最近彼女達の様子がおかしい   作:ガラン・ドゥ

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※ちょっとオリ設定を混ぜ込んでみました


05:月の少女の様子がおかしい

 夏休みも終わり、僕達は2学期を迎えていた。

 他の男子生徒からまた苦々しい目で見られることを想像すると、大変胃が痛くなるのだが、それでもアリサに招待されて行ったパーティ会場の空気に比べればまだマシなのかもしれない。

 とはいえ予想通りの視線を向けられるのは堪えるものがある。

 もはや最後の防壁は唯一の僕の同性の友達といえるユーノとクロノだけだ。

 彼らになのは達のことで助けを求めたこともある。しかしその返事は決して良いものではなかった。

 曰く「「僕達じゃもう対処し切れない」」らしい。

 泣いた。

 頼りになりそうなリンディさんとかですらフェイトを応援してるみたいだし援軍は期待できない。

 何とかしたいなーと思いつつ夏休みの最後の期間を使って色々試して見たが、何の成果も得られなかった。

 

 

 これからもまた同じ日々が繰り返されるんだろうなあ、などと考えてトボトボ登校した僕だったが……意外な現実が待っていた。

 相変わらずなのは達には囲まれて過ごしているが、何というか無理やり距離を詰めてくることがなくなったのだ。

 例えばボディタッチが減っている、気がする。

 相変わらず誰かが僕を迎えに来てくれていることに変わりはないが、弁当を作ってくることもなくなった。

 それについて正直に聞いてみると、あっけからんとして返答された。

 

「今はノア君のご両親が家にいるでしょ? だったらわたし達が作っちゃうと余分になっちゃうかなって。……もしかしてわたし達の手料理食べたかった? フフ、だったら今度ノア君のお義母(かあ)様に日程調整してもらうよう連絡してみるね!」

 

 当然のようにうちの母と連絡先交換してるのは一体何なの?

 でもまあ正直助かった。

 毎日弁当を作ってもらっているのもそうだが、昼食を『あーん』させられていた時期は自尊心がガリガリと削られていったので、もうそんなことがないのだと思えば、心も軽くなるというもの。

 だから今は幾分晴れやかな気持ちで学校に来ることが出来ている。

 

 そうやって幾分僕達の関係の改善にもようやく変化の兆しが見え始めた、ある日のこと。

 

「ごめんね、ノア君もこんなことに付き合わせちゃって」

「良いよ。すずか1人に働かせる訳にはいかないしね」

 

 僕はすずかと共に図書室で本の整理をしていた。

 何でも新しい本の在庫が増えたみたいで、それをジャンル毎に分けて本棚に入れなければいけないらしい。

 別に僕は図書委員という訳ではない。

 ただ今日はすずかと帰る約束になっていたのでそれを待っていたのだが、一向に図書室から戻ってくる気配が無かったので見に行ったところ、先生に頼まれて彼女の手伝いをお願いされてしまった。

 本当は図書委員の人がやるべき仕事なんだろうけど、今日は誰も手の空いている人がおらず、すずかしか残ってる人がいないとのこと。

 彼女だけでは大変だろうし、僕も断る理由がないので付き合うことにした。

 中々な量があった為にすぐに帰れるということはなかったが、すずかと喋りながら作業しているので全然苦にならない。

 あの本読んだか、とか昨日のテレビ面白かったよね、とかそんな何気ない会話が心地いい。

 

 ――そうだよ。僕が彼女達に求めていたのはこういうことなんだよ。

 

 勝手に婚約者にされてたり、強制的に家に泊まらせられたり、そんな僕の人権を無視するようなことをしないだけで良いのだ。

 小学校以来の穏やかな時間に、僕は心底安堵していた。

 

「すずかー、この本どこに仕舞えば良い?」

「えっとね、それはこっちの方かな」

 

 すずかの先導に従って本を持っていく。どうも高い位置にあるようだ。

 

「僕が登ろっか?」

「良いの良いの。ノア君は本持ってくれてるでしょ。私が登るね」

 

 確かに僕は両手に大量の本を抱えていた。一々机に置くというのも手間なのでその提案は有り難い。

 すずかはというと隣の列から踏み台を持ってきていた。確かに彼女の身長だと届かないだろう。

 

「よいしょっと。じゃあノア君よろしくね」

「うん」

 

 すずかに頼まれた本をホイホイと渡していく。正に阿吽の呼吸といった感じで手に抱えていた本が無くなっていった。

 そのまま次の列に移動し、すずかが同じように本を上の棚に手を入れていたのだが……。

 

「あ、そういえばさっきの話の続きなんだけど――」

「すずか危ない!」

「えっ? キャッ!」

 

 振り向いたすずかが台から足を滑らせてしまう。

 咄嗟に本を放り投げて彼女の体を掴んだのだが、急のことでしっかりバランスを取ることができず、僕達はお互いに転んでしまった。

 

「いたた……。すずか大丈夫?」

「う、うん。ノア君こそごめんね。怪我はない?」

「僕は心配いらないよ。それよりもすず、か……」

 

 すずかが頭とか打ってないかと思って彼女の方を見たのだが、彼女が倒れて座り込んでいる姿が僕の視界に映る。

 それで、その、彼女のスカートがめくれてしまっており、下着まで丸わかりであったのだ。

 く、黒のレースとは、すずかさん顔に似合わず大胆なもの穿いてますね……。

 僕の視線に気付いたのか、すずかは咄嗟に手を足の間に入れて隠す。

 

「……ノア君のえっち」

「こ、これは不可抗力でしょ! 見ようと思って見た訳じゃないんだし!」

「それでも私の下着見たことには変わりないよね?」

「うっ、それはそうなんだけど……」

 

 そう言われると弱い。

 とりあえずすずかの手を取って立ち上がりながら、僕はどうやって言い訳しようかと考えていたのだが、彼女は不意に明るい表情になった。

 

「なーんて、ウソウソ。元はと言えば私が不注意だったのが悪いんだもんね。ノア君は気にしないで?」

「ええ……?」

 

 僕としては有り難い言葉であったが、それはそれで何かモヤモヤする気持ちが残る。僕は女の子の秘密の花園を覗いてしまった訳で……。

 ここで「そうだね。じゃあ本の整理の続きしようか」なんて言える程心臓は強くない。

 なので実質僕の選択肢は残されていなかった。

 

「い、いや、流石にそれは出来ないよ。僕の方が悪かったから何か埋め合わせさせてほしいな。何でも1つだけだったら言うこと聞くよ」

「──ホントに?」

「え、あ、はい」

 

 すずかの表情が一瞬で変わった。主に目の色が露骨に変化したところとか。

 ……あれ、これひょっとして不味(まず)ったのでは?

 

「ノア君は男の子だもんね? 男に二言はないよね?」

「そ、そうだね……」

 

 何度も念を押してくるように顔を近付けてくる彼女に対し、僕は若干後ずさりした。

 一体どんなことを言ってくるのかと戦々恐々していたのだが、彼女は笑顔を作りながら僕の手を取る。

 

「じゃあ、私とデートしてほしいな」

 

 

 

 一騒動あった週の日曜日、僕は(割と遠いけど)最寄りの駅まで来ていた。その理由は当然すずかの件である。

 『デート』を要求した彼女は集合場所と集合時間を決めてそこまで来るように僕へ伝えてきた。

 なんで僕となんかと? という疑問をぶつけては見たのだがすずかは決して答えようとせず、また本の整理を始めてしまった。

 どんな理由があろうと僕に拒否権はないので、とりあえず出来る限りのオシャレをしつつ、彼女を待っている。

 しかし人を待っているだけだというのに何故か緊張する。多分デートという単語のせいなのだろう。

 皆と遠出をして遊んだ時もあったが、その時は楽しみの方が勝り全然苦にはならなかった。

 今はというと妙に体がソワソワしてしまい、全然落ち着いていられない。

 出来れば早く来てほしいなあ、と思っていたところで、遠くから長い紫髪の少女がやって来るのが見えた。

 辺りをキョロキョロと見回していたけど僕と目が合うと真っ直ぐこちらに歩いてくる。

 

「ごめんね、待った?」

「ううん、僕も今来たところだよ」

 

 などと決り文句を言い合ったところで僕達は電車へと乗った。

 目的地は駅4つ離れた先にある水族館だ。

 特に異論はないのですずかの指示通りこの電車に乗ったが、いかんせん電車内の混み具合が凄いことになっている。

 満員という程ではないけど自由に動けるかというとちょっと厳しい。

 休日に電車を使う機会がないものだから分からなかったが、いつもこうなのだろうか。

 1人だったら多分問題無かったのだが、今はすずかと2人だ。

 

「すずか、苦しくない?」

「ノア君のおかげて平気だよ。無理させちゃってごめんね」

 

 何とかドア付近まで移動できた僕達は、すずかが扉を背にして向き合うように立っていた。

 なんか、この体勢だと気まずい……。どんだけ頑張っても彼女の顔が視界に入ってくるわけで、かといってマジマジ見るのもおかしいだろう。

 だからすずかの横から景色を見るように視線を外して何とか頑張っている。

 しかし次の駅に着くと、更に人が入ってきて人口密度が上がった。

 そうしたら僕も外側に追いやられてしまい、ドアを両腕で抑えなければすずかと密着してしまう程になってしまった。

 傍から見たら壁ドンしてる構図に近いだろう。当の本人は必死に力を入れて頑張っているが。

 だってこのまま腕の力を抜いたらすずかに抱き着くことになる。それだけは避けたかった。

 付き合っている訳でもないのにそんなことをしたら忍さんに○されそうだ。

 

「ノア君、すごい辛いでしょ。私に寄りかかっても良いんだよ?」

「いや、それは、大丈夫、です……!」

 

 息も絶え絶えになりながら精一杯の見栄を張る。

 すずかの姉である忍さんが怖いというのもあるが、彼女に密着したらなんかもう色々吹っ切れてしまいそうで怖かったのだ。

 今の状態ですら甘い香りが漂ってきて気絶しそうだというのに、これ以上の接近は危険すぎる。

 すずかはあくまでも『友達』なのだ。そんな彼女に劣情を抱いたら僕は軽く死にたくなるだろう。

 だから腕が()りそうになるのを堪えながら、彼女のことを守っていた。

 ……その筈だったのだが、不意にすずかは顔をゆっくり横に振って両側を見る。その後僕と目を合わせてニコッと笑った。

 

「えい」

 

 短く声を出したすずかはあろうことか僕の腕の関節に指を突っ込んだ。

 全くの予想外の行動に、僕は反応することもできずカクッと腕を折り曲げてしまう。

 するとどうなるか。今まで抑えてた他人の背中に押され、僕はすずかとゼロ距離でくっつくことになる訳だ。

 

「す、す、すずか!?」

「だって、ノア君もう限界だったでしょ? 私だけ何もしてないのにノア君だけ頑張ってるなんて嫌だもの」

 

 すずかに全体重を掛けないようになんとか足で堪えてはいるが、完全に密着して離れることもできない為、すずかの声が耳元で囁かれる。

 綺麗なソプラノボイスに、僕の背筋がゾクゾクと震えていた。

 すずかは「それにね」と付け加える。

 

「私、ノア君なら良いよ……」

 

 ……何が良いんですかねぇ!?

 すずかの囁きは悪魔の誘惑に等しい。だが親友には絶対に手を出さないと誓ったこの身。

 煩悩を消し去る為に僕はひたすら脳内で「無心無心無心無心無心――」と唱え続け、できればこの状態が解消されることを望んでいた。

 しかし、電車内の混雑は目的地まで解消されることなく、あと3駅、2駅……とカウントダウンするように目的地を今か今かと待ちわびていた。

 その間良い匂いやら柔らかい感触やらで僕の気力が限界を迎えようとしている。

 そこまできたところで降りる駅に到着したようだった。

 コンクリートの地面に足を降ろしたところで、ようやく生きた心地がするようになった。何で行きの道だけでこんな疲れてるんだろ、僕。

 

 水族館まで徒歩10分とのことだったので、僕達は並んでそこまで向かっている、のだけど……。

 

「あの、すずか? この手は何?」

「だって、デートなんだよ?」

 

 僕はすずかと手を繋いで歩いていた。しかも指の間に相手の指を絡める、恋人繋ぎの方を。

 普通のカップルでもこんな開けた場所で堂々とはやらないと思うんだけど。

 

「もう、そんなに恥ずかしがらなくても良いんじゃないかな。さっきまであんなに抱きしめてくれたのに」

「それについては語弊があるでしょ! あれこそ完全に不可抗力だよ!」

 

 彼女は僕の抗議もどこ吹く風でニコニコと笑っているだけだった。

 

「えー、私は嬉しかったのになー」

「ほんと勘弁してください……」

 

 なんだかすずかには一生勝てない気がしてくる。

 諦めた僕はそのままの状態で水族館へと向かった。

 受付でチケットを買う時は流石に離れてくれたが、中に入ってからはまた手を繋いで一緒に歩くことになった。

 なんとも決まりが悪い。

 周りを歩く人達からチラチラと見られているのを感じるし、大学生らしき女性達のひそひそ話まで聞こえてくる。

 

「みてみてかわいー、中学生のカップルかな?」

「ちょっとやめてあげなよー」

 

 ……穴があったら入りたい。

 周りの視線をすずかはどう思ってるのだろうか。チラッと盗み見したところ、何も気にしてる様子はなく楽しげで、今にも鼻歌を歌いそうな雰囲気を纏っていた。

 こんなに羞恥心を感じているのは僕だけなようで、なんか1人だけ損してる気がして、水族館見学に集中しようと頭をどうにか切り替えることにした。不安だけど。

 

 水族館をとりあえず半分だけ回って来たが、結構楽しめていた。

 薄暗い照明の中、全てがガラス張りで構成されていて、どんな角度からでも生き物達を観察することが出来る構造は、まるで自分達も海の中にいるような錯覚を起こさせる。

 サメやエイが見られる水槽は映画の中のそれよりも壮観で、人智の及ばない深い水の底を想起させてくれた。

 理由はどうあれ、僕はここに来て良かったと思えている。

 1回で全てを回り切るのは疲れるということで、一先ずベンチに座って休憩することにした。

 僕は前に置かれている自販機から飲み物を買ってくる。

 

「水族館ってやっぱり面白いね~」

「すずかって水族館好きなの?」

「え、どうして?」

「なんか、いつもよりテンションが上がって見えるからさ」

 

 僕の言葉にすずかはハッとして頬を赤らめた。いやそこで照れるんかい。

 

「う~ん、静かな場所だから落ち着くっていうのもあるんだけど、なんていうのかな、ゆっくりと泳いでるお魚さんとか見てると、私とは時間の流れが違うんだろうなあって思えて、それでもちゃんと自分が生きてるって実感させてくれるのが好きなの」

「ああなるほどね。言いたいことは何となく分かるよ」

「ホント? ノア君も同じ気持ちだったなんて嬉しいな~。じゃあさっき見た中でどれが印象的だった?」

「うーんそうだなあ僕はやっぱり――」

 

 などとすずかが興奮してしまって、しばらくベンチで談義に入ってしまった。

 それはそれで楽しいんだけど、もう半分も回りたいな―、などと考えていたら、不意にすずかが話題を変えた。

 

「……水族館が好きな理由って実はもう1つあるんだよね」

「そうなの?」

「うん、私昔からよく家族で水族館に行ってたんだけど、1回迷子になっちゃったことがあるの」

「ええ! それは大丈夫だったの?」

「えっとね、その時は私を家族のところまで連れてってくれた人がいたの。それが印象に残ってて水族館に来るといっつも思い出しちゃうの」

「へえ、親切な人がいて良かったね」

「……やっぱり覚えてないんだ」

「え?」

 

 最後、すずかの声が小さくてよく聞こえなかった。しかし、彼女は首を横に振ると立ち上がった。

 

「何でもないよ。そろそろ行こっか?」

「う、うん。それは良いんだけど……」

 

 まだ水族館が好きな理由の2つ目を聞いてないような、と思っていたのだが、彼女に手を取られてどんどん奥に進んでいく為聞くに聞けなかった。

 その後、クラゲコーナーに入っていったり、イルカやアシカのショーを見ていったりすると、あっという間に時間が過ぎていき、出口を抜ける頃にはすっかり夕焼けが傾いていた。

 

「今日はありがとうね、ノア君。私すっごく楽しかったよ」

「うん、僕も。連れてきてもらって良かったよ」

 

 電車でのハプニングがなければ完璧だったが。

 とりあえず人気のない場所まで移動していたら、不意にすずかが話しかけてきた。

 

「ねえノア君。私が隣にいて嬉しかった?」

「え? 嬉しいってどういう意味?」

「私はね、ノア君と一緒だと嬉しいんだあ。皆といる時も楽しいけど、ノア君が隣にいてくれると自分をもっと良く見せたいって思えるの。

 今日の発言はおかしくなかったかな、とか考えてた暗い自分がいつの間にかいなくなってて、ちゃんと成長できてる自分を実感できるの。それが嬉しいって気持ちでしょ? だから私はノア君とずっと一緒にいたい」

「それって……」

 

 すずかの発言はまるで、その、告白のように思えて今日の行動の合点がいってしまった。

 

「ねえ、ノア君。ちょっと目を閉じてくれない?」

「え……?」

 

 思わず体が強ばるが、すずかは優しく笑って大丈夫だと言った。

 

「ふふっ、ノア君の考えてることじゃないよ。もっと別のことがしたいの」

「わ、わかった……」

 

 言われた通り目を瞑る。

 しかしさっきのすずかの言ったことはどう考えても僕に対するアレの気持ちが籠もっていた。

 その気持ちが嬉しくないかと問われればそんなことはない。

 けれどもし僕とすずかが付き合うことになってしまったら、なのは達との関係はどうなるのだろう。

 僕は今の6人で一緒にいるのが最も良い状態だと考えている。

 それを壊してまで、僕はすずかと共にいることを選ぶのかと問われれば、多分それは否だ。

 だとしてもすずかは僕に気持ちを吐露してしまった。だから僕達は今までの関係ではいられなくなる。僕は今岐路に立っているということなのだろう。

 そもそも――

 

「えい」

 

 ……え?

 首筋にチクリという痛みが走った。

 途端に頭がグラつくのが自分でも分かる。慌てて目を開ければ何故か注射器を持ったすずかが視界に入った。

 

「な、なん、で……」

 

 自分の口から出た言葉は呂律が回っていない。

 そんな僕を見ているすずかの表情は笑顔だった。が、それは今までに見たことのない顔であった。

 こんな邪悪な笑みを浮かべているすずかを、僕は知らない。

 

「ごめんね、ノア君が考えてること分かっちゃったから、こうするしかないの」

 

 彼女のその言葉を最後に、僕は目を開けていることも、立っていることもできずに前へと傾く。

 柔らかい何かが僕を支えたことまでは分かったが、それが何なのか考えることもできずに僕は意識を落とした。

 

       ・

 

       ・

 

       ・

 

 私にもたれかかってきた彼を優しく抱きとめる。

 少しすれば月村家の車がやって来て、メイド達と一緒に彼を後部座席に乗せた。

 彼の横に自分も座ると、発進するように命じる。

 車に揺られながら彼の顔を覗き見ればとても安らかな寝顔をしていた。

 

 ――かわいい。

 

 きっと私に朝から振り回されていたからその疲れもあったのだろう。決してそれを私に見せることはなかったが。

 

 ――本当にかわいい

 

 それにしても、おかしいとは思わなかったのだろうか。私は月村重工の経営者の娘で、自分用の車まで持っているのだ。

 それなのにわたしがわざわざ電車を使う筈がない。

 私が言ったことだから、彼は何の疑問も持つことなく信じてしまったのだろう。

 

 ――かわいいかわいいかわいいかわいい。かわいすぎて身が悶そうになる。

 

 なんて純真なんだろう。中学生でこんなに真っ直ぐな少年はおそらく彼しかいない。

 あまりの愛々しさに食べてしまいたくなる衝動が私を襲ってくる。

 でも本当に食べたりはしない。そんなことをしてしまったら二度と彼に会えなくなってしまうではないか。

 二律背反のことを考えてしまう程、私は彼を愛していた。

 彼の瞳には一切の曇りがなく、いつだって前向きだ。そんな彼に私は憧れている。

 彼のおかげでおどおどして話すこともなくなったし、積極的にアリサちゃんらに話し掛けられるようにもなれた。

 もし彼がいなかったら自分がどうなっていたのか分からない。

 それほどまでに彼と出会えたことは奇跡と言っても良い。

 

 彼は、私と顔を合わせたのは小学校に入ってからだと思っているけれど、実はそのずっと前に出会っていた。

 自分が幼稚園児の時、私は両親とお姉ちゃんと一緒に水族館へと来ていた。

 最初はお姉ちゃんの手に引かれながら歩いていたのだけど、次第にその手から離れ、お魚に導かれるようにどんどん奥へと進んでいくと、気が付いたら周りに家族はいなくなっていた。

 当時の私はすごい人見知りだったものだから、すぐに物陰に隠れてしまい、館内が薄暗いために誰にも発見されないまま座って泣きじゃくっていた

 そうしたら急に甘い匂いが私の鼻を掠めていった。

 顔を上げれば1人の子供が近付いてくるのが見える。

 彼が私を見つけてくれたのだ。彼は私の前に立つと同じ目線になるようにしゃがんでくれた。

 

『君、迷子?』

「ヒック、グス、うん』

『そっか、ここにいてもしょうがないし、一緒に行こうよ』

『……うん』

 

 彼に手を取られて歩き出すと、さっきの甘い匂いがよりハッキリと感じられた。だからこの匂いは彼から発せられているものだとすぐに分かった。

 元々私は人よりも嗅覚に優れていて、普通だったら分からない匂いが感じ取れるくらいなものだったのに、何故か鮮明に嗅ぎ取れたからずっと不思議だった。

 これは後から分かったことなんだけど、多分私は魔力の匂いを感じられる人間なのではないかと思う。

 だってアリサちゃんからはそんな匂いがしないのに、なのはちゃんはフェイトちゃん、そしてはやてちゃんからは彼程じゃないけど同じ匂いがしたから。

 私と同じような人なら多分同じことを思うだろう。

 

 それから、彼は私が来た方向を戻って私の家族を探してくれた。その間彼は私の手を握ってくれていたから心細さも無くなって温かい気持ちになっていた。

 やがてお母さんが私を見つけてくれて、泣きながら私を抱きしめた後、彼にすごく感謝していた。

 せめてお礼がしたいと言ったのだが、それを彼は拒んで再び来た道を戻ってしまったのだった。

 そこで、私は彼の名前すら聞いてないことに気付いた。ずっと泣いていたからしょうがないとはいえ、恩人に対してお礼くらい言えば良かったと後日激しく後悔したものだ。

 お父さんとお母さんが私の要望を聞いて彼を探してくれたんだけど、捜索範囲が広すぎて見つからず諦めてしまっていた。

 しかし、小学校に上がった時、彼がなのはちゃんと一緒にいるのを目撃した。

 以前見た顔にそっくりだったし、何より印象的な甘い香りがしたものだからすぐに彼だと分かった。

 彼と会話がしたいと思いはしたけど、当時引っ込み思案だった私は知らない女の子が一緒にいるせいでどう話しかければ良いか分からず、しばらくはただ彼を見ているだけの学校生活を送っていた。

 それからアリサちゃんにいじめられて、なのはちゃんが割り込んできてくれたおかげで、私は彼との接点を持つことができた。

 当時、彼は私のことを忘れていたのにはショックだったけれど、それでも彼に再会できたからと自分で自分を納得させていた。

 最初は彼の傍にいるだけで満足していた。彼に釣り合うような女の子じゃないし、彼にはもっとふさわしい子がいるんだろうなと思えたから。

 でも、なのはちゃんもアリサちゃんも彼のことが好きだと分かると、途端に絶望感に襲われた。

 「もう彼が傍にいてくれなくなる」、「嫌だ、もっと私のことを見てほしい」と。

 だから私は2人に負けないように自分磨きを始めることにしたのだ。それが今の私に繋がっている。

 

 私は変わった。彼を手に入れる為に。

 ずっとずっと望んでいた彼の隣。それをやっと手に入れることができた。

 彼に告白したら、明らかに迷いの表情を浮かべた。

 本当に彼は分かりやすい。それが良いところでもあるんだけど。

 きっと私と皆との関係を(はかり)に掛けたのだろう。そしてどっちを選ぶことができなかった。

 だから私は強引だけど彼に受け入れてもらえる選択肢を取ることを決める。

 なのはちゃん達にはすでに連絡してある。これで彼の心配事もなくなった。

 だから――

 

「私を二度と拒まないでね」




 たくさんのご感想、評価をいただき誠にありがとうございます!


 次の話は正直どうしようかなーと思っております。内容は話せませんが、終わらせるか、まだ続けるか。
 ……アンケートでも取ろうかしら

一旦ハーレムエンドで区切りを付けてもよろしいですか?

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