朝、軽く清隆くんから話を聞いていたが、どうやらその必要はなかったらしい。
なぜなら朝のホームルームで、いつもは最小限の言葉だけで教室を出ていくはずの茶柱先生が、詳しく事の詳細を話してくれたからである。
「今日はお前たちに報告がある。先日学校でちょっとしたトラブルが起きた。そこに座っている須藤とCクラスの生徒との間でトラブルがあったようだ。端的に言えば喧嘩だな」
茶柱先生の言葉に、教室がざわざわとした喧騒に包まれる。
茶柱先生はそれを気にする風もなく、続けて淡々と須藤とCクラスが揉めたこと、責任の度合いによっては須藤の停学、そしてクラスポイントの削減が行われることを全て赤裸々に告げていく。
まだ騒がしい教室の中、戸惑いがちではあるけれどすっと手が上がった。
「その……結論が出ていないのはどうしてなんですか?」
もちろん平田くんだ。率先して質問するところは、Dクラスのヒーローの鑑といえよう。
「訴えはCクラスからだ。一方的に殴られたらしい。ところが真相を確認したところ、須藤はそれは事実ではないと言った。彼が言うには自分から仕掛けたのではなく、Cクラスの生徒たちから呼び出され、喧嘩を売られたとな」
「俺は何も悪くねえ、正当防衛だ正当防衛」
須藤が悪びれた様子なく言い放った言葉に、クラスメイトたちの視線がより冷ややかなものに変わる。
目撃者に名乗りを上げるよう呼びかけるが、当然出てくるわけもない。須藤はつまらなそうに目を伏せて、茶柱先生の疑いの目から避けた。
「学校側としては目撃者を捜すために、今各担任の先生が詳細を話しているはずだ」
「は!? バラしたってことかよ!」
茶柱先生が放った次の一言に、すかさず須藤が声を荒らげた。教室に緊張が、そして険悪な雰囲気が満ちていく。ヘイトが徐々に、しかし確実に須藤に溜まっていっている。
唸る須藤に構わず、茶柱先生は淡々と話を締めくくった。
「とにかく話は以上だ。目撃者のいるいない、証拠があるない含め最終的な判断が来週の火曜日には下されるだろう。それではホームルームを終了する」
言い終わるや否や教室を出ていく。茶柱先生に続く形で須藤もすぐに教室を出て行った。
緊張は解け、残されたのは険悪な雰囲気のみだ。諸悪の根源がこの場にいないことで、それがさらに増幅していくのがわかる。
「なあ、須藤の話最悪じゃね?」
真っ先に口を開いたのは池だった。それを皮切りに、教室内が再び喧騒に包まれていく。みんな口々に不満をこぼし、今はこの場に主がいない空白の席に鋭い視線を向ける。
不満の吐け口は、完全に須藤に集まろうとしていた。まあ気持ちはわからないでもない。私のポイント……。
怒るというよりは落ち込んでいると、唐突に可愛らしい声が耳に届く。
「ねえ皆。少し私の話を聞いてもらってもいいかな?」
櫛田さんだ。さすがDクラスの天使という異名は伊達ではない。
櫛田さんの須藤を擁護する発言に続いて、平田くんが、軽井沢さんが後に続く。やはりDクラスにおいて、この三名の立ち位置は現時点でずば抜けて高いと言えよう。
これからは敬意を込めてこちらの三人は御三家と呼ばせていただくことにする。アッ堀北さん……いつか四天王になれることを遠くからお祈りしてます。
「私、友達に当たってみるね」
「じゃあ僕も仲の良いサッカー部の先輩たちに聞いてみるよ」
「あたしも色々聞いてみよっかな」
話が良い感じにまとまり、クラスも良い感じにまとまり、即興ではあるが須藤の無実を証明するための場が発足する。
私も右に倣えで肯定的な雰囲気を醸し出しつつ、さてどのタイミングでフェードアウトしていくべきか……と考えていた。
「フェードアウト……の予定だったんだけどな……」
「葵……そのクセ直した方がいいぞ」
「すみません……」
昼休み。私は何故かあるグループに交じって食堂に来ていた。
メンバーは私、清隆くん、櫛田さん、堀北さん、池、山内、そして須藤だ。 お察しの通りである。
だって仕方なくない? 昼休みになるなり櫛田さんが『じゃあ行こっか』なんて笑顔で誘いに来たら、そりゃ『おっけー! 任された!』ってなるでしょ。なるよね? だから仕方ない仕方ない。
半ば無理やり連れてこられた筆頭と言える堀北さんが、さっそく呆れたようにため息をついた。
「あなたは次から次へとトラブルを持ってきてくれるわね、須藤くん」
同意。
「ま、仕方ないから友達として助けてやるよ須藤」
池に関しては手のひら返しがすさまじい。真っ先に須藤を非難していたくせに、これが櫛田さん効果というのか。絶大すぎるし偉大すぎる。
池の華麗な手のひら返しを知らない須藤は、素直に「悪いな」と軽く謝罪をした。
「それと堀北。また迷惑かけちまって悪い。でもよ、今回オレは無実だからよ。何とかしてCクラスの連中に一泡吹かせてやろうぜ」
今の言葉を聞き、堀北さんは眉を吊り上げた。そのまま目つきを鋭くして須藤を見る。
「申し訳ないけれど、私は今回の件、協力する気にはなれないわね」
堀北さんは須藤からの救いを求める声を、一刀両断にして切り伏せた。
「Dクラスが浮上していくために最も大切なことは、失ったクラスポイントを一日でも早く取り戻してプラスに転じさせること。でも、あなたの一件で恐らくポイントはまた支給されることはなくなる。水を差したということよ」
須藤が慌てて追い縋るように声を上げた。
「待てよ。そりゃそうかも知れないけどよ、マジで俺は悪くないんだって! あいつらが仕掛けてきたから返り討ちにしたんだよ! それのどこが悪い!」
「あなたは今どちらが先に仕掛けてきたかを焦点にしているようだけど、そんなことは些細な違いでしかない。そのことに気が付いてる?」
堀北さんから与えられた遠回しではあるけれど、確かなヒント。彼女が須藤を救いあぐねている理由、返ってくる言葉によっては彼を手助けしてもいいというチャンスに、やはり須藤は気づくことなく。
「些細ってなんだよ。全然ちげえよ、俺は悪くねーんだ!」
須藤から返ってきた言葉によって、堀北さんの目が完全に冷めたものに変わった。
「そう。じゃあ、精々頑張ることね」
「助けてくれねーのかよ! 仲間じゃねえのか!」
手付かずの食事をトレーごと持ち上げ、堀北さんはさっさと立ち上がる。
須藤は立ち去っていく堀北さんの背に慌てて声をかけるが、そのかけた言葉も問題であるならば、堀北さんがここで折れてくれる可能性なんて微塵もない。
呆れか、侮蔑か。とにかく堀北さんの須藤を見る目は変わらず冷め切ったものだった。
「笑わせないで。私はあなたを一度も仲間だと思ったことはないわ。何より自分の愚かさに気づいていない人と一緒にいると不愉快になるから。さよなら」
一度露骨にため息をついてみせて、今度こそ堀北さんが立ち去っていく。私も立ち上がった。
「私、堀北さんとご飯食べるね」
「は? おい、葵───」
「清隆くんはそこにいて!」
堀北さんに負けず劣らずな一刀両断、というかもはやセリフの途中で遮っていたので堀北さんより酷いかもしれない。
でも、清隆くんが来ても状況は変わらないし、私としても変える気がないので本当についてくる意味はないのだ。
背後から「なんだよあいつら! くそっ!」という声は聞こえてきていたが、気にせず急ぎ足で堀北さんが歩いて行った方に向かう。持っているトレーを慎重に扱いつつ、歩くこと数分。
案外すぐに堀北さんを見つけることはできたが、彼女はすでに席につき、一人黙々と食事をとっていた。
「堀北さん。お待たせ」
「待ってないわよ。……あなたも抜けてきたのね」
即座に否定の言葉が飛んできたものの、こちらも気にせず隣にトレーを置いて席につく。私は私でさっそく食事をとることにした。
本日の昼食はうどんだ。滅多にこない食堂、やっぱり来るたびにワクワクしてしまう。いつか食堂のメニューを全種類制覇したいところだ。
うどんの、ラーメンとはまた違ってすうっと喉を通っていく感じが良い。そういえば食堂でも家でも麺といえばラーメンか、パスタばかり食べていたため、うどんを食べるのは今回初めてかもしれない。
特に会話に興じるということもなく美味しい美味しいとうどんを味わっていると、先に食べ終えた堀北さんが視線を前に向けたまま声をかけてくる。
「あなたはどうしてこっちに来たの?」
「え? うーん……」
水を飲んで口の中を空にする。うーんと言いながら首を傾げた。
「まあ私も、須藤のあの言い分はちょっと……あんまり好きじゃないから、かな」
「水元さん。あなた好き嫌いとかあったのね」
ちょっと驚いたように堀北さんがこっちを見てくるので、思わず苦笑をこぼした。
「人間なんだから好き嫌いはあるよ」
「あなた、好き嫌いなさそうなんだもの。ありとあらゆる方面に対して、ね」
なんだ。含みのある言い方だな。
「堀北さんの私の印象って何……? いやいい、聞きたくない。やっぱり黙ってて」
「どっちよ。……そうね……無興味、という言葉が一番しっくりくるかしら」
「だから言うなってば!!」
止めたのに! そして案の定失礼すぎる。私が周囲に興味ないわけないだろ!
気持ちを落ち着けるため、一度大きくため息をつく。ついでにやれやれと首も振った。
「失礼だなぁ、堀北さんは。見てよこの目のキラキラっぷり。今何に興味示してると思う?」
「うどんじゃないかしら」
「なんでバレた……?」
「うどん見ながら言われてもね……」
なんともいえない顔で私とうどんを見比べられても困る。欲しいんだったらちゃんと言葉にして欲しい。おねだりの仕方によってはあげないこともない。
うどんを啜ってゆっくり咀嚼し、飲み込む。水を飲んで口の中を空にし、それからしみじみと言った。
「私今度生地からうどん作るんだ……」
「それは……応援してるわ」
応援してるという言葉に全然応援してる感はなかったが、とりあえずうどんは美味しい。しばらくうどん尽くしにしてもいいかもしれない。ポイントがありませんでした(完)
§
放課後。平田くん軽井沢さん率いるヒーロー&ギャル(偽)チームと、櫛田さん率いる美少女&お調子者チームに分かれ、手分けして聞き込みをすることで話し合いは決まったようだった。
まあ、チームがあるといっても、実際に目撃者捜しの実行に移る人数はそう多くないのが現状ではあるが。
「じゃあ私は帰るから」
堀北さんはあくまでマイペースだ。マイペースというか、我を通しているというか……。
もちろん一人さっさと帰ろうとしている堀北さんに話しかける猛者もいる。
「本当に帰っちゃうの? 堀北さん」
「そうよ」
にべもない。ちょっとくらい迷いをみせてもいいと思うの。相手は櫛田さんだよ。櫛田さん相手になんでそんな塩対応できるんだろう。
ついつい堀北さんを尊敬の目で見てしまう。いや、だって櫛田さんだよ? 無理じゃない?
「葵、本当そのクセ直せ。良くないぞ」
「すみません」
だって言ったじゃん。上目遣い+お願い=致死であると。なんか思うように櫛田さんにコントロールされている気がするが、でもこれは仕方がないことだ。だって抗えないんだから。
人はどれだけ眠らずに過ごそうと覚悟を決めても、24時間から48時間で眠ってしまう。たまに○日眠らず過ごしたと豪語する猛者もいるが、いずれは力尽きる。
つまり絶対に抗えない瞬間というのは訪れるということ。人間のメカニズムだ。
一通りこそこそ清隆くんにしていた言い訳が終わったところで(なおすべて「わからない」「言い訳が苦しい」「反省しろ」とだけ返ってきた。ひどい)、櫛田さんが私たちに提案をしてきた。
「私、やっぱり堀北さんにも協力してもらいたい。だからもう一度声をかけてみない?」
「けどあいつ今帰ったぞ」
「うん。追いかけてみたいの。堀北さんなら必ず戦力になると思うし」
こんな健気な子いる? メロッとした私だが、すかさず頭を小突かれた。
「それは否定しないが……」
時間をかけて説得すれば、チャンスはまだあるはずだと櫛田さんは言う。そもそも私たちに止める権利はないのだ。二人でわかった、と頷いた。
櫛田さんが池と山内に教室で待機しているよう言って、今度は私たちを見る。私はやれやれと息を吐いた。
「それじゃあ頑張ってね」
「葵も行くんだよ」
私行く意味ある? とか思っていたら櫛田さんに「行こっ」と言われて腕を引かれてしまった。そのまま教室を後にする。清隆くんは先を歩く私たちの後を大人しくついてきていた。
櫛田さんに腕を引かれながら思う。なんだろうこの甘酸っぱい感じ。今間違いなく、この瞬間から青春が始まったような気がする。へへっ。なお後ろからの視線は除外するものとする。
玄関には堀北さんの姿はない。もう学校を出てしまっているのだろう。靴に履き替え、また堀北さんを追っていく。
そしてようやく堀北さんの後ろ姿を発見した。
「堀北さんっ」
「……何かしら」
少し驚いた様子で堀北さんが振り返って、私たちの姿を確認する。目が合って、軽く手を振っておいた。
「須藤くんの件、堀北さんにも協力してもらいたいなって……ダメかな?」
「その話なら断ったはずよ? それも数分前に」
案の定秒で断られた。だから迷う素振りは見せろとあれほど。
その後も必死に懐柔しようと言い募る櫛田さんと、そのすべてに秒で断りを入れる堀北さんのちょっとしたキャットファイトを眺めていたのだが、堀北さんが明らかになんらかの意思を持って私を見たことにより状況が変わる。
「今無理に彼を助けたところで彼はまた繰り返すだけよ。それは悪循環じゃない? もし今回の事件、本当にCクラスの生徒から仕掛けたものだったとしても、結局は須藤くんも加害者なのよ」
同意を求めるような視線だった。なるほど、私に矛先を向けてきたか。
もろちん私が取る手段としては視線を逸らす一択である。ついでに普通に美味い口笛もこれ見よがしと吹いてみた。
堀北さんが私の様子を見て嫌な顔をした後に、面倒臭そうにため息をついた。
「どうして彼が今回事件に巻き込まれたのか。その根本を解決しない限りこれから永遠に付きまとう課題だってわかってる? 私はその問題が解決されない限り協力する気にはなれないわね」
「そんな……」
取りつく島は一応あるんだよなぁ……。
落ち込む櫛田さんを華麗にスルーし、堀北さんが改めて前を向いて帰路につこうとする。が、振り向き様にアドバイスするように言った。
「これでも納得できないなら、あとは後ろにいる彼女にでも聞けば? 私の考えてることを理解してるくせに、理解してないフリしてるだけだろうから」
うーん最後に堀北さんやってくれたな……! でも可愛いから許す!
颯爽と去っていった堀北さんにこれ以上追うのは得策ではないと踏んだらしい櫛田さんが、振り向いて私を見つめてくる。へなっと眉を下げて懇願するように私を見てくる。
「須藤くんも、加害者……? そう……なのかな?」
やはり議題はそこになる、か。
別にアドバイスする程度構わない。なにより折角堀北さんからキラーパスをされたのだ。答えてあげるが世の情けであろう。
それに、櫛田さんからそんな可愛いお願いの眼差しを向けられたら、銀行の暗証番号も喜んで教えてしまいそ───頭を小突かれた。見上げれば胡乱な目つきをして私を見ている清隆くんがいる。
やだな、教えないよ。私を見くびってもらっては困る。教えるなら、そうだな……胸を触らせてくれたら教えてしまうかもしれない。そう思えば先に櫛田さんの胸を触っている清隆くん羨ましすぎるんだが?
話が逸れ気味の脳内を軌道修正しつつ、櫛田さんのお願い、そして堀北さんが熱い信頼のもと私に送ってきたキラーパスに応えるべく口を開いた。
「少なくとも、今回の件は須藤も悪いんじゃないかなって私は……堀北さんも感じてるよ。須藤は普段から人に恨まれても仕方がないようなスタンスを取ってるでしょ? 気に入らなければ誰が相手でも暴言を吐いたり、あるいは横暴な態度だったり」
「あ……」
ハッとした様子で櫛田さんが口をつぐむ。
「バスケの才能が申し分なくあったとして、そのことを驕り周囲に傲慢な態度をとっていれば……少なからず嫌う人は出てくる。懸命に練習してる人からすれば、須藤は嫌味な相手に見えるんじゃないかな」
櫛田さんは「そっか……」と小さく言葉を落とした切り、私の言葉に静かに耳を傾けていた。
「そういえば噂も立っていたよね? 須藤は中学から喧嘩ばかりしてるって。同郷がいるって話は聞いたことがないのにそんな話が知れ渡ってるってことは、そういうことなんじゃないかな」
「普段の行いや積み重ねが……こういう事態を招いた……ってことだね」
「簡単に言ってしまえば、そういうことになっちゃうね」
櫛田さんの肩が下がる。余計に落ち込んでしまったみたいだ。まあ、真実ほど残酷なことはないということだ。
「周囲の反感を買う態度を続けていれば必然トラブルが起きる。そして証拠が無ければモノを言うのは日頃のイメージ。つまり心証だよ」
ピッと人差し指を立てた。追い討ちをかけるようで申し訳ないが、どうせなら最後まできっちり説明はしておきたい。
「例えば殺人事件が起きたとして、だよ。容疑者は二人。一人は過去に殺人を犯した経歴がありもう一人は日々真面目に生きてきた善良な人間。この情報だけなら、櫛田さんはどっちを信じる?」
「それは……もちろん日々真面目に生きてきた人、だね」
「真実はそうじゃないかも知れない。けど、判断材料が少なければ少ないほど、ある材料だけで判断を下さなければならないこともある。今回の事件がまさにそう」
須藤自身自分が悪いと自覚していないことが、堀北さんとしても、私としても許せない。さすが初期3バカは……3バカの名は伊達ではない。早く綺麗な須藤に会いたいです。
櫛田さんは落ち込んでいたけれど、静かに「そっか、そういうことなんだね……」と声をあげる。一人小さく頷いて、顔を上げて私を見つめる。
「堀北さんは、須藤くんに思い知らせたいから助けないってことだよね?」
「そうなる……のかなぁ。罰せられることで、自覚を持って欲しいんじゃない?」
話を理解してもらえたようでなによりだ。キュッと握った拳からは、今の説明で納得していないことはわかったが。
強い意志を感じさせる凛とした眼差しで、櫛田さんが私を見る。
「懲らしめるために須藤くんを見捨てるって考え方は、納得いかないよ。もしそんな風に不満を抱いてるなら、せめて直接言ってあげなきゃダメだと思う。それが友達だよ」
「天使か……?」
「葵」
「はい」
最近清隆くん、私の扱いを学んできた気がするな。
若干の居心地の悪さを感じつつ、ぽりぽりと頰を掻いて櫛田さんに言う。
「須藤を助けたいって考え方は、私は間違ってないと思うよ。だから、私は櫛田さんを応援してる」
「うんっ! ありがとう、水元さん」
可愛らしい笑顔にメロメロになりそう。
使い物にならなくなった判断をしたらしい清隆くんが、私の後を継いで言う。
「ただ須藤に問題点を指摘するかどうかだが、もう少し熟考した方がいいかもしれないな。上辺だけの反省には何の意味もないし、自分自身で気が付いて初めて得るものもあるから」
「……そっか。わかった、それは綾小路くんのアドバイス通りにするね」
ぐーっと櫛田さんが背伸びをする。気持ちを切り替えているんだろう。
元の体勢に戻って見えた顔が、少し晴れたようなのが幸いだ。
「じゃあ行こっか。事件の目撃者を探しにさ」
「あっちょっといいですか?」
「? どうしたの、水元さん」
私は至極申し訳なさそうな顔を作って言った。
「私このあと部活があるんだ。残念なんだけど……」
「あっ! そっか、水元さん確か弓道部だったよね? ごめんね、部活あるのに無理やり誘っちゃって……」
「全然いいよ。荷物取りに教室戻るから、それまではいろいろ今後の対策とか話そう」
「本当にごめんね……! ありがとう、水元さん」
部活って入ってるとメリットしかなくない? って最近気づき始めました。
なお後ろから向けられている視線は除外するとする。手を捕まえられても頑として譲らない心が肝心なのだ。私は初志貫徹の女なのである。
道中これからの話をしながら、教室に辿り着く。池と山内が合流している傍らで、私は部活動に行く準備……言い換えれば一人で帰る準備をしている。
「あれ、結局堀北の説得はダメだったん?」
「うんごめんね、失敗しちゃった」
「悪いのは櫛田ちゃんじゃないよ。それに俺たちがいれば戦力として十分っしょ」
戦力になるのかな2バカは……。
「期待してるね、池くんも山内くんも」
期待に目を輝かせている櫛田さんは本当に可愛い。目の前でそれを見ている池と山内なら、なおさらそれを感じていることだろう。
じゃあどっから行く? という話をしている彼らのもとに、バッグと道着が入った袋を持って向かう。清隆くんが気づき、私が輪に入れるよう横にずれた。その隙間に器用に入る。
「いやぁごめんね。私も今から部活に行くから、参加できなくなっちゃった」
「あれっ? 水元ちゃん、部活入ってたんだ?」
「うん、入ってるよ」
「へ〜そうだったんだ! ちなみに何の部活入ってんの?」
「弓道部だよ」
「弓道!? カッケェ〜!」
私も弓道部はカッコよく見える部活ランキングの上位に位置してると思う。私自身そういう目線が無いといったら嘘になるし。
まあ、弓道部に入ったメインの理由はそれじゃないが……。ここでわざわざ言う必要はない。
「すごいよな、部活動に入るなんてさ。運動部なんて特に」
「一応弓道部も運動部の端くれではあるけど、みんなが思っているようなハードな運動部じゃないよ」
「いやいや、それでもすごいよ。俺さ、部活やるヤツはバカだと思ってんだよね」
「え……? もしかして今私、喧嘩を売られている……?」
「あ! ごめんごめんちょっといきなりすぎた。バカにしてるわけじゃないんだよ、ほんとごめん!」
直前で「バカだと思ってる」って言ったのに、その後「バカにしてるわけじゃない」って矛盾が激しすぎない?
半目になった私の前で、池がより一層慌てている。
「だ、だってさ。運動が好きなら趣味でやればいいじゃん。厳しい練習やってまで得られるメリットなんてなくない?」
なるほど。そういう考え方もあるのか。まず部活をメリットデメリットだけで見るのがそもそもおかしいとは思うが……個人の考えと言われたらそれまでか。
池の言い分を聞き、ふむと一度頷く。半目から元に戻った私に、池がホッと息をついた。
「でも弓道部か〜……あの、なんかカッコいい……道着だっけ? みたいなの着てするんだよね?」
「もちろん。練習は本番のように、本番は練習のようにって言うしね」
「道着っていいよなー。あの胸が強調される感じがたまら」
とりあえず言い終わる前に拳を叩き込んでおいた。お腹を押さえて呻き声を上げつつ蹲っている池に、頭上から堀北さん級の冷たい声を浴びせる。
「他の弓道部女子にそんなこと言ったら、次は……ない」
「何がないの!? ごめんなさい!!」
真剣に部活をやっている人の前でなんてことを言うのか。そういうところだぞ。仮にも女子の前、さらには櫛田さんも聞いているのだ。池のもともとない好感度がぐっと下がる音がするようだ。
反省している様子は見て取れたので、一度ため息を吐いて今回は見逃すことにする。制裁も下したので、これ以上責めるのも酷というものだろう。
池を殴った際にずれたバッグと道着の入った袋を持ち直す。櫛田さんは困ったように池と私を見ていた。なぜ正しい行いをした私がそんな目で見られて……?
「暴力は、その……いけないと思うな。もちろん池くんも。真剣に部活をしている人に、そんな風に言ったらダメだよ」
「う、うう……ご、ごめん櫛田ちゃん……水元ちゃんも、本当にごめん……」
鉄拳制裁がダメだったか……。私としても結構遠慮なく叩き込んだところはあるので、確かにやりすぎと言われたら否定はできない。音からして私の本気度が伝わってしまっていたのだろう。反省点だ。
「わかった。次から気をつけるよ」
いかに音を立てないで拳を叩きつけるかを。池が野生の勘で何かを察したのか身震いした。
清隆くんは未だ床に蹲っている池を助け起こそうとしている。友達だからだろう。肩を貸して、ちょうど清隆くんの顔が池の耳元に近づく体勢になっている。
清隆くんの中で確かに根を張りつつある友情をこうやって目視することができて、私としては感動の思いでいっぱいだ。
ヨロヨロ立ち上がった青を通り越して白い顔の池が再度輪に加わり、これからどこに行くか論議が始まる。
「もし皆が構わないなら、最初はBクラスに話を聞くのはどうだ?」
最初に清隆くんが提案し、その理由を述べていく。
BクラスにとってCとDでは、すぐ後ろを追ってきているCクラス相手に手助けをするとはとても思えないこと。また現時点でAクラスの情報はなさすぎること、ポイントが関わる厄介事には好んで首を突っ込みたがらないだろうこと。
理由を聞き、みんながなるほどと頷いた。これで方針は決まったようだ。
櫛田さんがさっそく勇んで、先頭を切り行こうとくる。
「早速Bクラスにレッツゴー!」
「ストップ」
「にゃー!」
にゃー!? 襟首を捕まえられて出る悲鳴がにゃー!? こんな可愛い女子高生いる?
「萌え~!」
不本意なことに山内と同じ感想になってしまう。愛くるしい櫛田さんのアクションには、みんなこうならざるを得ないと思う。
「清隆くん、ナイスアシストだよ……」
「アシストした覚えがないんだが……」
「今から私清隆くんの襟首掴むから、にゃーって悲鳴あげてくれる?」
「オレたち会話してるんだよな?」
どさくさで清隆くんにもにゃーという悲鳴をあげさせたかったのだが、普通にダメだった。半目でこっちを見てくるので、ひそひそ耳打ちして話していた体勢から直る。
本当にできる人というのは引き時を誤らないのである。つまりまた別の機会を狙っていこう。
……と、そろそろ本格的に時間が押してきた。楽しくてなんだかんだと長居してしまう。
櫛田さんのにゃーという悲鳴も聞けたことだし、気分は上々だ。今度こそみんなに手を振って別れた。
「部活頑張ってね、水元さん!」
最後までサービス過多な櫛田さん、計算だとわかっていても可愛くて好き。むしろ計算だからこその萌えってないだろうか……?