01:花の少女の様子がおかしい
「あ、あのさ」
昼休み、全員談笑している中で控えめに、それでいてハッキリと声を出した。
途端に全員が会話を止めてこちらを振り向き、10個の目が僕を捉える。
「どうかした?」「何かな」「何かあったん?」「ノア君?」「急にどうしたのよ」
完全に注意がこちらに向いた。一斉に喋られて気後れするが、この機会を逃したら
限界。とにかくもう限界なのだ。
「う、うん。ちょっと僕、急な用事があってさ……皆でご飯食べててよ! ごめん、ホントごめんね!」
矢継ぎ早に言葉を続けて、彼女達からの返事を聞く前に僕は教室から飛び出した。
絶対に変な目で見られただろうが、今はちょっと気にしてる余裕はない。
足早に廊下を進んでいき、目的地である男子トイレに着くと廊下の後方を確認し、再度前方を確認し、誰もいないことを確認すると急いで中へ入った。
奥の洋式のドアを開くとすぐに鍵を締める。ドスンと腰を降ろしひと息ついたところで──。
「はあ~~~~………」
めちゃくちゃデカいため息をついた。
こんなところまで来て何をしているんだ、と周りの人からは不審な目で見られてしまうだろうが、悲しいことに1人になれる場所なんてここしかないのだ。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか……。
学校ということで仲の良い者同士でグループを形成するのがまあ一般的といえるだろう。
趣味が合うとか同じ部活のメンバーだとか、理由は様々あると思う。
僕──
別に友達同士でギスギスしてるとか、暴力をふるわれているとかそういうわけではない。
皆気が利くし、困っている人を見かけたらすぐに助けてあげるような優しさを持っている。そんな性格の良いメンツが揃っているのだが、だったら何を危惧しているのかというとグループ内の男女比がその1つ。
なんと驚異の1:5。
つまるところ男は僕1人で、あとの5人は全員女の子。
しかも全員の顔立ちが整っている。彼女達がこの1ヶ月で告白された回数を足すと優に100回を超えているという事実があるくらい整っている。
そんな子達の中に男が混ざっているなんて普通なら考えられないことだろう。
でも僕は彼女達と一緒にいることになった。
客観的に考えればそれが普通ではないことは分かる筈なのに、どうしてこうなるまで僕は何もしなかったのだろう。
こうなった原因が僕にあった訳では……いややっぱりあるのかもしれない。
何故こういう関係が出来てしまったのかというと、小学生時代の出来事が関係していた。
幼少期となれば性差があまり気にならないということもあって、僕は周りが女の子だらけであることに何の疑問も抱くことなく過ごしていた。
それに加えて9歳の時に僕は『魔法』の存在を知らされることになり、地球の危機という規模がデカすぎる驚異に同世代の子達と立ち向かっていくうちに、女性の知り合いばかりが増えていった。
当初はそれもあまり気にしておらず、女性に囲まれて過ごすのが普通のことだと思うくらいには感覚が麻痺していた。
そうして彼女達と一緒にいるのが当たり前だと思うようになってしまったのだった。
そこまでは良かった。彼女達といるのは楽しいし、心地の良い関係を続けていくことができたからだ。
問題は中学校に上がってからだった。
成長するにつれて男子と女子でハッキリとした違いが出てくるのは当然であり、それに加えて性差もハッキリと意識するようになってくる。
そこで男友達がおらず、彼女達とばかりつるんでいた僕はふと気が付いたのだ。
――あれ? 僕って一般的な男子中学生とはかけ離れているんじゃ……と。
それからは自分がおかしい人間であるような気がして恥ずかしくなり、どうにか周りの環境を変えようと努力するようにした。まあ今の所それらすべてが徒労に終わっているのだが。
エスカレーター式のこの学校において外から編入してくる生徒というのは少ない。
そのためここ聖祥大附属中学校で出会う顔ぶれも変化はなく、当然のように友達の輪はほぼ固定されて動くことはない。
それが辛いの何のって。
どうにか男友達を作ろうと近付いては見るのだが、彼らが僕を見る時の瞳からは羨望か嫉妬の感情しか見られなかった。
まああれだけ顔立ちの整った女の子達といればね……。
グループの一歩外に出れば周りは敵だらけだと今更ながらハッキリ自覚してしまうことになった。
それからも度々できる限り声を掛けては見るのだが、結果はあまり芳しくない。
そのおかげで中学2年生になった今でも彼女達との関係は変わらないままだ。
……そう、変わらない筈だった。
それが今僕がトイレに引きこもって悩んでいる原因となっている。
というのも最近彼女達の様子がおかしいように思えるのだ。
モヤモヤとした感情ばかりで上手く言えないことが多い毎日であったが、ハッキリとした変化がこの間から起きている。
グループ内の誰かが常に僕といることに気が付いたのだ。
今まではベッタリという程ではなかったのに距離感がおかしくなっていた。
まずグループ内の誰かに朝起こされて、そこから当たり前のように一緒に家を出て、全員と合流しながら登校し、授業の合間には1人は必ず僕のところへやって来て、昼休みには6人で弁当を食べ、学校が終わると朝とは別の1人が僕の家まで着いてきて、そうして僕が寝る1時間程前に帰っていく。
土日だって彼女達の中の誰かしらが僕の家に来ていた。
うん、こうして考えてみると僕が1人きりになれる時間が寝てる時とその少し前くらいなものである。
僕の両親は芸術関係の仕事をしていて、日本の端から端まで飛んでいくようなことも稀ではないため長期に渡って家を空けることも多く、今も北の国で仕事をしている。
じゃあ誰がご飯を作るのかというと、以前は自分で作っていた。まあそう美味しいといえるものは作れないが、家に1人で料理もできないのでは餓死してしまうのは必然だ。
今回も同じように自炊をすることになるだろうと考えていたのだが、彼女達は声を合わせてこう言った。
『わたし達が毎日お料理を作りに行ってあげる』
流石にそれは迷惑だろうと断ろうとした。しかし――。
『良いの。わたし達が好きでやることなんだから』
そう言われて押し切られてしまった。以来弁当も自分で作ることは禁止されている。
だから朝食も昼の弁当も夕食もすべて彼女達の手作りだ。
その順番というのも彼女達の中でローテーションを組んでいるらしく、毎回違う子が朝昼晩と作るものを決めていた。それも土日祝日関係なしに。
それは非常にありがたいことではある。親が家を空けて1ヶ月間、特に何もしなくても生活できているのだから。
美人な子の手作りなんて羨ましいと思う人もいるかもしれない。
ただ、それとは真逆に僕の心は沈んでいった。
何せ1人になれる時間がないのだ。常に誰かが僕の隣にいるので話し続けなければならない。そのままベッドにインする毎日で段々と疲れが溜まってきた。
端的に言えば非常に窮屈なのだ。
まるで彼女達から監視されているようで、心休まる時がない。
皆に気を遣う毎日で疲弊しきっていた僕はついに限界を迎え、こうして逃げ出すことを決めてしまった。
昔は皆といてとても楽しかったのに、今はどう対処すればいいのかと考えてしまう。
これじゃいけないのだろう。
何とかこの状況を打破したいので、こうしてトイレに引きこもっている間にあれこれ考えたかったが、携帯電話の時間を見るとそろそろ昼休みも終わる頃になっていた。
流石に授業をサボるのはマズイのでまた教室に戻らなければいけない。
渋々といった感じでトイレのドアを開けて廊下に出ると……。
「あっノア君大丈夫!?」
「うぇっ?」
「すごい勢いで飛び出していっちゃったから……」
グループの中の1人、なのはがそこにはいた。
慌てたような様子で僕の前までやってくる。そこへフェイト達までやって来てしまった。
当たり前のように僕の現在地を知られていることに戦慄するが、とりあえず何とかこの場を切り抜けなければ……。
「え、いや、あの、急に具合悪くなってさ……。皆に心配掛けるのも嫌だなって思ってね……?」
「そんなの駄目だよ! ノア君に何かあったらって思うとわたし居ても立っても居られないくなっちゃうんだもん……。今度からはちゃんとわたし達にお話してね? だれでもノア君に付き添ってあげるから」
「え、いやあ、それは……」
「――何か問題あるかな?」
「はい! 是非そうさせていただきます!」
有無を言わさない威圧的な笑顔を前に僕はただ頷くしかできなかった。
怖すぎるでしょ……。
その後、僕はなのは達に取り囲まれながら教室へ戻ることとなった。気分はドナドナされる牛のよう。
体調が悪いなんて言ってしまったもんだから過剰に心配されてしまい、放課後までガチガチに周りを固められてしまった。
迂闊な発言をしてしまった自分を殴りたい。
すべての授業が終わったので帰り支度をしていると、なのはが僕の席の横に立った。
「ノア君帰ろ?」
「ああ、うん、帰ろうか」
フェイトとはやては管理局の任務が入って午後からおらず、すずかとアリサは習い事と塾で一緒に帰ることはできない。
なので今日はなのはと二人きりで帰ることとなる。
皆で帰るよりは良いかな―と考えてしまうあたり、僕もだいぶ疲労が溜まってしまっている。
皆僕が家に1人きりでいるのを単に気遣ってくれているだけなのかもしれないから、悪い方に捉えてしまうのはいけないことだと分かってはいるのだ。
でもやっぱりこのままでいて欲しくはないなと考えてしまう。
だから僕は帰りのバスの中でなのはと会話しながら、どうにかできないものかと対策を練っていた。
目標は以前のように気を遣うことなく、男女の差とか気にしなくても良い関係に戻ることだ。
男友達を作ることは、とりあえず一旦諦めることにする。
新しい友達を作りながら彼女達との関係を元に戻すなんて、そんな器用なこと僕にはできないからね。
目的達成のためにとりあえずは自炊するところから始めたい。
このまま彼女達に料理を作ってもらっていたら、本当に胃袋を掴まれてしまいそうだ。
バスを降りてなのはと二人きりになり、会話が途切れたところで話題を変えた。
「ところでちょっと相談なんだけどさ」
「うん? 何かな?」
なのはは純粋な瞳でこちらを覗き込んできて、ちょっとためらいが生まれたが意を決して口を開く。
「えっと、なのは達には毎日来てもらってそろそろ悪いと思っててさ、そろそろご飯作りにこなくても良いんじゃないかな」
「――え?」
僕が答えた瞬間、周りの温度が下がった気がしたのと同時に隣を歩いていたなのはの足が止まる。
僕が振り返ると、彼女は下方向を向いていた。
「な、なのは……?」
恐る恐る彼女に近付いた瞬間、彼女は急に顔を上げる。
「ど、どうして? わたし達何か悪いことしたかな? 今日のお弁当美味しくなかった? それとも何かノア君の嫌いなもの作っちゃった? ごめんね。ごめんなさい!」
「え、ええ? ちょっと待ってくれ。そういうこと言いたい訳じゃ……」
「あ、謝るから許して……。何でもしますから……。ノア君に嫌われたら、わたし……」
なのはは頭を下げて僕に謝り続けている。突然のことで僕も何がなんだか分からない。
彼女のこんな尋常ではない様子は初めて見た。
とにかくこの状況を何とかしようと、僕は彼女の両肩を優しく掴んだ。
「落ち着いてくれ、なのは。僕は別になのは達の料理に不満があるとかじゃないんだよ」
「……そうなの?」
「うん。なのは達がいない時とかもある訳でしょ? そしたら自分で料理作らなきゃいけないのに、忘れたら困っちゃうんだ」
正直今言い訳を考えた。
まさかなのはが料理のことだけでこんな取り乱すとは思わなかったし、どうにか彼女を慰めなければと必死だったのだ。
しかしそれが功を奏したのか、まるでこの世の終わりのような顔をしていたなのはの表情に笑顔が戻る。
「そっか。ごめんね、わたしの考えすぎだったね」
「こっちこそなんか心配かけるようなこと言ってごめん」
「ううん。ノア君は悪くないよ。わたしが早とちりしただけだもん」
ようやくなのはが本来の調子を取り戻してくれたようだ。
さっきのは何だったのかと気にはなるが、今は横に置いておこう。ようやく彼女達との本来の関係を取り戻す糸口を見つけたのだ。この機会を逃すわけにはいかない。
「じゃあ、これからは自炊しても良いってことで――」
「それは駄目」
「えっ」
まさかの拒否。
どうしてなのか、という疑問を視線でなのはに飛ばすが、彼女はニコリと笑い返してくる。
「だってその理屈で言ったら、ノア君が自分で料理を作らないといけない状況にならなきゃ良いだけなんだよね? だったらわたし達がいればノア君が料理をする必要なんてないもん」
「いや、それは……。いつまでも一緒にいられる訳じゃないだろ?」
「ずっと一緒だよ?」
なのはの目には確固たる意思が感じられる。むしろどうしてそんなことを言うんだと、こちらに疑問を投げ掛けてきているようでもある。
「ノア君だって皆といられたならそれが幸せなことだって思うでしょ? わたしもそうだもん。だからね、今皆でこの先のことについて考えてるんだ」
「み、みんなって……?」
なのはの表情は変わらない。
「フェイトちゃんにはやてちゃん、すずかちゃんにアリサちゃん、皆だよ? ずっと6人でいたんだから当たり前だよね?」
「え、えっと、それって……」
まさかこの先って大人になってまでこの関係を続けるということなのだろうか。
それがありえないことなのは僕にでも分かる。
皆それぞれの進路があるし、ましてなのは達は地球を離れて時空管理局の魔導師として働くつもりなのだ。そうしたら中々会えなくなることだろう。
そんな僕の考えを読み取ったのか、なのはは優しく微笑むだけだ。
「大丈夫、ノア君は何も心配しなくても良いんだよ? 全部わたし達が考えてあげるからね? ノア君はただ居てくれるだけで良いの」
おかしい。ただご飯の話をするだけの筈だったのに、話が壮大になっている。
なのはは何を言っているんだろうか。混乱してうまく思考ができない。
「ごめんね、変なこと言っちゃって。ノア君は気にしないで?」
「気にしないでって言われても……。何か僕に関わる重大なことが裏で進められてるような……」
「そんなことないよ。ノア君とわたし達の当たり前な将来について話しただけだもん。さっ、ノア君の家に帰ろ? 今日もノア君の好きなもの作ってあげるからね」
「いや、僕が自炊するからって話は……」
「そんなことしなくても良いよって言ったよね。ノア君のやりたいことは全部わたし達がやってあげるから」
なのはは僕の手を掴んで引っ張った。もうこの話はお終いだと言うかのように。
結局、僕の小さな計画は実行に移すことができずに終わってしまった。
しかしやっぱりおかしい。
昔はこんなこと言う子ではなかった。何が彼女を変えたんだろう。
考えてもさっぱりわからなかった。とにかく僕は以前の関係性に戻りたいだけだ。
また次の手を考えながら僕はなのはに手を引かれていった。
・
・
・
彼の様子がおかしい。
今まではわたし達以外と話すようなことなかったのに、最近では同性の子と話すようになってしまった。
ずっとわたし達に向けられた視線が今では別の方向に向いている。
今日だってそうだ。彼はわたし達の料理を作るのを断ってきた。
何か彼の勘に触るようなことをしてしまったのかと、パニックになって取り乱してしまったけれど、彼はそんなことないよと宥めてくれた。
本当に安心した。彼に嫌われたらどうすることもできない。
わたしは彼のことが好きだ。
彼と出会ったのは本当に幼い頃。お仕事で忙しい彼のご両親はよく家を空けていたんだけど、そんな時はご近所だったわたしの家に預けられていた。
彼はその頃から優しい性格で、当時人見知りだったわたしも彼となら仲良くすることができた。
そんな時、わたしのお父さんが事故で怪我をした。
幸い命に別状はなかったけれど、お店のお父さんが抜けた穴を埋める為にお兄ちゃん達まで手伝いに出てしまうものだからとても寂しい思いをしていた。
そんな時でも助けてくれたのが彼だった。
彼も親がいなくて寂しい筈なのにそれをおくびにも出さず、運動音痴だったわたしのことも見捨てることなく公園に遊びに連れてってくれて、楽しく過ごすことができていた。
彼にはいつだって助けられている。
小学校に上がってからもそう。アリサちゃんと初めて喧嘩した時も、魔法で悩んでた時も彼は常にわたしの傍にいてくれた。
だからその恩返しがしたいのだ。
彼の望むことだったら何でもしてあげたい。フェイトちゃん達だって同じ気持ちだろう。
皆彼のことが好きなんだ。だけど決して独り占めするようなことはしない。
そんなことしたらわたし達の間でいがみ合って、こんなに心地の良い空間が壊れてしまう。
そんなの、彼だって望んでないだろう。
わたし達は6人で1つ。それが幸せなことなのだ。
でもわたし達の絆に綻びが入っている。他ならぬ彼自身の手で。
もしかしたら彼はわたし達のところから離れていくかもしれない。
それは嫌だ。彼はずっとわたし達と一緒にいるんだから。
だから5人で話し合った結果、全員で彼のお世話をしてあげればいいんじゃないかという案が出た。
ちょうど彼のご両親は長期の仕事が入り、家を空けなければいけない。
それなら今一度彼にわたし達がどれだけ有用なのかを教えてあげれば、彼もわたし達と一緒の方が良いと思ってくれる筈だ。
その筈だったのに、彼はまたわたし達の手から離れようとしている。今日の発言がそうだ。
彼はわたし達がお世話をすることを拒んでいるように思えてしまう。
どうしてなんだろう?
そんな寂しいこと言わないでほしい。わたし達はただ貴方のことを思ってやっているだけなのに。
もしかしたらわたし達の献身が足りないのかもしれない。絶対そうだ。
彼はわたし達にもっと身の回りのお世話をすることを望んでいるんだ。なんで早く気付いてあげられなかったのだろう。
そうと決まれば皆に連絡しなきゃ。今は彼に愛情のこもった料理を提供してあげなければならないから、彼にバイバイしてから実行に移そう。
――待っててね、ノア君。明日からもっと貴方に愛を上げるよ。
だからわたし達と愛してね?
執着してくる女の子に私も後ろから刺されて―な―。
嘘です