あと誰か雪ちゃんを幸せにしてくれないか?
占い師さんのちょこっとアドバイス
「葵、占い行かないか」
「へ?」
部活終わり、学校のシャワーで汗を流して直帰したのは清隆くんの部屋だ。来た時点ですでに空調がかけられており、炎天下を歩いて帰ってきた身としては室内は実に快適な温度だった。
極楽極楽〜と空調機の前を陣取り涼んでいたところを、気を利かした清隆くんが氷の入った水を持ってきてくれたので、亭主関白もさながらで受け取って一気に喉に流し込んだ。そして一息ついて落ち着いた後、かけられた言葉に目が点になる。
うらない。占い?
突然降ってきた単語が清隆くんとうまく結びつかない。首を傾げる私に、清隆くんはどこか浮き足だったような様子を隠さずに詳しく説明してくれる。
「葵が部活でいない間、須藤から連絡があってな。どうやらちょうど今、ケヤキモールによく当たるという噂の占い師が来ていて───」
話を聞くに、須藤から電話を通して堀北さんを占いに誘うよう指示され、清隆くんは清隆くんで私を誘って行けばいいんじゃね? と提案されたらしい。提案されたところで占いに猜疑心を持っており乗り気じゃなかった清隆くんだが、堀北さんと占い談義をするうちに興味が湧いてきたとのこと。
ちなみに堀北さんには普通に断られたらしい。哀れ須藤。
そこまで話を聞き終えて、うーんと頭を絞る。清隆くんはワクワクと私の返事を待っている。
「……いつ行くの?」
「できるなら明日にでも行きたい。……ダメか?」
「うぐ……」
窺うように上目遣いに見られ、清隆くんのそんな顔に弱い私はあっさり折れそうになる。……が、予定は予定だ。
申し訳なさを全面に出しつつ、明日の予定を挙げる。
「……ごめんね、基本夏休みは朝練なんだけど、明日は顧問が朝から用事があるみたいで……急遽練習が昼からになったんだよ。だから明日は行けない」
「そう、か……」
眉を下げて残念そうにする清隆くんに、励ますよう明るく声をかける。
「占いをどんな風にやってるのか、見に行くだけ見に行ってもいいんじゃないかな。それでどんな感じだったか教えてよ」
「……そうだな。いつまでやってるのかも聞いてみる。朝練の日だったらいいんだよな?」
「うーん……」
「……嫌なのか?」
さすがの清隆くんも察してしまう生返事をしてしまう。日程のことでなく、心情面で尋ねてきたのがその証拠だ。
私は複雑な顔をして唇を引き絞っている。しかしいつまで経っても黙っていられるわけがないので、渋々口を開いた。
「別に……嫌なわけじゃないんだよ。でもなんか……当たってたら怖くない?」
「なるほど、そっち方面の拒絶もあるのか……」
感慨深そうに納得しながらも、そこで折れる清隆くんではなかった。
ずいと体を近づけて、熱心に私を見つめてくる。
「大丈夫だ。オレが隣にいる。一緒に話を聞こう」
「う、うーん……」
「そもそも境遇が似ているオレたちだ。当たり外れもわかりやすい。なんならオレだけ占ってもいい」
「じゃあ私外で待ってる……」
「……言われてみればそうだな。説得の仕方を間違えた。やり直そう」
両肩に清隆くんの手が乗る。力を込められていない、ただ乗せられているだけの手だが、体に加えてずいと近づけられた顔で圧を感じている。部屋の電気の位置もあり、清隆くんが作る影によって私は完全に影の中に取り込まれている。
「これは堀北からの受け売りにもなるが、占い師は統計学やコールドリーディングを用いて、あたかも未来を予測したように占いを行うのが主な手法だそうだ。超能力やエスパーなんていう非現実的なものでなく、過去の膨大なデータを参照にするほか、占い師自身の観察力や話術によって予測が成り立つということだ。なら、データに関してはどうしようもないが、観察力を誤認させる方法などいくらでもある。葵はそれを逆手に取って占い師とやり取りすればいい」
「やり取りって……要は遊ぶってことじゃん……」
「まあ、そうとも言う……のか?」
「なんて人聞きの悪いことを! 清隆くんをそんな風に育てた覚えはありません!」
「遊ぶ云々は葵が言ったんだからな? オレはやり取りと言っただけで、わざわざ遊ぶと言い換えたのは葵だからな?」
というかそもそも此処にはオレと葵しかいないんだからいいだろ、と付け加えられる。あとオレは葵に育てられていない、とも忘れずにきっちり訂正された。それはそう。
ふざけるのは一旦やめて、真面目に答えることにする。複雑な顔は維持したままだ。
「でも、統計学ってことはさ、超能力とかそういうあやふやなモノなんじゃなくて、データに基づいたある程度の根拠がある予測ってことになるよね……やっぱり当たってたら怖くない?」
「その結論は変わらないのか……」
清隆くんが項垂れる。その拍子に私の頰には彼の柔らかな髪がかかった。
どの立場で感は否めないが、慰めるように清隆くんの背中に手を回してポンポン優しく叩いた。
「まあ、気が変わるかもしれないしさ……新しく情報が集まったらまた教えてよ。ね?」
「わかった……早く気を変えてくれ」
残念そうにしつつも、ちゃっかり要望は伝えてくる。清隆くんのこういう強かなところ、とても良いと思う。できることなら叶えてあげたい。
が、そもそもの話だ。部活の時間帯変更は本当だとして、たとえ朝練のままだったとしても私は返事を渋っていただろう。それは心情面でも言えたことだし、他にも理由はある。その理由とは───
夏休みの間ですっかり主夫姿が様となり、部活帰りの私に甲斐甲斐しく時間帯としては少し遅い昼食を作ってくれた清隆くんが、昼食の素麺をちゅるちゅる食べている私を正面に座って眺めながら今朝のことを話してくれる。その際、間を開けず話に出てきた名前に顔を上げた。
「伊吹さんに会ったの?」
「ああ。伊吹も占いに興味があるみたいだった。オレよりよっぽど詳しかったぞ」
へぇ、と相槌を打つ。ひとまず伊吹さん関連については深掘りせず、素麺を啜る。
清隆くんもすぐに話を移し、今朝実際にケヤキモールに行って占いについて調べてきたことを話す。
新たに得た情報としては、占いでは天中殺という方法を用いるとのこと。伊吹さんからもたらされた情報らしいが、後で清隆くんなりに調べて、それが人の運命の流れなど、大層なものを占うものであるとのこと。特にその人にとっての悪い時期などがわかるらしい。
天中殺はこれまでも幾たびとブームになったことがあるようだ。それだけ占いというコンテンツが人から注目を集めている証拠であり、また最近でも占いが外れた云々で問題が起こったりと、今もなお人から関心を寄せられ続けているということで的中率は中々のものであるんだろう、というのが清隆くんの言だ。
以前よりさらに好奇心に満ちた様子で、清隆くんがどことなくキラキラした目で私を見つめてくる。
その視線に当てられながら、ちゅる、と残りの素麺を啜る。細い麺とはいえしっかり咀嚼し、喉に流してから、またしても私はうーんと首を捻った。
「それ、二人組じゃないと占ってくれないんだよね?」
「ああ。だから」
「伊吹さんも一人だったんだよね?」
「……そうだが」
清隆くんの言葉に被せるようにして尋ねる。言葉を遮られて怪訝な顔をしながらも、清隆くんが頷く。
「じゃあ」
「葵がいい」
今度は私が遮られた。私が次に発するであろう言葉を察してしまったらしい。納得がいっていないと丸わかりの表情をして、私を若干睨め付けるようにして見てくる。
対して私も首を捻らざるを得ない。
「うーん……」
「何がそんなに嫌なんだ。葵だって変わったこと好きだろ」
「占いは微妙なんだよ……なんか怖いじゃん」
「だからオレが横にいるって言ってるだろ」
「何の安心材料にもならない」
「なんだと?」
むしろ隣に清隆くんがいることが不安材料だ。……と、ここまで言えば本格的に機嫌を損ねそうなので黙っておく。沈黙は金。
明日は通常通りの朝練だ。だから昼からなら行けないこともない、が……少しの間考えて、結局首を振った。
「そういうのは占いに関心がある人同士で行った方が楽しいと思うよ。伊吹さんもちょうど一人なんだし、誘ってみればいいんじゃないかな。彼女サバサバしてるし、誘っても他意なく頷いてくれると思うよ」
「………」
むっと唇を引き結び、不機嫌な表情をしている清隆くんに苦笑をこぼす。
「また結果教えてよ。それ聞いたら気が変わるかも」
「……気が変わらない奴の言うセリフだ、それは」
諦めたようにため息を吐く。清隆くんはそのままどこか思案げに机に視線を落としていた。
§
部活帰り、一応清隆くんの部屋を訪ねて誰もいないことを確認したのちに、自分の部屋に帰って昼食を取る。作りたての冷やし中華の麺をちゅるちゅる啜りながら、今頃清隆くんは伊吹さんと一緒に占ってもらってるんだろうな〜と考えを巡らせる。
その後はドキドキ☆密室エレベーターの変が起こり、知っている通り葛城くんが招集されるのだろう。つまり今日の私は、暇……!
食べ終わった冷やし中華のお皿を流しに置いて水につけると、洗うのは後にして再び部屋に戻る。
学生にとっては夏休みとはいえ、社会全体で見ると仕事に明け暮れている人が多いであろうなんてことない平日の昼だ。当然テレビ番組で私の好きなお笑い番組が狙ってあるわけでもない。
とはいえ他にすることもないので、軽く机を拭いてからテレビをつける。
世界情勢やさまざまなニュースが流れる情報番組をなんとなく見ていると、携帯に電話がかかってくる。
ちょうど今日のワンワンニュースというコーナーで柴犬が紹介されているのもあって、画面に釘付けになっていた私は、誰が電話をかけてきているのか碌に確認せず耳に携帯を当てた。
「はーい」
『葵。単刀直入に言う。今からケヤキモールに来て欲しい。詳細はケヤキモールに入ってすぐ近くにあるエレベーターでなく、モール内を迂回して反対側にあるエレベーターだ。それと念の為ケヤキモールの係員にも連絡を入れてほしい』
「え」
『実はオレたち……オレの他に伊吹もいるんだが、エレベーターが故障してちょうど二人中に閉じ込められている状況なんだ。まだしばらくは体調に支障がないと思うが、夏だし、エレベーター内の空調もいつまで保つかわからない。だからなるべく早く外に出る必要があっ』
「……? あれ? 清隆くん? 清隆くん!?」
事態を把握するのは簡単だ。清隆くんの説明がわかりやすいのもあるし、なにより私自身がこの展開を知っている。
どうして……いや、あれこれ考えるのは後だ。事は急を要する。
テレビを消して、携帯を引っ掴んだまま急いで外に飛び出す。慌てながらフロントでケヤキモール直通の電話番号を聞き、そのまま事情を説明して電話をかけてもらうと、うまく連絡がいったようだ。すぐに対処してくれるとのことで、ひとまず安堵する。
少し考えた後、一旦家に戻ってタオル数枚と冷凍しておいた保冷剤数個を保冷袋に入れ、また急いでケヤキモールに向かった。
エレベーター横にある椅子に座って、スポーツドリンクを飲んでいる二つの人影を発見する。少し離れたところには大人がいて、無事にエレベーターから脱出できたようだ。
炎天下の中を駆けてきたせいで二人よりよっぽどダラダラ汗をかきつつ、走るスピードを緩めて目の前まで行く。清隆くんが先に気づき、ギョッと私を見た。
「はい、これ、保冷剤、タオル、使って」
「オレよりよっぽど暑そうだぞ……すまん、急がせたな」
「全然、いいよ、心配で、無事でよかっ、はぁ、はぁ……」
差し出したはずの保冷剤が清隆くんによって項に当てられる。気持ちよくて溶けそうになる。私のために持ってきたわけじゃないのに、いの一番に使ってしまっている罪悪感を今は感じない。
抵抗せず気持ち良さから目を瞑って項の保冷剤を受け入れていると、少し離れて恐る恐るといった様子で声をかけられる。
「あ、あんた……大丈夫?」
「はぁ、あ、伊吹さん、これ、どうぞ」
「水元の方がよっぽど必要そうなんだけど……」
伊吹さんにも保冷剤とタオルを差し出す。私の様子に思わず受け取っただけで、伊吹さんは使う素振りを見せることはなく手元を躊躇したように見下ろしていた。
「……? どんどん使っていいよ。家にまだあるし、使い終わったら捨ててくれてもいいから」
呼吸も落ち着き、呼気を挟むことなく喋れるようになる。
清隆くんがタオルを私の首元に当ててくれようとするので、それを避けた上で清隆くんの首元にタオルを当てて汗を拭き取りながら、「でも……」とまだ躊躇した様子を見せる伊吹さんに笑いかける。
「気にしないで。それより無事でよかった。伊吹さんは私たちの貴重な映画友達だから」
伊吹さんが声を出さずに唇だけで『えいがともだち』と繰り返した。
「また一緒に映画の感想言い合おうよ」
「……ん」
まだぎこちないながらも、受け取った保冷剤とタオルを使ってくれる。彼女に猫を幻視しつつ、その様子をニコニコ見守った。
伊吹さんとの会話で疎かになっていた手からタオルを取り上げられ、私の首元に当てられる。
「私はいいって、それより清隆くんの方が」
「閉じ込められていた時間自体は短かったんだ。空調は途中で切れてしまったが、その後すぐにエレベーターが動いたから大事にならずに済んだ。それより走ってきてくれた葵の方が汗をかいているし、疲れてるだろ。大人しくしてくれ」
空調が切れてすぐ……目の前にある清隆くんの首元を観察して、汗は滲んでいるものの滂沱というほどではなく、確かに暑かったんだろうが大事にならなかったという清隆くんの言葉に間違いはないのだろうと納得する。
改めて安堵の息をついた。安心した笑みを浮かべる。
「心配だったんだ。本当に無事でよかった」
「ありがとう、葵。助かったよ」
清隆くんが申し訳なさそうに、しかし目尻を緩めて嬉しそうにお礼を言う。私も笑って頷いた。
汗を拭き終え、全員清々しい心地になる。私たちで使い終わったタオルと保冷剤はもともと入れていた保冷袋に戻し、伊吹さんの方を見やる。ちょうど彼女も手持ち無沙汰に、すっかり溶けてぐにゃぐにゃになった保冷剤と少しヨれたタオルを持っている。
最初の躊躇していた様子を思い出し、彼女に口を開けた保冷袋を寄せた。
「捨てるのも面倒だったら、私の方でしておくよ」
「……や、いい。また洗って返す」
「別に気にしなくていいのに」
「私が気にするんだ。保冷剤も新しいのを用意しておく」
「それこそどっちでもいいのに……」
「うるさい。いいから」
プイとそっぽを向かれる。気難しい猫ちゃんだ。
まあ本人もこう言ってくれてるし、これ以上気にかけるのは野暮か……と口を噤む。そのまま立ち去るかと思った伊吹さんだが、スタスタ私に歩み寄って、目が微妙に合わないまま呟くように言う。
「その……来てくれて、助かったよ。……ありがと」
それだけ言い終わると、さっさと背中を向けて早足で去っていく。私と清隆くんでその背を見送る。
立ち去る間際、踵を返した時に髪が靡いてチラリと見えた耳が赤いのを見逃さなかった私は、圧倒的達成感でいっぱいだった。たまに家に立ち寄って餌を催促しに来てくれる猫ちゃんレベルに到達する日も近いのではないだろうか。
見えていないとわかりつつ、彼女の背中に手を振っていると、その手を取られていつものように繋がれる。自然な動作で保冷袋は清隆くんの手に行き渡っていて、繋いだ手を引かれるまま歩き始める。
並んで歩きながら、あっと声を出す。
「そうだ。結局占いはどうしたの? 伊吹さんとしたの?」
「ああ。まあ、一度受けたら概ね満足したな。たかが占いと軽視しない程度の認識を持った」
「じゃあよかったんだ」
楽しかったならなによりだ。詳しく話を聞こうとして、前方に見える光景にん? と眉を寄せる。
「……あの。清隆くん?」
「なんだ?」
「すごい列……あと、看板にあれ、すごい『占い』って文字が見えるんだけど……」
「そうだな。占い師のところに行ってるからな」
「清隆くん!?」
肯定された瞬間から必死に足を踏ん張るも、力が敵わずズルズル引き摺られていく。傍目から見たらとんだ間抜けな二人組に見えていることだろう。
ハッとあることに思い至る。信じられないとばかりに清隆くんの背中に向かって声を上げる。
「ま、まさかこのつもりで私を呼んだの!?」
「いや、エレベーターは完全に事故だ。占いが終わったら普通に帰るつもりだったよ」
「じゃあなんで今私を引き摺ってまで連れて行ってるの!? 帰ろう! 予定通り普通に帰ろうよ!」
嫌がる私を我関せずとばかりにスルーしながら、清隆くんが言う。
「オレが受けたのは基本プランだったんだが、例えば二人組専用の占いならどんなことを言われるのかとか、そういうのも気になってな。最後に言われた内容は確かにエレベーターでの出来事を予言していたかのようだった。それでもう一度受けてみるのも悪くないかと思って」
「じゃあ伊吹さんともう一度受けたらいいじゃん!」
「伊吹と二人組専用の占いを受けたって、その結果をどう受け止めたらいいんだよ。お互い困惑するだけだろ」
「……いや! いやでも、だからって私である必要は」
「オレは、最初から葵がいいと言ってる」
わあわあ言い合っているうちに、列の最後尾についている。繋いだ手は頑なで、離してくれそうにない。
うう、と泣き言みたく小さく声をこぼした。
「悪いこと言われたらどうするの……」
「当たってないなと思って終わりだ。逆に聞くが、葵は占いを信じているのか?」
「や……信じてる、わけじゃないけど」
「じゃあよくないか?」
視線を落とす。
「でも……でも、悪いこと言われたら、嫌だよ。内容によっては寝込む……」
「寝込むって……」
「私は有言実行の女だよ」
「そんなところまで有言実行しなくていい」
はぁ、とため息をつかれたところで私の意識が明るくなるわけでもない。むしろ悪化する。
チラと後ろを見れば、すでに何組か並んでいる。いよいよもって退路が絶たれたことを認識する。
「清隆くん〜……」
「大丈夫だ。オレが横にいる」
「清隆くんが横にいるから不安なんだよ」
「なんだと?」
徐々に近づいていく、おそらく占い師がおわすのであろう小さな仮施設。まるでそれが余命宣告のようで、私は背中にジトリと汗を滲ませるしかできない。
「マボヤ」
「ヤマノカミ」
「ミコノオビ」
「ビ……ビ……ビンキリ」
「リュウグウハゼ」
「ゼ……ゼ……ゼブラハゼ」
「ゼ……ゼブラウツボ」
「ボラ」
「ランチュウ」
「ウチワフグ」
「グ……」
二人でする指スマの脆弱性を理解したところで、次いで何かと縛りながらしりとりをすること時間はどれくらい経ったのか。
縛っている内容が内容なので、顔を寄せ合い、ぽそぽそ小声で現在は魚縛りしりとりをしていると、ようやく私たちの番が来たらしい。案内のお姉さんに呼ばれて、恐る恐る仮施設の内部に続く重たそうな幕を潜る。
「では次の方どうぞ。……おや」
中では占い師らしき老婆が、テーブル全体を覆い尽くす暗褐色のテーブルクロス脇に座っている。テーブルの上にはいかにもな怪しげな光を放つ水晶があって、雰囲気が完成されている。
ちょっと興味が湧いてキョロキョロ辺りを観察している私はさておき、占い師は清隆くんを見て、ローブに隠されて表情は碌に見えなかったものの驚いたように声を上げた。
「さっきも来てたね。今度は人を変えてかい?」
「こっちが本命です」
「おやおや……それはまあ……」
「お、お手柔らかに……」
声や姿勢などでかろうじて占い師が推定老婆だとわかるものの、ローブで綺麗に表情が隠れていて、年齢を正確に推察することができない。しかし不思議なことに口元だけは見えて、それがニヤリと笑んでいるものだから雰囲気が出過ぎている。
清隆くんに連れられるままテーブルを挟み、占い師の前にある二つ並んだ椅子に座る。
「さて、それじゃあコースはどれにする? 料金表はこれじゃ」
のじゃ口調……ますます雰囲気が出ている。
久しぶりにトリップしかけた意識の傍で、清隆くんが一人さっさとコースを決める。
「この……相性診断」
「恋愛コースでなくてよいのか?」
「……ああ」
「……? わかった」
ピッという機械音で意識が戻ってくる。小型カードリーダーに自身のカードを置いて、そのまま続けて料金を払おうとしている清隆くんに気づき慌てて私のカードと取り替えた。強引だったとはいえ、無理矢理でも逃げなかった時点で私にだってお金を支払う義務がある。
二人分の料金を払い終えると、ついに占いが始まる。
まずは名前、生年月日とを告げる。紙を渡され漢字で名前を書いて、再び占い師の手に渡る。それから私と清隆くんの手相を見て、占い師は水晶の隣に置いていた分厚い辞書のような本を手元に置いた。パラパラとページをめくって、何か調べているようだった。
「ふむ……ふむ。……相性はいい。お主らはお互いの足りない部分を補い合う、相補関係にある」
その辞書には一体何が書いてあるんだ……? 部屋全体が暗いせいで、文字も小さいのか碌に見えない。見せないのが演出だろうか。
「価値観も似通っている。話が合うだろう。一緒にいて居心地が良いはずだ」
占い師の年齢を重ねて節くれだった指先が、本の文字をなぞっている。
「喧嘩は……どちらかが折れると円滑に収まるだろう。ただ、どうにも双方頑固な気質があるな。己が全て正しいと思うのではなく、第三者の意見を伺えばもっと円滑に進むだろう」
その後も訥々と占い結果を告げられる。基本的には良いことを述べられ、喧嘩など二人の関係を悪くすることには気をつけること、また仲を長持ちさせるためのアドバイスなども授けられた。
エスパーみたくなんでもかんでも神様視点で物事を言われるかと思いきや、口調は「〜だと思う」「〜だろう」といった推測・推定が多い。それに拍子抜けすると同時に、安堵した。そうだ、人の脳内などそう易々と見抜けるわけがないのだ。そもそもこれは統計学だ。確信し、ふう……と息を吐く。
時間もそろそろということで、帰る支度を始める。とはいっても私たちはほとんど身一つのため、強いて言えば保冷袋を持つだけだった。
お礼を述べ、立ち上がろうとして占い師に声をかけられる。
「そこの小僧は宿命天中殺だ」
「小僧って……」
「お主はそれに影響を受けている節があるな。自ら……同一中殺……? いや、それともまた違う。なんとも複雑なものよのぉ……」
「はぁ……」
なんともいえない顔をしている清隆くんとは別に、私はといえば聞いたことない単語を言われて思わず生返事をした。占い師はその後もブツブツと何か言っていたが、軽く首を振って、それ以上の説明はやめたようだった。
ローブの隙間から占い師の細まった目が見える。決して鋭いものでなく、そこに込められたものは慈悲や慈愛とか、そういう温かで優しいもののように見えた。
「長く積み重ねてきたものが、華開く。紡いだ縁はきっと裏切らない。……今は準備期間じゃ。これからも精進し続けなさい」
最後に意味深な言葉を言われ、私への占いは終了となる。
無言の私に、小僧である清隆くんも隣で一言二言占い師に言われていた。
「お主はちと内向的すぎる。周りに目を向け、物事をもっと客観的に捉えられるようになれば、余裕を持てるようになるじゃろうて」
そうしている間に時間が来て、二人で仮施設を出る。
天井の空調機から冷風が降りてくる。直撃する位置にいた私は、一瞬寒さにぶるりと震えた。
「…………怖ッ!」
「その結論は変わらなかったか……」
「個人的なアドバイスかなにかわかんないけど、なにあれ、あたかも神様みたいに……何視点!? 自分のことでもわかんないところを読まれたみたいなこの、この……怖ッ!」
「コールドリーディングだろ」
「わかってたとしてもだよ! 清隆くんだって最後何か言われてたじゃん、どうなの、当たってるの?」
「主語が無さすぎてなんとも……ああやって煙に巻くんだな、占い師ってやつは」
「私も私だけど、清隆くんも大概失礼だよ」
繋いだ手の温かさで、冷えた体がじわりと温まっていくのを感じる。
はぁ〜〜と深いため息をついた。なんとなくいつのまにか習慣のようになった雑貨屋巡りで、ケヤキモール内に点在する雑貨屋を目指して二人で歩く。
その道中、渋い顔で会話する。
「私たちに占いは向いてないよ。やっぱり己の力しか信じられないね」
「同感だな。面白くはあったが」
清隆くんも当分占いには自ら関わろうとしないだろう。
私もこれで変な風に振り回されずに済む、ともう一度息をついた。今度は軽いものだった。
番外編
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