朝食を食べ終えた僕となのはは、ひとまずのところリビングでテレビを見ていた。
ニュース以外にこれといって見どころのある番組はやっていなかったが、今の時刻は午前8時な上に休日である。
そんなに面白いものはやっていなかった。
それに外出するにしろ家の中で遊ぶにしろ、まだ早い時間帯なのでこうやっておしゃべりを交えながらダラダラと時間が進むのを待っているところだ。
それで、なのははと言うとゼロ距離で僕に引っ付いている。やたら顔が近いし話し掛けてくると耳元がソワソワとこそばゆい。
だがそんなことで動揺する僕ではない。彼女達と一気に距離が
僕にも大分耐性がついてきた。
「今日はこれからどうする?」
「どうしよっか? わたしはノア君といられれば何でもいいんだけど」
「何でもが一番困るなー……」
「じゃあ今から夜までしっぽりする?」
「女の子がそういうこと言うのやめなさい」
僕の頬に手を添えてきた彼女の目の色が変わったが、気付かない振りをして暗に断る。
だって今は早朝だ。今から夜までって一体何時間あると思っているのか。
僕干からびちゃうよ? 流石に1ヶ月前の二の舞になるのはゴメンだ。
なのはがその気になったら大変なことになるので即座に話題を変える。
「やっぱり外に出ない? ほら、最近近くで新しいデパートできたみたいだし、そこを歩き回るっていうのはどう?」
「わ、そうなんだ。うん良いよ。……あれこれってデートかな?」
「えーっと、まあ、そうだね。一般的にはデートって言うんじゃないかな」
照れくささからちょっと返答が途切れ途切れになったけど、なのはは僕の言葉を聞いてニンマリと笑った。
「えへへ、ノア君とデートかぁ。じゃあ早速着替えてくるね?」
「あ、待って。ちょっとまだ時間がはやい……って聞こえてない」
彼女はすでに僕の私室がある2階へと上がっていた。
なのはの荷物は全て僕の部屋に置かれている為、必然的にそこで着替えることになる。
そう考えるとなんか、こう、モヤモヤしてくる。
だって女の子が自分の部屋で下着姿になったりする訳で、ドキドキしない方がおかしいのではないだろうか?
……いや待て。僕まで頭の中ピンクになってどうする。
なのは達の行動に当てられてか、僕まで彼女達を意識するようになってしまったのに、ここで反応してしまえば彼女達の思うつぼだろう。
至るところで欲望を滾らせるなんて思春期の男の子じゃないんだから。
……思春期の男の子だったわ。
なんか辛い現実を思い出したけどここは心頭滅却し、テレビから流れる映像に集中して雑念を消すべきだろう。
待つこと1時間。なのははまだ降りてこない。
さっきは着替えるにはまだ時間が早いと思っていたのだが、彼女にとってみれば早めに行動を起こすのが正解であったみたいだ。
普段彼女達と遊ぶ時は、当たり前だが、すでに服を着て準備万端なところばかり見てきたものだからあまり気にしていなかった。
しかし彼女達には可愛く見せたりとか、それ相応の苦労をしてきたのだろうし、その片鱗を一部垣間見た気がする。
まだ掛かりそうかな、と思ったところで階段を降りる音が聞こえてきた。
「ごめんね、服選びに時間掛かっちゃって。すごく待たせちゃったね」
「いや、そんな待ったつもりも無いから大丈夫。じゃあ僕も着替えてくるよ」
なのはと入れ替わるように僕も2階に上がっていった。
部屋に入ると、きちんと折り畳まれているなのはの寝間着が見える。
たまに抜けているところもあるが、そういうところはしっかりしているよなあ、と思いながら自分も着替え始める。
デートという単語を念頭に置いてタンスから服を選び始めると、とりあえず悩んでばかりでもしょうがないので、今日の気分に合わせてパッと決めることにした。
男が女の子を待つのは良いが、逆だとあんまり印象に良くないだろうなあと思っている。それでも最低限のおめかしはして着替えているけれど。
少ししてまたリビングに戻ると、なのはが座って待っていたけど僕へ振り返るとともにソファを立つ。
「よし、それじゃあ行こっか」
「はーい」
大きく頷いた彼女は僕の手を取って玄関へと急いだ。
あ、手を繋いで行くのは決定事項なんですね。
外に出れば涼しい風が僕達の周りを漂っていた。
季節はすでに夏を通り過ぎ、秋も半ばの10月になろうとしている。
そろそろ肌寒くなってくる頃だが、今日は天気が味方してくれたらしく、暖かな日差しが降り注いでいた。
ポカポカ陽気の中普段通る道を歩き、バスに乗って目的地へ向かった。
しばらく車の中で揺られながらなのはと談笑して目的地に着くのを待つ。
到着した僕達を待っているのはそれはもう大きな建物だった。
――いくらデパートって言ったって、これはちょっと大きすぎるんじゃ……。
本当に大きいとしか言いようが無く、まるでアメリカの巨大な工場とさえ思えてくる。
何? 月村重工とかでも絡んでるの?
圧倒されている僕を尻目になのはは僕の手を引っ張って早く早くとせがんでいる。
「もー、ノア君こんなところで止まってちゃ駄目だよ? 今日はいっぱい遊ぶんだから急がなくっちゃ」
「ああ、ごめん。ってそんなに引っ張らないで」
なのはに引きずられながら中へと入る。まだ日が昇って間もないというのに、人がごった返しになっていた。それだけ人気のあるスポットということなのだろう。
とりあえず案内板を見ながら検討をつけることにした。
これだけ広いと散策してるだけで1日が終わってしまいそうだし。
「最初どこ行こっか。……ゲームセンターとか新しいゲームあったりしそうじゃない?」
「良いんじゃないかな。新しいものがあるとなんだかワクワクするよね」
「じゃあ決まりってことで」
なのはの承諾を聞いてから2人で目的地まで向かう。
ゲームセンターの区域まで歩くと、もうすでにチラホラとゲームをしている人の姿が見えた。
「最初どれにする?」
「う~ん、あっ、あのレースゲームのやつやったことないよね? それにしよ?」
「分かった。誰もいないしちょうど良いね」
「うん!」
並んで彼女と座席に座るとお金を入れて始める。
カウントが終わりスタートダッシュを決め、前に躍り出たかと思えばなのはも負けていなかった。
彼女はこう見えてもゲームは得意な方なのである。
よくアリサが新しいものを買ってきては、皆でプレイするのが日常になっていたので自然と色々なゲームの操作方法を覚えているのだろう。
中々な大激戦を繰り広げた後、最後は僕が1位、なのはが2位という結果になった。
「む~悔し~」
「あはは、なのはも惜しかったけどね。僕も赤コウラが出なかったら負けてたよ」
「む~、む~」
なのはが牛みたいに唸っている。別にデートなのだから勝ち負けに拘る必要は無いのだけど、やっぱり負けたら気分は悪いのだろう。
ということで彼女を宥めながら何戦か繰り返しつつ、彼女が勝てるように自分の順位を調整していたら満足してくれたようだった。
その後はアイスホッケーなどの対戦できるものを回ったり、UFOキャッチャーで一喜一憂したり、ゲームセンターならではの遊びを満喫していた。
ちょっとはしゃぎ過ぎたのと、ちょうどランチタイムが近付いていた為、カフェへと移動して軽い昼食を取ることにした。
もっと本格的な物も食べられる店もあったようなのだが、午後からも動き回るのであまり重たくないものがちょうど良いのだ。
店内で小休止を取りつつ僕達は次の目的地を探すことにした。
しばらく歩き回って楽しく店巡りをしていたのだが、次のなのはが指差した場所を見て、僕は顔を引きつらせる。
「あの、なのは……? ここってどう見ても……」
「うん! ランジェリーショップだよ。ノア君に選んでほしくって」
オシャレ下着店でした。
華やかな色合いの下着が所狭しと並んでいる。男が入ることの許されない空気が店内からヒシヒシと伝わってきた。
「……いや、無理。なのは、僕がここに入ったら通報されかねないよ」
「大丈夫! こういうお店にはフェイトちゃん達と来るけどカップルで入ってくる人も見かけるから!」
それはどんな強靭なメンタルをした男性なのだろう。
「どっちが良い~?」とか聞かれてマジマジと見つめて「う~ん、こっちかな」とか答えちゃってたらそれはもう変態なのでは?
僕だったら入った瞬間羞恥心で正常な判断ができなくなりそうだ。
「とにかく無理! 僕はここで待ってるからさ。なのはだけで行ってもらえるかな……?」
散々謝り倒して何とかなのはを説得することに成功した。
彼女は入る瞬間まで「え~」と不服そうだったが、何とか納得してくれたらしい。
「でも家に帰ったらどれが良いか選んでもらうからね」
と爆弾を落とされなければ尚良かったのだが。
とはいえいざ待ってるだけとなると暇なものだ。なのははしばらく掛かるだろうし、少し見て回っても良いかなって思えた。
ちょっとランジェリーショップから離れる。
周辺の店も下着店が多かったが、その内の1つに気になる店を発見した。
近付いて店の名前を確認すると、どうやらペンダントの専門店らしい。
試しに中に入ってみると青や赤など様々な色の装飾品が輝いていてとても綺麗だ。
こんなところもあるんだなあ、と散策していたところ、1つの物品に目が止まる。
試しに手で持ち上げてみると、よりその魅力が惹かれてしまった。
それを見てふと思いついたことがあった僕は振り返ると……。
「すみませーん」
と店員を呼んでいた。
「あ、もうどこ行ってたの、ノア君!」
店を出るとすでに買い物を終えたなのはがフロアで待っていた。
僕が傍を離れたせいか若干プンスコと怒っている。
「ごめんごめん。ちょっと気になる物見つけてさ」
そう言うと僕はポケットから小さな箱を取り出して、なのはの前に差し出した。
「? なあにこれ?」
「開けてみて」
彼女は言われた通りに箱を開け、中身を確認する。
そこに入っていたのはピンク色の石を中心とし、それを囲うように縁取られた花の形をしたペンダント。
彼女は目を大きく見開く。
「え、これって……」
「いや、うん、そっち側にあったペンダントショップで見つけたんだ。なのはにすごく似合うなって思って」
ピンクは彼女の魔力色だし、ペンダントの形も菜の花から名付けられた彼女にはピッタリのデザインだと思った。
だからちょうどこんな物を見つけられた時は、こんな偶然あるんだなって表情が緩んだ。
「なのは達からはいっぱい好意を与えてもらってるのに、僕は全然お返しが出来てなかったなって。それで、少しでもお返しがしたいんだ。もし良ければ受け取って欲しい」
とはいえいくら僕がなのはに合っている物だと思っていても、なのはがいらないと感じれば全然意味がない。
それで顔色を伺ったのだが、なのはの表情は固まったままだ。
「あの、なの――わぷっ」
突然なのはが手に持った紙バッグを投げ出すと突然抱きついてきた。そしてそのまま唇と唇が重なる。
「!!?!?」
ここはデパートのど真ん中である。
そんなところでキスなんてしてたらそりゃあ注目の的になる訳で、行く人来る人全員が僕達をギョッとした表情で見ていた。
彼女の肩を「気付いてくれー!」という思いを込めてパシパシ軽く叩くと、ようやく僕を開放してくれた。
「ちょ、ちょ、ちょ、なのは!? 何してくれてるの!?」
「ごめんね? ノア君からのプレゼントがあんまりにも嬉しくって、つい……」
「ついじゃないよ!? もうちょっとTPOを弁えてね!」
周りを見るのが恥ずかしいが、ここに居続けるというのも地獄だ。
ここはちゃっちゃとなのはの手を取って退散するに限る。
「満足したでしょ? じゃあすぐにこの場を離れて――」
しかし、なのはの瞳にはまだ色欲の欠片が揺れている。
「全然満足してない!?」
「ご、ごめんね、ノア君。わたしもう我慢できないかも……」
いつの間にか下着の入ったバッグを拾っていたなのはは、ガシリと僕の腕を捕まえると、暴走機関車のように人集りの隙間を縫うように走った。
「ちょ、ま、待ってくれ、なのは、なのはーーー!」
結局、ホテルにお持ち帰りされた僕はなのはに食べられてしまいましたとさ。