場所、故に時間を把握するには体内時計で覚えるしか無い。
あれからどれだけの時間が経過したろうか、一体何百回素振りをしただろうか。
大和は未だに素振りを続けていた。
終わらない。妖夢が良しと言うまで終わらない。
「はぁ……はぁ……」
無限に続く素振りに大和は遂に悲痛の表情を浮かべていた。
疲れ果てていたのだ。
筋肉がパンパンに膨れ上がり、肉が軋む音がする。
もう止めろ。早く休めと、脳が苦痛をひたすらサインとして送ってくる。
インターバルを取らなきゃ、永遠に苦痛を与えられる。逃れることはできない。
しかし、大和は止めなかった。どんなに苦痛に溢れていても、手を止めること無くひたすら動き続ける。
我慢強かった。まるで今まで痛みに耐えることを訓練していたかのように。
「……来い! ……来い!」
大和は何かを待っているようだった。
この痛みに耐えれば何があるのか。その先に何が待ち構えているのか。
それを待つために大和は苦痛を我慢する。
そして、それは間もなくしてやって来た。
大和の身体に異変が起こったのだ。
…………パァー!!
大和の頭の中にある物質が分泌された。
その瞬間、大和の表情から苦痛は消え去り。寧ろ気持ち良くなっている顔をしていた。
そして、素振りする動きが速くなる。
さっきまでの何倍も動きが早い。まるで軽い木刀を振ってるような感じだった。
疲れ果てていたのに、急に体力が全部回復したかのように復活した。
「……これは?」
大和の異変に気付いた妖夢。
しかし、大和の身体に何が起きたのかはわからない。
疲れてて苦痛の表情を浮かべていたのに、急に復活して今までよりも良い動きをしている。
そのまま疲れることも辛そうな表情をすることなく。大和は妖夢の言った通り晩御飯前まで素振りを続けた。
《〜それから数時間後〜》
バテることなく。大和は妖夢の修行を達成した。
しかし、疲れている様子は無い。寧ろまだまだ動けると言わんばかりに活き活きしている。
修行が終わると、大和は鍛錬器具を置く。そして右肩をグルグルと回した。
「いやぁ〜流石に駄目だと思ったよ」
最初はどうなるかと思ったが、意外とどうにでもなるようなもんだな。
やっぱりあれがあったからやり遂げれたんだ。あれには感謝しないとな。
「凄いですね。あれは一体何だったんですか?」
「……何が?」
「急に動きが良くなったり。気持ちよさそうな顔をしていたあれです。あれは私も知らない。」
「……あぁ、あれか。」
大和は何かを知っている様子だった。
それも無理はない。あれは何度も体験している。寧ろ感じることが日常茶飯事なもんだから。
あの正体は何なのか、苦痛の先に何があるのか。妖夢は気になっていた。
「知ってるんですか?」
「ドーパミンだよ。」
「ドーパミン?」
「紅虎さんが言うには、脳内麻薬とも言ってたな。苦痛を耐え続けると分泌されるんだって。」
脳内麻薬エンドルフィン、他にもドーパミンと言う呼び方があるが、肉体に生じる苦痛がある一定の限界を越えることで脳の中にそれらが大量に分泌される
その効果は最強の麻薬と呼ばれているモルヒネの1000倍もの麻薬効果を持つと言われ、想像を絶する高揚感を得ると同時に全ての苦痛が完全に取り払われる。
一流の修行僧、アスリート、一流と呼ばれる者が体験する感覚と言っても良い。
大和はそれを体験していたのだ。
だから、苦痛が取り払われて気持ち良くなり。永遠に動き続けられる。
「そんなものがあるなんて」
初めて知る妖夢。一度たりとも経験したこと無い感覚にとても信じられないと言わんばかりだった。
一度たりとも自分は限界に挑戦したことがない。まさか苦痛のその先があるなんて。
「ということだ。まぁ妖夢もいずれ経験するって」
「………」
「それよりも飯だ。腹減ったから」
「そうですね。すぐに支度します」
そう言って修行を終えた大和と妖夢は屋敷の中に入って晩御飯の準備をする。
そのあとはいつも通り、三人で一緒に茶の間で晩御飯を食べる。
今日のご飯は一段と美味かった。一生懸命動いて、必死に頑張ったのだから、それはもう絶品だった。
晩御飯を食べた後、大和と妖夢で片付けをして皿洗いをする。
そのあとは三人で就寝まで雑談でもしながら話し合い。就寝時間には布団を敷いて三人で眠りについた。