鶏が先か、卵が先か   作:楊枝

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感想、評価、ここすき、お気に入り、誤字報告等いつもありがとうございます。
感想、とても励みになってます…今のところ飽きずにやっていけそうです。今のところ(保険)



正体不明、理解不能

 

 

 

 朝。タイマーを止め、のろのろと起床する清隆くんの隣で爽快に目を開けつつ、学校に行く準備を始める。

 

 洗顔やら着替えやらと諸々の準備を済ませ、また朝食兼お弁当作りも済ませて、久方ぶりに二人揃って部屋を出た。

 清隆くんに代わり部屋の鍵をかけ、用が済んだ鍵を鞄に戻しつつ、隣に並び学校を目指して歩き始める。

 

 歩きながらも終始眠そうな気配を漂わせている清隆くんに、「だから言ったのに」と笑った。

 

「私の朝練に付き合わないで、清隆くんは無理せずゆっくりしてから出てきたらよかったのに」

 

 実は今日私たちが起きた時刻は、いつもより早かったりする。理由は私が朝練をするからだ。昨日は部活が休みだったため、先に少しだけ体を動かしておきたかったというのがある。

 昨日の夜に朝練をすることは伝えていたのだが、そのとき清隆くんは「葵に合わせてオレも早く起きる」と言っていた。

 しかし案外寝汚い清隆くんだ、朝になったら考えも変わるだろうと思っていたら、タイマーをかけてまで起きるという涙ぐましい努力を見せてくれた。

 

「清隆くんいつも気持ちよさそうに寝てるのに、今日はよく起きれたね」

「オレは別に寝汚くはないぞ」

「う〜んどの口が……」

 

 寝汚い清隆くんに巻き込まれがちな私が言うのだから、清隆くんは寝汚いぞ。Q.E.D. 証明終了。

 

 最近清隆くんに引き摺られて私も寝汚くなりつつあるような気がしている。まずい。せめてどちらかは爽快に朝からでも動けるようにしておかないと、有事の際に困ることになる。

 ……有事……あるかな……。なんか急に寝汚くても良い気がしてきたな。

 

 一応規定値以上の睡眠時間を確保すれば自動的に目が覚めるような体質になっているため、早く起きることそれ自体に問題はない。要は、いつもより少し早く寝ればいいだけだ。

 ……ただ、起きた後に微睡むのがこう……隣に清隆くんがいて、清隆くんも布団も体温に馴染んでいるというのもあって……気持ちいい。なんかどんどんダメになっていっている気がするな。

 

 自分の部屋で一人寝ているときはそんなことないのが、これが極めて難しい問題であるということを示している。

 ということはやっぱり清隆くんがダメっていうことだな。一人なら大丈夫なのだから、つまり最初から問題はなかった。いいね?

 

 

 

 二人でのんびり歩いて、文明の利器エレベーターを利用しつつも一階のロビーに着く。

 まだ早い時間だからか、生徒の姿は特に見当たらない。

 ……と思っていたら、ちょうど寮の管理人さんと話している生徒をさっそく一人見つけた。見つけて流れるように固まった。

 

 管理人さんと一言二言会話した後、お礼と共に頭を下げたその生徒が私たちの存在に気がつき、親しみたっぷりの笑顔を浮かべてこっちに向かってくる。アッ……。

 

 

「やっほ、綾小路くんに水元さん。おはよう。早いんだね」

 

 

 長くスラリと伸びたロングウェーブの綺麗な髪とクリッとした大きな瞳。

 二つのボタンで留められたブレザーを押し出す大きな胸。

 真っ直ぐ伸びた姿勢は堂々とした性格にマッチしていて、可愛いや綺麗の前に、格好いいと見惚れてしまう。そして私はこの方は女神か? と正気で見紛う。

 

 そんな彼女は、1年B組の一之瀬さんであった。

 

 

 清隆くんが使い物にならなくなった私の手を取り、一之瀬さんに答える。

 

「今日はちょっと早く起きてきたんだ。管理人と何話してたんだ?」

「うちのクラスから何人か、寮に対する要望みたいなのがあって。それをまとめた意見を管理人さんに伝えてたところなの。水回りとか、騒音とかね」

「一之瀬がわざわざそんなことを?」

 

 相変わらず可愛い……。

 

 茫然としている間に「おはよう一之瀬委員長〜」と声をかけてくる別の生徒が新たに現れ、一之瀬さんは爽やかに笑って応えていた。可愛い……。

 

 その後、なんとなくその場の流れで一緒に通学することになる。

 清隆くんを挟む形で、三人で並んだ。清隆くんの向こうに一之瀬さんがいると意識するだけでこんな有様になっているというのに、一之瀬さんの隣になったりなんかしたら多分私の心臓は爆発する。

 

「いつもはもう少し遅いんだ? そう言えば二人とも見たことないもんね、この時間に」

 

 一之瀬さんからテンプレ通りの、当たり障りのない質問が飛んでくる。ついほっこりしてしまった。一之瀬さんのような人でも、そういう普通の話題から少しずつ関係を構築していくのだ。

 そんなほっこりしている私を、一之瀬さんが少し前のめりになって、清隆くん越しに覗くように見ている。アッ……ぶなかった。

 

 そろそろ耐性……そろそろ耐性つけないとまずい。このままだと一之瀬さんに変人扱いされてしまう。それだけは避けなければ。

 

「水元さん、朝練なんだね。すごいなぁ、水元さんって弓道部なんだ。カッコいいね」

「はわ……一之瀬さんは可愛いね」

「にゃっ!? え!? 突然だね!? あ、ありがとう……?」

 

 好きだ……。戸惑い半分照れ半分で頰をちょっぴり染めている一之瀬さんは可愛い。きっと明日も可愛いぞ。

 

 見惚れていると、清隆くんに後ろに下げられてしまう。

 一之瀬さんは一度心を落ち着かせるようにこほんっと咳をした後、話題を変えた。

 

「そ、そうだ。二人は夏休みのこと聞いた?」

「夏休み? いや……夏休みは夏休みじゃないのか?」

「南の島でバカンスがあるって噂、耳にしてないんだ」

 

 ───バカンス。実はめちゃくちゃ楽しみにしてたりする。

 

 諸々の問題は横に置いといて、ポイント要らずで船の旅を楽しめるなんて、こんな太っ腹な学校ある? いや、ない(反語)

 

「信じてなかったんだが、本当にバカンスなんてあるのか?」

 

 清隆くんが改めてその言葉を耳にし、考え込んでいる。一之瀬さんがその様子を見て、苦笑をこぼした。

 

「怪しいよね、やっぱり。私はそこが一つのターニングポイントだとみてるんだよ」

「つまり、夏休みに大きくクラスポイントが変動する可能性があると?」

「そそ。中間テストや期末テストよりも、グッと影響力のある課題って奴? そうじゃないとAクラスとの差って中々埋まっていかないからさ。私たちもジワリジワリ離されていっちゃってるし」

 

 ポイントを増やすにしろ減らすにしろ、どのみち私たちのクラスにとっては当分先の見えない話だ。言葉のままの意味である。

 Dクラスはまとまりがなく、協調性に欠けている。これなら個人プレーの方がまだ良い成績を残せるんじゃないかと思うくらいだ。まあそれも、これから先、強制チェックが入ることになるわけだが。

 

「どのみち、ろくなことにはなりそうにないな」

 

 同意見だ。二人揃ってため息をついた。

 

 一之瀬さんが清隆くんのてらいのない感想を聞いて、また苦笑をこぼす。

 しかしその後すぐに、「でもっ」と弾んだ声を上げた。

 

「もし本当に南の島でバカンスだったら、それはそれで凄く面白そうだよね」

「……確かに……」

「でしょ! だから私、どっちにしてもちょっと楽しみにしてるんだ」

 

 本当にバカンスだったとしたら。そうならばきっと、とても楽しいものになる。

 清隆くんはぼんやりとバカンスを想像したんだろう。一之瀬さんに返事をしながら、その口元をゆるりと緩めている。

 

 一之瀬さんも頭の中でバカンスの想像を巡らせたのか、楽しそうに笑っていた。

 

「旅行っていいよね。行く前からこんなに楽しくなるんだもん」

「………ああ。そうだな」

 

 

 じわり。

 

 

 『旅行』という単語を聞いた瞬間、清隆くんの雰囲気が変わった。負のオーラとでもいうのか、暗く重たい何かが清隆くんから滲み出している。

 すっと視線を下げて、変わった雰囲気を誤魔化すように肯定の返事をしているも、うまく誤魔化し切れていない。

 侵食するように、私たちの間にも異様な空気が流れ出そうとしている。

 

 ───清隆くんがこうなる理由はわかっていた。すぐに手を繋ぎ、柔らかく力を込める。

 

 ………滲むような緩徐さで、徐々に異様な空気が解けていく。収束した、とも言い換えられるだろうか。

 とにかく、今は無事に落ち着いてくれたみたいだ。もう心配いらないだろう。

 

 

 ……気づけば私も、ポツリと独り言のように呟いていた。

 

 

「私も旅行、楽しみだな」

 

 

 物心ついた時から白い景色しか知らなかった。

 それはこうやって外に出られるまで、もしかしたら、下手をしたら永遠に続いていた光景だったかもしれない。実際はこうやって外に出られているから、違うわけだが。

 

 私からしたらすべての景色が新鮮だ。知っている、なんて陳腐な言葉だと知った。目の前にすれば違う。知っていたはずなのに、こんなにも違う。

 

 

 

 私は何も知らなかった。

 

 

 

 ……………繋いでいた手に力を込められた。気づけば立場が逆転してしまっている。ちょっと情けなくなった。

 

 改めて握り返し、『大丈夫だよ』と返事をした。

 

 

「そうだ。疑問に思ってることがあるんだけど聞いてくれる?」

 

 幸い一之瀬さんは気づいていない。お互いカバーし合った甲斐があるというものだ。

 いや、そもそもカバーしなきゃいけないような事態になるなって話だが、こちらとしてもふとした瞬間、想定外になってしまうのだから仕方がない。普段から考えないように気をつけているのだが、なかなか難しいものだ。

 

 なんにせよ、あっさり話が変わったことはありがたい。

 ……いや……日常なんて、こんなものか。目まぐるしく変化して、目まぐるしく流れていく。私たちはそれについていかなければならない。順応しなければならない。

 

 だからなのか。

 一之瀬さんの、いつでも全力投球な姿勢がひどく眩しく映るのだ。何事にも懸命な姿勢を、好ましく思う。

 

 一之瀬さんは、だから、そのままで在り続けて欲しいと思う。

 

 

「最初に4つのクラスに分けられたじゃない? あれって本当に実力順なのかな」

「入試の結果とはイコールじゃないことは分かってる。うちにも成績だけならトップクラスの人間が何人かいるからな」

「総合力、とかじゃないか?」

 

 清隆くんが適当に答えているのを聞きながら、私はといえば、『さて、良いタイミングで二人と別れられたらな』と全く違うことを考えていた。

 

 

 

 

 一之瀬さんがさっきまでの溌剌とした声のトーンを下げた。そしてどこか窺うように、私たちを……いや。

 

 清隆くんを見る。

 

「あのさ、参考までに二人に……ううん、綾小路くんに聞いてみたいことがあるんだけど、いいかな?」

「答えられることなら答えるぞ」

「綾小路くんは、女の子に告白されたことある?」

 

 

 ───ココだ!!

 

 

「あ、武道館近くなってきたし、私は此処で別れるね。じゃあまた、一之瀬さん。清隆くんも後でね!」

 

 完璧なタイミングだった。決まった……。

 

 フッ……と口元に笑みを刻みつつ、意気揚々と二又に分かれようとして、背後に気配を感じる。ちなみにすぐ隣に並び立ってきたので、気配の正体は丸わかりだった。

 

 目を剥いて勢い良く隣を見上げる。

 

「オレは見学してる」

 

 そういうこと聞いてるんじゃないんだよ!

 

 隣にいたのを無理やり押し戻し、ピッと人差し指を清隆くんの目前に突き付けた。

 

「一之瀬さん、清隆くんに話してるんだよ? ちゃんと聞いてからじゃないと」

 

 私の言葉を聞き、眉をひそめた不機嫌そうな顔が返ってくる。私としてもここは譲れない重要ポイントだ。

 

「えっあの……そんな大事にしなくても……」

「一之瀬さん大丈夫。安心して待ってて」

「話聞いて!?」

 

 敵対している私たちの間で一之瀬さんがアワアワしている。可愛い……じゃなかった。惑わされている場合ではない。一之瀬さんはなんて困った可愛い子なんだ。

 ゆえに、こんな可愛い子のために身を尽くさない私ではない……!

 

「一之瀬さん、清隆くんに話聞こうとしてたよね。つまり、最後まで話を聞く責任がある」

「ないよ!?」

「責任は義務じゃない。後でいくらでも聞ける。なんなら尋ねに行ってもいい」

「それでいいよ! 私は全然それでいいから!」

「いいや、今聞かれたんだから今聞く必要がある。今というタイミングで持ちかけられた話という点を考慮すべきだ」

「しなくていいよ! 落ち着いていこうよ!」

「………話を聞いたらいいんだな」

「おう」

「急に落ち着いちゃった……」

 

 話がまとまったので、改めて一人で武道館に向けて歩き出す。今度はついてくる気配がない。視線はあったが、それもいずれ感じなくなるだろう。これでいいのだ。

 一之瀬さんがなぜか知らない間にやつれていたのは気になるが、清隆くんに相談をしているうちにそれも解消されるはずだ。そして持ちかけた相談も解決する。一石二鳥である。

 

 清隆くんには存分に青春を満喫してほしい。これはずっと言っていることだ。私は清隆くんの青春の邪魔になる気はない。

 機会があればどんどん背中を押し出していくことを、先に宣誓しておこう。

 

 

 ……はやく慣れたいなぁ、と小さく歩きながら内心でぼやいた。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 朝の弓道場は空気が澄んでいて気持ちいい。

 

 夏とはいえ、場所は日陰で、それに時刻が早いのもあってまだ地面は暖まり切っていない。僅かに立ち昇る熱は、朝露を含んでいる。

 状況としては、むしろ涼しいくらいだった。

 

 空気を裂く音は一瞬だ。ほぼ同時に的中し、パンッという音が辺りに響く。ふ、と軽く息をついた。

 順序通り腕を下ろし、落ち着いた姿勢になってから前に胡乱な目つきを向ける。

 

「清隆くん、なんで此処にいるの?」

「話が終わったからだな」

「話終わるの早くない??」

 

 此処の弓道場にはちょっとしたお座敷があるのだが、そこが見学スペースとなっている。他にも見学スペースはあるが、一番近くで見れるのが、今清隆くんが座っている場所だ。正しい名称は上座という。

 本来なら見学の用途で使われるような場所でないのだが、そうルールで縛りまくるのはどうなのかという理由で、目上の人がいない場合は見学のために使用されることが多い。

 幸い今は私以外人がいないし、清隆くんも見学だと言っているので、つまり使用上問題はないといえる。

 

 此処に来るのも初めてではないし、清隆くんもすっかり慣れた様子でいる。

 的の方を見やって、眩しそうに目を細めた。

 

「調子いいな、葵」

「だと良いな。ありがとう、清隆くん」

 

 言われた言葉に胸を張るも、時計を見てから慌てて矢を取りに走った。

 

 

 

 的から抜いた矢を所定の位置に戻す。弓も片付け終わり、あとは着替えだけだ。それも私にかかれば一瞬のことである。伊達に鬼神と自称しているわけではない。

 

 着替え終わり、私を待っていた清隆くんの隣に並んで早歩きで教室を目指して行く。

 

 その道中、何食わぬ顔をして聞いてみる。

 

「一之瀬さんの相談、どうだった? 何か進展はあったの?」

「進展も何も。いくつかアドバイスして終わったな」

「アドバイス?」

「ああ。オレにされても……な相談だったが、出来うる限り誠実に答えたつもりだ」

「えっと……じゃあ、放課後……何か予定が入ったりは」

「? 放課後? 予定……? 一体何の話だ?」

 

 

 あれ? 確か放課後に一之瀬さん告白イベントがあったはずじゃ……。

 

 

「そんなことより、今日は部活終わったらちゃんとこっちに帰ってくるだろ?」

「え? あ、うん」

「ならいい」

 

 戸惑っている間にあっさり話が流れてしまう。清隆くんは私の返事を聞いて満足そうにした。

 

 ……なんだか、少しずつ……在るべき流れが私の手を離れていっているような。

 

 言い表しようのないこの感覚は何なのだろう。ぐにゃぐにゃと不定形で、何も掴めた気がしない。……把握できていない……?

 不安とはまた違う。正体がわからない。

 

 考えていてもどうしようもないことで、頭が痛くなって、繋いだ手に力を込めた。

 

 

 握り返してくれる手に、安堵する。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 夜、パソコンで何やら調べ物をしているらしい清隆くんと、テレビをつけてお笑い番組を見てケラケラ笑っている私のもとに、一本の電話が入った。

 

 ベッド傍のコンセントで充電している清隆くんの携帯の画面が、チカチカと光っている。

 私の方が距離が近かったため、充電していたコンセントを抜いて携帯を手に取った。着信欄には櫛田桔梗の名前が表示されている。おっと目を丸めた。

 

 こっちを見て誰だ? と首を傾げている清隆くんに携帯を差し出した。言うより見る方が早いだろう。

 清隆くんは着信欄を見て、見事な二度見を決めつつ名前を確認していた。私はその間にテレビの音量を下げる。

 

 清隆くんが携帯の画面をいくつか操作し、私たちの間に置く。私たちの間に置く?

 

『ごめんね夜遅くに。まだ起きてた?』

「ん? ああ。大丈夫だ、ちょうどパソコンを触っていたから起きていた。何か用か?」

 

 なるほど、スピーカーにしたのか。携帯からは櫛田さんの可愛い声がよく聞こえてくる。いやなんでスピーカーにした?

 これじゃ下手に動いたら私が近くにいることがバレてしまうではないか。

 

『佐倉さんのデジカメ壊れちゃったじゃない? 私が話しかけちゃったから慌てさせた部分もあると思うの。だからその責任を取りたくって……』

「少なくとも櫛田が責任なんて感じる必要はないと思うけどな。それに修理に出すだけだろ? 大切なものなら放っておいても修理に行くんじゃないか?」

 

 とりあえず微動だにせず話を聞いている分に、櫛田さんと佐倉さんはデジカメの修理のために家電量販店を訪れることになったらしい。

 佐倉さんは極度の人見知りで、一人で店まで修理に出しに行く自信がないらしく、櫛田さんはその付き添いをするとのこと。

 

 そして今、清隆くんに同行してもらえないかと申し出ているのだ。

 

「でもどうしてオレなんだ? 二人きりの方がスムーズに運ぶんじゃないか?」

 

 どうせ部屋にいるか、外に出ても近場の無料処を回るしかないいつもの休日だ。そして変わらないメンツ。つまり私である。

 いつもの日常、つまり私といるよりも、刺激がある非日常の方が良いに決まっている。清隆くんには圧倒的に刺激が足りていないと思う。

 私のことは気にせず行って来て、と隣でゴーサインを出した。

 

 清隆くんは私をチラと見て、またパソコンの作業に移る。会話しながらパソコンを弄るなんて、器用なことだ。私もテレビに視線を戻した。

 

『ただ修理に出すだけならね。だけど、今はもう一つ大切なことがあるから。綾小路くんにはそっちの方で協力してもらいたいの』

「須藤の事件を知っているのかどうか、ってことか」

『堀北さんはそう確信してるし、私も佐倉さんと接した感じ、何か知ってると思った。だけど本人がそれを否定してる以上、何か理由があるはずだよ』

 

 いや、今めっちゃテレビ面白い。なぜ私は一人耐久レースをしているのか。笑っちゃいけない場面だからこそ笑いたくなってしまう衝動ってあると思うの。

 でも笑うと存在がバレてしまう。このジレンマが私を苦しめる……ッ!

 

「よし、わかった。行こう。葵もいいか?」

『水元さん?』

「ああ。今隣で話を聞いてる」

「何で言った!?」

『あ、水元さん。こんばんはっ!』

「こんばんは櫛田さんっ!」

 

 清隆くんに掴みかかりながら元気よく挨拶をする。

 胸元を掴み上げられ前後に揺さぶられているため、若干震えた声で清隆くんが再度確認を取った。

 

「それで、葵も同行することはいいのか?」

『水元さんは事情を把握してくれてるし、人手は多い方がいいから、むしろ提案してくれてありがたいくらいだよ。水元さんもいいかな?』

「全然いいです」

 

 ああッ……! 私の悪い口が勝手に……!

 

「決まりだな。詳しく予定を聞かせてくれるか?」

 

 床に両手をついて自分のチョロさ具合に沈んでいる私を放置し、清隆くんと櫛田さんが話を進める。

 

 わかったのは明後日の日曜日、お昼前にショッピングモールに集合とのこと。

 同じ寮に住んでいるんだから一緒に待ち合わせして行けばいいと思うが、現地で待ち合わせすることに櫛田さんのちょっとしたこだわりがあるらしい。

 ということは櫛田さんとベタな会話を繰り広げられるチャンスがあるのか。元気になった。

 

 その後三人で軽い雑談に興じつつも、話は特に問題なく終える。

 

『じゃあ明後日はよろしくね、綾小路くん、水元さん』

「任せて櫛田さん!」

「ああ。よろしくな」

 

 勢いの違いにやる気が表れているようだ。

 

 通話を終え、現金なもので明後日のことを考えて楽しみになる。

 ショッピングモールも、四月と比べたら随分行っていない。用事が済んだら雑貨屋さんに行くのもいいだろう。買うかどうかは別として、新商品を見て回って楽しむことはできるはずだ。

 

「帰りにいろいろ見て回ろうよ、清隆くん」

「そうだな。そのつもりで葵を誘ったんだ」

 

 そうかそうか。すっかり忘れていたな。

 

「なんでさっき名前言った!」

「時効じゃないか?」

 

 再度掴みかかろうとして躱される。

 結果的に清隆くんにダイブする形になり、二人でラグマットの上に倒れ込むことになった。

 

 きょとんと目を合わせる。私は倒れ込んでも清隆くんなら持ち堪えるだろうと思っていたし、清隆くんは……これは私の勢いを予測できていなかったな。まだまだ未熟な証拠である。

 

 ……しょうもない争いしてるな、と思ったら急におかしくなってきて笑ってしまう。

 清隆くんも同じように、頰を緩めて笑っている。

 

 

 

 

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