部屋を出て乗ったエレベーターから降りると、ロビーに置かれた椅子に座っている清隆くんがいる。私の姿に気づくと、軽く手を挙げた。
「葵、おはよう」
「おはよう、清隆くん」
手を自然に取られ慣れたように繋げば、そのまま二人で歩き出す。もちろん意識なくそれを受け入れ、意識なく繋いだ手にそっと力を込めた。
私の歩幅に合わせて清隆くんはゆっくり歩いてくれる。その紳士っぷりに脱帽だ。こういうところが男の、清隆くんのモテる要素なんだよ。
なぜか私が満足気にうんうん頷きつつ、軽い世間話をしながら学校に向かう。この頃は私の部活の話ばっかりだ。弓を引くのがどれだけ楽しいかを熱弁して、清隆くんはうんうんと頷いていちいち相槌を打ってくれていた。たまに質問してくれるから楽しく会話ができている。私の話ばかりして申し訳ないところだ。でも清隆くんが聞き上手なのも悪いと思うよ。
清隆くん、無表情がデフォルトで声にもほとんど抑揚がないけど、なんかこう不思議となんでも話したくなる雰囲気持ってるよな……なんでも受け入れてくれそうだからかな。いつかポロッと言ってはいけないことまでもらしてしまいそうで心配だ。
学校に着き、同じ教室なのでそのまま二人で向かう。ガラッと扉を開けて入り、清隆くんと別れて自分の席につく。
……なぜか妙な視線を感じる。どこか上擦ったような、生温かい感じ? 好奇心とか興奮とか、そういう類の視線も感じる。
戸惑っていると、一人の生徒が私の席に寄ってきた。あ、軽井沢さんだ。ポニーテールが可愛い。
目の前のギャル系(偽)美少女に和んでいる私に、軽井沢さんがどこか赤い顔をして興奮した様子で尋ねてきた。
「み、水元さんって、綾小路くんとはどんな関係なの!? もしかして、付き合ってるの?」
「………………ゑ?」
なんて?
「朝から二人恋人繋ぎして登校してきてさ、もうすっごく噂になってるよ! いや、昨日昼食とか部活動説明会でも手繋いでたから軽く噂にはなってたんだけど、でも、まだそれ見てた人が少なくってさ…だから今日の朝二人が恋人繋ぎで登校してきて、もうなんか光の速さ? で噂が広まって! 噂は知ってたんだけど、でも、どっか疑っちゃってたからさ。実際この目で見て本当だったんだって感動しちゃった〜」
長い長い長いはやいはやいはやい。
え? なんて?
軽井沢さんがキラキラと目を輝かせて私に迫る。両手を取られ、ぎゅっと握られた。有名な美少女との握手なのに今は何も嬉しくない。
ヒクヒクと口端を引き攣らせる私に気付いているのかいないのか、いや、これは確実に気づいていない。
軽井沢さんの背後には同じように目をキラキラさせた女子たちが集っていた。
「綾小路くんと付き合った経緯、聞かせて〜!」
恋バナをするときの女子の押しは強いし、話は聞いているようで聞いていない。それを身をもって体感した。
清隆くんとは幼馴染なだけだと懇切丁寧に説明をしたが、本当に信じてくれたかは定かでない。必死に誤解を解こうとする私をみんなニヤニヤしながら見て、わかったわかったと軽い返事をした。何もわかってないだろ、ちゃんと人の話を聞け! 後生です聞いてください!
そして私が女子に囲まれて質問攻めに合い誤解を解こうと苦しんでいる間、清隆くんは清隆くんで男子に囲まれてキッツイ詰問をされていたらしい。わかるのはお互いに苦労していたということだけだった。
清隆くんも誤解を解こうと説明はしてくれたようだが、それも果たして信じてくれたかどうかは怪しいとのことだった。まあ側から見たら怪しい行動しかしてないからな……。
手を繋いで登校するのはやめようか、と嘆息混じりに提案すれば、清隆くんは少しの間何も言わなかったけれど、ゆっくりと頷いた。寂しく思う気持ちは一緒だけど、周囲に誤解をさせたくはないから仕方のないことだ。
清隆くんがいつか好きな人と結ばれるとき、私は清隆くんの邪魔になりたくない。だから私たちが距離を取るのも仕方のない話なのだと素直に受け入れてくれると嬉しい。こんな尽くし系彼女みたいな彼女でもないのに恥ずかしい思考をしていることなんて本人には絶対言えないが。だって恥ずかしいし。
なおその後時間ギリギリに私の部屋から出て行く清隆くんとか清隆くんの部屋から一緒に登校する私たちとかを目撃されて噂の疑惑が深まったのは言うまでもない。
おっかしいな、手を繋いで登校とかはあれ以来一度もしてないんだけどな……。
それに清隆くんが時間ギリギリまで私の部屋にいたのは一緒にご飯作って食べていたからだし、私が清隆くんと一緒に朝部屋を出て登校していたのは常識的に考えてお泊まりしていたからである。何が問題あるというのだ。正当な権利だろう。お泊まりとか友達間で普通にするじゃん?
……という話を噂の真偽を確かめるためこれまた迫ってきた軽井沢さんたちにすると、すごい引き攣った顔をされた。なんで? おかしいことを説明するのも面倒くさいとまで言われぞろぞろと私の席を離れていった。なんで?
なお清隆くんも同様のことがあったらしい。似たもの同士だね。わかんないから仕方ないよね? ねーという女子顔負けの会話はしたと思う。
以降、だんだんと私たちの関係について本人に話を聞こうとする者はいなくなったという話はしておこう。故に私たちも『あ、なーんだ。別にコレおかしなことじゃないんだ』とタガが外れていくのだが、それはまた追々の話である。
§
清隆くんと登校して、教室に着いて別れた後。
私たちの後、しばらく経って登校してきた山内に先に教室にいた池が爽やかに声をかけた。
「おはよう山内!」
「おはよう池!」
結構デカめの声だったから、みんな顔を上げてなんだなんだと視線を寄せる。当然私も顔を上げた一人だ。
池と山内は揃って満面の、てっかてっかの笑顔を浮かべている。なんだか既視感のある会話だ。
「いやあー授業が楽しみ過ぎて目が冴えちゃってさー」
……あ。思い出した。そうか、そうだった。今日は確か───
「なはは。この学校は最高だよな、まさかこの時期から水泳があるなんてさ! 水泳って言ったら、女の子! 女の子と言えばスク水だよな!」
今コイツら教室にいた女子全員敵に回したな。それがよくわかるセリフであった。ちなみに私も敵側にいる。
やはり女子である身、ああいう下劣というか下品な言葉を聞くと気分が悪くなるものである。
池と山内、たまに須藤の会話に女子が氷のように冷めた視線を投げかけているのだが、彼らは一向に気づく様子がない。だからモテないのだ、アイツらは。3バカは見る分には好きだけど、関わりたくない理由の一つである。なんか、こう……無理。唯一良かった点といえば、私が美少女じゃないことか……あれ、なんか目頭が熱くなってきたな……。
彼らは周囲を気にせず大声で話すからよく声が通る。そこに外村くんが加わり、会話の内容の下劣さが増す。それに倣って女子の視線が氷点下にまで落ちる。
あ、ちょうど清隆くんが呼ばれた。なんやかんか友達作りに励んでいる清隆くんだ。呼ばれると一瞬躊躇した様子を見せたものの、ゆっくりと輪に加わった。
清隆くんの声は本人が抑えているのかよく聞こえなかった。ただ無言で男子たちの話を聞きながらおそらく机の上に置いてあるのであろう、記憶通りなら誰が一番胸がデカいかを示すオッズ表とやらを見下ろし、口を開いて一言二言何か言ったらしかった。
その途端男子たちが一斉に口を閉じ、妙な沈黙が落ちる。それは教室をも呑み込むほどの奇妙な沈黙だった。
先ほどとは違う意味でなんだなんだと視線を集めだした男子の集団に、清隆くんはといえばなんとも我が道をいっている。机の上のペンを取り、何かを塗り潰し始めた。ここからではよく見えないが、表のある一つの欄を塗り潰しているみたいだ。
「もう、するなよ」
今度はちゃんと聞こえた。前の内容がわからないからなんとも要領を得ない言葉だ。
清隆くんは最後にそれだけを言い、男子たちはと言えばなぜか顔色を悪くしながら無言でコクコクと頷いている。いや本当に何があった。
推察している間に、今度は清隆くんがこっちに向かって来ていた。
「葵。行こう」
「え……どこに?」
「どこでも」
手を取られ立ち上がらされた。引っ張られるまま後をついていく。いつもと違って少し強引な気がする。
引っ張られるまま後をついて歩いている途中、私はふとあることに気づいてなおさら戸惑った。
「えっと……清隆くん。なんか……怒ってる……?」
「……、別に……」
「いや怒ってるでしょ」
居心地悪そうにしているのを見る分に、果たして自覚はあるのだろうか。いや、本人も戸惑っている気配がするからなんとも言えないな。
しまいには私より背が高いくせして、上目遣い気味に私を見てくるという高等技術を用いてくる。
「……オレ、怒ってるのか?」
「私に聞かれても困るんだけど……」
張り詰めた空気が徐々に離散していくのがわかった。それに気づき、少しだけ詰めていた息を意識して普段のものに戻すことができるようになる。
清隆くんが本当に困ったように眉を下げていた。本人もわかっていない衝動のようだ、なのに私なんぞが理解できるわけもない。
先の説明を求めるも首を振られて、結局清隆くんは何も教えてくれず。
私たちは授業開始ギリギリまで外のベンチに並んで座り、朝の出来事と全然関連しない平和な会話をするのだった。
§
待ちに待っているほどでもないプールの時間。女子と男子に別れ、更衣室に行く。いまだ常時一緒にいるような友達がいない私は、一人黙々と着替えを済ませていた。同じ女子とは言え裸を晒すのは恥ずかしい性分なのだ。手早く着替えを済ませること、それに尽きる。
パパパパッと光の速さで着替え、完了させる。周囲を見てまだみんなのんびり着替えていることを確認、ついでに誰も私を見ていなかったことを認識し安堵の息をついた。
一人でプールサイドに向かう勇気はないので、後は気配を消しながらみんなが着替え終わるのを待ち、後ろをついて行くだけである。
ぼーっとしていると、可憐な声がかかった。
「水元さん、着替えるのすっごくはやいね!」
櫛田さんだ。ブラ姿で話しかけられ、同じ女子なのにドギマギする。直視しないようにだけ気をつける。
「私、着替える姿は鬼神って言われてるから……」
「あはは、鬼神ってなにそれ〜」
私の滑らないギャグ(?)に可愛らしく笑ってくれた。優しい。
そのままくだらない会話をしながら、目の前で豊満な胸が晒された。直視しないようにしていたのに、その揺れる乳房をついつい見てしまう。でっか……。言葉を失いもはやガン見している私に、櫛田さんが着替えながら照れて困ったような顔をした。
「あんまり見られると恥ずかしいな…」
「すみません」
条件反射で謝罪してしまった。ガチトーンである。櫛田さんの方が慌てるレベルであった。
「あ、いいよいいよ! 怒ってないし! 同じ女子なんだからさ、そんなに気にしてないよっ」
「でもごめん……次着替える時は私のことガン見していいから……」
「あはは。うん、わかった!」
まあガン見していいとは言ったが、先ほども言った通り鬼神の如く着替えるので私の裸体を見られることはないと思うがな。
……とゆうか今気づいたけど私……櫛田さん(裏切り系ヒロイン)と普通に会話してね……? 今さら?
同じクラスメイトである以上誰かしらと会話はするだろうが、物語の根幹に関わる人物と深い関係になるのは極力避けたいのが私の方針だ。恐ろしいのは原作ブレイクである。あいや、清隆くんと同じ立場だった時点でもうなんか手遅れ感は否めないが、それでも努力はしていたいのだ。
どちらにせよ、櫛田さんの表の性質上関わらないことは逆に至難の業か……。
今さら避けるのもおかしな話なので、距離を取ることはせず二人で世間話をしながら櫛田さんが着替え終わるのを待つ。櫛田さんを直視しないようにしていたら他の女子の着替えシーンが目に入ってきたのは不可抗力と言えよう。顔面偏差値の高いDクラス、胸もトップクラス級に大きい子が多くてそれはもう目の保養になるわ目の保養になるわ。おっさん目線で申し訳ないね。
私も胸はあるにはあるが、長谷部さんや佐倉さんにはとても敵わない。強いて言うなら……堀北さんと同レベル、いやそれよりは大きい程度だろうか。美乳と言ってほしい。
水泳に参加する真面目なクラスメイトたち全員が着替え終わったのを確認し、櫛田さんが先導する形でプールに向かう。そして自然と隣からフェードアウトし、後方に紛れた私であった。幻のシックスマンは……私だ。
プールに着いてすぐ聞こえたのは男子たちの雄叫びだ。見学女子組の後に我ら参加組の登場であるからであろう。胸大きい組は尽く見学組だが、それでも男子からしたら僅かに参加する女子生徒の存在はありがたいはずだ。これに関しては参加する女子たちに同情する。まるで見せ物小屋のパンダにでもなった気分だな。
私はそんなに注目されるような目立ったところ(色んな意味で)がない生徒なので、その点は唯一の救いと言えるだろうか。胸もそんな大きいわけじゃないし、なにより大事なのは顔がそんなに可愛いわけじゃないことである。自分のことは自分がよくわかっているのだ。別にブサイクではないけれど、この顔面偏差値の高いクラスメイトに囲まれていたらね……それ相応の自信になるってものよ。今まで外の世界に行ったこともないので、他に比較のしようもないし。
さっそく櫛田さんが男子たちの生贄になっているのを他の女子組に紛れてぼーっと見ていると、ふと清隆くんと目が合った。彼も櫛田さんを囲む男子たちを見ていたらしい。笑ってみせると、ほんの少し微笑み返してくれる。ははは、愛い奴め。
と、堀北さんが清隆くんのところに向かった。筋肉の話だっけか? ホワイトルームで鍛え上げられた清隆くんの見事な筋肉について疑問を呈しているのであろう。それはとても帰宅部のそれじゃないとかなんとか言ってるんじゃないだろうか。わかるよ、清隆くん誤魔化し方下手くそだよね。
かく言う私も筋肉がついているので、お腹はほんのうっすらではあるが割れていたりする。そりゃ鍛えないとホワイトルームで生き残っていられなかったし。清隆くんには負けるが、筋肉には割と自信があったりする。これでさらに女子の魅力減である。なので私がモテないことは納得済みだ。筋肉ある女子に需要はない。別にいらんけど。いや、本当全然気にしてないから。本当全然。
しばらく二人は会話していたが、それも終えたらしい。櫛田さんも一瞬そこに参戦したが、先生の登場によりすぐに意識はそっちにいった。
しばらく体慣らしにプールの中を軽く泳ぎ、早速競争をする流れとなった。もちろん知っている通り、一位には5000ポイントが与えられるとのこと。
貰えるものは欲しいが、それは“平凡”を犠牲にしてまで欲しいものではない。ここは諦めることにしよう。清隆くんも同じ考えだろう。
まずは女子からということで、そそくさと列に並ぶ。視線は……まああるにはあるが、他の女子と比べたらマシなんじゃないだろうか。これで私の顔が良かったらマズかったな。愛すべきはこの平凡さである。
幸運なことに櫛田さんと同じレースだ。彼女が男子からの視線を一挙に引き受けてくれたおかげで、怖気の走る視線はそこまで感じない。清隆くんは私を見ていたが、彼の視線はノーカンだ。
確かこのレースは……水泳部の小野寺さんもいた。彼女が優勝するとして、櫛田さんもそこそこに速い方だったから、櫛田さんより遅くなるよう調整して泳ぐことにするか。
櫛田さんと徐々に距離を離しつつ泳ぎ切って、結果は総合7位。一見早いように感じるかもしれないが、女子は見学が多いため7位で真ん中に近い順位である。まずまずだ。満足してプールサイドに上がる。と、清隆くんがこっちに向かってきていて、自然と私の手を取った。
「葵。おつかれ」
「清隆くん」
手を引かれるまま後ろをついていく。私を後方の椅子に座らせるだけ座らせると、「じゃあオレも行ってくるから」と離れようとする。この後自分のレースもあるだろうに、わざわざ私の手を引いて椅子に座らせてくれるとは、紳士も顔負けだな。
離れて行く背に声をかけた。
「行ってらっしゃい。がんばってね、清隆くん」
「ああ。行ってくる」
列に並びに行く清隆くんを見守る。すぐにレースは始まって、清隆くんも同じように調整しながら泳いでいるみたいだ。同じレースに須藤くんがいるから、そっちが目立つわ目立つわって感じだった。特に問題なくレースを終え、プールサイドを上がってくる。濡れた顔を拭いながらこっちに向かってくるのを確認しながら、私は私で次のレースに大注目していた。
ひひひ平田くん……! 上半身細マッチョの平田くん! なるほどこれが女子にモテる体型……理解した。
そう思えば清隆くんは筋肉がしっかりついている。どっちかというと須藤くんタイプの筋肉だ。まあ彼に須藤くんのような見せ筋はないため、どうしても目立たないのだが。一番すごいのは清隆くんだぞ! 目立ってないけど! あ、平田くんがコースに並んだ見よう今すぐ見よう。
ホイッスルの音とともに平田くんがプールに綺麗なフォームで飛び込んだ。う〜ん、泳いでいる姿も無駄に格好いい。女子の歓声も納得だ。
平田くんに視線を向けている私の前を遮る形で清隆くんが戻ってくる。邪魔なので清隆くんの体に手を当て横にずらした。「おい……」という声が聞こえるが無視する。う〜ん、プールから水を滴らせながら上がってくる平田くん、さすがイケメンと言わざるを得ない。
良いものを見れて大満足だ。現金なもので、水泳の授業があることに感謝したくなる。可愛い女の子たちの水着姿も見れたし、我らがイケメン平田くんも拝むことができた。傍観者の立場として百点満点だ。
隣に座っている清隆くんからどうにも白んだ視線がする。
「葵……まさか、平田のこと狙ってるとかじゃないよな」
「なんてことを言うんだ! 平田くんは目の保養だよ。狙うとか恐れ多い」
「……なら、別にいいが……」
納得いってない声である。それに加えて本人も戸惑っている気配がする。またか。本人がわかっていないなら私もわからないよ。
触れた肩から伸びる手を隙間なく繋ぎながら、安心させるよう笑いかける。
「何を心配してるの? 私は清隆くん一筋だよ」
ついでに冗談を言って清隆くんを笑わせようとする。清隆くんはジッと私を見てから、ゆっくりと口元を緩めた。
「……ああ。オレも」
繋いだ手にそっと力を込められた。清隆くんの返事に私の方が嬉しくなって、それ以上におかしくなって笑ってしまう。
返事のセンスがさすがだ。そうだよ、こういうところが清隆くんが後々とんでもなくモテる理由だよ。3バカは見習って欲しい。
近くにいた人物が私たちの会話を聞いて、呆れたような声をかけてくる。
「あなたたち、そんな恥ずかしい話をよくそう堂々とできるわね……」
「あ、堀北さん」
「……こんにちは」
先に声をかけてきたのに、私が顔を向ければフイと逸らされてしまう。馴れ合うつもりはないということか。その意思を尊重し、それ以上声はかけないでおく。
清隆くんは空気を読まず発言した。そういうところだぞ、清隆くん。
「何が恥ずかしい話なんだ?」
「……自覚していないならなおさらね。救いようがないわ」
そしてバッサリ切り捨てられた。心なしか清隆くんの肩が落ち込んだように下がっている。私はあの有名なリアルツンに内心で大興奮していた。カオスである。
プールでは高円寺くんたちがちょうど並んでいた。さっきも見たが、見事なブーメランパンツだ。あんなにあのパンツが似合う男はいないだろう。そして私は高円寺くんの唯我独尊キャラ、何気に好きだったりする。3バカと同様、こっちも自ら関わろうとは思わないが。
圧倒的差をつけてゴールした高円寺くんをお〜と見ていると、また新たに可憐な声がかけられる。
「高円寺くんも須藤くんも泳ぐの早いから、凄く楽しみだねっ」
櫛田さんだ。清隆くんの元に続々とヒロインが集まっていく。あ、ヒロイン一人離脱した。
櫛田さんが清隆くんの隣に座る。なんと、これが両手に花ってやつだろうか。惜しいところは私が櫛田さんに遠く及ばない花という点だが、そこは清隆くんに我慢してもらうしかない。というか花なんだろうか? ダメだ、Dクラスの顔面偏差値が高いせいでみるみる自信が失くなっていく。性別は女だから許して欲しい。
櫛田さんが清隆くんと私、その間で繋がれた手を見て悪戯っ子のように笑う。
「相変わらず仲がいいね、二人って」
「まあ、幼馴染だから……?」
「それにしても、だよ」
指摘されてすぐに手を軽く振って離した。いや本当自然とされるから自然と受け入れちゃうんだって。しかもどっちが先に繋いだのかもあやふやである。これじゃ清隆くんのことばっかり言えない。
「それにしても変わってるよね。4月から水泳の授業があるなんてさ」
話が変わって、これ幸いとばかりに乗っかる。これ以上藪を突かれては堪ったものじゃない。
「本当だよね。なんか変な感じ」
「これだけ立派なプールがあればこそだな。そういや櫛田、結構速かったな。中学の時苦手だったなんて信じられないくらいだ」
「それ私も思ったよ。全然追いつけなかったな」
「そんなことないよ! 水元さんも遅くないし、綾小路くんだって普通に泳げてたじゃない」
「普通止まりだけどな。運動もそれほど好きじゃないし」
「右に同じく。どっちかというと体動かすの嫌いかもしれない」
清隆くんと揃ってお互いどの口がという会話を繰り広げる。事情を知らない櫛田さんは笑って世間話として受け流すだけだ。
世間話の延長で清隆くんの体の話に入る。
「そうなの? でも、なんかその、凄く男の子らしいよね。綾小路くんって。細身だけど、バスケットしてる須藤くんよりガッチリしてるって言うか」
櫛田さんわかってる! さすが櫛田さん観察眼優れてる!
清隆くんが褒められて私は鼻高だ。マジマジと体を見られている清隆くんはどこか緊張したように体を強張らせていた。
「生まれつき筋肉質なだけで、別に特別な理由はないぞ。事実帰宅部だし」
そんな会話をしているうちに、今度は可憐じゃない声がかけられる、というより襲いかかってくる。
「何やってんだよ綾小路!」
池が足音荒くこっちにやってくる。清隆くんを無理矢理引っ張って連れて行き、何かコソコソと耳打ちしている。大方櫛田さん関連で釘を刺しているのだろう。
察しがついている私と察しがついているけど知らないフリをしている櫛田さんで困ったように笑い合う。
なんか気づけば池が青い顔をしている。無言でコクコク頷いていた。櫛田さんの話からどうやってあんな状態になるんだろうか。疑問に思ったが、先生のホイッスルで集合を呼びかけられ、うやむやになった。そのうち疑問もどこかへと追いやられ、思い出すこともなくなった。
放課後になり、清隆くんがこっちに来ようとして平田くんに捕まっている。待とうと思ったが、思い直して先に寮に帰ることにした。そういえばそろそろ櫛田さんが堀北さんとの取っ掛かりを得ようと、清隆くんにいろいろ頼もうとする時期じゃないだろうか。私は傍観者なので関わるつもりはないのである。
あばよ、清隆くん……武運をな……! と内心良い笑顔でサムズアップしておいた。清隆くんがあっという顔をしてこっちに手を伸ばそうとするのを華麗に躱す。
どのみち私には部活がある。一緒に帰ると言っても武道館の前までだ。だからそれぞれ別で帰るのは何もおかしなことではない。
道中で最近同じクラス、同じ一年生、さらに同じ部活ということもあってぽつぽつ話すようになった三宅くんを見つけ、自然な流れで二人並んで武道館に向かう。
「三宅くん、水泳どうだった?」
「あー……別に普通だ。可もなく不可もなく、だな」
「それが一番だよ。カナヅチじゃないなら全部擦り傷みたいなもんだから」
私の滑らないギャグにちょっと笑ってくれた。よしウケたな。私のギャグセンスも捨てたものじゃないということだ。ちょっと自信がつく。
「水元はどうだったんだ?」
「私はね、なんと〜……………7位でした!」
「変に溜めるな、ばか。普通だし」
ツッコミが的確で話していて面白い。これはもう自他共に認める友達だろう。彼もそう認識してくれているはずだ。
彼も後々綾小路グループのメンバーとして清隆くんのお友達になり、原作に深く関わるようになる人物なのだが、こうやって世間話をする程度に距離を縮めているのは別に支障はないだろう。私は傍観者ではあるけれど、同時に友達が欲しいのも本当なのだ。
三宅くんは同じ部活だから親しみやすくて、ついつい話しかけに行ってしまう。学校ではそんな様子は見せないのだが、部活では割と話したりする。これくらいの距離感でいいのだ。
今日も部活でさらっと汗を流し、気持ちよく帰路につく。三宅くんはまだしばらく部活をしていくみたいだ。先に別れを告げ、武道館を後にした。
寮に着き鍵を開けようとして空振りした。扉を開けて中に入り、鍵をかける。ひょこ、と玄関に顔を出した清隆くんに「ただいま」と声をかけた。
「おかえり、葵」
腕を広げる清隆くんの胸に落ち着く。
「今日は何しようかな」
「オムライスっていうの作ってみたい」
「おーいいね! 卵一昨日買って帰ったから、まだ全然余裕あるもんね」
「グリーンピースとかいろいろ買ってきた」
「よし、何も問題ない。卵係とご飯係どっちがいい?」
「どっちでも……いや、卵かな」
「じゃあご飯は任せろ!」
あまりに“普通”で“平凡”な会話。二人で一度顔を合わせ、じわじわとおかしくなって笑った。
胸が温かい。幸せだなぁと思った。
主人公は綾小路と同じタイプの顔をしています(ヒント)
ほら主人公、綾小路と同じで目立った何かがないから…
あとほら、(ほぼ)四六時中ペアでいる人いるし…