鶏が先か、卵が先か   作:楊枝

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説明回です



試される絆

 

 

 島に全生徒が揃う。それぞれのクラスで点呼が行われ、人数確認も、私物チェックだって万端だ。

 軽い挨拶と言葉少なな前置きの後、目の前の海に浮き足立つ生徒たちに、Aクラスの担任真嶋先生が冷酷に告げる。

 

「ではこれより───本年度最初の特別試験を行いたいと思う」

 

 バカンスなど最初からなかった。すべて幻想、一時の夢だったのだ。

 愕然とする生徒たちに構わず、真嶋先生は淡々と特別試練についての説明をしていく。途中で生徒から疑問の声が上がるたび、丁寧にその疑問に答えるが、それだけだ。

 

 説明を聞いてわかったことは、今から1週間、生徒たちはこの無人島で集団生活を行う必要があること。日焼け止めや歯ブラシといった最低限のものは無償で配布されること。各クラス毎に300ポイントが支給され、配布されたマニュアルよりあらゆるものが購入可能であること。

 

 そして特別試練を終えた際、このポイントの残高がクラスポイントとして加算され、夏休み明けに反映されること。

 

 ……生徒から疑問の声が上がらなくなる。ようやくすべての生徒が“コレ”は現実なのだと受け止め、今から始まる特別試練について頭を目まぐるしく回し始める。

 

 真嶋先生の話が終わり、それと同時に解散宣言がなされた。別の教師が拡声器を持って、各クラス担任の先生から補足説明を受けるように通達する。

 私たちDクラスはもちろん茶柱先生の元へと集まり出す。清隆くんが隣に来て、手を取った。

 

「今からお前たち全員に腕時計を配布する。これは1週間後の試験終了まで外すことなく身につけておくように」

 

 配布された腕時計を受け取りながら、説明を聞く。

 どうやらこの腕時計、時刻の確認だけでなく、体温や脈拍、人の動きを探知するセンサー、GPSまで備えているらしい。とても高性能な時計だ。こんなに小さいのに、不思議なものだと見下ろす。

 

 茶柱先生の説明の途中、清隆くんが私の腕を取って時計をつけてくれたので、私もお返しで清隆くんに腕時計をつけてあげた。

 

「茶柱先生。僕たちは今からこの島で1週間生活するとのことですが、ポイントを使わない限り全て僕たちで何とかしなければならないということでしょうか」

「そうだ。学校は一切関与しない。食料も水も、お前たちで用意してもらう。足りないテントにしてもそうだ、解決方法を考えるのも試験。私の知ったことじゃない」

 

 平田くんの丁寧な質問に対する茶柱先生のこの回答よ。だから言い方だって。

 

 その後池が軽い調子で言う。池は不安などないとばかりに明るい顔をしている。

 

「大丈夫だって。魚でも適当に捕まえてさ、森で果物でも探せばいいじゃん。テントは葉っぱとか木とか使ってさ。最悪体調崩しても頑張るぜ」

 

 茶柱先生が池の発言を聞き、皮肉げに口元を歪めた。

 

「残念だが池、おまえの目論み通りにいくとは限らんぞ。配布されたマニュアルを開け」

 

 そこから新たにわかったのは、この試練でのペナルティについてだ。

 

 まず、 著しく体調を崩したり、大怪我をし続行が難しいと判断された者はマイナス30ポイントであること。またその者はリタイアとなること。環境を汚染する行為を発見した場合、マイナス20ポイントであること。毎日午前8時、午後8時に行う点呼に不在の場合、一人につきマイナス5ポイントであること。

 そして一番重い罰には他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損などを行った場合、生徒の所属するクラスは即失格とし、対象者のプライベートポイントは全没収となること。

 

 最後に関しては納得のペナルティだ。確かに他クラスへの攻撃ありなんかにしたら、そもそもの試験がめちゃくちゃになる。努力ってなに? って感じだ。妥当な処置といえる。

 

 とにかく以上の説明を受けてわかったことは、効率よくポイントを使い、節約し、この1週間をみんなで乗り越えなければならないということだ。Dクラスの絆が輝くときが来たと言えよう。

 

 

 ちなみにだが、今現在Dクラスはさっそくトイレ問題について揉めている。

 

 

「無理に決まってます! 絶対無理!」

 

 篠原さんを始め、ほぼすべての女子が一斉に段ボール式簡易トイレの使用を拒否している。茶柱先生は我関せずといった様子で、少し離れてDクラスの論争を眺めている。

 女子の、特に篠原さんの絶対受け付けないという姿勢に池が不機嫌になっていき、ついに口論が始まった。

 

 その後しばらく二人によるほとんど喧嘩のような論争が行われていたが、突如茶柱先生が生徒たちの後方を睨むように見たことから、言い争いは一端の終わりを見せる。

 そしておいでますは、みんな大好き星之宮先生であった。

 

「やっほ〜」

 

 気の抜けた声が後ろからかかる。星之宮先生は茶柱先生を捕捉すると、彼女の背後に回り込んで人懐っこく抱きついた。

 邪険にする茶柱先生にマイペースに懐いていて、すっかり二人の世界になっている。うーん、仲良きことは美しきかな。

 

 星之宮先生がふと顔を上げて生徒たちを見た。そして私は思い切り目が合う。隣にいる清隆くんもおそらく先生と目が合っただろう。

 

「あっ、綾小路くんに水元さんじゃない。久しぶり〜」

 

 星之宮先生とは放送で呼ばれて職員室に行った以来会っていない。彼女は普段は保険医をしているため、授業で顔を合わせることはないのだ。

 揃って会釈をする私たちに、見覚えのあるニマニマ笑いが向けられている。

 

「まーた手繋いでる〜。相変わらず仲睦まじくていいわね〜」

 

 カップルとか言われたら即座に否定できるのに、婉曲的に言われると何も言い返すことができない。指摘されて手は離したが、普通に手遅れだろう。

 星之宮先生のニマニマ笑いは留まるところを知らない。クラスメイトから向けられる視線が気になるから、これ以上このネタで弄るのはやめてほしい。

 

「うふふ、改めて告白とかするなら、こういう綺麗な海の前とか効果的かもよ〜?」

「おい。これ以上は問題行動として上に報告するぞ? それに、もう時間が無い」

 

 ちゃ、茶柱先生……! 思わぬところから救世主の登場だ。私、茶柱先生ならいつかやってくれると信じていました! それと清隆くんはさっきから茶柱先生を怖い目で見ない!

 

 茶柱先生の鋭い眼光かつ正論に、さしもの星之宮先生も手も足も出せないらしい。悲しげな顔をしつつ、すごすごと大人しくBクラスに戻っていく。

 頃合いとばかりに、茶柱先生が新たに話を切り出す。

 

「ではこれより追加ルールを説明する」

「つ、追加ルール? まだ何かあるのかよぉ……」

 

 どんどん追加されていく説明に辟易するのはとてもよくわかる。

 

 だが今から行われる説明こそが、この特別試練の肝なのだ。

 

 

 

「───葵。この試験」

「うん。わかってる」

 

 説明を積み重ね、示し出された道筋。

 

 自然な動作で口元を隠し、小声で会話する。一言二言交わすだけでお互いの考えは伝わる。意見交換は十分だ。

 すぐに口元から手を離し、いつも通りの顔をする。

 

 

 この特別試練。ポイントの節約も、スポットを押さえて得られる僅かなポイントだって、大量にポイントを得るには不十分だ。

 だからもとより、眼中にあるのはこの項目だけ。

 

 ───“リーダー当て”、だ。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 茶柱先生からの説明もすべて終えたところで、いよいよDクラスの絆の見せ所がやってきた。

 

 

 ちなみに今は、絶賛トイレいるいらない論争の真っ只中である。

 

 あれ? 最初と状況変わってなくない?

 

 

「女子が仮設トイレを欲しがる気持ちは分からないでもない。しかし、だからって僕ら男子のポイントでもあるものを勝手に使おうとするのは納得がいかないな」

「私は……女の子の当然の要求をしてるだけよ。男子には関係ないでしょ」

「当然の要求? 男子には関係ない? 理解不能だ。それはただの差別じゃないか」

「差別って……あー頭痛くなってきた。平田くん、こんなのほっといて、ね?」

 

 今は池に代わりまして、バッターは幸村くんだ。池と篠原さんの戦いよりも、断然出てくる語彙は豊富になっている。

 どっちにしても挟まれる平田くん本当にかわいそう。

 

「僕はいつまでもDクラスに居るつもりはない。篠原さんのような個人の好き勝手を聞き入れていたら話にならないだろ。だから今ここでしっかりと方針を決めて貰いたい」

「は? それって私が何も考えてないって言いたいわけ?」

「本能のまま動くだけなら猿にでもできる。女は感情論で動くから嫌いだ」

「……はあ? 別に全部ポイントを使いたいって言ってるわけじゃないでしょ。最低限必要なものはあるって言ってんのよ。理論的に話してるつもりだけど?」

「二人とも落ち着いて。幸村くんの言いたいことも分かるけど、そんな喧嘩腰で話をしたところで解決しないことじゃないかな? もっと冷静に───」

「冷静? だったら、間違っても勝手にポイントは使わないってことだよな?」

「それは……」

「平田くん、男子の話なんか聞かなくていいって!」

 

 早くも混沌としている。

 

 ボルテージの上がった2人に、平田くんはどうするべきかわからないようだった。それでも困った顔は見せようとせず、なんとか意見を取りまとめようとしているところはさすが平田くんであった。

 

 少し距離が空いたところでその様子を清隆くんとぼーっと見ていると、後ろから声が聞こえてくる。

 

「統率力のないDクラスじゃ、先が思いやられるわね。それに平和主義の彼、平田くんには何一つまともに決められないんじゃない?」

「堀北さん」

 

 同じく言い争いをしている彼らを見ながら、堀北さんが重いため息をつく。

 

「今回の試験。思ったよりもずっと複雑で難解な課題と言えそうね……」

 

 堀北さんはどこか困惑した様子だった。あまり見ない表情だ。それだけこの試験が特殊だということだろう。

 

「大きくポイントを得られるチャンスだし、堀北は我慢するのも平気じゃないのか?」

「どうかしら。この段階で簡単だと言えるほど楽観的じゃないわ。私だって他の人たちと同じ。こんな場所で生活なんてしたことがないから何も計算しきれない」

 

 堀北さんがそのまま苦々しく言い放つ。

 

「一見単純そうに見えた試験も、立ち位置一つで大きく変わるのを実感してるところよ。全員が共通してポイントを節約したい気持ちはあるのに上手くまとまらない。いやらしい試験だわ」

 

 方針が一向に決まらず、未だに揉めているDクラスを少し遠くから眺めている茶柱先生の目は、ここからでも冷め切っているのが見て取れる。所詮Dクラスなんてこんなもの。そういう心中が透けて見える目。

 目が合う前に、視線を逸らした。

 

「堀北はどうしたいと思ってるんだ?」

「私としても、幸村くんの言うように1ポイントでも多く残したいわ。でも、満足な設備のない状態で1週間生活を送れる自信はない。それが正直な意見よ。チャレンジしてみようとは思うけれど、どこまで耐えられるか……。あなたたちは?」

「概ね同意見だ。全てが未知数すぎる」

「右に同じく。私もチャレンジはしてみたいと思ってるけど、実際問題難しくもあるよねぇ……」

 

 私たちDクラスがやきもきしている間に、AクラスとBクラスは話がまとまったようだ。それぞれのクラスから数人の生徒が固まって動き出し、森の中へと入っていっている。

 CクラスとDクラスは未だ最初の地点から動けていない。そして、おそらくまだ動くまでに時間がかかるだろう。あからさまにクラスごとの優劣を表しているみたいでちょっと笑う。

 

 口論の最中、池が乱雑に頭を掻いた。焦っているのだ。

 

「……あー、くそ、悠長にトイレの話し合いなんてやってる場合じゃないって! 俺はポイントを守るために何でもやるつもりだぜ。キャンプ地とスポットを探しに行く」

 

 1人でも強行突破して行きかねない雰囲気に、平田くんがすかさず止めようと声を上げる。しかし今の平田くんに、池の行動を止めるまでの説得材料がないのも事実だった。

 池の周りには、池と同じ考えをした男子たちが数人集ってきている。

 

「利用できそうなスポットとか拠点を見つけたらすぐに戻ってくるからさ。その後全員でそこに移動してから話し合いをすればいいじゃん。簡単な話だろ?」

「……わかった。でも、危険だと思ったらすぐに戻ってくるようにしてほしい。僕はクラスメイトの誰にも欠けてほしくないんだ」

「大袈裟だって! でもわかった、そのときはちゃんと戻ってくるよ」

 

 話がまとまった。根本的にはまだまとまっていないが、いつまでも平行線だったのが一応の前進は見せたか。

 池の周りに集っていた男子の1人である須藤が、清隆くんに声をかける。

 

「綾小路も行くか?」

「……行ってらっしゃい?」

「……いや。オレはいい」

 

 せっかくのお誘いを清隆くんが首を振って断った。それを受け、須藤があっさり「わかった」と頷く。

 池たち数人の男子が森の中に入っていくのを見送り、残されたDクラスメンバーは一旦日陰に行こうということで移動を始めた。

 

 ずっと日に晒されていたせいで、浮かんだ汗が首筋を伝う。清隆くんも同じ感じだ。私たちは暑すぎるのは苦手なのだ。

 いつでも涼しい顔をしている堀北さんがこのときばかりは羨ましく思う。……いや。今は涼しいだけではない、か。

 

 チラと堀北さんの様子を確認し、私もクラスの荷物を微量ながらも持つと、先を行くクラスメイトの背中を追って移動を始めた。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 一旦の移動を終え、日陰に人も荷物も入る。いよいよDクラスの絆が活かされるときが来たと言える。

 

 

 ちなみに今はトイレ論争に戻ったところだ。ついさっきまでは移動しながら清隆くんと堀北さんが過去云々で若干殺伐とした会話してたし、このクラス本当にこの先大丈夫だろうか?

 

 

「移動してる間に考えていたんだけど、まずは1つトイレを設置するべきだと思う」

 

 

 あっ平田くんがいた。何も問題なかったわ。

 

 移動している最中に考えを整理したのか、平田くんの口調に迷いがなくなっている。

 幸村くんが即座に言い返すが、平田くんの常にない強い口調、また説得力ある話しぶりと内容の的確さにだんだん反論ができなくなっていく。

 

 やがて訪れた沈黙は、幸村くん本人のものと周囲のものが合わさっていることから、彼がこれから出す結論は読めたも同然だった。

 

「……わかった。だったらトイレ、設置すればいいだろ」

 

 ついに幸村くんが折れる。これでトイレ設置の明確な反対派はいなくなったと言えよう。

 

 篠原さんたちはもちろん、軽井沢さんたちや堀北さんも少し安堵した様子を見せる。平田くんも一つ問題が解決したことで、どこかホッとしているようだった。

 しかし平田くんはすぐに切り替え、池たちに続いてベースキャンプの探索に出るメンバーを募集する。これ以上のクラスメイトから出る反発を防ぐためにだろう。

 志願者は思った以上に少ない。自然の森に足を踏み入れたことがないなんて人間はざらにいる。無理もないことだ。

 

 誰もが俯いたり、視線を逸らしたりと消極的な態度を見せる一方で、ここで真っ先に動いたのはやはり櫛田さんだった。

 

「あの、私でよかったら行くよっ」

 

 それを皮切りに志願者が増える。櫛田さんのような可愛い子目当ての者もいれば、女の子に危険なことを率先させてしまったことへの恥ずかしさから志願した者もいるだろう。

 清隆くんが私の手を引いて、遅れて手を上げる。その手を振って離した。

 

「私はすることあるから」

「何するんだ?」

「いろいろ?」

「……わかった」

 

 清隆くんが私から離れ、探索組が集まる箇所へと向かう。その背中を見送ってから、私も私で動き始める。

 途中、佐倉さんがあれ!? という顔で私と清隆くんを交互に見たのは気になったが、彼女も無事探索組に入ることができたようだ。これで特に苦労することなく、Aクラスから情報を得ることができるだろう。

 

 清隆くんは佐倉さんと余った高円寺くんで3人組を作り、森の中に消えていく。チラと視線を寄越されたので、パッと笑って手を振っておいた。

 

 全員の背中が見えなくなってから、私は平田くんのもとに歩み寄っていく。

 

「平田くん」

「うん? なにかな、水元さん」

 

 平田くんも場所が日陰で多少マシになったとはいえ、真昼間の夏であり暑いことに変わりはないようで、首筋に薄らと汗を滲ませている。その汗すら爽やかに見えるのだから、イケメン効果って本当にすごいと思う。

 

 一度邪念を振り払うため咳払いをし、当初の目的を完遂すべく口を開いた。

 

「マニュアル見せてもらってもいい?」

「もちろんだよ。はい、どうぞ」

 

 代表してマニュアルを持っていた平田くんにお伺いを立てれば、快く手渡してくれる。ありがたくそれを受け取った上で、迷いなくマニュアルに載っているはずのあるモノを探し始める。

 私の動きをそのままなんとなく見ていたんだろう平田くんが、私が止めたページに載っているモノ一覧を見て目を丸めた。

 

「やっぱりアウトドアって言ったらこうじゃなくちゃね」

「もしかして水元さん、この状況を結構楽しんでたりする……?」

 

 なかなかできない経験なのだ、どうせなら楽しまないと損である。

 真っ直ぐな眼差しで頷く私を見て、平田くんがちょっと気が抜けた感じで笑った。

 

 

 もちろんアウトドアって言ったら釣りだろうという考えのもと、私は釣竿のページを見ていた。何個か検討してもらって、後で清隆くん誘って一緒にやろう。

 

 

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