影の功労者   作:A。

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第一話

東京武偵高校第三男子寮で寝ていた遠山キンジはインターホンの音で目が覚めた。眠たい目を擦りながら開いたドアの向こうには予想通りというべきか、幼馴染の白雪が立っている。どうやら、わざわざ弁当を届けに来てくれたらしい。

 

リビングで包みを開いた中身といえば、見事の一言に尽きる。有頭エビの塩ゆで、玉子焼き、紅鮭、若干炙られたチーズちくわ、じゃこや煎り胡麻、ゆずの葉などがトッピングされている味付き高野豆腐、柔らかくなるまでソテーされた筍、長芋のジャコ酢までもが整然と隊列を組んで、まばゆいばかりにその存在感を主張しているのだから。色合い、見た目、香り、全てが俺の胃袋を急襲する。

 

くそっ、どれもこれも白米との相性は抜群所じゃないぞ。じゅるり、涎が滴る。眠気なんぞはとっくに遥か彼方にぶっ飛んだ。

 

なぜだろう。白雪の料理を有り難いことに食べ慣れている筈だったのだが、今回はレベルが違う……!

 

「ど、どうかなキンちゃん、今回のは……その……特に自信作、なんだけど」

「あ、あぁ」

 

白雪が、俺が食べるのを今か今かと待っている。傍らにいれたてのほうじ茶をセットしていて準備は万端だ。

 

意を決して箸を取る。なんだ、なんなんだ。白雪は合宿で伊勢神宮へ行くと言っていたが、そこで料理修業でもしてきたというのか!?

 

余りの素晴らしい出来栄えの芸術弁当にしり込みをしたキンジは、まず見慣れた玉子焼きに手を付けることにする。勿論、これも滅茶苦茶上手いに違いないが。ゆっくりと口元に運ぶ。まずは一口。

 

「……すんげーうまい」

「すんげー、キンちゃんがすんげーうまいって褒めてくれた。何時もは聞いても美味しいって言ってくれたキンちゃんが、すんげーうまいって。しかも、自分から言ってくれるだなんて……」

 

噛みしめる様に言葉が零れた。白雪が何やら暴走しているが耳を素通りしていく。そのまま、残りの玉子焼きも口に運んだ。

普段は出し巻きたまごだったが、今日は塩味らしい。シンプルな味付けだが、適量の塩味は正しくキンジの好みをドストライクに突いた代物で、それだけでノックアウトされたといっても過言ではなかった。

 

――箸が、とまらない。

 

まっさきに、残りの玉子焼きを瞬く間に制圧した。次なる目標は白米だ。梅干しが乗った白米目掛けて箸を伸ばし、口に放りこむ! こ、これは。

 

「まさか、これ、自家製のうめぼしか?」

「うん……だって春休みの間、何も御世話出来なかったから……久しぶりのお弁当位、ちゃんと作りたくって」

 

『ちゃんと』、『これ』が『ちゃんと』。どうやら白雪の『ちゃんと』というのはプロの味を指し示すらしい。さっきの自家製の梅干しとやらは、市販のものと違ってまず色が濃い。梅干しといえば茶色っぽいイメージかもしれないが、あれは赤みが強かったのだ。更に、独特のすっぱさが際立っていた。

 

普通の市販の物でも充分に俺は普通に食べていたのだが、どこか物足りないと感じていたらしい。この独特のすっぱさは最高に癖になる!

 

「白雪、本当においしいよ、ありがとな」

今のキンジは最高にさわやかな笑顔だったに違いない。

 

「き、キンちゃん、キンちゃんっ、きゃあああああ!ありがとう……ありがとうございますううううううう」

 

狂喜に震えながらも、三つ指をついて頭を下げる白雪。しかし、いつものノリであるならドン引きしつつも突っ込みをいれるキンジだったが、そんな余裕はなかった。なにせ、まだ獲物は残っている。朝日を反射された箸が、おかずを片っぱしから蹂躙するのだった。

 

「ふー…ごちそうさま」

 

腹は満たされたのだが、キンジとしてはもっと食べたかったという心境だったりする。意外にもこの年頃の男子にしては朝食の量がやや少なめな彼にしては大変珍しい。

  また今回の食事ではがっついてはいたが普段よりも良く噛みしめて頬張っていたため、ゆっくりと時間を掛けて味わっていたのにも関わらずの反応だ。それは顔にも出ていた様で白雪が目ざとく見つけて嬉しそうな顔をした。食後のデザートのミカンを剥く手を止めて、身を前に乗り出した。

 

「よかったら、今日の夕御飯も作ってくるよ?」

「本当か!?」

「う、うん……」

「じゃあ、すまないけど頼む」

「うん、分かった……一日に二食作るなんて、なんだかお嫁さんみたいだね…な、なんちゃって……」

 

興奮で、頬を染めて目を潤ませる白雪は大変色っぽい。頼むという言葉が効いたのか縋る様に――つまりは取り消さないで欲しいと――約束する姿は、前のめりになり過ぎで制服から胸の膨らみがこれでもかとボリュームを見せつけていた。

 

「そっ、それじゃァ、頼んだぁあぁ」

 

思わず"反応"してしまいそうになったキンジは迷わず一時的撤退をするのだった。

 

 

 

 

 

洗い物をしている白雪を尻目にキンジは溜息をついた。うっかりしていたが、危なかったと。それにしてもよっぽど嬉しかったらしい。白雪がルンルンと擬音が付きそうな程に御機嫌だ。鼻歌を歌いながら楽しそうである。

 

「あぁっ、本当にコウちゃんには大感謝です」

「コウちゃん?」

 

今日は実に珍しい日だ。あの白雪が特定の誰かの名前を口にするなんて。

 

「コウちゃんは、私の先生なんだよ!」

「へー先生か。初耳だな」

「うんっ、出会ったのは結構最近なの」

「ん?最近なのに先生なのか?」

「コウちゃんはキンちゃんの事を何でもわかっちゃうんだよ。私も、コウちゃんに負けない様に頑張らないとね!」

「……は?」

今、とんでもない単語が聞こえた気がする。

 

「え、な、」

「取りあえずは、今日の夕食かな?朝ご飯は、コウちゃんのアドバイスがバッチリでキンちゃんにっ……ほ、褒めて貰っちゃったし」

悦に浸っている白雪には悪いが、スルーしたらマズイのが混じっている。誰だよコウちゃんって。知り合いにコウちゃん、何ていう名前の奴なんざいない。

 

……これは、問い詰める、必要がある。

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