古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜 作:黒い小説家
あれから一ヶ月の月日が経過したあとのこと。
妖夢の修行を乗り越え、成長した大和は体力も更につけ、身体にも変化があった。
筋肉が肥大化し、75キロだった体重は今では80キロまで増加した。
胸筋は分厚さを増し、腕は一回り太くなった。
鍛錬器具で鍛えたことが大きい。あれのおかげで力が更に強くなったのだから。
今では、鍛錬器具で素振りをしても、苦痛が限界を超えることが無くなった。
肉体が慣れ始め、負荷に耐えられるほどの筋力を手に入れたのだ。
基礎体力は身についた。妖夢のあのスピードを出すことは出来ないが、筋力だけなら多分上回っている。
「頃合いでしょう。剣術を教えます。」
「あぁ」
「それとも、あの技を教えましょうか?」
「……あの技? 何だそれ?」
「縮地走法です。」
縮地走法とは、動いている事を悟らせずに間合を詰める、一瞬で短距離を移動する。言わば移動術。
前回の決闘で妖夢が何度も見せた技だ。
大和の心眼で全て受け止められたので、縮地走法の凄みが際立っていなかった。
しかし、あの技はとても凄くて恐ろしい。
例え達人が相手でも、確実に一撃で決めることが可能な、いわゆる必殺技だ。
もしも、この縮地走法を習得することができれば、間違いなく格段に強くなれる。
瞬間移動にも匹敵する『縮地走法』、そして未来を見通す『心眼』があれば、ほぼ敵無しの存在となれる。
「その縮地走法を……俺に……」
「はい。習得できればの話ですが」
教えても良いが、それを習得できるのかは別だ。と言わんばかりに妖夢は余裕を見せるような素振りを見せる。
この縮地走法は普通の人間では使用することは不可能、どうやっても習得はできない。
いや、例え肉体を鍛えた人間でも習得するのは極めて難しい。挑戦してもほとんどが脱落する。
肉体を極限まで鍛え上げた大和でも習得できるかどうか。それは挑戦してみなければわからない。
「そもそも縮地走法を使うには色んな要素を合わせなければいけません。それらが統一することで完成する技なので。」
並外れた脚力、爆発的な瞬発力、獣のような敏捷性、脱力、それら全てを合わせ揃えて完成する技。一つでも欠けてしまったら使用することは不可能。
コツを掴む必要がある。
縮地走法を習得するには、要素を言葉だけで聞いていても出来るものではない。感覚を身体に覚えさえ、要点を掴むことが肝とも言える。
それら全てを大和がどれくらいの年月を掛けて出来るのか、果たして習得することができるのか。
指南役である妖夢に取っては観物だった。
「そもそもなんだけど。」
「はい。」
「何で妖夢はそんなスゲェ縮地走法を何度も使えるんだ?」
何故、女の子である妖夢が縮地走法を使えるのか。
鍛えてるとはいえ、小柄なうえに華奢で可憐な身体をしている。
俺ほどの筋力があるとは思えない。肉体の強さだけで言えば俺の方が何十倍も上だろう。
それなのに、絶技である縮地走法を使える。
どこにそんな爆発的な脚力があるのか。
どんな瞬発力と敏捷性なのか。
大和の言葉を聞いて、「あっ」と言い、ふと何かを思い出したのか、妖夢は思い出顔で答えてくる。
「そういえば言ってませんでしたね。私は純粋な人間ではないんですよ」
「ということは?」
「私は半人半霊です。半分人間で半分幽霊です。」
妖夢は普通の人間ではない。
人間と幽霊のハーフ。
ハーフといっても人間と幽霊の間にできた子供ではなく、半人半霊体質の種族ということ。
肉体の強度も身体能力も寿命も普通の人間とは違うのだ。
筋力も敏捷性も瞬発力も、総合的な身体能力は並外れて高い。寿命も普通の人間とは比べ物にならないほどに長寿。
縮地走法を使えるのも、身体能力の高さと長年続けた日々の鍛錬で培ったものだ。
「では見せますので。」
妖夢が腰を低く落とす。
目を瞑り、瞑想でもしているかのように静かになる。
そして、次の瞬間。
その場から消えた。
音や風を一切立てずに、まるで神隠しでもあったかのように姿を消した。
気付いたら。妖夢は真っ直ぐ10メートル先の場所で立っていた。
動きが見えなかった。反応できるかそういう問題ではない。
まさに瞬間移動のようなものだった。
妖夢がこちらに向かって歩いてくる。
大和に近づくと、すぐにどうだったか話しかけた。
「どうです? わかりましたか?」
「なるほど、そういうことか」
すぐに理解した。
移動は全く見えなかったが。動く刹那の動作は見えていたので何とかわかった。
縮地走法は爆発的な脚力と瞬発力だけでできるものではない。
脱力だ。
極限までリラックスし、筋肉の力を抜いて女体の如く柔らかくさせる。
強調される瞬発力、その瞬間までのリラックス。
瞬発力と脱力の振り幅が要。
これで原理は理解した。
「良し。やってみる。」
早速、見て覚えた大和は縮地走法を試してみる。
まず、腰を低く落として身体の力を抜く。
力を抜いて、筋肉を女体の如く柔らかく。
いや。
もっとだ。
肉体を液体のようなイメージに近づけよう。
身体の原型が留めないほどドロドロの液体に。
身体が溶けていくような感覚になる。
手も。
足腰も。
胴体も頭も。
全てが溶けていくようなイメージ。
完全に身体が液体のイメージになった瞬間。
足に力を込めて、大地を蹴る。
大地を蹴ると地面が抉れる。
その場から大和は弾丸のように高速移動し、数秒後には5メートルほど離れた場所で止まった。
「はぁ……はぁ……」
大和は息を乱す。
できた。なんとか出来た。
コツは掴んだ。あのイメージを脳裏に焼き付けておこう。
「凄いですね。一度見ただけでできるとは。」
驚きだった。見せたとは言え、一度で縮地走法の原理とコツを理解するとは、感服の一言だった。
一度見ただけで大和は脱力は習得していた。
しかし、妖夢の縮地走法にはまだ程遠い。
常人離れした高速移動ができたとはいえ、まだ肉眼で捉えることができるほどには遅かった。
それは何故か。
圧倒的に脚力と瞬発力が足りていなかったのだ。
それに原理やコツを理解しても、肉体が追い付いてこない。
更に高速移動する際に掛かる負荷にも肉体が耐えれなかったのだろう。一度使用しただけでもかなり疲労し、体力が大幅に削られる。
どうすれば良いのか。
恐らく、俺の縮地走法はこれが限界である。
もっと早く動きたいのであれば、今まで以上に足腰を鍛え上げる。瞬発力を高めるしか方法はない。
しかし、不幸にも大和の肉体は極限まで鍛え上げている。もはや格段にレベルアップとはいかないだろう。
何故、妖夢と俺にこんな差が生まれるのか、どうして負けているのか。それは単純なこと。
それは種族の問題だ。妖怪などの人外ならこの問題を簡単に解決してくれるであろう。
だが、俺は人間。
医学的観点から人間が持ち上げられる重量の限界は500kgまでとされている。それ以上の重たい物を支えようとすれば、腕の骨の強度が耐えられず、骨が折れてしまうとされる。
それと同じく身体能力全般にも限界がある。
人間である以上、俺は妖夢を超えることは出来ないであろう。
縮地走法をもっと速くすることはできない。それはほぼ確信とも言える。
しかし体力を増強するならできる。
もっと走って。もっと足腰を鍛えれば、何度か縮地走法を使うことができる。
「もっと鍛えねぇとな。」
「普通の人間としては優秀ですよ。多分同等に勝てる相手はほぼいないでしょう。」
「どうかな? 俺より強い人間は沢山いると思う。少なくともこの世に二人はな」
「大和さんより強い人がいるんですね。」
そうだ。俺より強い人間はいる。絶対に勝てないと言う相手が少なくとも二人はいる。
一人は師匠の御巫紅虎さん。
あの人は異次元の強さと力を持っている。恐らく世界最強と言っても過言ではない。
長年の付き合いだ。苦楽を共にしてきた師弟関係。
しかも、底を見せたことがない。本気を出した所を見たことがないのだ。
本気を出した紅虎さんがどんな強さになるのかは想像もつかない。未知の領域だ。
あまりにも秘密や謎が多すぎて、経歴もわからなければ、なぜ強いのかも不明だ。
もう一人は兄である草薙武尊。彼はもうすでに故人である。
彼も最強と名高い身体能力と強さを持っていた。
正直、同じ血を分けた兄弟とは思えない程には桁外れの強さを持っている。紛れもない強者の中の強者だ。
そんな兄に何度も稽古をつけて貰ったり、対戦して貰ったが、一度足りとも勝てなかった。
圧倒的な力の差と心眼で手も足も出なかった。正に無敵のような存在だった。
「生涯掛けて勝とうと思ったけど、結局勝てなかったな。正直強すぎて俺なんか相手にならなかったし。
俺なんか所詮強者になる器はねぇよ。」
「そんなに自分を責めないでください。今の状態でも強いと思うので」
大和は十分に強い。少なくとも人間の中ではほぼ最上級の強さは持っている。
今のままでも強い。更に潜在能力も秘めている。
自分が弱いと感じるのは、周りに人間を超えた化物がいただけだから。それで大和が弱いと言われるのは大きな間違いだ。
だから、そんなに弱気にならなくても良いのだ。寧ろ自分の強さを誇りにしても良い。
「そうだな。もっと自信を持たないとな。ちょっと弱気過ぎたわ。」
別に俺は弱くはない。寧ろ過剰な程の強さは持っている。
俺が自分を弱いと思ったのは、周りに強すぎる人がいただけのこと。
二人の強者を並べると、確かに俺は霞む、弱く見える。
だが、他の二人が強いからと言って、俺が弱くなるわけではない。
だから前向きに行こう。ポジティブに行こう。下を向いていったって何も変わらない。
「さて、長話は終わりにして、縮地走法の練習再開しよう。絶対に物にしてやる。」
「その意気です。頑張りましょう。」
「あぁ。」
前向きに大和は笑顔を妖夢に向けた。まるで無邪気な子どものように。
縮地走法は確かに難しい技だ。だが人間に出来ない技ではない。沢山鍛錬を積めばなんとか習得は可能だ。
それから大和は晩御飯の時間のなるまで、自分の体力が尽きるまで、縮地走法の練習をした。
縮地走法をやればやるほど、コツややり方を理解し、少しずつだが出来るようになっていた。
段々と力を付けていく大和、果たして幻想郷でも通用するほどの強者になることはできるのか。