彼らは終始真面目に素面で言ってます。
部活を終え、同じく部活仲間とコンビニに寄って、ワイワイ駄弁りながら外でアイスを食べる。
棒付きキャンディを選んだ一人は当たりが出たようで、喜ぶ当人を囲み仲間がそれぞれ羨んだり妬んだりしている。中には冗談で手を出す者もいて、それを大袈裟に痛がるまでが流れだ。
そんな騒がしい一同を平田は笑いながら見守っていた。
今日は午後練だったが、明日は朝練で早朝から部活がある。そのためそこそこの時間で全員が解散し、平田も続いて寮へ帰る。
部屋に着いて真っ先に入浴の準備をするのは、汗と泥で塗れた体を先に綺麗にするためだ。
入浴しながら夜ご飯を何にしようと考えるが、部活後の心地よい倦怠感もあって、今から時間をかけて凝ったものを作れそうにはない。そもそも冷蔵庫は昨日生鮮食品の類を使って空にしたばかりだと思い出す。
確か今冷蔵庫にあるのは納豆と卵が数個と……なんて考えながら入浴を済ませ、濡れた髪をタオルで拭いながら浴室を出る。
部屋に戻ると、視界の端でチカチカと点滅する密かな光が映った。
「あれ……?」
どうやら携帯が光っているらしい。
そういえば部活が始まってからずっとマナーモードにしたままだったな、と思い出す。
時刻は20時を回っている。こんな時間に連絡があるなんて、よっぽどの事態か、何かしらの重要な連絡事項かもしれない。
もちろんクラスメイトや友達からの日常の延長線のような些細なメッセージの可能性もあるが、平田はこういう連絡にもすぐに返信をするタチだった。そんなところから思わぬ助けてのサインを出されたことも過去にあったからだ。
頭を拭くのは一旦後回しにして、先に携帯を手に取る。
画面を見やれば、そこに表示される名前に思わず目を丸めた。
「綾小路くん?」
綾小路清隆。
平田の所属するDクラスのクラスメイトの一人。
あまり自ら主張をするタイプでなく、教室の隅の席というのも相まって目立たない生徒で、最初こそ平田も気にかけて声をかけたり昼食に誘ったりして積極的に関わりを持とうとした一人だ。
結局後でそんなことする必要はないと気づいて、クラスメイトの一人として温かく見守っていたのだが。
最初こそ平田自ら接触の機会を増やしたりして関わりを持っていた彼だが、今は滅多なことがない限りこちらから声をかけないし、彼から平田に声をかけることもない。
なのに、そんな彼がわざわざ今このタイミングで、平田に連絡を?
不思議に思いながらメッセージ画面を開き、内容を確認する。
その内容にも少しばかり困惑してしまった。
『平田は休みの日何してる?』
「ええ……?」
改めて心の底から困惑の声がもれた。
まだ困惑と疑問が勝るものの、突然思ってもみないタイミングかつ突拍子なく投げかけられた質問といえども、平田はいつも通り律儀かつ丁寧に答える。
『休みの日は部活の仲間だったり、学校の友達と過ごすことが多いかな? 内容は集まったメンバーにもよるけど、ケヤキモール内で遊ぶことが多いよ』
少し迷って、『もしよかったらだけど綾小路くんも一緒にどうかな? きっと楽しいよ』という文も付け足して送信する。
正直断られる気しかしていないが、少しでも機会があるなら平田はより多くの仲間と親睦を深めたいと思っている。それでこそ平田の望む世界に近づくと思っているからだ。
『いや、いい。それより平田は休みの日一人で過ごすことはないのか?』
案の定スパッと断られてちょっと肩を落としたが、続く質問に再び首を傾げた。
また丁寧に文章を打っていく。
『もちろん一人の時もあるよ。さすがに毎日ずっと誰かと一緒にいたりはしないよ』
『一人の時は何してるんだ?』
さっきから質問ばかりだ。それにどうしてそんなことが気になるんだろうと疑問に思うが、聞かれるまま素直に答えていく。
『その日の気分にもよるかな。部屋でのんびり過ごすこともあるし、気分転換に外に出掛けることもあるよ。サッカーをしてるから、スポーツ用品店に行ったりすることも多いかな』
返信をしてからちょうどお腹が鳴る。
部活終わりでアイスの間食をしたとはいえ、健全な高校生男子だ。さすがにこの時間までしっかりご飯を食べていないとなるとお腹が空くのも道理だった。
さすがに何かお腹に入れるかと、一旦携帯を机の上に置いて冷蔵庫を覗きに行く。案の定納豆と卵しかなかったが、棚には日持ちする乾燥わかめとサバ缶、冷凍庫には味噌がある。
具材こそ少ないが、味噌汁なら割とすぐにできるし、今から作ってもいいだろう。納豆とサバ缶はおかずになる。
料理に取り掛かろうとする前、少し間を置いてしまったが再び携帯を手に取った。
綾小路からメッセージを届いており、料理する前に返信を済ませてしまおうと画面を開く。
『その休みの日、オレもついて行っていいか? 邪魔はしない。平田が休みの日どんな風に過ごすか知りたい』
遊びの誘いだ。それにしては文脈が変な気もするが、彼からの珍しい誘いに嬉しさが勝る。
軽快に文を打つ。
『もちろん、嬉しいよ! ちょうど今度の日曜日が空いてるし、綾小路くんもどうかな? 他の子も誘っておくね』
やっぱりメンバーは綾小路も知り合いのいるクラスメイトがいいだろうかと思案していれば、すぐに返信がある。
『いや、平田と二人がいい。平田はオレと二人きりだと嫌か?』
まさか。伝え方を間違えてそんな悲しい勘違いをさせてしまったなら申し訳ない。
慌てて返信する。
『そんなことないよ! 綾小路くんから僕を誘ってくれて本当に嬉しかった。綾小路くんがいいならもちろん、二人で遊ぼう』
『よかった。さっそくだが今週の日曜日でいいのか?』
『うん、そうだね。集合は何時にしようか? 朝ご飯は食べてからがいいよね?』
『ああ。葵に朝食を作るから、集合は10時でも構わないか?』
『僕は大丈夫だよ。それじゃあ10時に寮の前で集合にしようか?』
『オレもそう提案しようと思っていたところだ』
話はトントン拍子でまとまり、今週日曜日の朝10時に集まって二人で遊ぶことが決まる。
見逃してしまいそうなくらい自然な流れで彼から持ち出された彼女の名前に、苦笑のような、微笑ましさも混じる笑みがこぼれた。
なんだかんだやり取りが長引いてしまって、夜ご飯をまだ食べれていない。
会話も一旦終わったということで、改めて料理に取り掛かる。とはいえ今は手元に材料がないから、お腹を満たすだけの味気ない料理になることは否めなさそうだ。
明日は朝の部活を終えたら軽くシャワーだけして、その足で買い物に行こう……。
具材の少ない卵とわかめの味噌汁、納豆とサバ缶でご飯を食べながら、平田は食べ終えてもまだなんとなく物足りないお腹を切なく撫でた。
§
夏休み中は学校こそ休みだが、部活はほとんど毎日あると言っても過言ではないだろう。所属する仲間も熱心で、体調不良以外で練習を休むことはほぼない。
たまの休み以外は毎日フィールドを駆け回って汗と泥に塗れ、懸命にサッカーに励む。練習終わりは仲間と駄弁り、ふざけて笑い合って、コンビニで間食したりファミレスへ寄ったりもする。
基本的に真面目な生徒が多く、部活以外では勉強をする目的で集まることもある。そんな時は平田が教師役に回ることも多い。クラスが分かれていたとして、ずっと張り合って競い合うなんて疲れるし、何よりそんなのは友達ではないからだ。
分け隔てなく優しい平田に、部活の仲間以外でも遊ぼうと声をかける者は多い。
平田はそんな時、日程を調整してある程度の人数を集めてから遊ぶようにしている。理由はなるべく人の輪を広げ、誰か一人を仲間はずれにするようなことを防ぐためだ。
平田を介して友達の輪が広がれば嬉しいし、そのためならいくらだって手間暇を惜しまなかった。
そんな疲れすら心地よい充足感へ変わり、毎日慌ただしくも充実した日々を過ごしていれば、あっという間に綾小路との約束の日がやってくる。
昨日スーパーで買った大振りの惣菜パンを朝食に、髪を整えたり服を選んだり等の身だしなみを終えると、約束の時間が来る前に部屋を出る。
先に着いて綾小路を待っていようと思っていたが、どうやら一足遅かったらしい。
まだ約束の時間より10分も前だが、結局待たせてしまったことに変わりはない。
平田は慌てて待っている綾小路のもとへ走った。
「ごめん! 待たせちゃったね。それにしても早いね、綾小路くん」
走り寄る平田をその場から動かずジッと見ていた綾小路だったが、声をかけると反応する。
首を振って「気にしなくていい。オレが好きで待っていただけだ」と言うのに、平田は眉を下げて微笑んだ。
「そう? ならよかった。ありがとう、綾小路くん」
「構わない。それで早速だが、どこに行く? ついていく」
「そうだね……綾小路くんは何に興味があるのかな。その点も含めて、よかったら二人で楽しめるところに行けたらいいなと思ってるんだけれど」
そこまで言えば、また綾小路が首を振った。
「いや、オレのことは気にするな。オレは平田が普段行ってるところや、まあ言い換えれば行きつけの店だな。他にもあとは食べ物や趣味とか、平田の好きなものを知りたいと思っている」
確かにメッセージでそれらしいことを言っていたが、どうせなら二人で楽しめるところに行った方が綾小路も楽しいだろうし、何より平田だけの都合で一日を終えるのは申し訳ない。
眉を下げたまま口を開こうとして、綾小路が先に口を開いてしまう。
真っ直ぐに平田を見つめる視線がある。
「オレは平田のことを知りたいんだ。いつもみたいに誰かを思っての言動ではなく、ただの等身大の平田を知って、本当の意味で理解したいと思っている。……ダメか?」
ぱちぱちと瞬きをする。
僕自身のことを知りたいなんて、こんなに真っ直ぐ、何の衒いもなく言ってくれる人が果たして今までいただろうか。
……なんだか心のうちから嬉しいという感情が湧き出てきて、自然と染まる頰をそのままに、平田は笑って頷いた。
「綾小路くんがそれでいいなら。僕のことを知って欲しいな」
「よかった」
ホッとした様子を見せる綾小路に、平田も声をかける。
「それでいつか、僕にも綾小路くん自身のことを教えてくれたら嬉しい」
綾小路が平田を見る。
平田も真っ直ぐ、彼を倣うように見つめ続ける。
しばらくの間、お互いが向かい合って見つめ合う時間になる。
……綾小路が先に観念したように目を伏せることで、どうやらこの不思議な見つめ合いの時間は終わったようだった。
「……そうだな。気が向いたらな」
「あはは。気が向くように僕も頑張るよ」
「頑張らなくていい」
集合した当初は固かった空気だが、今は少し馴染んでいる。
綾小路が浅くないため息を吐いている。
平田は笑って「それじゃあ行こうか」と声をかけた。
まずは平田がよく行くスポーツ用品店ということで、二人で並んで店のあるケヤキモールに向かって歩きながら、タイミングを逃してしまっていたがここで初めて綾小路の服装について言及する。
「そういえば綾小路くんって、普段の服装そんな感じなんだね? すごく君の雰囲気に合ってると思う。似合ってるね」
どちらかといえばオーバーサイズのワイシャツを羽織り、襟元が開いた内側には涼しそうな白いシャツが見えている。下はシンプルなジーンズだ。
「ありがとう。葵がオレにはこういう系が似合うとチョイスしてくれてる」
ちょっと自慢げに腕を広げてくれると、より羽織っているシャツの大きさが目につく。
平田は納得顔で頷いた。
「なるほど……だから可愛い系なんだね」
「…………平田もそう思うか?」
「え? うん」
「………」
何やら急に黙り込んでしまった綾小路を、不思議に思いながら見つめる。
「……葵はオレを、可愛いと思ってる、ってことか?」
どうやら今の会話で彼が落ち込むような何かがあったらしい。
表情が変わらず均一でなかなかわかりにくいが、なんとなく雰囲気で滲んでいる。少し肩を落としているようにも見えて、平田は気遣って声をかけた。
「でも、水元さんの趣味もかなり入ってるんじゃないかな? だから服装と相まって、彼女からすると余計に綾小路くんのことが可愛く見えるんだよ」
「嬉しくない……」
「綾小路くんは着たい服とか、気になる系統の服とかないの?」
よかったら今度一緒に彼の服を見てもいいな、と思ってそんなことを聞いてみる。
綾小路は少しの間黙り込んで、それから緩く首を振った。
「いや……いい。オレ自身服にはそんなにこだわりはないんだ。最低限の清潔感さえあれば十分だと思っている」
彼らしい言い回しだ。
再び納得する平田だが、しかしそこで終わるわけではなかったようで、綾小路の言葉は続く。
「それに……葵が喜ぶから。葵の好きな服を着たい」
視線を伏せる彼が、頭の中で誰を思い起こしているかなんて考えなくともわかることだ。
ついつい微笑ましくて笑ってしまう。自然と優しい声が出た。
「そっか。お似合いだね」
顔を上げた綾小路が平田を見る。
緩む雰囲気で、彼の感情が素直に伝わってくる。
「……うん。ありがとう、平田」
「お礼を言われるようなことは言ってないよ」
変なところでお礼を言うなぁと笑った。
平田の目には、綾小路が本当に嬉しそうに映っていた。
§
すっかり日は落ち、健康的な日常を送っている人ならば時刻は夕食の時間ともいえる。
夏だからまだ辺りに陽の光が残っているものの、それも時間の問題だろう。
ケヤキモールを回り尽くし、行きつけの店だったり平田が気になった店はだいたい全部覗いて、綾小路はその後に続いて終始興味深い様子で平田と店とを見ていた。
ケヤキモールに設置されている噴水の前で、ちょうど立ち止まる。
腕時計を見れば夕食の時間だが、今日過ごしただけで……いや、彼を知っている誰もがわかることだろう。
同じく時計を見た彼が今から何を言い出すか、簡単に想像がつきながら、彼の言葉を待ってみる。
「葵が待ってるから帰らないと」
「ふふっ……そうだね。帰ろうか」
予想通りで、思わず笑ってしまう。
顔を上げた綾小路が不思議そうに見てくるが、笑ってしまうものは仕方ない。
「水元さんが夕食を作って待ってくれてるの?」
「今日はオレの方が帰るのが遅いから。まあ、もう少し遊んでおいで云々……いつもの力説はしていたが。でも、作って待ってくれてると思う」
嬉しそうな雰囲気だ。一日一緒に過ごすだけで、表情は変わらずとも彼の感情をよく読み取れるようになった気がする。
もしかしたら対水元さんに関わる出来事に限るといえばそうなのかもしれないが、クラスメイトの一人である彼のことを知れて嬉しいことに変わりはなかった。
「いいね。僕は帰ってから一人で作らないと」
会話の延長線でそう言えば、綾小路が時計から視線を移して平田を見る。
「軽井沢は?」
「軽井沢さん?」
突然出された名前に戸惑うが、そういえば周囲は平田と軽井沢が付き合っていると思っている。
なんて言おうかと悩むのは一瞬で、軽く苦笑してすぐにいつも通り当たり障りない言葉を連ねる。
「彼女には彼女の付き合いがあるから。僕一人の都合で振り回せないよ」
「本当に好きな相手でもそんな綺麗事を言えるのか?」
動きを止める。
顔を上げて、ゆっくりと綾小路を見た。
「……綾小路くん?」
不思議な色合いを放つ瞳に魅入られたように、なんだか動けない。
綾小路が淡々と言葉を放つ。
「葵と平田は似てるところがある。いや、葵が好きなのは……そういうタイプだ。葵自身、無意識になぞっているところがあるのかもしれない。葵は別に何もしなくても綺麗なんだが、言ってもふざけて真剣に取り合ってくれないからな」
「えっと……」
「……ああ、すまない。平田を無視していたわけじゃない。ただ、やっぱりどうにも理解できない部分があるんだ」
グッと距離が縮まる。
平田と綾小路では、綾小路の方が僅かに身長が高い。
それなのに、まるで瞳を覗き込まれているような姿勢で目が合う。
「その、自己犠牲精神じみた博愛主義。もっと正しく理解すればまた名称は異なるんだろうが、今はこれくらいでも構わない」
手が伸びてくる。
喉。
「それ。無理やり剥がしたら、何が残るんだろうな……」
空がだんだん暗くなっていくにつれ、ポツポツと街灯が灯されていく。
暗い夜に灯る光は、自然に逆らって周囲を明るく照らすためか、強い光を周囲に放つ。
その灯りを受けて、目の前にいる彼の瞳が轟々と輝いて見えた。
ただ、彼が漂わせる不穏な様子には不気味さや歪さを思い起こすより先に。
平田は思う。
それはまるで、ずっと待ち侘びたプレゼントを前にして、丁寧に紐を解いて中身を楽しみに待っている子どものようだと。
「……あんまり酷いこと、しないであげてね」
妙に湧き上がる心配から、つい要らないことを言ってしまう。
綾小路は直前の雰囲気がまるで離散した幼い仕草で、きょとりと首を傾げた。
それぞれに友情を深めています。
番外編
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