鶏が先か、卵が先か   作:楊枝

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第四章
自信の先取り


 味のあるサングラスを装着し、デッキの柵に肘を預けてそれっぽい雰囲気を出す。

 なお私の髪は風によってそれはもうバッサバッサと揺れ、その度に私の顔を激しく叩いており、サングラスと相まってなんともいえない間抜けな雰囲気を醸し出していることとする。

 

 同じくサングラスをかけて私の隣にいた清隆くんはといえば、サングラスのフレームを持ち上げて、普通に裸眼で私を見ていた。

 彼が呆れたような視線を私に向けてきているのは、黒いサングラス越しに見ているとはいえ見間違いではないだろう。

 

「いや……サングラスかける意味ってあったのか?」

「見た目がカッコよくない?」

「見た目だけはカッコいいな……」

「あとなんか……バカンスっぽい」

「バカンスっぽい……」

 

 とはいえ、見た目カッコいいしバカンスっぽいとしても、真っ黒なサングラスが目に悪いのはよく知られていることだ。

 

 目は、暗いところだと瞳孔が開き、より多くの光を吸収しようとする。光とは紫外線だ。紫外線は長時間浴びると、さまざまな目にまつわる病気を引き起こす。

 だからサングラスに紫外線カット機能がない限り、真っ黒なサングラスには効果も意味もないということだ。こんなに見た目カッコいいしバカンスっぽいというのに、世の中世知辛いものである。やはりオシャレには犠牲がつきものだということなのか。

 

 清隆くんの目を悪くするのは本意ではないため、彼からサングラスを奪い取る。貸し出し用グッズの一つとして置いてあったサングラスであるため、元の場所に返しにデッキを離れた。

 清隆くんの分のサングラスを返し終え、デッキは充分満喫したから今からは船内を回ろうと声をかけるため振り返った拍子に、清隆くんによって私のサングラスが奪われてしまう。

 

「長時間かけていると目が悪くなる。葵もそろそろ終わりだ」

「え〜」

「え〜じゃない」

 

 渋ってみるも、結局清隆くんによって私のサングラスが元の位置に返されてしまう。今日はハードボイルドに振る舞いたい気分だったんだが、致し方ない。

 

 

 

 二人並んでデッキを離れながら、船内に備え付けてある時計を見て、「あ」と声を上げた。

 

「もうお昼だ。清隆くん、今日は何食べたい?」

「昨日の夜はイタリアンだったからな……今日は和風でいきたい」

「和風か。いいね」

 

 夜のことを考えると、軽めの食べ物で抑えておくべきかもしれない。そうなると日本料理というよりは、やはり和食だろうか。

 

 船内の案内図の前を二人で陣取り、ここはどうだ、いやあっちはどうか、と思案する。数分悩んだ後お店を決めて、昼食に向かう。

 

 店内では清隆くんは山かけ月見そばを、私は海老天ざるそばを注文した。注文後しばらくしてテーブルに届いた料理に、それぞれ舌鼓を打つ。

 

「清隆くん、この海老天美味しいよ! 食べてみて」

「……ん、美味いな」

「でしょ!」

 

 今日を含めて三日間、清隆くんとはいろんなお店を回っているが、どこも料理が美味しすぎて驚愕するし感動する。

 豪華客船に備え付けられたお店はこうもレベルが違うのか……いろいろと後学になるため助かる。

 

「これってやっぱり生蕎麦なのかな……今まで食べてきたそばと違う」

「ああ……見た目もそうだが、食感からして違う。噛んだ時に広がる香りや風味も段違いだ。めちゃくちゃ美味い」

「もしかしてこれ十割蕎麦粉なんじゃ……? 十割でこんなに高度に仕上げられるってすごくない? いや、本当めちゃくちゃ美味い」

 

 美味いコールが止まらない。どのお店に行っても最終的には美味い美味いと言って、語彙力皆無になってしまう。私たちも今度はこんなそばを作れるよう精進しなければ……。

 

 清隆くんが先に食べ終わり、私も続く形で間もなく食べ終えて、二人でお店を出る。

 

 お腹が満たされ、気分は上々だ。なんとなく膨らんだ気がするお腹を撫でながら、清隆くんを見上げた。私の視線に気づき、清隆くんもこっちを見る。

 目が合ってから、ここ数日ですっかり腑抜けた顔で笑った。

 

「毎日こう呑気に過ごせると、楽しいねぇ」

「本当にな。船内が広すぎて、まだまだ全部見て回れてないしな」

「目指すは制覇だよ」

「抜かりない」

 

 腑抜けているのか腑抜けていないのかよくわからない目標を掲げつつ、のんびり廊下を進む。

 途中、軽井沢さんたちに囲まれて昼食に向かっている平田くんに出会った。女の子たちの身長が低くなければ、平田くんの存在に気づけなかっただろう。

 

 相変わらずイケメンだな〜と軍団の横を通り過ぎながら思いつつ、私たちは私たちで次の行き先を決める。

 

「今日はどこ行こうかな〜」

「確か今日の演劇はオペラ座の怪人じゃなかったか?」

「……この、ストーリーを知っているが故の葛藤と、せっかくの機会見なくてどうするという板挟み……」

「せっかくの機会見なくてどうする」

「だよね……なんだかんだ毎日劇場から離れられない」

「映画からも離れられない」

「本当それ」

 

 無料という言葉に弱すぎる。いや、劇場は演目が貴重というか、舞台が豪華客船ということもあってなかなか滅多に見られないような立派なものだからっていうのもあるし、映画は私たち二人が普通に好きだからなのもある。それにどれだけ見ても無料だし。無料だし(3回目)

 

 ちなみに船は全9階層と屋上に分けられていて、地上5階地下4階から作られている。私たちは今のところ地下1階から地下3階を往復している感じだ。この地下1階から地下3階に映画や舞台などのさまざまな娯楽施設が設置されている。

 階層ごとの内容はというと、1階はラウンジや宴会用のフロア、屋上にはプール、カフェなどが設置されており、3階から5階に当たる部分は客室があるフロアとなっている。

 客室は3階が男子で4階が女子という区別だ。船でも男女は教師も含め明確に分けられているらしい。とはいっても学校の寮と比べると制限は緩い。男女間で特に移動の制限は設けられていないし、禁止事項は0時以降になると男子は女子のエリアへの滞在と立ち入りくらいだ。健全でいいことだと思う。

 

 私たちがここ数日、メインで見て回っていた場所である地下1階から地下3階だが、映画や舞台は毎日内容が変わるため、ついつい長居してしまっているのが現状だ。そしてこの数日で、すっかり伊吹さんとは感想を語り合うような仲になった。

 伊吹さんは映画メインで見て回っていたようだが、今はたまに演劇の席でも出会すことがある。目が合って、一瞬気まずそうにしながらふいっと顔を背けるまでがセットであった。そして演劇が終わると、そそくさと去ろうとする伊吹さんを捕まえて感想を語り合うまでが本当のセットである。

 

 私たちが感想を語り合うようになったのは、私と清隆くんのみで語り合っていたところに伊吹さんが鉢合わせ、私たちの会話が聞こえていたのかぼそっと彼女も意見を言ってくれたのが始まりだった。

 

 私と清隆くんは割と感性が似ているというか、語り合うというのもお互いの感想に「やっぱりそうだよね〜!」「だよね〜!」と同意し合うことの方が多い。

 そのため、私たちとは違った切り込みからの意見を言った伊吹さんが新鮮で、思わず彼女をこちら側に引き摺り込んでしまったというのがことの次第である。

 

 もともと伊吹さんとは無人島で顔見知りになっていたし、お互いに素性を知っていたのもよかったんだろう。

 伊吹さんは常に威嚇している子猫みたいな感じだが、私が多少強引でも話しかけるうちにこちらの出方を伺う子猫みたいな感じにまでなった。なんというか、心地の良い達成感みたいなものがある。

 

 伊吹さんは今日は映画と演劇どっちにいるだろうな、と考えていると、平田くんたちに続いて今度は高円寺くんに出会った。

 上半身裸で海水パンツを穿いただけ、加えて全身に水滴が散っている姿を見るに、先ほどまでプールで泳いでいたんだろうか。高円寺くんの足元には転々と染みが続いており、この推測も間違っていないだろうと考える。

 

 高円寺くんのことだからそのまま私たちの横を通り過ぎるだろうと思っていたら、気まぐれでも起こしたのか、あっさりと話しかけられた。

 

「おや、水元ガールに綾小路ボーイじゃないか。偶然だねぇ」

「高円寺くんは今日も絶好調だね」

「もちろんさ。私が絶好調じゃない日など無い。常に自己研磨を欠かさず、私は自分自身が唯一の最高にして最強の人間であることを自負している。当然のことだねえ」

 

 高円寺くんがバッと濡れた髪をかきあげる。その際髪から水滴が飛び散って、私たちの方にまで飛んできた。二人で為す術なく水滴を浴びながら、うーんさすが高円寺くんだといつもの仏の顔をする。

 

「水も滴るいい男……」

「おや。よくわかっているじゃないか、水元ガール。そうだろう? 私の美しさにより磨きがかかっている。美しいものは得てして罪になるものさ」

 

 言ってる拍子にまた髪をブワッとかきあげた。さっきより距離が近づいていたから、もはや散弾銃の勢いで私たちに水滴が降り掛かってくる。隣で清隆くんがげんなりしている。

 

「前々から思っていたが、水元ガールはなかなかに見る目がある。そうだ、紙とペンは持っているかね?」

「はいっ!」

「なんで持ってるんだ」

 

 高円寺くんとはよっぽど必要に駆られない限り喋ろうとしない清隆くんだが、さすがに耐えきれなかったのか私に冷静にツッコミを入れてくる。なんで持ってるのかって言われても……いつか来るこの日を待っていたからだ。それ以外言いようがない。

 

 いそいそとポケットからメモ帳を取り出し、ボールペンと一緒に高円寺くんに差し出す。用意のいい私に高円寺くんは満足そうにしている。

 

 高円寺くんはさっそくメモ帳の1ページ目を開け、そこにさらさらと何かを書き込むと、私にメモ帳を返してくれた。返されてすぐにメモ帳を開き、清隆くんと一緒に覗き込む。読みづらい文字だが、しっかりと『高円寺六助』と書かれてあって、パァッと目を輝かせた。

 

「おお……すごい本物だ……!」

「そうとも。たとえ安物のメモ帳だろうと、サインを書いたのはこの私だ。将来きっと値がつくことになる。先見の明がある君にプレゼントをしよう。ありがたく保管したまえ」

「ありがとう高円寺くん! うん、大事にするよ!」

「オレはどこからツッコめばいいんだ?」

 

 サインにはしゃいでいる間に、高円寺くんが高らかに笑い声をあげながら颯爽と立ち去っていった。高笑いのエコーが未だ廊下に残っている気がする。

 

 丁寧にメモ帳をポケットにしまう。清隆くんは胡乱な目つきをして、高円寺くんの去って行った先を見ていた。

 

「行き先から見るに、部屋に向かっているのか……水浸しにされるのだけは勘弁してほしいんだが」

「清隆くん、そういえば高円寺くんと同室だったっけ」

「ああ……気まずさとか、そういう問題じゃない。疲れるんだ……」

 

 清隆くんから哀愁らしきものが漂っている気がする。少し可哀想になったので、よしよしと背中を撫でてやった。

 まあでも、可哀想は可愛いだからな……内心で思ったことは微塵も表に出さないようにする。

 

「劇が始まるのは何時からだったかな……いつも15時から始まるよね」

「15時で合ってる。まだ上映するまで時間はあるから、1階のカフェで───」

 

 と、そのとき唐突に携帯が鳴り響いた。音の鳴った場所に気づき、あれ、と目を丸める。

 ポケットを探り、自分の携帯を取り出す。画面に表示されている名前は……佐倉さんだ。電話ではなくメールだから、緊急ではない……のか?

 

 携帯を操作し、さっそくメール画面を開く。手元に影がかかったところで、慌てて隣の人物から携帯を遠ざけた。

 

「プライバシーの侵害!」

「今から会うのか?」

「この一瞬でバッチリ内容見てる……」

 

 見られているなら今さらか、と抵抗をやめてもう一度携帯を見下ろした。画面には先ほど開いたばかりのメールが提示されたままになっている。

 

『少し相談があります。お時間があるときでいいので、よければ二人で話したいです』

 

 簡潔な内容だ。時間指定も場所指定もない。私の都合に合わせるということなんだろう。

 

 ため息をつきながら、清隆くんに注意することは忘れない。

 

「清隆くんね……佐倉さんにもプライバシーがあるんだよ。あまりよそでは人様の携帯を許可なく勝手に見ないように」

「わかった」

 

 本当にわかってるのかな……。不安を覚えつつも、改めて今後の予定を考える。

 急ぎの用事はない。劇が始まるまでまだ数時間あるし、今からでも佐倉さんの相談を受けていいくらいだ。

 清隆くんを見れば、オレのことは気にせず行っていいと頷いてみせてくれた。

 

 本当なら清隆くんも連れて行った方がいいと思うのだが、佐倉さんはメールに『二人で』と明記している。私の我儘で清隆くんを連れて行くのは彼女にとって想定外だろうし、それに不義理でもあるだろう。

 

 携帯に文字を打ち込み、今からでも大丈夫といった内容のメールを送れば、返信はすぐに返ってきてとんとん拍子で落ち合う場所も決まる。

 

「じゃあ、私は佐倉さんに会ってくるね」

「ああ。終わったらまた連絡してくれ」

「はーい」

 

 清隆くんと手を振って別れると、私はさっそく指定した場所である船内の隅の休憩所を目指して歩き始めた。

 

 

 

「っ……はぁーーっ……はあああーーーっ……」

 

 しばらく歩き、目的地が見え始めた頃、少し遠くからでも聞こえるくらいの大きなため息を何度も何度もこぼしている佐倉さんを発見した。どうやら彼女は私より先に休憩所に着いていたらしい。ベンチに座って、ため息を吐くのと同時に大きく肩も上下させている。

 

 驚かせるのは本意ではないため、少し遠くから先に声をかけた。

 

「おーい、佐倉さーん」

「わあ! あっ、水元さん!?」

 

 この様子を見るに、多分どんな声の掛け方をしても驚いたんだろうな……。

 

 いつも丸まっている背中は、驚いたせいでピンと真っ直ぐに伸びている。

 あははと軽く笑ってみせて、私は佐倉さんの隣に並んで座った。

 

「驚かせてごめんね」

「う、ううんっ。その、私がちょっと変に緊張してただけで、水元さんは何も悪くないからっ」

「ならいいんだけど……」

 

 首が取れそうな勢いで頷く佐倉さんに、ついまた笑ってしまう。佐倉さんがよくする大袈裟な仕草は面白いし、それに何より可愛くて癒される。

 

 佐倉さんに和むのもそこそこに、改めて首を傾げてメールに書いてあった相談事というのを尋ねた。

 

「それで、私に相談って?」

「あ、あの……私、同じ部屋の人とのことで、ちょっと悩んでて……」

「あ〜……」

 

 なるほど、と頷く。

 

「私は余りもの組だし、佐倉さんは元々決まってたグループに一枠余ってるからって無理やり突っ込まれた組だったね……」

「うん……だから、すごく気まずくて……」

 

 佐倉さんが視線を伏せて、所在なさげに膝の上で指を弄っていた。横目でチラと私を見て、「でも……」と声を上げる。

 

「水元さんは最初から堀北さんと同じだったみたいだし、その……余り物じゃないと思うよ……?」

「結果的に余り物扱いされてたってだけだよ。気難しい子だからなぁ、堀北さん」

 

 そもそも堀北さんと同室になることが決まったのは、クラスの圧力とかなんかそういうのがあった。無人島で活躍して信頼を勝ち取ったとはいえ、この特別試験以前はまだ堀北さんクラスで遠巻きにされていたからな……。

 特に決まった人と仲良くなかったから私に白羽の矢が立っただけで、最初から堀北さんとセットになっていたとかそういうわけではない。

 

 一旦堀北さんのことは横に置き、改めて佐倉さんに問いかける。

 

「えっと、じゃあ佐倉さんの相談って同室の子と仲良くなりたいとか、そういう?」

「そう……だね。仲良くなりたい気持ちと、一人きりでいたい気持ち……両方ある、かな」

 

 佐倉さんが言いながら、落ち込んだように肩を落とす。いつのまにかいつもの猫背になっていて、元々身長が低い佐倉さんだとより体が小さくなったように見える。

 

「こんなだから、私ってダメなんだろうね……」

 

 ……そんなことないよ、と口で言うのは簡単だ。だが、そこにはどこまでも中身がない。慰めの言葉は人によったら一時の気休めにはなるかもしれないが、長期的に見れば具体性も中身もないただ元気付けるだけの言葉に意味はないだろう。

 

 佐倉さんと同じように視線を伏せる。それから何度か口を開閉して、やっと声に出せたと思ったら、どこか宙ぶらりんで頼りない。

 情けないな、と思えば、浮かんだ笑みも自然とへらりとした軽薄なものになった。

 

「……ね、佐倉さん。バカンスから帰ったらでいいよ。もしよかったら、私と一緒に勉強、頑張ってみない?」

「へ……っ?」

 

 佐倉さんから素っ頓狂な声が上がる。私の提案に驚いたせいか、佐倉さんが勢いよくパッと顔を上げて私を見た。私も佐倉さんに合わせて体を彼女の方に向けようとしたが、なんとなく彼女に向き直れないまま言葉を続ける。

 

「私ね、佐倉さんに足りないのはさ……自信だと思うんだよ。何か一つでも、自分に自信を持てる何かがあれば……人って簡単に変われるよ。私、これでもどんな教科だろうと平均点を取れる自信だけはあるんだ」

「平均点を取れる自信……」

「これも立派な自信だよ。たぶん平均点当てだと誰にも負けない自信だってあるね」

 

 佐倉さんが私の言葉に、少し吹き出すようにして笑ってくれた。それで空気が緩んだ気がして、なんとなく力が入っていた自身の肩から徐々に力が抜けていくのがわかる。

 

 うん、と大きく頷いた。今度はちゃんと彼女の目を見て、自信満々な笑みを浮かべる。

 

「そうだよ。だから、大船に乗ったつもりで佐倉さんは私に頼ってほしい」

 

 とりあえず、まずは勉強から。

 

 佐倉さんがジッと私を見つめて、それからゆっくりと頷いてくれた。胸の前でギュッと手を握っているところを見ると、なんとなく思いの強さみたいなものを感じる。

 

「うん……私……私、変わりたい。私も……」

「……? 私も?」

 

 中途半端に切られた言葉が気になり、続きを促すように繰り返した。佐倉さんはハッとした様子で口を手のひらで押さえ、少し視線を彷徨わせてから、眉を下げて微笑んだ。

 

 

「いつか……きっと、言えるように……頑張るよ」

 

 

 なるほど。自信を持てるようになったら言ってくれるのかな?

 

「そっか。じゃあ、楽しみにしてるよ」

「うん。待ってくれると嬉しいな」

 

 あまり待たされるとこちらとしても状況によっては困るのだが、私が彼女にしっかりと自信を持たせれば済む話だ。

 佐倉さんにも言ったように、方法はなんだっていいのだ。私は数ある方法の中で、勉強という一つの手段を取ったに過ぎない。人は誰しも可能性に、未来に溢れている。佐倉さんはただ、今までは明確なきっかけが無かったから燻っていただけだ。

 

 佐倉さんは変われる。私はそれを知っている。知っていながら……私の我儘で、その時期を早める。

 

 ……いよいよ取り返しがつかなくなってきたな、なんて思ったが、後で釣り合いが取れるようにするのだから問題ないだろう。大丈夫だ、そう、何も問題はない。

 

 

 思考に沈んでいたせいで、隣で佐倉さんがうわずった声で、何かもにょもにょ言っているのに気づくのが遅れる。

 

「水元さん、その、あのね。……その、もしよかったらなんだけどこの後ッ───」

 

 佐倉さんが用件を言い終わる前に、突然携帯から甲高い音が鳴り響いた。完全にデジャヴだった。

 

「あ、あれ!? へっ!?」

 

 佐倉さんは突然鳴り響いた音に驚いたんだろう。座っていたベンチから数センチ飛び上がって、わたわたと慌ててポケットから携帯を取り出している。私もそれに続き、ポケットから自身の携帯を取り出した。

 

 この音は確か……学校からの指示であったり、行事の変更などがあった際に送られてくるメールの受信音だ。入学後に説明は受けていたが、今日まで重要メールが届いたことは一度もなかった。

 

 携帯を取り出したのと同時くらいに、船内アナウンスが流れ始める。

 

 

『生徒の皆さんにご連絡いたします。先ほど全ての生徒宛に学校から連絡事項を記載したメールを送信いたしました。各自携帯を確認し、その指示に従ってください───』

 

 

 ……ついに始まったか。ため息を吐きたくなるのを堪え、画面をタップして届いたばかりのメールを開くと、その内容を確認する。

 

『間もなく特別試験を開始いたします。各自指定された部屋に、指定された時間に集合して下さい。10分以上の遅刻をした者にはペナルティを科す場合があります。本日19時20分までに2階201号室に集合して下さい。所要時間は20分ほどですので、お手洗いなど済ませた上、携帯をマナーモードか電源をオフにしてお越し下さい』

 

「……19時20分……2階、201号室……」

 

 反芻するように繰り返す。私の言葉を聞き、佐倉さんが目を丸めて首を傾げた。

 

「へ……あ、あれ。だとしたら、私と全然違うね……?」

「そうなんだ? もしよかったら、見せてもらってもいい?」

「も、もちろんだよっ」

 

 言うが早いか勢いよく携帯を差し出され、勢いに押される形で携帯を受け取りつつ、開かれたままの彼女のメールを見る。確かに私と時間も場所もまるで異なっている。

 確認し終えて彼女に携帯を返しながら、ふむ、と顎に手を当てた。

 

「これって、その、特別試験……だよね?」

「そうだろうね。無人島に続いてまた特別試験か〜嫌になっちゃうよ」

「うん……変なことにならないといいんだけど……」

 

 佐倉さんが再度しょげたように俯くので、私は少しでも元気づけようと隣で明るい声を上げた。

 

「大丈夫だよ。船内での試験だ、無人島みたいに体を使うことはないと思うよ。それに困ったら、今みたいに私に相談してよ」

「い、いいの?」

「もちろん。まあでも、話を聞くだけになっちゃうかもしれないけど」

 

 冗談っぽく軽く笑ってみせてから、そういえば先ほど佐倉さん何か言いかけてたな、と思い出した。

 突然届いたメールのせいで話が流れてしまったが、私に対して言いかけていた言葉のようだったし、聞き直した方がいいだろう。佐倉さんに向き直り、口を開く。

 

「佐倉さん、メールが届く前のことなんだけど、私に何か───」

 

 ……私の携帯が鳴っている。今度は電話だ。さっきから携帯が大忙しすぎる。

 メールを確認した後ベンチに置いたままだった携帯を取り、画面に表示された名前を見る。清隆くんだ。

 

 佐倉さんに断りを入れ、電話に出る。

 

「清隆くん。どうしたの?」

『チャットは入れていたんだが、既読がつかなかったから電話したんだ。葵はメール届いたか?』

「届いたよ。時間は19時20分、場所は201号室」

『そうか……オレは時間が18時で、場所は204号室だ』

「みんな見事にバラバラだね〜」

『佐倉も?』

「うん。私たちと違うよ。ね?」

 

 隣で佐倉さんがコクコク頷いている。

 

『いろいろ話したいんだが、こっち来れるか?』

「了解。今どこ?」

『1階の階段に差し掛かっているところだ。待ってる』

「はーい」

 

 清隆くんとの話が終わり電話を切ると、改めて佐倉さんを見た。ことごとくタイミングが悪かったが、今度こそ彼女がさっき言いかけた言葉を聞くことができるだろう。

 

「よしっ、じゃあもう一度聞くんだけど」

「う、ううんっ! なんでもないよっ」

 

 顔の前で両手を振り、ついでに首も振り、佐倉さんがなんでもなくない顔をしてなんでもないと言う。そんな態度をされたら俄然気になるもので、訝しげに眉を寄せて佐倉さんを注視する。

 

「ええ……? でも、さっき確かに」

「ごめんね、その、本当になんでもないの。……あ、その、またねッ」

「あっこら佐倉さん!」

 

 ピューッと駆け足で逃げて行ってしまった佐倉さんの背中に、私の手が中途半端に伸びている。

 所在なさげに揺れている手をすごすごと下ろし、私はなんとも言えない顔をしながら頰を指先で掻いた。

 

 

 

 

 




四章はすぐ終わるし定期更新する予定だったのですが、操作ミスって最後1話のデータが完全に飛んでしまい、大分やる気を無くしつつ投稿しています。内容端折って投稿すると思いますが、もう一度書き直すの面倒な気持ちでいっぱい(小並)なので、最後1話いつ投稿できるかわかりません。かといって最終話だけ永遠に投稿しないのもアレなので、他の話も最終話に合わせるかもしれません。気長にお待ちいただけると嬉しいです。
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