貞操逆転世界に転生した人妻男子高校生は、TS魔法少女 作:てんとーし
スペリアンにも強さのランクというものが存在する。
こういう時にゲーム的なランクの表現はわかりやすくていい。スペリオンもそういうランクの分け方がされていた。
さっきまであの子が戦っていて、ボクが纏めて吹き飛ばしたのが一番下のEランク。そこからAランクまであって、その上にSランクが存在している。
GPBで使われるランクは、基本的にAランクまでである。
なんでかっていうと、そもそもSランクというのはGPBで管理できていないスペリアンに対して与えられるランクだから。GPBが今のように安定して娯楽として楽しめるようになる以前は、Sランクのスペリアンがわんさか暴れていたらしい。
相変わらず、聞いている限り絶対どこかでろくなことにならない未来しか見えないGPBとスペリアンの仕組みだけれども、それで五十年運営できているのは中々すごいことだと思うんだ。
実際、これまでにも何度かろくでもないことになりそうだったことも合ったらしい。やらかしといえばやらかしだけど、いっそ完全に失敗のない組織運営とか、そのほうが胡散臭いよね。
で、話を戻すと、スペリオンにはランクがあって、そのランクによって倒した時に得られるポイントが違うんだ。中でも、Bランク以上のスペリアンはCランク以下のスペリアンとは隔絶した強さを持っている。そのため、BランクとAランクのスペリアンは『ボス』と呼ばれて区別されるんだ。
基本的にBランク以上のスペリアンは、単独での撃破がほぼ不可能。複数人での討伐が必須。だからダメージを与えるだけでポイントが貰える。
逆に言うと、これを単独で討伐できるくらいのプレイヤーなら、ダメージを与えるだけでポイントがもらえて、討伐のポイントまで貰えるだから、狩るだけお得なエネミーってわけだね。
つまり、ボクとヒメノのことなんだけど。
一般的にトップランカーとそうでないプレイヤーの境目は、Bランクのスペリアンを単独で討伐できるかによって決まる。ボクもヒメノも、当然単独撃破は可能だ。
現れたクモ型のスペリアン。正式名称は『ブラスター
何にせよ、こうして現れた以上、彼はボクとヒメノにとっては――ボーナスタイムの始まりを、意味していたんだ。
―
「こんな上層にBクモなんて、今日のダンジョンはどうなってるんですか!?」
それはそれとして、今、ボクとヒメノ……それからもう既に逃したけど、ボクが助けた女の子がいる場所にいるのはおかしい。
ダンジョンの不調。もしくは異常と言うやつだ。これを放置しておくとSランクスペリアンの出現に繋がったりするので、トッププレイヤーが放置してはいけなかったりする。
「アタシに聞かないでよ。ビーコン見つけたら、たまたまここだったんだから。アンタは?」
「こっちはタマタマです。もし知ってたら、こんなところまであの子を連れてきたりしませんよ」
話している間にも、上から僕たちを観察していたBクモが戦闘態勢に入る。
ダンジョンは関東ダンジョンに限らず、ダンジョンの中が異常空間になっているため、天井までの高さは数百メートルくらいある。それが何層も重なって、現実に存在していれば恐ろしい大きさの建造物になっているのだろうけれど、実際のダンジョンの大きさは、それこそ大きなライブドームくらいである。
何がいいたいかといえば、クモは遥か高く、数百メートル上から“降ってきている”というわけだ。
いくらGPBプレイヤーが人知を超えた力を持っていても、数十メートルサイズの怪獣が数百メートル上から降ってきて、耐えれるプレイヤーは限られているぞ。
「んじゃ、まずはアレを防ぐわよ。いい、ナギ? ダメージ与えらんないんだから、ちゃんと協力するんだからね!?」
「そっちこそ、です。抜け駆けとか、恨みますよ」
ボクとヒメノは、同時に得物を構える。ボクは上に、ヒメノは下に。
それぞれ、持っている武器の違いだ。魔術を使うボクと、剣術を使うヒメノ。それぞれに自身ができる最善の構えをしているに過ぎない。
「来るわ!」
「行きますよ!」
もう既に、Bクモは目前に迫っている。ボクも、ヒメノも、お互いに相手を意識することなく、自分の力にだけ意識を向けた。
その上で、自然と。
「いっせーの!!」
二人の声は、完全にシンクロしている。
そして、ボクとヒメノ、二人の得物が、墜ちてきたBクモに対して、完全に同じタイミングで激突した――!
―
ナギに助けられた少女は困惑していた。
彼女の人生において、生でボス級のスペリアンを見るのは初めてのことで、さらに言えばそれと相対するトッププレイヤーなんてものを、間近でみたのも初めてのこと。
出ていったところで邪魔になるだけなのは解っていたので、物陰に隠れていたのだけど、それだけではどうやらまずかったらしい。
高速で降ってきた――そもそも降ってきたかどうかすらわからない速度で墜ちてきたクモ型スペリアン――Bクモは、その着弾の勢いで物陰に隠れていた少女を殺害するところだった。
ナギとヒメノは、少女が完全にこのエリアから離脱した前提で行動していた。というか、でなければどっちにしろこの落下の勢いで死亡するわけで、考慮はできなかった。
なので、哀れにも少女は、せっかく助けられた命をここで散らすことになる、はずだったのだが。
「大丈夫ですの?」
――一人の少女に救われた。
チャイナドレスの少女だった。スラリと伸びる生足と、立っているだけで目を引く長身は美麗の一言。独特な金髪ツインテールは、新人である少女でもその名を想起させるには十分だった。
「マ、マキノ……さん?」
「ええ、“大局拳士”マキノ、ここに推算、ですわね」
大局拳士。真木牧マキノはGPB有数のプレイヤーである。ヒメノ、ナギには及ばないものの、彼女もボス級単独討伐が可能なトッププレイヤーの一人だ。
そんな人が、どうやら自分を守ってくれたらしい。
「運が良かったですわね。私がたまたまここにやってきた時に、近くに貴方が居て。せっかくだから守って差し上げましたわ」
「ありがとう、ございます」
――普通、人を助けるというのは余力を使ってやることだ。ナギのように、わざわざ自分のリソースを割いて助けてくれる人間を、一般的にはお人好しと呼ぶ。
だから、マキノの親切はごくごく当たり前のことだったわけだが。
ともかく。
「――それにしても、見事なものですわね。あそこに入り込もうとしたら、命が幾つあっても足りませんわ」
難なく余波を払ったマキノが、そんなことを言った。少女の中に疑問が浮かぶ。
「そ、そんなにすごいことなんですか?」
少女にしてみれば、墜ちてきたデカブツを、トップランカーが防いだだけ、に見える。そりゃあ実際にすごいことだが、少女にしてみれば自分では何回も斬りかからないと倒せないスペリアンを一撃でボコボコにするトッププレイヤーたちの超常的な力のほうが異常だ。
単純に、巨大な構造物が墜ちてきて地面に直撃する、というのは現実でも“ありえない”現象ではない。それに対して、現実では絶対にあり得ない現象のほうが凄くみえる、というだけの話。
「アレを耐えようと思う場合、本来ならトッププレイヤーが四人は必要ですわね。普通、アレは受けるのではなく回避するものですわ」
もしもあそこに自分が混じって耐えようとしたら、きっと三人纏めて潰されていただろう、とマキノは嘆息する。
「じゃ、じゃあなんであの二人は……」
「あの二人の場合、耐えるほうが楽だった、というだけですの」
二人のやったことは単純だった。墜ちてきたBクモにたいして、寸分違わず、ゼロコンマ単位で同じタイミングに、剣をぶつけて、障壁を展開しただけのこと。
超常的な力によって発生する衝撃は、ぶつかりあえばその威力は乗算する。二つの楽器から鳴らされた全く同じ音波が、ぶつかり合うことで対消滅するのとその逆に。
GBPプレイヤーの力が、完璧に同じタイミングで放たれた場合、その威力は倍増するのだ。
「そ、それってすごいことなんですか……?」
「貴方、両手で同時にストップウォッチを起動させて、全く同じ時間に停止できます?」
「……む、無理だと思います」
「それを二人の人間が行うのと同義ですわ。……つまり」
――それが、ヒメノとナギの連携の練度というわけだ。
「あ、ありえないですよ、そんなの!」
「ええ、ありえませんわね。ナギちゃんはともかく、ヒメノは仮にも、心に決めた男性……ナギサくんがいるというのに」
故にマキノは語るのだ。
――女帝ヒメノは浮気性だ、と。
実際のところ、ヒメノとナギの関係を、浮気とまで表現する人間は数少ない。同性同士なのだ。ナギが如何に女の子と思えないくらい可愛くたって、ヒメノにはナギサがいる。ヒメノはノーマルなのだ。
だのに、ああも二人の連携は完璧である。
これを浮気といわずして何というのか。
それがマキノの結論であった。
まぁ、実際は、魔法少女ナギは実はナギサであり、二人がここまで連携ができるのは至って当然のことなのだけど。
――そんなこと、TS魔法少女が普通ありえないこの世界において、解るはずがないのだった。
―
戦闘は続く。
ボクとヒメノの連携は、最初のあの一撃だけだ。アレだけは二人で一緒に受けなくちゃいけなかったし、それがBクモへのダメージに繋がることもなかったから連携したけど、ここからは競争である。
戦闘自体は非常に順調な推移を見せる。
この場において求められるのは速攻だ。間に誰かが割って入ったら、流れ弾で死んでしまうかもしれないと思わせるスピードで倒す。
なぜなら、脇でマキノさんがボクたちの戦闘の推移を見守っているから。割って入られると、ポイントがマキノさんに奪われてしまう!
ので、ここはとにかく攻撃あるのみ。ボクもヒメノも、考えられる最大の火力で、Bクモを殲滅するべく動いていた。
「ねぇナギ、アタシクモ型って苦手なんだけど」
「いきなりどうしたんですか、ヒメノ」
今、ボクたちは高速で飛び回っている。新人プレイヤーが車なら、ボクたちは戦闘機だ。音よりも速い速度で飛びかかってくるクモの足やら糸やらを交わしつつ、的確に魔術と剣を叩き込んでいく。
「糸がベトベトすんのよ、当たらなきゃどうってことはないけど、あたった瞬間その日のGPBやめたくなる」
「やめても誰も怒りませんよ。まぁ、男らしいって言われて叩かれると思いますけど」
「だからね、糸を吐くタイプのクモは見つけ次第、顔からぶっ潰すことにしてんのよ! そこを潰せば糸は吐けない!」
ああ、会話のキャッチボールが成立していない! いつもどおりヒメノは自分勝手に戦いを進めている。如何にも自由人なヒメノらしいけれど、追いかけるこっちの身にもなってほしいな!
いいながら剣を構えるヒメノ、糸と足をかいくぐって、敵の正面に躍り出た。
「というか、ヒメノって普段はクモが苦手ってイメージがないんですけど、クモ型だけが苦手なんです?」
「そうね、だって普通の虫って、踏み潰せばそれで終わりじゃない。でかいから鬱陶しいの……よ!」
如何にもずぼらな女の子らしいことで。
ヒメノの戦闘スタイルは彼女の性格が大きく現れている。GPBにはいろいろなスキル、攻撃技が存在していて、それらを組み合わせて戦う。けれども、ヒメノは攻撃技の類を一つも習得していない。曰く、技を習得するより、攻撃の威力を上げるスキルを取って、
もちろん、そんな事ができるのはいろいろな技に対して認識が雑極まりないヒメノだけ。ヒメノの雑は天才性故の雑さだ。
とはいえ、流石にそれだけだと決定力不足になることも多いから、ヒメノにだって切り札はある。けどそれは――ボクが隣にいれば、使う必要のないものだろう。
「隙だらけですよ!」
剣を振り上げたヒメノ、顔面にそれを叩き込むわけだけど、そうするとヒメノはがら空き、隙だらけだ。でも、この場合それは同時に、その隙を見逃さない――見逃せないBクモの隙にもなる!
Bクモはここで攻撃しないと顔面を叩き割られて糸が吐けなくなるから、危険と解っていてもその隙を攻撃しないといけない。
――ので、ボクが横から顔面に体当たりをかました。ぐあーん、と揺れるクモの顔、そこにヒメノの大剣が突き立てられる。
“――――――!!”
強烈な声だった。
雄叫びとか、悲鳴とか。
そういうものが無い混ぜになって、ついでに口からは吐き出すはずだった糸が噴出する。あ、まずい。
ここでもし、ヒメノに糸がぶちまけられたら、明日のヒメノはほぼ一日不機嫌確定だ。そうなるのは、GPBのポイントレースで負けるよりもまずい。
一大事だ! ボクは彼女の人妻男子高校生なんだから!
「――間に合え!」
それでも、運が良かったのはボクがコイツの顔に突撃していたことだ。ギリギリでヒメノの手を掴むのが間に合う。驚きの顔が、一瞬で真っ赤に染まった。といってもすぐに引っ込んでしまう。誰にもこの一瞬は視認できなかっただろう。
間近で、彼女の手を掴んだ、ボクだけの特権だ。
そして引っ張って、ボクは自分が乗っていた“箒”を最大速で加速させる。糸は――なんとか回避できた! 危なかった、ボクの最高速がヒメノ以上じゃなかったら、間に合ってなかったよ。
そのまま、ボクは箒にのって移動する。後ろを見れば、ぶちまけられた糸――と、その糸の先にいたせいでベトベトになっているマキノさんが見えた。体に糸が張り付いてちょっとエッチ……とか思っている場合じゃない。
ちなみに、そんなことを思っているとヒメノに怒られるんじゃないかと思うかもしれないが、残念ながらマキノさんは一日に一回はああいうエッチな状態に陥るので、もはやヒメノも気にすることは諦めていた。
それはそれとして、ジッと見ていると怒られる。話を戻そう。
後ろに見えるのは糸でエッチになったマキノさん以外に、トリコロールの光が見える。これはボクの箒の軌跡だ。ボクが飛んだ後は、三色の光が尾になる。
ボクの魔術は通称『トリコロール』。その由来は三色の光弾を操る通常の魔術攻撃もそうだけど、こうして箒に乗っているときの、三色の尾にも由来する。
そしてもう一つ。ボクの武器は三つの形態を使い分けて使う。一つは杖、魔術の制御と威力向上に適したオールラウンダーな形態。もう一つがこの箒。移動に適したスピード形態。一応、この状態でも魔術は周囲に浮かべて使うことができるけど、三つを同時に手動操作は無理だ。あと一つは、いわゆる切り札形態、Bランクのボス相手に、ヒメノが隣にいる状況で使う形態ではなかった。
「……ねぇ、アレみて」
「どうした……んですか……って、ええ!?」
手をつないだまま移動していると、ヒメノが何かを指差すので、そちらを見る。――見れば、Bクモが破裂しそうになっていた。体中から、白い糸が溢れ出している。
アレはBクモ――ブラスターS特有のレア行動。
「自爆するわよ、あいつ!」
Bクモは体内で糸を“溜め込む”性質があるのだけど、成長したBクモは溜め込んだ糸をため込めきれなくなる。ので、爆発する。これは成長による過程なので、爆発した糸の中からAランクのクモ型スペリアンが生まれたりするんだけど。
今回は爆発する前にこっちが刺激したせいで、単なる自爆行動になる感じだ。
こうなるBクモなんて、ほとんどいないんだけどな……!
「どうします?」
「火力で押し切るに決まってるでしょ、もう一度合わせるわよ。今度は攻撃で!」
――流石に、こういったレア行動はGPBのプレイ続行に関わる。最悪、ここで爆破すればダンジョンの上層が木っ端微塵に吹き飛ぶ可能性があるのだ。
ダンジョンは再生するので、明日には元通りになるけれど、今日一日は競技を中止せざるを得ないだろう。それは困る。
だって――
「む、無茶ですわ!? 防御ならともかく、攻撃を合わせるなんて! いくらあなた達でも!」
――遠くから声がする。こっちの話を聞いていたんだろう。マキノさんは耳が良い、そして声が大きいからよく通る。あの人の側で内緒話はご法度だ。
とにかく、無茶は無茶に違いない。さっきは一切狂いなく完全同時にボタンを押すような作業だったけど。
今度は一切同時に、紙へ同じ文字を書くような作業だ。正直、やったことはあまりない。
「――できますか?」
「――誰に言ってるのよ」
そう、あまり。
「――余裕」
そうやって、ヒメノは笑った。
それは、あのときの――初めてボクと出会ったときの笑顔と重なって。
自然と心に、勇気が灯った。
こいつら旦那と人妻男子高校生なんだ!