家を衝動的に飛び出したリンネ・ウェインライトではあるが、いくら大人だった人格を持つとはいえ、見慣れない土地でいくらか歩いて仕舞えば迷子になる。
リンネ自体も、狂った日本人の人格が宿る前まで家をほとんど出たことはなかったし、そもそも街を歩いた記憶がない。
今、リンネが住んでいる家は大がつかないまでも豪邸であり、ハウスキーパーのほかに専属の料理人や運転手、警備員までいる。
いつも友達と遊ぶ時は車で移動していたし、友達も親が選んだ素性や血統がはっきりした人物しかおらず、5歳の子供ながら外で遊ぶにも野蛮なことは許されない。
それまでリンネという少年は正真正銘の5歳だったわけで自分の生活がいかに抑制されたものか理解していなかった。
そこに、未来の異国の親と子の接し方が違う、そんな文化の情報とそれを理解できる人格が流入して来たがためにリンネは気づくことができた。
写真はゴミクズのように汚し笑ったのは、邪悪な人格に乗っ取られたからだけではなかった。5歳のリンネ本人の人格が、気づいた自らの不遇さに思わず苦笑し、憎しみと愛情となんとも言えない不快感から自然と笑っていたに過ぎない。
話を戻すがリンネ本人も街を歩いたことがなく、体を動かしている人格もイギリスの街なんか詳しいわけがなかった。
いくらGoogleマップのような便利なものが出来ても理由なしにイギリスの何処ともわからぬ街の道を見て覚えることはない。
よほどの地図マニアだとか、そこで映画やアニメの撮影があったならまだしも。
「なんだ、あいつらは」
5歳の子供が出歩いているのを見て親元へ返してあげようと追いかけてきた親切な大人を撒いて、路地裏に逃げ、他人の庭を抜け、犬に吠えられ驚き、塀をつたい、薄汚い繁華街の裏道を抜け、いつのまにか大通りに店した道に来ていたリンネの目に映ったのは、18世紀からタイムトラベルして来たのかと思わず目を疑うような格好をした男だった。
アンティークなどとは言い難いもはやバリバリに見た目が浮いているコートのようなものを羽織り、頭が狂っているのか細長い木の棒の先から花火のようなものを出して通行人に浴びせまくっている。
突然花火なんて浴びせられたら普通、光や暑さに驚いたりするだろうし、やばいやつだと走って逃げたり警察を呼んだりはたまた殴りかかってもおかしくない。
ところが、その逝かれた男をみえていないかのように通行人は歩いていくし、誰も警察を呼ぶ感じもない。
「オブリビエイト!オブリビエイト!オブリビエイト……!」
「あー、ジェーマスくん、その辺にしておきたまえ。忘却術はもういいからマグル避けを使えんのかね」
オリビエント?だかなんだか、いまいちよく聞こえなかったがリンネ・ウェインライトが逝かれた男をガン見していると近くの店のドアが開いてスーツを来た赤毛の男が出てきた。
「はぁ、実はまだでして」
ジェーマスと呼ばれた逝かれた男に赤毛の男は懐から取り出した棒を指の先で遊ばせながら詰め寄った。
「いいかね?オブリビエイトは万能ではないし、万が一同じ場所を通ったマグルが一斉に体調不良なんかになってみろ、ザ・クィブラーのようなクズ雑誌の連中が調べに来るぞ」
「ええ、わかりましたよ。次、次の時までにはマグル避けをやっておくのでそう怖い顔で寄らないでくださいよ」
赤毛の男をその場に置いてジェーマスは手をひらひらとさせながら"漏れ鍋"と書かれた薄汚れた店の中へ入っていった。
(まるでハリーポッターの世界の住民みたいだ、完成度高いなぁ)
5歳のリンネの部分は初めて見た"魔法"に驚き興味深くも恐怖を感じていたが、彼の狂った日本人の部分は蛇のような目で赤毛の男を見ていた。
ハリーポッターとか、ロードオブザリングやナルニアの魔法みたいだと思いつつも、もっともしっくり来たのはハリーポッターに登場するイギリス魔法界で、まさに、そのとおりだと言わんばかりに、漏れ鍋という文字が輝き、ガラスの向こうにはトンガリ帽子や、ローブを羽織った"タイムトラベラー"たちがひしめいている。
あり得ない世界に入り込むだなんて創作の世界みたいだとは思いつつも、リンネはそれをパフォーマンスや、手品ではなく本物の魔法だと、体感的に気付いていた。
まともな精神であれば、自分が物語の世界の中にいるかもしれないという状況に歓喜か悲劇か少しは心情に変化があるだろうが、リンネの心には風の一つもない水面の如く穏やかだった。
赤毛の男がドアを開け、ジェーマスという男が入って行った漏れ鍋という店は、魔法使いが集うマグル界との入り口である。
先程のオブリビエイトというのも逝かれた男の戯言ではなく、ハリーポッターというイギリスの児童向け小説に登場する魔法の呪文の一つで、対象の記憶を消すことができるものだ。
そして彼らのように木の棒を振り回し人間に呪文を浴びせ、こそこそ暮らしている奴らを魔法族という。
リンネは自分がジェーマスとかいうタイムトラベラーもどきよりも珍妙な格好をしていることを自覚しながらも赤毛の男に近づき、彼が腕を振り上げ呪文を唱える前に話しかけた。
「ん?またマグルか……オブ」
「ハッピーハロウィン!お菓子をくれないと"糞爆弾"を投げつけちゃうぞ!!」
「ん?またマグルか……オブ」
「あれ?何やってるんです?」
「(ジェーマス?だったか助かった)」
「ジェーマス、なんのつもりだ」
「ハッ、いっそ笑えますね、ええなんのつもり?ご自身で分かりませんか?貴方が忘却術を否定したではありませんか」
「お前がマグル避けを使えないことと私の腕を掴んでいることになんの関係がある?」
「で、貴方は万能じゃない忘却術を歳いかぬ子供にかけると?俺は貴方と違ってマグル融和派でもなければマルフォイさんとも違ってマグルを憎んでいる訳でもない。だが、貴方のやっていることはいささか矛盾しているとは思いませんか?」
「…!!このッ!オブリビエイトッ!!」
「グハッ!?」
「(ジェーマス!!おまえっ誰だか知らないが哀れっ!)」
赤毛の髪の毛は少しずつ金髪へ、緩んだ顔の肉は締まりハンサムな姿へ。
みるみるうちに変わっていく。
「ふ、ふふふ。ジェーマス。詰めが甘いですね、貴方の功績はこのギルデロイ・ロックハートが頂きましたよ」
「(なん、だと……)」
「次は貴方です、リンネ・ウェインライトくん」
な訳あるか。
次回、ちゃんとした続きがあります。
ハリーポッターのストーリーを知っている人向けの2次創作ですが、原作登場人物について記した人物紹介のようなモノはあったほうがいいですか?
-
いる
-
いらない