古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜 作:黒い小説家
闘いが終わり、大和が瀕死状態になった時のことだった。
心臓は破壊され、死ぬのも時間の問題。
風穴の空いた胸部から多量の血が流れている。
もう動く気配すら無い。
肌は青白くなり、虚ろな目をしている。
死にかけているのだ。
息はほとんどしていない。もはや死体のようだった。
もう死体同然の大和の元に鬼が近づいてくる。
「ヤットトマッタ。クウ……ニンゲン。」
鬼が手を出してくる。
これから大和を喰らうのだ。
久々のご馳走なのだ。恐らく肉片一つ残すこと無く。全て喰らい尽くすことだろう。
鬼はヨダレを垂らす。
一体どんな味がするのか、どんなに柔らかく質の良い肉なのか、そんなことで鬼の頭はいっぱいだった。
鬼が大和に触れようとした。その瞬間だった。
「待ちなさい。」
森の中で声が聞こえる。
この場には死体同然の大和と鬼しかいないはずなのに、誰かがやってきたのだ。
今まで気配はなかった。
まるで突然現れたような感じだった。
鬼が声の方向を見る。
そこには日傘を差している金髪の女性が立っていた。
八雲紫だった。
大和を助けに来たのか、それとも単なる偶然なのか。
どちらにしても、大和が食われずに済んだことに変わりはない。
八雲紫は倒れている大和に視線を向ける。
胸に風穴が空いており、肌が青白く、虚ろな目で、息をほとんどしていない大和を見つめた。
一足遅かったのだ。
どんなに強くても所詮人間なのだ。心臓を壊された以上はもう助からないだろう。
八雲紫はそう思っていた。
「その子をどうする気かしら?」
「クウ。」
「止めなさい。食べることは許さない。」
食えば殺すと言わんばかりに、八雲紫は殺気を放ち、冷徹な目で鬼を睨みつける。
冷静ながらも怒りすら感じる。
それに対して思わず鬼も怯む。八雲紫から離れようと後ろに足を進める。
何故、八雲紫がこんなにも同類に対して威圧的なのか。それには理由が二つ合った。
まず、第一に幻想郷の管理下にある人間を減らしてはいけない。妖怪は人間を無闇に食べてはいけないのだ。
大和も一応は幻想郷の人間。幻想郷の管理下にあるので殺してはいけないのだ。
もう一つは。友人である幽々子の旦那であること。
もし大和が鬼に食われて、このことが幽々子に知られたら。色々と大変なことになる。
幽々子の精神状態に影響する。
下手すればこの鬼も探索されて殺されるだろう。
だから、大和が喰われる前に助けたのだ。
「この件については許してあげる。だから早くこの場から去りなさい。」
そう言われると、鬼は残念そうな顔をする。
自分が久々に仕留めた人間を食べれなかったのだ。
それに、もし八雲紫と戦っても勝てる気がしなかった。
歯向かったら間違いなく殺される。無視して人間を食えば殺される。
死ぬことがわかっていて人間を食べることなんてしない。
鬼は八雲紫に背を向ける。
そして、重い足音を立てて、その場から立ち去った。
場に残ったのは死体同然の大和と八雲紫。
八雲紫が大和に近づいてくる。
それから何を思ったのか、八雲紫がひざを曲げて腰を落とし、姿勢を低くすると大和の首を触る。
脈が弱く、ほとんど無いに等しい。
息は微かにしているが、ほぼ虫の息だ。
まだ、生きてはいるが、心臓は破壊されている。死ぬのは時間の問題だった。
「まだ息はある。けど死ぬのも時間の問題ね。」
すると、大和が最後の力を振り絞り、小さな声で何かを言っていた。
「幽……々……子……」
最後に言葉したのは、自分の妻の名前だった。
生への執着でも、鬼への恨みでもなく。
それからは何も言わなくなった。
その言葉だけで色んな思いを八雲紫は十分に感じた。
まだ生きたいのだろう。まだ幽々子と一緒に人生を歩みたいのだろう。
言わずとも、それが今伝わった。
「まだ生きたいのね……」
失った心臓を再生させない限り、人間のまま生かす方法は無い。
しかし助ける方法が無いわけではない。
だが、それを実行するというのは、大和の人間としての生命を断つことになる。
大和が死んだことを幽々子に伝えるか、それともどんな形でも生きた大和に幽々子を会わせるか。
八雲紫の選択肢は二つだった。
だが死んだことを伝えるよりも、生かして幽々子に会わせる方が二人のためにもなる。
それに幽々子に恨まれないためにも、生かす他にはない。
「やりたくはなかったけど仕方ないわね。 生かしてはあげるけど、私を恨まないでね。」
倒れている大和の地面の上にスキマを開く。
それから動けない大和はスキマの中に落ちていった。
大和がいなくなると、八雲紫もスキマを開いて中に入っていく。
誰もいなくなった森の中。
の、はずだが、二人の人の気配があった。
ずっと前から大和のことを観察をしていたのだ。
「あちゃ〜大和の奴死んだか。流石に人外には勝てねぇよな。」
「わかりませんよ。もしかしたらあの妖怪が蘇生させる可能性もあります。」
「どうだかな。まぁ、俺からしたら、優秀な兄弟を無くしちまったってところか。」
「どうします? あの鬼を殺しますか?」
「いや、あいつは残しておこう。もし大和が生きていたら、リベンジさせるためにな。」
「そうですか。」
「もうそろそろ行こうぜ。長居は無用だ。」
そう言って、二人の人影は森の奥深くへと消え去っていった。