(あー…付け合わせのトマト買い忘れた)
男子寮の自室。冷蔵庫に食材を入れていて加賀谷康一はふと気付いた。
その日、スーパーで買い忘れをした事に気が付いた。付け合わせのトマトだ。気がついても忘れてしまったものは仕方ない。無くても別に構わないとは思ったものの、近くにコンビニがあった筈。そこになら置いてあるかもしれないと、ズボンの後ろポケットに財布を突っ込んで、部屋を後にした。
そうしてやってきたコンビニ。衝撃的なものを見た。
生徒会長かつ園芸部長で手芸部長でバレー部部長でありながら頭脳も明晰。有名人たる星伽白雪が―――食材を選ぶ方法が分からなくて困惑している姿だ。
いや、嘘だろうと思う。なにせ、相手はあの星伽白雪だぜ。完璧な人としても知られている人物が普通そんな野菜の見分け方とかで悩むか?
思わず見間違いかと思い、近くのお菓子のあった棚の方に身を潜める。変な誤解をして後で困るのは自分だ。本当かどうかハッキリさせてからでも遅くない。お菓子を選んでいる振りをしつつ、箱の隙間からそっと窺う。
野菜や、肉、魚などを見比べては眉根を寄せて心底困った顔をしている。それも、一つや二つではない。一々全てを見る気なのかと突っ込みを入れたくなる勢いで片端から調べているのだ。それも、途中で何を考えているのかせっかく選んでしまったのにカゴから出してやり直しもしたりしている。
更に学園の他の生徒がやってくるも、やはり見ちゃいけないシーンをみてしまったからか、そのままUターンをしてしまった。同様に店員も可哀想なものを見てしまったかの如く、そっとしておこうと優しく見てみない振りをしている。
間違いない。完璧な人として憧れの的である星伽白雪は―――料理が出来ない!!
そうだったのか。何か安心した。何でもかんでも万能なイメージしかない人に少し出来ないものがあるって知ると親近感湧くよなー。
女性らしく正に大和撫子だったから絶対に料理も完璧かと思ってたわ。
しかし、現在の場所すらも事実を裏付けている。何故なら、ここはコンビニだ。スーパーでは無い。
食材だけを目当てにして買うにしては値段が割高だし、何より種類を求めるなら不十分だ。確かに此処は取り扱いはしているもののスーパーには圧倒的に負けるのだから。
うん……何だか高嶺の花であった筈で話かけるのも躊躇う存在であったのに、急に身近な存在に感じる。
普段なら絶対にスルーしているが、これを機会に話かけるのもありかもしれないとすら思えて来たから不思議だ。
さて、ではどうしようか。行き成り話しかけられても不審に思われる可能性しか思い浮かばない。なら、確か星伽さんはクラスメイトの遠山キンジと仲が良かった筈。彼を引き合いに出しつつ、料理のアドバイスでもしてあげよう。
余り得意とはいかないものの節約の為自炊はする。
ふっふっふ。あの星伽さんよりささやかで、如何に地味だとしても優れているだなんて凄く高揚感が湧いてくるな。
それに朝ごはんは手抜きで、コンビニで済ませている時に遠山キンジはよくみかけていた。逐一買いに来るのは面倒らしく、一回に夕食分も纏めて買っていた。大抵は……
「遠山キンジ君は最近、ずっとここの醤油ダレのトンカツ弁当と特製唐揚げ弁当にハマってたみたいだから、今はしょっぱい味付けにハマっているんじゃないかな?それも、コンビニ弁当ばっかりだからさ、控えめで優しい手作りならではの味には弱いと思うよ。的確な作戦だ。ただ、コンビニならではのクドイ味付けに暫く舌が慣れているだろうから逆に和食系統のヘルシーな野菜とか豆腐を使ったオカズも一緒に入れるのも手だと思う。しょっぱい品との対比効果に、箸やすめにもなるからね」
「な、成程!」
料理初心者の星伽さんにも伝わり易い様にうんちくを混ぜておく。お、意外に喰い付きが良い。不意打ちに声を掛けてしまったにも関わらず、目を輝かせて振り向いてくれた。
得意になる。得意に、なってしまった。
一言一句聞き逃さない様にメモを取ってくれる姿に優越感を刺激されてしまったのだ。先生方の評判がすこぶる良いのも納得だ。こんなに真剣に聞いてくれる姿を見たら誰だって嬉しくなるよな。
康一は普段の自分の授業態度を思い浮かべて凹んだ。
と、気を取り直して星伽さんのカゴの中に入っているものから、ぶっちゃけ自分が食べたい物を述べていく。いーよなー女の子の手料理か……。どうせなら無駄に完璧な理想を追い求めたい。
こんな弁当があったら良いなーと思う妄想をそのまま告げていく。
「ふーっ。か、完璧です。これなら、きっときっと……キンちゃんはっ」
引き合いに出したものの、作るのかアレを。
―――理想の弁当。
なんだ、この切なさは。急激に気持ちが冷めて行くのを感じた。
遠山キンジ相手に対するうらやまけしからん気持ちで溢れていく。リア充の背中を思いっきり押してしまった感があるのだ。いらん事をしてしまったかもしれない。
急に現実に戻って来てしまった。最も、彼女に八つ当たりをしてはいけない。本来の目的通り、トマトを買って大人しく帰ろう。
「そうだね、きっと美味しいって喜んでくれる事間違いないよ。で、これで一応悩みは解決したのだから、避けて貰えるよね?」
「ふえっ?」
カワイイ声をあげながら、素直に横にずれてくれた星伽さん。空いた場所に滑り込み、適当なトマトのパックを引っ掴んだ。そのまま、大人しく帰ろうとレジへと向かう。
何だろう、意気投合して楽しい気持ちもあったのは間違いないんだけどな。
「あっ、ちょっと待って下さい」
「何?」
「あ、ありがとうございますっ」
律儀だ。最後、キンジに対する嫉妬心に駆られた自分が恥ずかしい。我に返ったものの、つい返事がぶっきらぼうになってしまう。
「別にただ、決まるまで避けてくれないだろうからってだけ」
「それでも助かりました。何かお礼を…―」
普通はこれで引くだろうに、星伽さんはどこまでも優しいらしい。こんな自分にもお礼をくれるなんて信じられない。
「だから、単に自分の都合良く事を運ぶために必要なだけだっただけ」
「失礼しましたっ。……私ったら、名前を名乗っていなくって」
「いやだから聞けよ」
「遠慮は良くないと思うの」
どんなに、冷たく素っ気なくしても星伽さんは気にしない深い慈悲の心を持っているようだ。自分が些細な事に優越感を感じてニヤニヤしていたのが余計居たたまれない。
そんな自分から目を反らしたいのに許してくれないらしい。立ちはだかる星伽さんは真剣に対峙してくれている。
「…………」
「…………」
こうなると最早、同情心も含まれているのかもしれない。ただし、目を合わせてどこまでも真剣に訴えて来る。……負けた。
かくして優しい星伽さんはアドバイスのお礼に手料理を振る舞ってくれる事になった。不味くても上手いと言ってあげようと決心した割に普通に食べれた事に驚いた。
心配になってずっと――なにせ、塩と砂糖を間違えるとかやらかしそうだったから――作る場所に立ち会いつつ自分好みの味付けになる様に常に口出しをしていたのが功をそうしたのかもしれない。
ただ、監視の様にずっと見張っていたりしていた為に、緊張させて余計ぎこちない手つきにさせてしまったのは、すまんかった。
聞いたところによると普段とは異なる味付けだったみたいだ。チャレンジ精神旺盛な星伽さんについ応援のつもりで、実家から送られてきた特製梅干しをおすそわけする。
今回だけでネットや料理本も引っ張り出して相当の数を作ったのだが、完璧なもの以外は不要とのことだったので有り難く残りは貰うことにした。だって、捨てる気だなんて勿体無いにも程がある。
ちなみに、今まで全部基本を忠実にを目指して来たとの事。味見をして、それに合わせて調味料を加えていくというのに驚かれた。やっぱり料理に不慣れとみた。
そして、これからも協力して協力して欲しいと言われて、つい頷いてしまった。口止め料という名の残りものは俺としては普通にラッキーだからだ。ギブアンドテイク。この日、星伽さんと料理同盟を結んだ。