時系列は夏休みに入ってすぐ、主人公は7月後半生まれの獅子座の女です。
夏が似合う女の子って良くないですか?
清隆くんといつものようにのんびり部屋で過ごしていたときだ。
テレビでお笑い番組を見ながら、一人声を上げて笑っている私のすぐ隣には、携帯をいじっている清隆くんがいる。なにやら調べ物をしているようだった。
……清隆くんがこんなに熱心に携帯をいじっているのは珍しいことかもしれない。冒頭に述べた『いつものように』は撤回することにする。
熱心にというか真剣にというか、とにかくじっと携帯の画面を見ている清隆くんの様子が気にならないと言えば嘘になる。しかし邪魔をする気はなかった。
お互い気づかぬうちに境界をあやふやにしがちだが、元来私には清隆くんの邪魔をする気はないのだ。お互いプライベートは大切にするべきだと思っている。
共有しすぎて感覚が鈍っているが、越えてはならない境界というのは必ずある。ここで一番この状況に近しいものを挙げるならば……携帯の検索履歴あたりだろうか。見たら絶対ダメなやつだ。いろいろあやふやにしていても、超えてはいけないラインというものは必ずあるのだ。
というわけで、チラと様子を見ただけでまたテレビに意識を集中させた私だったのだが、清隆くんの方からじっと視線を向けられたことで一時中断することにする。
顔を横に向けて、目を合わせる。目を合わせたまま、清隆くんがゆっくり口を開いた。
「葵。何か……欲しいものとかないのか」
「え、急になに?」
「いいから。何かないのか?」
あまりに唐突すぎて、質問に答えるより先に意図を探ってしまう。
私の問いかけ返しに一瞬視線を逸らしたかと思えば、すぐにまた清隆くんは私を真っ直ぐ見つめてきた。そうすれば今度は視線を逸らした行動が気になるという。
しかし今は普通にこちらを見てきているし、些細なことなのだろうか。どちらにせよあまりに突然なことに変わりはないので、何の見当もつきそうにないが。
訝しげに清隆くんを見るが、視線は逸らされないし、ジッとこちらを見たままの姿勢は変わらない。……まあ、先に質問されたのはこちらだし、変に疑わないで素直に考えるとするか。
うーんと首を傾げる。気分的には頭の中で木魚の鳴る音がしている。早く鈴の音も聞きたいのだが、こちらの方は一向に鳴ってくれそうにない。
そもそも質問が難しいのだ。欲しいものって、そんなの私の方が聞きたい。私って何が欲しそうに見えるの?
「……全然思いつかない」
「なんでもいいんだぞ」
「ええ……じゃあ暑いしアイス」
「食べ物以外で」
「なんでもいいって言ったの誰?」
全然なんでもよくないじゃないか。半目になって清隆くんを見れば、若干居心地悪そうにしている。
「じゃあポイント」
「急に投げやりになるのやめろ。……ポイント、か……」
「真剣に考え出すのやめて怖い」
すっと視線を下げ思案に耽る様子を見せた清隆くんに、こっちが慌てる。
「別に、欲しいものって言われてもなぁ……すぐに思いつかないな」
「インテリアとか、雑貨はどうだ?」
「あれは見て回ってる時が一番楽しいし、そのとき欲しいって思って買うのが良いんだよ」
「確かにな……」
清隆くんも同じ感覚を持っているようで嬉しい。私が雑貨を見て回るのが好きなのは、そういうなんてことない理由だったりする。
「じゃあ他に何かないのか?」
「うーん……え〜……? 私は別に、欲しいもの……今の状態で満足してるし……?」
「難しいな……」
「難しいって感想おかしくない? そういう清隆くんこそ何か欲しいものとかないの」
「オレか?」
「うん」
考えても思いつかないものに時間を費やしてもどうしようもない。
手っ取り早く質問返しをすれば、清隆くんの目が丸まって、同じように考え出したのか目を瞑った。
「………難しいな……」
「でしょ〜? 案外欲しいものなんてパッと思いつかないものなんだよ」
「オレも特に今のところは……葵と同じ理由だな」
「なに現状で満足してるんだ。清隆くんはもっと欲深く生きるべきだ」
「それ人のこと言えるか?」
私は別にいいのだ。本心なんだから。それに私は常日頃から欲深く生きているし、大抵の願い事は己が力で叶えてきたという自信がある。
だから、ここで問題なのは清隆くんの方なのである。彼ほど薄幸な人を私は知らない。
どうやったら清隆くんはもっと欲深くなれるのかなぁと、違うことを考えて頭を悩ます。
すっかり自分の欲しいものについて考えるのを忘れていたら、「それで話を戻すが」という清隆くんの仕切り直す声かけにより、ようやく初めにされた質問を思い出した。
「何か欲しいものないのか」
「堂々巡りだよコレ……だから、ないってば。そもそもなんで急にそんな質問してきたの」
「それは……」
待ってみるも、それ以上言葉は紡がれない。何か言えない事情でもあるのだろうか。
言葉で追及することをやめて、手っ取り早く携帯を操作する。一番にカレンダーを開けば、隣であっという顔をする清隆くんがいた。つまり……何かしら行事ごとが絡んでいるのか?
眉をひそめてこれからの行事ごとを確認していく。欲しいものについて尋ねられるような特別なイベントなど無いはずだ。7月後半からじっくりと年内のイベントごとを確認するが、やはり思い当たる節はない。
今も夏休みとはいえ、本格的な夏休み……つまり8月に入ればバカンス改め特別試練があるっちゃあるが、ここではその質問は関係ないだろう。欲しいものあるか? って、なんだ、清隆くんは私にその欲しいものをプレゼントでもしてくれるのか?
………ん? 『プレゼント』?
カレンダーのある一点に視線を落とす。次に清隆くんを見上げる。清隆くんを注視しながら、人差し指である日付を指し示せば、滑らかにスーッと目線を逸らされた。
ほぉ……なるほど。訳知り顔で顎に手を当て、頷く。
「なるほど。私への誕生日プレゼント、と」
「みなまで言うな……」
サプライズでプレゼントしてくれようとしたんだろうが、まず最初の質問からして探るのが下手くそすぎる。そんなポンコツだったか、清隆くん。
しかしそうと決まれば話は早い。
「誕生日プレゼントか〜。そんなの貰うの初めてだな」
「頼むからそういうことは貰ってから言ってくれ……」
清隆くんはサプライズの完全なる失敗を悟って、落ち込んでしまったようだった。これは少し悪いことをしたな、と反省する。まあ遅かれ早かれだったとは思うが。
ポンポンと優しく肩を叩いた上で、顔を上げた清隆くんにサムズアップしておいた。若干睨まれた。
「毎年お互いに言葉だけのお祝いだったもんねぇ」
「あんなところでプレゼントなんか用意できるわけないしな」
「せめて夜にケーキくらい出せよって感じだった」
「出されたら出されたで気持ち悪いけどな」
「わかる」
そもそも誕生日というイベントごとに対して思い入れというものはないが……こういうところは本当に毒されてしまったな、と思う。
それにお互いかけ合う言葉だって、おめでとうというよりは、ありがとうの方が多かっただろう。言葉のままの意味だ。容易に察することができるだろう。私たちにはその言葉の方が身近で、実感がこもっていた。
誕生日を祝う習慣ができたのは、本の中の世界への憧れに近いモノもあったかもしれない。お互いに少しでも普通を、幸せを感じたかった。私は最初から純粋に祝いたいという気持ちもあったはずだが、今となってはそれも定かではない。記憶の方は鮮明であるとはいえ、どうも当時抱いていた感情については……あんまり。
……緩く首を振る。切り替える。私の様子に気づいてそっと繋がれた手を、『大丈夫だよ』と握り返した。最近は助けられてばかりな気がする。なんとも情けない。
顔を上げて、そのまま真上を見る。背凭れにしていたベッドに後頭部を預けられそうなほど見上げて、改めて目を瞑り誕生日プレゼントについて真剣に考える。欲しいもの……欲しいもの、か。
清隆くんにとっては初めて誰かにあげるプレゼントになる。確かに食べ物とかポイントとか言われたら、清隆くんからすればそりゃあ微妙な気持ちになるかもしれない。
そして私にとっては、初めて誰かに貰うプレゼント、か。その誰かは清隆くん。
……うーん。どうせ……いや。そうだ。もしかしたら───
…………良いモノを思いついた。
「……ある。欲しいものできたよ、清隆くん」
清隆くんの目がこちらに向いたのを確認してから、できたばかりの『欲しいもの』を口にする。
丸まった目をおかしく思いながら、私は鼻歌でも奏でそうなほど上機嫌に、着々と近づきつつある自身の誕生日に思いを馳せて微笑んでいた。
§
身につけたばかりのシンプルなネックレスチェーンを指先で弄る。口元には勝手に笑みが滲んでいて、ついでに我慢し切れるわけもなくご機嫌に鼻歌を奏でていた。
喜色満面の私に、初プレゼントをした清隆くんもどこか安心した様子を見せている。
「『形に残るもので常に持ち運べるもの』って言われて、いろいろ悩んだんだが……葵が喜んでくれたなら良かった」
「うん! すごく嬉しいよ! ありがとう、清隆くん」
誕生日。朝一番におめでとうと、ありがとうという言葉と共に渡されたのは、綺麗にラッピングされた小振りの箱。中に納まっていたのは、プラチナ製のシンプルなネックレスチェーンだった。
チェーンだけだから、本当にシンプルなものだ。でもプラチナ製ってだけで値段は跳ね上がるから、清隆くんは随分奮発してくれたものだと思う。……こういうゲスな思考をしてしまうのはホワイトルームでの教育の賜物のせいである。ホワイトルームってサイテー。
「それにしても、どうやってポイント捻出してきたの? 高かったでしょ、コレ」
「まあ……少しな」
いや、少しじゃないと思うが……。
お互いにポイント残高を把握しているため、清隆くんが誕生日プレゼントを買う前と買った後、変わらないポイントについて気にならないと言えば嘘になるのだが、まあそれも込みで清隆くんの頑張りなんだろう。あまり深く追及しないことにする。
それはそれとして推理はする。大方道場破りでもしてきたんだろうか? あまりマイナーな種目に手を出すとは思えないし、体を動かすような競技など目立たないためには以ての外。なら、頭を動かすゲーム部とか? そこでもマイナーなゲームに手は出していないだろうし、オセロとか、その辺りだろうか。
どちらにせよ賭けをしてきたことに違いはないだろう、と当たりをつける。清隆くんも勝負に出たものだ。目立たないようにうまいことやりくりしたとは思うが……いいんだろうか?
多少不安を残すものの、今は嬉しい気持ちの方が強い。ご機嫌に微笑みながら、身につけたチェーンを指で弄る。撫でる。
今は夏休みだから学校がないとはいえ、もう少ししたらバカンス改め特別試練が控えている。その時にもつけているわけにはいかないだろう。それは夏休みが終わり、再び学校が始まってからも言えることだ。失くしたり傷ついたりしたら大変だ。プレゼントは丁重に扱わなくてはならない。
とりあえず今は満足するまでつけて、満足し終わったら再度箱の中に元通り片付けよう。だから今の間に思う存分プレゼントを身につけ、この感じを満喫しておく。
「『形に残るもので常に持ち運べるもの』ってお題出されて、選ぶのがネックレスだなんて、清隆くんってばオシャレだなー」
「そうか? 別にネックレスを選んだからといってオシャレとかにはならないと思うが」
「オシャレだよ。よっさすが天然悪質な無自覚人たらし! なのにその上で常に最善の選択肢選ぶタイプの悪どいモテ男! そして個人的にヒモになれる才能もあると見てるラノベ主人公!」
「どういう意味だ。全部明らかに褒めてないだろ、それ。というかもはや言葉に悪意しか感じられないんだが」
「褒めてるよ、失礼だな」
私の全力を込めた煽て節である。全部渾身の褒め言葉だ。ちくちく言葉は使いません。使ってないよね?
しかしこんなに喜んではいるものの、一応高いプレゼントを貰った罪悪感というのも当然としてあったりする。私は常識人なのだ。
眉を下げて、申し訳ない表情をする。
「なんかごめんね、清隆くん。形に残るものなら本当になんでも良かったんだけど……なんならおもちゃとかでも良かったんだよ。よくあるおもちゃの指輪とかおもちゃの宝石とか」
「なんでおもちゃに限定されてるんだ……。それにその選択肢から選ぶのはオレが嫌だ。プレゼントに3桁かそれ以下のポイントを支払っておもちゃを買うオレの身にもなってくれ」
「ポケットに入るサイズのおもちゃとかいいね」
「だから嫌だって言ってるだろ。ちゃんと話聞いてるか?」
じとっとした半目で睨まれる。垂れ目の半目って本当に怖くないよな。逆に気が抜けるまである。
私があながち本気で言っていることに気づいているから、清隆くんの態度も頑なだった。まあでも、おもちゃを買ってそれをプレゼント用にラッピングしてもらう清隆くんのことを考えると、確かに可哀想ではある。
つまり彼の中でアクセサリー類を選ぶのは、妥当だった、か。
余分な付属品がついていない、チェーンだけのネックレスをもう一度ゆっくりと一撫でする。違和感とは違う。なんともいえない妙な感じが胸のあたりをざわりと撫でる。
こういうシンプルな型の方が珍しく、品揃えだって悪かったはずだ。わざわざ注文でもしないと、手に入れることができないように思う。なのにこれを選んで買ってきたなんて、不自然とも言えた。……何か特別な意味でもあるんだろうか?
「清隆くん、ネックレスに何か飾りがついているものを選ぼうとかは思わなかったの?」
「ああ、それなら来年から選ぶつもりだ」
「……ん? 来年から選ぶ……?」
来年はまた違うネックレスを買うということ?
訝しげに眉を寄せ首を傾げる私に向かって、清隆くんが手を伸ばす。正確には、私が身につけた首元のネックレスに向けて。
そっと私の首に触れながらチェーンに手を当てる。そしてチェーンを軽く摘んで持ち上げる。
「そうだな、このチェーンに通すリングとかを選ぼうかと。良い案だと思わないか?」
「…………どこでそういうの学んでくるの?」
「学んで……? いや、特にそういうのはないが。なんとなくの思いつきだ」
「なんとなくでそういうことするな」
「なぜ急にキレて……?」
なんとなくでそういうことするな。
ただ、明確な理由はないことがわかって、肩の力が抜けたのは事実だ。小さくホッと息を吐いているのがなんとも状況に不釣り合いで、少しおかしくなる。
気づけば気の抜けた笑みをこぼしている。そしてすぐに快活に笑った。
「清隆くんも楽しみにしててね、誕生日プレゼント」
「サプライズとか、オレたちの間では土台無理な話だったな……。ああ、楽しみにしてる」
「私の初プレゼントだよ。震えて待て」
「ああ。待ってる」
ネタが普通にスルーされた……。
「というか、葵はもうオレへのプレゼントは決めてるのか?」
首を傾げた清隆くんが私を見ている。
気を取り直し、悪戯っぽく笑ってみせた。
「決めてるよ。だから、楽しみにしてて」
清隆くんにあげたいもの。
清隆くんが欲しいものじゃなくて、私があげたいものをプレゼントしようとしているところに、ずっと変わらない私のエゴな部分が現れている。きっと一生私のこの性質は変わらないだろう。そして私自身変える気もない。
真実、私のための清隆くんへの贈り物であることに違いはないのだから。
「清隆くん、喜んでくれるといいな」
ポツリと呟く。呟いた言葉を理解して、あ、と一瞬瞠目する。
今度はちゃんと元気溌溂とした声で言った。
「清隆くんも、喜んでくれるといいな!」
薄々お察しのことかと思いますが、綾小路が主人公に贈ったプレゼントもこれから主人公が綾小路に贈るプレゼントも、本領を発揮するのはバッドエンドルートの時だったりします。主人公は(そんなつもりは)ないです。
ちなみにこの後二人は二章初めに約束していた通り、映画見に行って甘味処巡ってカラオケに行きました。
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