鶏が先か、卵が先か   作:楊枝

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知らない人

 池たち先に探索していた組が戻ってきて、状況は著しく変わった。どうやら良いスポットを見つけたらしい。

 さっそく池が興奮した様子で平田くんに成果を伝えている。

 

「川だよ川! 物凄く綺麗な感じの! そこに装置みたいなんがあったんだよ! あれが占有とか何とかの機械だ! ここから10分もかからないから早速全員で行こうぜ!」

 

 よし、川なら気兼ねなく釣りができるな。

 

 池たちと同じく探索を終えて戻ってきたらしい清隆くんが隣に並んできたので、「楽しみだね」と声をかけた。何が? ってもちろん釣りだが?

 

「それは大手柄だね。水源が確保できたら僕たちの状況は大きく好転するかも知れない」

 

 平田くんが手放しに池たちを褒めている。それは実際にスポットに案内されて、場所を確認してからだとより一層顕著となる。

 

「うん。きれいな水に、日光を遮る日陰。地ならしした地面。ここならベースキャンプにするのに理想的かも知れないね。すごいよ池くん」

 

 平田くんのこういうところってバブ味すごくない? これは男でも惚れるわ、間違いない。先生を間違えてママって呼ぶパターンある、いつか絶対そういう場面が来る。

 

 池が平田くんに褒められて嬉しそうにしている。わかる、私も平田くんに褒められたい。

 

 あまりに羨ましくなったので、私でもできることを真剣に考えてみる。

 例えば……そうだ釣りッ! 釣りで成果出しまくったら褒めてくれる気がする。初めてするけどたぶん大丈夫、要領を掴めばなんかうまいこといけるはず。

 

「俄然やる気出てきた。もうこれはやるしかない、清隆くん」

「何にやる気出してるんだ。できればこっちに関してもやる気を出してほしいんだが」

「それはそれ、これはこれ」

「なんでそんなに楽観的なんだ……」

 

 額に手を当ててため息をつく清隆くんに、自信満々に笑いかける。

 

「大丈夫だよ。清隆くんは完璧にするでしょ」

「……ああ。二度と巫山戯た話を持ってこさせない」

「視線。視線アウト、清隆くん」

 

 手のひらで清隆くんの目を覆う。そのまま体を反転させて、茶柱先生が清隆くんの視界に入らないようにする。

 清隆くんの茶柱先生ヘイトが思った以上にすごい気がする。一体どうしてこんなことになってるんだ。清隆くんってあんまり表に出してなかっただけで、実際は茶柱先生のこと結構……?

 

 正直この辺りは未知な部分が多い。心情というのは厄介だ。すべてがすべて内心として曝け出されていたわけじゃないことを知る。知識が役に立たないときもあるんだなと痛感することになった。

 いや。それとも、本来とは異なり、彼がこうなる何かが生じた……?

 

「うん。じゃあ後は、誰がリーダーをするかだ。肝心なのはそこだからね」

 

 私がいろいろ思考を巡らせ、知識の役立たなさに落ち込んでいるうちに、話はリーダー決めまで至ったようだ。

 

 櫛田さんがクラスのみんなを集めて円を作らせて、それから視線を集めた上で小さな声で言う。

 

「私も色々考えてみたんだけど、平田くんや軽井沢さんは嫌でも目立っちゃう。でも、リーダーを任せるなら責任感のある人じゃなきゃダメでしょ?」

 

 神妙な顔で頷くクラスメイトたち。櫛田さんの視線が動いて、私を、清隆くんを素通りし、ある人物に目を留める。

 櫛田さんに伴って、自然とみんなの視線もある人物に集っていった。その手腕は本当に素晴らしいものがある。

 

 櫛田さんが、その人物の名前を告げる。

 

「その両方を満たしているのは、堀北さんだと思ったんだけど……どうかな……?」

 

 堀北さんは櫛田さんからの推挙があっても、動揺した素振りは見せない。重要なのは誰がリーダーを務めればリスクが最も少ないか、だ。そのため、冷静に周囲の反応を窺っているように見える。

 

 真っ先に賛成の声を上げたのは、もちろん平田くんだった。

 

「櫛田さんの意見に賛成だよ。というより、僕もリーダーは堀北さんが良いと思っていたから。後は堀北さんさえ良ければ引き受けてもらいたい。どうだろうか」

 

 堀北さんは答えない。まだ慎重に周囲の様子を窺っているようだ。ただ、拒否をすることもなかった。

 そこで須藤が何を思ったか、胸を張って声を上げた。

 

「嫌がってるんじゃねえか? 無理強いさせるなよ。代わりに俺がやってもいいぜ」

「わかったわ。私が引き受ける」

 

 ……堀北さん、ちょっと食い気味だったな……哀れ須藤。君の犠牲は無駄にはしない。堀北さんが。

 

 とにかく、本人も了承したことだし、リーダーは堀北さんで決定だ。

 平田くんが茶柱先生からカードを受け取り、堀北さんに託す。装置をそれとなくみんなでカモフラージュしながら無事占有すれば、再び話は今後のことについてになる。

 

 今は池が川を有効活用しようと、飲み水にすることを提案して篠原さんとバチバチやっていた。この光景今日だけで何回見た? あ、3回? ありがとう清隆くん。

 

「喧嘩するほど仲が良いと聞くけれど、あの二人には当てはまるのかしら?」

「それは……当てはまらなそうだな」

「今は……ね」

「いくら意味深に言っても、あの二人は無理があるだろ」

「そうね。あの二人は無理があるわ」

 

 今は……ね(2回目)

 

「篠原。おまえ文句言ってんなよ。全員で協力しなきゃならない試験だろ、これって」

 

 口論している池と篠原さんの間に割って入ったのは3バカが一人、須藤だ。クラスで二、三位を争う問題児でもある。一位は誰かなど言うまでもない、満場一致で高円寺くんだ。

 

 たぶん今頃……。一人だけ遠い目で海の方を見た。

 

「ちょ、やだ笑わせないで。全員で協力って、それ須藤くんが言う?」

「俺がクラスに迷惑をかけたことはわかってんだよ。だからこそ言ってんだ。つまんねーことで反感買ってたら、いずれそれが自分に跳ね返ってくるってよ」

「……なにそれ。どうせ須藤くんだってポイントを使いたくないだけでしょ」

「誰もそんなこと言ってないだろ。寛治、おまえも少し冷静になれよ。いきなり川の水飲めって言われたら普通抵抗感じるだろ。俺だってそうだしな」

 

 そう思えば、須藤も本当に綺麗な須藤になったものだ。今須藤が行動を起こしているのは、決して堀北さんが見ている前だからという理由だけじゃない。根本的な部分で彼は変わりつつあるのだ。

 

 篠原さんはまだ腹の虫が治らないようだったが、平田くんの「一度解散にしよう。まだ時間はあるし、慌てて決める必要はないよ」という発言に少しは冷静になったようで、黙って引き下がっている。

 平田くんが茶柱先生のもとに行き、仮設トイレのレンタル申請を行うのに伴って、Dクラスのメンバーは再び各々で動き始める。

 

 池はその場に黙って留まって、ずっと悔しそうに唇を噛み締めていた。

 

「くっそ、なんなんだよ篠原の奴。結局頑張る気ないだけじゃんか」

 

 そう愚痴をこぼすと、不満げに小石を拾いあげて、川に向かって水切りのように投げた。

 石は5回6回と水面を蹴って、向こう岸を悠々と飛び越えていく。清隆くんが感心したようにそれを見て、声をかけた。私は隣で目を細め、冷静に狙いを定めていく。

 

「もしかして、意外とアウトドア的なこと得意なのか?」

「ん? あーいや、別にそう言うわけじゃないんだけどさ。小さい頃よく家族と一緒にキャンプしてたからさ」

 

 やはり……ココは池。池だッ! 決定的な発言も得られたことだし。

 

「だったら最初に、キャンプ経験あるって名乗り出た方が良かったんじゃないか? それで信頼を得ていたらもう少し上手く運べたと思うぞ」

「ボーイスカウトやってたとかなら自慢出来るかもしんないけどさ。ただキャンプ経験があるってだけじゃ自慢にもなんないし───」

「はい!」

「? どうした、葵」

「え、え? なに、急にどったの? 水元ちゃん」

 

 突然声を上げたことで視線が集まる。池を見ながら声を上げたので、池本人も自分に声をかけられたことがわかっているようで、戸惑って首を傾げている。

 私は真摯に池を見つめながら、言った。

 

「釣りの仕方を教えてほしいなーって思いまして」

「え……? 釣り?」

「うん。食料調達で、後で釣り道具を買うのは決まってるんだ。だから釣りのとき、やり方教えてほしい!」

「あ……うん。それは全然構わないけど……」

「いいの!? ありがとう!」

 

 了承の返事をもらえて素直に喜ぶ。釣り、一度してみたかったのだ。のんびり自給自足生活みたいで憧れの気持ちがある。

 まあ試験の最中なので終始のんびりしてられないだろうが、それも含め楽しみだ。追われる生活というのも悪くない。

 

 後の楽しみができて気分は上々だ。ご機嫌に今後の予定を考えていると、池が「そっか……」と何か納得したように呟く。どこか後悔が滲んでいるような声音でもあった。

 

「全員、初めてみたいなもんなんだな、こういうキャンプ生活。誰だって少しくらい経験あると思ってたぜ。そう考えたら、ちょっと無理言ったかもしんないな」

 

 そう呟いたっきり少し考え込む様子を見せる。しばらく黙っていたものの、急に何か考えを振り切るみたいに首を振ったかと思えば、軽く私に謝罪してきた。

 

「ごめん、水元ちゃん。釣りはまた教えるからさ。俺ちょっと泳いでくるね」

 

 池は今日相当働いている。暑い中、このスポットを見つけるのに森を探索してかなりの体力を削っているだろうし、気分転換に泳いでくるのは良い案だ。喧嘩していた頭も冷えるだろう。

 

 遠ざかっていく背に声をかける。

 

「清隆くんにも釣りのやり方伝授してねー!」

「ええ!? ん〜……まあいっか! おー任せてー!」

「オレ抜きで話を進めるな……」

「えっ清隆くん釣りしたくないの!?」

「いや、それはしてみたいが」

 

 じゃあ何も問題ないな。やっぱり楽しいことは共有しなくては。二人で共有して楽しさ倍増だ。

 

「…………」

「考えすぎてもつまらないよ、清隆くん。楽しむところは楽しもう」

「……そうだな」

 

 能天気な私の発言に引き摺られたのか、清隆くんがほっとしたような、少し気が抜けた顔をする。島に来てからは固い表情ばかりしていたから、ちょっとでも気が緩んだようなら何よりだ。

 島に来るなんて滅多にない経験なのだし、気を詰めるばかりなんて勿体ない。楽しむところは楽しまないと損だと思う。

 

 堀北さんが遠さがっていく池の背中を見つめて、何か考えている。と、考えをまとめたのか口を開いた。

 

「アウトドアの知識に加えてある程度森の歩き方も知ってる。高円寺くんが利用できない以上、彼に何とかしてクラスを引っ張ってもらう必要があるわね」

「まあ、そうなるだろうな。池の知識は役に立つ可能性がある」

「綾小路くん……水元さんでも構わないわ。彼の後を追ってもらえる?」

「追って説得しろって?」

「そうね」

 

 一切迷いのない返事だ。自分が説得しようなんて微塵も思っていないことがわかる。ここまで堂々とされるといっそ清々しい。

 一度清隆くんと目を合わせる。頷く。

 

「堀北、オレたちしか頼る相手いないもんな」

「……普段頼られることが少ないんだから、内心嬉しいでしょう?」

 

 イラッという感情が込められた声であった。清隆くん、言い方。

 間に入りつつ、私が了承の返事をする。

 

「別にいいよ。それとなく声をかけてみる。でも、タイミングはこっちで決めていい?」

「……いいわ。確かに今声をかけることがベストかどうかはわからないから」

 

 堀北さんはそれで話が済んだのか、私たちから身を引いて遠ざかっていく。

 

 二人で小さくなっていく彼女の背中を見送る。

 もう声が届かなくなっただろう辺りで、揃ってため息を吐いた。

 

「学校側も計算しつくしてなんだろうな」

「堀北さんみたいな一匹狼タイプの生徒には、圧倒的に不利な試験だよね」

「決められたルールから抜け出せるようになれば、あるいは、だな」

 

 どちらにせよ、まだまだ当分先の話だ。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 出来上がった2つのテントは、話し合いにより(もはや口合戦)女子に軍配が上がって、どちらとも女子が占有することとなった。私は女子組なのでありがたいが、結果的に野宿を強いられることになった男子にとったら堪ったものじゃないだろう。

 清隆くんも例外ではなく、というかむしろ地面で寝るのに抵抗が強い方であり、テントで悠々と過ごすことになった私を若干恨めしそうに見ている。申し訳ないがこれも天命なのだよ。

 

「今から食料を探しに行くんだけど、一緒についてきてくれる人ー?」

 

 櫛田さんの呼びかけが聞こえて、その内容の興味深さに清隆くんから視線を外した。

 近づいていって、詳しく尋ねる。

 

「食料って、木の実とか果物とか?」

「えっと、探索してみてからになるけど、目標は一応そんな感じかな?」

「はい! 行きます!」

「ありがとう、水元さん! 一緒に頑張ろうねっ」

 

 清隆くんも誘うか、と振り返って、ちょうど平田くんに話しかけられている。会話は終盤に近かったようで、平田くんが離れていくのに合わせて清隆くんが私を振り返って姿を確認し、歩み寄ってくる。

 

「今から焚火をするのに使えそうな枝を探しに行くんだ。葵、手伝ってくれないか」

「アッ……ごめん、私今から食料探しに行くことに……」

「……そうか……」

 

 今日はずっと清隆くんとタイミングが悪い。私が狙ってるときもあったけど、今回のことは完全なる偶然だ。そしてこの偶然もファインプレーであった。

 私から離れ、今度は須藤のもとに向かっている清隆くんの背中を見送ってから、私は私で先に準備をしている櫛田さんたちのもとに向かう。

 

 途中佐倉さんと目が合ったが、彼女は私が櫛田さんのところに向かっていると気づくと歩みを止める。そのまま俯いてしまったので表情がわからない。

 佐倉さんがとぼとぼと歩いて行った先には清隆くんがおり、気づかず清隆くんの背中に頭をぶつけてあわあわしている。お互い頭を下げ合って一言二言交わすと、佐倉さんがぶんぶん首を上下に振って、清隆くんもどこかほっとしたような雰囲気を漂わせた。……よし。これで安心して行って来れるな。

 

「水元さーん! 行くよ〜」

「はーい!」

 

 名前を呼ばれて櫛田さんのもとに急いで向かう。食料探索組は空のリュックを背負って、集団で森の中に入ろうとしているところだった。

 櫛田さんが私の姿を目に留め、ニコッと微笑んで手を振ってくれる。いや、本当可愛いな。

 

「頑張っていっぱい採ろうねっ」

 

 ……もしかしてここで頑張れば、櫛田さんにいっぱい褒めてもらえる可能性が……? 俄然やる気出てきた。

 

 食料探索組の人手はそう多くない。クラスに協力するより先に、海やら川やらに泳ぎに行っている人たちがなかなかの数いるらしい。さすがDクラス、個性豊かなメンバーに溢れている。もしくは日和見主義ともいえるだろうか?

 

 空のリュックを背負い直して、リュック案採用されてよかったな……と思う。リュックの存在をアピールしまくった甲斐があった。自分からは言い出さない、これ鉄則。

 

 それらしい食料は見つけ次第全部リュックに詰め込み、それから、池の出番だ。

 

 

 ちなみにちゃっかり褒めてもらうのも忘れなかった。

 

「櫛田さん見て、見て! これ野菜だよね!?」

「えっ!? ……あ、ほ、ほんとだ! すごいよ水元さんっ! こんなにたくさん見つけてきたの!? わぁっ、本当にすごい! ありがとう水元さんっ!」

「え……えへへ……えふふ……」

 

 弾けるような笑顔でしっかり褒めてもらえた。目的も達成でき、非常に満足した。

 

 あと同じく食料探索組にいた平田くんなのだが、彼にも褒めてもらおうとして見ればここでも女の子に囲まれており、さすがの私もそこに突っ込んで行くのは自重した。機会は……大丈夫。まだまだあるはずだ。こういうのはタイミング、タイミングが大事だから。

 

 

 

 

 夏の5時は明るいイメージが強いだろうが、実際その通りだ。異論はない。昼間より暗くなったとはいえ、夏の5時はまだまだ明るい。

 

 しかし此処、森の中となると話は変わった。

 

 伸びた木々が光を遮って、視界が悪くなるのはもちろんのこと、道の暗さが桁違いになる。日が落ちた森は危ない。体験すればわかる怖さであった。

 そんな中で、キャンプ地に戻る際に狼煙のように細く煙が上がっているのを見て、安心したというのが本当のところだ。目指す方角が一目でわかるだけで安心感が全然違う。

 森の中は目印を作っておかなければ、簡単に迷ってしまう。一応それとなしに作ってはいたのだが、暗くなればせっかく作っていた目印も見失いかけた。やはり夜の森は注意しなければならない。

 

 煙を頼りに暗い森の中を進む。キャンプ地に着いたとわかったときは、全員がホッと息を吐いた。

 食料を詰め込んだリュックを一旦下ろす。辺りを見渡し、森を抜ければ一気に明るくなった周囲に『これが森マジック……!』と感動する。

 

「おかえり、葵」

「あ、清隆くん。ただいま!」

 

 一人感動している時に、清隆くんが隣にやってくる。私の足元にあるパンパンになったリュックを見て、そのまま目を丸めた。

 

「こんなに採れたのか」

「実は途中で野菜を見つけたんだ。それもきゅうりだよきゅうり! 川で冷やして食べよう」

「川で……いいな。楽しみだ」

「他にもいろいろ採れてるよ。ほら」

 

 櫛田さんたちがいる方を指し示す。そこには果実、木の実らしきものを手のひらに乗せ、クラスメイトに食べられるものかどうか聞いて回っている彼女たちの姿がある。

 

「見たことないものばかりだな」

「そうなんだよね〜。でも美味しそうな見た目してるし食べられると思うよ」

「適当すぎるだろ」

 

 本心から思っていることだ。それに私は、そもそも知っていることでもある。

 

 食糧探索組が帰ってきたことで、キャンプ地は騒がしくなっている。騒ぎを聞きつけた池が、焚火付近から離れて櫛田さんたちのもとに向かった。

 櫛田さんの手のひらにある小さな果実を指先で摘んで持ち上げ、感嘆の声を上げる。

 

「お、これクロマメノキじゃん。桔梗ちゃんが見つけたの? すげーじゃん」

 

 みんなが果実を見て知らないと首を傾げて答えていた中、初めて手応えのある反応だ。櫛田さんが目を丸めて、どこか懐かしそうに目を細めて果実を見ている池に声をかける。

 

「寛治くん、これが何か分かるの?」

「ああ。クロマメノキって木の実だよ。昔山でキャンプしたとき食べたことあるよ。見た目通りブルーベリーっぽい味がするんだ」

 

 それから他の女子生徒が持っていた果実に目を移し、こちらにも感嘆の声をあげる。

 

「こっちはアケビだな。これも甘くて美味しいよ。いやー、懐かしいなー」

 

 池には気取った感じは全くなく、本当に懐かしい果実を見つけたといった様子で嬉しそうに子供のような笑みを零している。クラスメイトたちはそんな池を感心したように見ていた。

 いがみ合っていた篠原さんも池に質問をぶつけ、池は池で素直に答えている。今日一番のまとまりがある光景だ。

 清隆くんと目が合って、お互いに頷く。

 

 

 そのとき、ちょうど輪から抜け出して、平田くんが私たちのもとに歩いて来ていた。清隆くんに用事でもあるのだろう。

 

 と、思っていたら先に声をかけられたのは私だった。心臓がヒュンッてなった。

 

「水元さんが野菜見つけてくれたんだってね。本当にすごいよ、ありがとう」

「えっ! あっうん全然! こっちこそありがとう!」

 

 思ってもみないタイミングで褒められて、理想的な返しができない。謎のお礼を述べる私に、平田くんが優しく微笑みかけてくれる。後光が見えた。

 

「ありがとうって、そんな、こっちのセリフだよ。水元さんのおかげでクラスのみんなが助かるんだ。すごいことだよ」

 

 櫛田さんに続いて平田くんにも褒められて骨抜きにされそう。続けて「本当にありがとう」とイケヴォでお礼を言われて、完璧に骨抜きにされた。

 

 爽やかに笑い返す余裕もなく「そ、そんにゃあ……え、えへへ……えふふ……」と気色悪く照れていると、唐突に隣から静かに名前を呼ばれる。

 

 繋いでいた手に、不自然にぐっと力を込められた。

 

「葵」

「え、うん? どうしたの、清隆くん」

 

 顔を上げれば至近距離に清隆くんがいる。私の顔を覗き込んで、じっと……目だ。目を、見られている。

 

 頰を包むように両手を当てられた。見たことのない表情だ。

 無意味に口が開いた。

 

 

「……その……清隆くん……?」

 

「…………」

 

 

 時間にするとたった数秒。片手で指折り数えられるほど短い時間だった。

 

 

 至近距離で合わさっていた視線が外れて、同時に頰から首にかけて当てられていた手も離れる。

 

 清隆くんの視線は、今はもう完全に私から平田くんに移っていた。

 

「平田。他に何か用事はあるのか」

「えっ、あ、そ……そうだね。……えっと、そう……さっき頼んだ焚火のことなんだけど───」

 

 清隆くんと平田くんが何か話をしている。そこに池が加わって、それから池と篠原さんが何か話をして、それを見た平田くんがクラスメイトのみんなに向かって何か話をし始めて……

 

 ………私はその間ずっと、静かにその場で立ち尽くしていた。

 違和感。そうだ。これは、違和感だ。

 

 

 ───私は今、一瞬でも彼のことを、得体の知れないモノのように感じてしまった。

 それが、なによりも嫌だった。嫌だと、思って。

 

 

 再び握られた手からやけに温度を感じて、いつものように握り返すことができない。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 夜になって、約束していた通り集合すれば、清隆くんと二人でこっそりキャンプ地を離れる。

 よく観察すれば整然と茂る木々の中を歩き、伸びた枝が程よく切り開かれ、見上げれば満点の星空が見える木の根っこに二人で腰を下ろした。

 

「綺麗だねぇ」

「ああ。こういう島から見る星空もいいな」

 

 繋いだ手から、触れ合った肩から、じんわりと温もりが伝わってくる。夏とはいえ夜は肌寒いから、伝わる体温が心地いい。

 

 しばらくお互い静かに星空を見上げる。本当に綺麗だ。ほうと息を吐いて、夢中になって見上げ続ける。

 人工光がないだけでこうも星空の綺麗さに違いが表れるなんて、ちょっと理不尽なように思う。まあ、空気中の塵や排気ガスも関係しているらしいし、人工光だけが原因でないことはわかっているのだが。

 

 この星空が見れただけで、此処に来られて良かったと思うのだから、我ながら単純だ。自分の呑気さにちょっと笑う。

 

「伊吹のことなんだが、葵はどう思う?」

 

 口を開いた清隆くんからそんな発言が出てきて、のんびりと言葉を返す。

 

「伊吹さん? そういえば清隆くんと山内が連れて来たんだってね」

「いや、断じてオレじゃない。主導したのは山内だ。オレがあからさまな厄介事に自ら首を突っ込むわけがない」

「わかってるよ。いやぁ、巻き込まれ体質って大変だな〜」

「最悪な体質すぎるだろ……勘弁してくれ」

 

 額に手を当て重いため息をつく清隆くんに声を上げて笑った。可哀想だが、宿命とも言える。私は蚊帳の外で応援していよう。

 

 最初の質問に答える。

 

「まあ、見るからに怪しいよね」

「ああ。怪しさしかない。でも、叩かれた痕は本物だった」

 

 チラと隣に視線を向ければ、暗闇の中でも清隆くんの目が鋭く細まっているのが見えた。これから起こり得るあらゆる可能性を考えて、今彼の頭の中では目まぐるしく一つ一つに対策が立てられているだろう。

 

「伊吹は、ある男と揉めて叩かれたと言っていた。……Cクラスの、ある男……」

 

 目を伏せ、清隆くんが思索に耽る。お互いに再び無言になれば、先ほどとは違い、冷たく鋭い沈黙の時間が流れた。

 

 ……ある男、ねぇ。星空を見上げながら、胸中でぼやいた。

 

「早くも面倒くさいことになりそうで今からドキがムネムネするよ」

「間違いない」

「清隆くん何気にネタスルーするの当たり前になってきたね」

 

 そうか? じゃないが。直前でもスルーしてるよね? 自覚ないわけないよね?

 

「伊吹の鞄の中身も確認しなければならないし、やることはたくさんある。葵はどうするつもりなんだ?」

 

 なんともいえない顔をしている私に、清隆くんがマイペースに尋ねてくる。頭を切り替えて素直に答える。

 

「こっちは臨機応変に対応って感じかな」

「今回は葵も動くのか」

「お痒いところはございませんか〜? ってね」

「ございまくります〜ってか」

 

 ……一拍置いて、同時に笑みをこぼす。

 清隆くんの雰囲気が、氷が溶けていくように徐々に緩んでいくのがわかった。

 

 

「いやぁ、それにしても高円寺くん笑ったね。笑えない?」

「笑えない……自由な男だとは思っていたが、まさかリタイアするとは。微妙な気持ちだ」

「あそこまで自由だといっそ清々しいよ。いいねぇ、自由」

「ああ、そういうことか。いいよな、自由」

「鳥になりたい鳥」

「じゃあ鳥籠用意しないとな」

「夜になる前に帰ってくるよ。というかそこは清隆くんも鳥になりたいって言うところだよ」

「鳥になりたい」

「二羽で大空に飛び立とう!」

 

 益体もない話だ。でも、このくだらなさが愛おしい。

 

 

 肩にそっと頭が乗った。私もその上に頭を乗せる。重なった箇所から、じんわり伝わってくる温もりが心地いい。

 

「もう少しだけゆっくりして、戻ろうか」

 

 

 星。綺麗だねぇ、ともう一度口にした。

 こういう時に返ってくる相槌は、格別に嬉しいものだ。

 

 

 

 

 




確認作業をした結果、平田は大丈夫だと判断された模様
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