鶏が先か、卵が先か   作:楊枝

2 / 40
第一章
決意は祈り、祈りは決意


 紆余曲折というほどの紆余曲折はなく、協力者である坂柳理事長と私の計画・手筈通りに事態は進行していった。裏でこそこそやって表で小悪党執事を受け流しつつ生活していたら、あっという間に一年経っていた。つまり季節は春。春といえば入学シーズン。

 つまり桜の花びらが舞う今日この日、僕たち(清隆くん)私たち(私)はようやくスタートラインに立ったのだ。

 記憶の在処。これは物語の冒頭、始まりの部分である。

 

 

 私と清隆くんは今日、高度育成高等学校に入学する。

 

 

 指定されたバスに乗り込んで空いていた座席に座る。私と清隆くんの座席は当然のように離れている。結局距離は変わらないままだった。今さら縮めようとも思わない。

 車窓から流れていく景色を眺める。瞼を閉じた。微睡んで見た夢の中で、幼い私たちが手を繋いで微睡んでいる。胡蝶の夢という言葉が頭によぎった。

 夢の中の彼らが安らかであること。なら、それで充分だと思う。

 

 

 ───目標は達成した。それは高度育成高等学校に入学すること。其処に私まで入学するのはたった一つの想定外だったのだが、坂柳理事長のご厚意なのだろう。ありがたく享受しておく。

 目標は達成し、また新たに目標が生まれる。今度は束の間の自由としないこと。3年間だけの期限付きの自由にしないこと、だ。そのために私は計画を立て直す必要がある。

 内側から崩すのも一つの手だと思っているが、これは最終手段だ。今はまだ考えなくていい。

 

 ……考えたくない、と、平和ボケしそうな安らかな景色を瞳に映しながら思った。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 案の定バスから降りた清隆くんが黒髪美少女に捕まり、何か絡まれている。原作通りバスの中で見たり見られたりしたんだろう。うむ、苦しゅうない! 原作ファンだからやっぱり原作にある内容をリアルで見たらテンション上がっちゃうね。外の平和っぷりに私の精神まで引きずられて平和ボケしてしまっているのもあるかもしれないが。

 清隆くんもきっと内心はっちゃけていることだろう。はっちゃけているに決まっている。やっぱりホワイトルームから抜け出せたらついはっちゃけちゃうよね。私原作の初期清隆くんめっちゃ好きだったよ、心の中が終始愉快で面白かったから。だから今美少女に絡まれてる清隆くんの内心を予想してめちゃくちゃ楽しんでるよ。

 表面上涼しい顔をしながら内心ニコニコ彼らを見守っていると、ふと黒髪美少女───堀北さんと目が合う。強気に釣り上がった眉が目が合うことで余計に反りを作る。

 

「何かしら、こちらをじっと見て。言いたいことでも?」

「あ、いえ……」

 

 いやこの眼力を前にしたら言葉窄みになっちゃう感覚わかっちゃったな…。睨まれてしゅんとなれば、少しだけ堀北さんがバツが悪そうな顔をした。

 

「……別に、用がないなら構わないわ」

「あ、はい!」

 

 諸君、知っているか。会話の初めに必ず「あ」をつける奴はみな等しくコミュ症なんだぜ。つまり私は……ゾッとしないお話である。

 ちょうど堀北さんと清隆くんの会話も終わっていたのか、堀北さんは私たちを置いてさっさと校門を目指し立ち去っていく。その後ろ姿を『さすが堀北さんェ……』という感じで見ていると、視線を感じた。顔を向ければ清隆くんが私を見ている。視線が交わる前にスッと前を向かれ、堀北さんに続くように歩いて行ってしまった。

 追いかけることはしないが、目的地は一緒なためどうしても追いかける形になってしまう。歩幅を小さくして、少しずつ距離を空けた。寂しいけれど、仕方のないことだ。

 願わくば彼の高校生活が順風満帆であること。今まですべてを覆す色に溢れた生活を、好奇心に満ちた日々を過ごしてほしいと思う。隣に私がいないことが上記の条件に必須ならば、私は大人しく彼の前に出ないよう過ごすだけだ。どんなに冷たくされても私が彼を好きなことに変わりはないのだから。

 

 

 

 

 案の定のDクラス。張り出されたクラス表を見てげんなりしてしまうのは否定できない。茶柱先生が一番野心がなさそうに見えたから、という理由で原作では清隆くんはDクラスに配属されたのだ。そりゃあ私もDクラスになるに決まっている。

 すごすごとDクラスの教室を目指して行く。中に入って行く生徒たちに続き、私も教室に入った。

 机の上にあるネームプレートを一枚一枚確認していく。私の席は……廊下側から2番目の列、前から2番目の席、か。なかなか運が悪い席と言えよう。

 嘆いていても仕方がないので、鞄を机の横に引っ掛け、大人しく席に着いた。教室に人が増えて行くのを何をするでもなくぼーっと見守る。友達を作らないとと思う気持ちはあるのだが、まあ焦って行動することもない。というか、あれだな……たぶん読者の目線でいるんだろうな。だからどうにも自ら行動を起こす気になれない。もうなんか教室で埋もれる影の者になれればいいと思う。よしそれ目標で行こう。

 大分ハードルが下がった目標を掲げることを誓った矢先、ガラガラと教室のドアが開いた。Dクラスの担任、茶柱先生満を持しての登場である。

 

「えー新入生諸君。私はDクラスを担当することになった茶柱佐枝だ」

 

 おおおお、原作とおんなじセリフだ。なんか本当に本の中の世界なんだなって感動してしまう。実際本の中のような生活をしていたのだが、あの頃はそういうふわふわした思考をする余裕がなかった。今、私、すごく楽しい。

 感動で内心打ち震えている私を置いて先生の話は進んでいく。Sシステムの説明を終え、ぐるりと生徒を見渡している途中。

 張本人だからか、わかってしまう。私と清隆くんがいるのであろう窓際後ろの方の席への不自然な視線の投げかけ。目は合わないが、それが何よりおかしな話だ。シンプルに巻き込まれたくないな、とは思う。

 清隆くんは世界の強制力とかなんかそういう不思議なアレで巻き込まれていくのだろうが、私はノープロブレムじゃないだろうか? そんなに心配しなくても良い気がしてきたな。

 ぽや〜っと明後日の方向を向いて頭お花畑になっていると、かの有名な言葉が聞こえてきた。なお茶柱先生はとっくに教室を退散している。故にここでの有名な言葉とは決まっており、有名な人もまた然り。

 

「皆、少し話を聞いて貰ってもいいかな?」

 

 キタァァァ! キャーッ!(黄色い悲鳴)

 

 目をキラキラさせて声の聞こえた方を向く。ひひひ平田くん……! カッコいいと思ってたし知ってたけど実際に見ると本当にカッコいい……。

 イケメン鑑賞に勤しんでいるうちにクラス皆が自己紹介に着く流れになっている。もちろん平田くんの自己紹介は耳をダンボにして聞いた。イケメンはイケメンたる理由があるんだなって察する内容だった。にしてもイケメンだな……。

 平田くん以外でも耳をダンボにして聞いている。櫛田さんや池、山内、高円寺くん、それに軽井沢さんも……! 知っている人物がいることにとても興奮する。本当に私、本の中にいるんだ。本の中でもメインの人たちがいて、話しているのを聞いている。不思議な感じだ。すごく楽しい。

 清隆くんのある意味有名なコミュ症を抜群に発揮した自己紹介も聞くことができた。聞いている最中テンションMAXである。終わった後は平田くんに続いて拍手をして、微力ながら慰めた。心の内では供給に感謝していた。矛盾がひどい。

 ニコニコみんなの自己紹介を聞いていると、平田くんがぐるりと教室を見回して、数名残っている生徒を見やる。私を見て視線を止めた。……そうか。もう私の番か。 

 席から立ち上がって、努めて穏やかに微笑み短く挨拶をする。あまり誰の印象にも残らないように意図しつつ、あくまで自然に。

 

「私は水元葵です。自分から話すことが得意じゃないので、たくさん話しかけてもらえると嬉しいです。クラスに早く馴染めるように頑張ります」

 

 ぺこ、と頭を下げて席に座る。

 

「うん。よろしく、水元さん」

 

 平田くんがそう言葉をかけてくれて、そのあと女の子からも男の子からも軽めに「よろしくー」と声をかけられた。ニコニコ微笑んで頷いた。出だしは好調である。後は気配を消してみんなの記憶からフェードアウトしていくだけだ。

 

 教室に残っていた人たちの分の自己紹介は終え、みんな帰路につく流れになる。私も流れに乗って教室を出ようとして、ある声を拾った。

 

「平田くん! ねぇねぇ、今からカラオケ行かない?」

「もちろん、いいよ。せっかくならみんなで行こうか」

「ほんと!? やったー!」

 

 平田くんの生歌、だと……!?

 

 ここを逃しては男が廃る。間違えた、女が廃る。

 出て行こうとしていた教室に逆戻りし、後はさらっとグループの輪に入ってカラオケについていった。生歌はすごかった。私言ってなかったけど、平田くん好きなんだよね……いいよね平田くん。好きだよ。平田くんを嫌いな人いないよ。池とか山内は……いいんだよ。いないよ。誰?

 櫛田さんや軽井沢さんの生歌も聞けて、今日は素晴らしい日だった。そして人の生歌を聞くだけ聞いてうまいことフェードアウトしてみんなで帰った。私もしかしたら幻のシックスマンの才能があるのかもしれない。いや、もしかして幻のシックスマンは私だった……?

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 カラオケを同行していた人たちと別れ、寮に着く。さっそく中に入って電気をつけ、内装を確認していく。監視カメラは……くまなく探したがどうやら無さそうだ。そりゃプライバシーの問題に関わるんだから当然か。

 制服を着替えるのも忘れ、まだ何も敷いていない床に直に座って一息ついた。やっぱり人に会うのは疲れるな。ホワイトルームにいた頃はほとんどずっと二人きりだったし、それもいつしか二人でいるのに一人きりみたいな空気になっていた。だから大勢といると少し気疲れしてしまう。

 慣れないとな、とため息をつきながら思う。瞳を閉じて、疲れている目を休めた。

 

 

 ───唐突に無機質な機械の音が部屋に響き渡る。

 それは寝ていても飛び起きてしまうくらい神経を刺激する、否が応でも鼓膜を震えさせる、いわば不快音に近い。

 

 

 ………チャイムの音、だよね?

 

 静寂を無惨に裂いた音に瞼を開ける。音のおかげで頭が冴えたが、しかし起き上がるのは億劫なままだ。時計を見て、午後7時を指す針にまだそんなに遅い時間ではないことを確認する。

 なら、無視をするのは悪いか。制服を着ているから部屋着を見られるわけでもない。そうだ、楽な部屋着も買いに行かないとな……。

 今後の予定を客を待たせつつ組み立て、ついでに立ち上がって玄関に向かう。入学初日なのだ、部屋に訪ねてくるのは十中八九業者の類だろうと当たりをつける。水道管とかトラブルでもあったんだろうか。

 

「はいはーい。少しお待ちくださーい」

 

 インターホンで訪れた人の顔を確認するでもなく、玄関の覗き穴で見ることもなく。

 無防備に、無警戒に扉を開けた。どうせ無防備だろうと無警戒だろうと、一般人に遅れを取るつもりはない。これは慢心ではない。事実であり、普遍の現実なのである。

 

 

 だってまさか、玄関の前に立つのが数少ない私が敵わない相手だとは思いもしまい。

 

 

 思わずえっと声が出た。目を見開いて、扉を開けた間抜けな姿勢で固まる。随分久しぶりに間近で顔を突き合わせた気がする。視線だってそうだ。

 交じわる視線に、その引力のある目に途端顔を逸らしたくなってしまう。逸らされていたのは私だったのに。ここでも立場が逆転しているのか。

 無意味な音が口からこぼれ出る。あー、と声を出した。

 

「……清隆くん……あの、その」

「中に入れてくれないか」

 

 言葉が思いつかなくて言い淀む私を半ば遮るようにそうお願いされる。言葉が頭の中で反芻された。清隆くんを、部屋の中に、入れる。

 困惑して、眉を下げて清隆くんを見上げる。こうやって並んで立てば、いつのまにか身長差もこんなにできていたのか。なんだか知らない人みたいだ。そう思ったことに可笑しくなって、そのおかげで緊張が緩んだ。

 そうだ。清隆くん相手に何を不安になる必要がある。なんならこの世で一番安全な存在だろう、清隆くんは。断る理由がない。

 

 素直にうん、と頷いて扉を大きく開け、中に入れるようにする。清隆くんが私に代わり扉を閉めてくれた。続け様にガチャンと鍵も閉める。……鍵も閉める……?

 あれ? と思って見上げる瞬間には私はキツく抱き竦められていた。今度は囲われた腕の中で目を白黒させる。

 

「葵。葵。ようやく二人になれた。今度はちゃんと二人きりだ」

「えっ?」

 

 爪先が宙に浮かぶ。加減も覚束ないほどに抱き締められ、抱き付かれて、頭が混乱したまま戻ってこない。清隆くんも私を抱き締めるのに必死なのか、この状況のヒントとなる言葉をそれ以上何も落としてくれない。

 現状把握には圧倒的な情報不足だ。戸惑いながらも、けれど、久しぶりの彼との触れ合いが嬉しいことに変わりはなかった。ちょっと強引だし力任せだとは思うけど……。

 そろそろと清隆くんの背中に腕を回した。ぎゅっと抱きしめて、腰の太さの違いに驚かされる。あれ。どうしてこんなに違いが出るんだろうか。これが男と女の違いか? 努力するのが馬鹿馬鹿しくなってくるな……。

 

 しばらく清隆くんの好きにさせていたのだが、あまりに微動だにしてくれなくて結局私が折れることになる。ちょいちょいと彼が着ている制服の裾を引っ張った。無理矢理腕の中で顔を上げ、視線を合わせる。ひどい顔をしているなと思った。顔面蒼白で、でも瞳が何よりも輝いている。恍惚と潤んでいる。

 

「清隆くん、ずっと玄関でいるのもあれでしょ。靴脱いで、中に入ろうよ」

 

 先に部屋に上がり、誘導して清隆くんを連れて行く。というより、手を繋がれているから連れて行くという表現ほどこの状況に当てはまるものがない。

 清隆くんは部屋を見渡すわけでもなく、終始私をジーッと見ていた。なんだか懐かしい視線だ。少し照れくさくなって、口元を緩めて下手くそに笑った。

 

「あはは……清隆くんのその視線、久しぶりで少し照れちゃうな」

 

 照れてそう口にする私を華麗に放って、部屋の中でまた抱き締められる。今度は新しく抱き癖でもついたんだろうか。矯正してもう少し優しく抱けるようにさせないといけない。

 思考が斜め上方向にクラウチングスタートを切ったのを察知し、慌てて軌道修正に走る。清隆くんの胸に両手を当て、距離を取ろうと腕を伸ばした。ビクともしないどころか僅かに空いた隙間を嫌がって余計にキツく抱き締められる。

 

「こ、こら……! 一回離して、落ち着いて話ができないでしょ!」

「このままでも話はできる」

「立ったままだと落ち着かないよ!」

「なら、座っているならいいんだな」

 

 言うが早いか今度は清隆くんが先導して部屋を進んだ。勘違いしないでほしい、ここは私の部屋だよ。

 ベッドを背もたれに清隆くんが胡座をかいて床に座って、私は清隆くんの足の上に向かい合わせになって座らされた。これ、立って抱き締め合ってる方がまだマシな恥ずかしさなんじゃないか?

 胸元少し下あたりまで伸びている私の髪を清隆くんが指で弄っている。清隆くんよりも黒に近い茶髪は世間一般で言えばごくありふれた色と言えよう。そんな髪を清隆くんは大事そうに触れてくるから、どうしてもムズムズしてしまう。久しぶりだからか、照れが先に来てしまう。髪を指先で弄りながら、もう片方の彼の腕ががっちり私の腰に回って抱き寄せてきているのもあるだろう。距離感狂ってない? 大丈夫?

 

 文句を言っても離してくれそうにない力の強さをひしひしと感じるので、諦めてこの体勢で話を始めることにする。諦めも肝心なのだ。

 清隆くんの髪を久しぶりに手櫛で梳きながら、疑問に思うことを問いただすために口を開く。

 

「そもそもだよ。清隆くん、前まで……今日、今、直前までだよ。私にすごく塩対応だったじゃん。なのにどうしてこんな急に関わり持とうとしたの?」

「今までは監視の目があった。オレが葵と親しくしていることで、葵が体よく利用されることに気づいたから、苦渋の決断で距離を取った。今はその反動が来ている」

「反動かぁ……」

「ああ」

 

 至極真面目に頷かれて思わず脱力してしまう。げんなりした表情を隠せない私に構わず、清隆くんはマイペースに髪を弄っている。気が抜けるというか、毒気が抜けるというか…。

 

「にしても、清隆くんが私にまったく関心を寄せなくなってもう何年も経ってるんだよ……こんな反動くるくらい、よく我慢できたね」

「……葵が、いるなら……それでよかったんだ。五体満足ならそれで……よかった」

 

 腰に回る腕がぎゅっと締まる。結局ゼロ距離になって、清隆くんの頭が私の頭とくっつく。側頭部をすり、と擦り付けられた。ホワイトルーム時代でもこんなにくっついたことはなかったぞ。我慢していたとはいえ、タガが外れすぎじゃないだろうか。

 拍子抜けするくらい昔と変わらない……いやちょっとかなり甘えたになっているっぽい清隆くんに、これはこれで可愛いかもな、なんて清隆くんの態度に負けない激甘な顔をする。

 私からも抱きついて、私を包み込む大きな体を優しく撫でてやる。

 

 

「昔の距離に戻れて、私も嬉しい。本当はずっと……寂しかった」

 

 

 ポツリ。こぼれた声があまりにも泣きそうに聞こえて、自分のことなのに驚いて肩が震えた。

 清隆くんは何も言わず、抱き締める腕の力を強めた。まるでそれが返事のようだ、と思って、実際そうなんだろう。清隆くんらしい優しい返事だと思った。

 お互いの鼓動が重なる。呼吸の音に安堵する。私たちは昔、こうやってお互いの無事を確認していた。生を感じていた。昔みたいに戻れたことがこんなに嬉しいなんて思いもしなかった。

 まるでこのまま眠ってしまいそうな安心感の中、ぽつり、ぽつりと今まで空いていた隙間を埋めるように言葉を交わす。過去のことじゃない、私たちの未来についての話だ。けれどそんなに先の見えない未来じゃない。平凡を望んできた私たちにピッタリの、なんとも気の抜ける未来の話。愛おしいこれからの話。

 

「私、映画見に行きたいんだ。カフェとかにも行きたい。他にもいろんなところに行きたい」

「オレもだ。いろんなところを見て回りたい。きっと、絶対、楽しいだろうと思う」

「うん、うん。私も思う。きっと、絶対、楽しいよ。楽しいだろうなぁ」

 

 私たちが“普通”の話をしている。それが泣きたいほど嬉しい。泣いてしまいそうなほど、心が震えた。

 項に清隆くんの息遣いを感じる。ぎこちないそれに、こんなところでもおんなじだなぁ、と泣き笑いの顔をした。

 

「でも……それにはまず、“平凡”を装わないとね」

「ああ。“普通”を楽しむには、“平凡”を装わなければならない。誰にも……邪魔はさせない」

 

 暗く深い声だ。私も似たような声で話をしているんだろう。

 それはホワイトルームで生き延びた以上必然であり、そして必要なことだった。

 私の中には傍観者の私と当事者の私、二人がいる。どちらも私であり、どちらも含めて私だ。私は私の悔いがないよう生きていくだけ。どっちも私なら、どっちも有しているのなら、二人分の楽しみがあるとは考えられやしないか?

 私は存外、いや、かなりポジティブなのだ。

 

 口元に笑みを浮かべる。一度思い切り清隆くんを抱き締めた。突然の力任せな抱擁に清隆くんが「うおっ」と真抜けな声を出して、反対に私を抱き締める腕を緩める。

 私はこの高校生活を有意義なものにしたい。そのためには彼の存在は必要不可欠なのだ。当事者としてはもちろん、それは───傍観者としても!

 

 パッと勢いよく体を離す。清隆くんの両手を取りそれぞれでぎゅっと繋いで、間近で顔を合わせて笑う。額が重なり、鼻先が触れる。

 

「学校生活、楽しみだね! 清隆くん!」

 

 弾けるように笑った私を呆気に取られた顔をして数秒見つめて、つられるように清隆くんがふにゃと笑った。

 

「……ああ。本当に……」

 

 頭の上で交じった髪がくしゃと音を立てる。清隆くんの茶髪とそれよりも濃い焦茶色の髪が絡まる。

 本当に楽しみだ。瞳を閉じて改めて深くそう思う。

 

 私よりも一回り大きく節張った手を、大事に握った。知っていて思うこととしては滑稽なことだろうが、それでも祈らせてほしい。

 どうかあなたの未来が幸せに溢れるものであるように。

 

 

 ───あなたの物語を私に見せて。

 

 

 傍観者、或いは観測者としての私の願いだ。

 

 

 

 

 

 

 




つまり綾小路は攻略済みヒロインで確定ってこと
ヒロインは綾小路(ヒロインは綾小路)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。