ね・ら・い・う・ち☆
───それは純粋な好意だった。
この私がそう判断するのだから、間違いない。
昔から人の機微には誰よりも聡い自覚があった。
持って生まれた性質もあったのだろうが、同時に自覚せずとも研鑽し続けて極限まで高めたのもまた私自身である。
それが今の私、ひいては自負になるほどの自信にまで繋がっている。
人の機微がいつしか人の『裏側』になることさえ、ある種当然の流れだったのだろうと思う。
人間は誰しも『裏側』がある。私の持論ではあるが、しかし世間的にも認められた認識であり風潮だろう。
人の裏側は大抵がひどく下劣なものだ。特に願いや欲望が込められているせいか、ねばついた粘性をもってその人自身に纏わりついていることが多い。
大人になればなるごとに隠すのが上手くなっているだけで、決してその人から離れるものじゃない。乖離するものじゃない。一生その人の影について回る。
だが雌伏の時を経て、ある日突然牙を剥く。
そんな奴を時々見て、鼻で笑っては素知らぬ顔で知らんぷりをしたものだ。「怖いね……」なんて我ながら見事な怯えた顔を作って、お友達と遠巻きに見やる。
まあその爆発のキッカケを作ったのは私かもしれないが、誰も知りようがないし私を疑わないから最初から問題にならない。
勝手に暴走して泣き喚く馬鹿を見るのは愉快だった。ただの親切心でコッソリ教えてあげたことなのに、何がどう曲解されて火種になるのか。ちゃんちゃらおかしくてたまらない。でもやりすぎると私が疑われる可能性が出てきてしまうから、たまの鬱憤で発散するくらいに留めておく。
そもそもの話。自分のことなのにコントロールできないのが悪くない? やっぱり私はなんにも悪くないよっ。
もちろん『裏側』のことで言うなら、私だって例外じゃない。
むしろ誰よりも酷いなんていう自覚はあった。
際限なく肥大したソレは、いわゆる世間的には『承認欲求』と呼ばれるもの。
勉強も運動もそこそこできるだけのただの凡才である私が、唯一よすがとして、見下している人たちから信用と信頼の果てで得られる秘密の先にあるモノが……本当は『承認欲求』であることくらい。
ちゃんとわかるくらいには、私は大きくなっていた。
だから私は洞察力を身につけた。
こんな自分でも扱いにくい、いつ爆発するかわからない怪物を飼い慣らすため、死に物狂いで身につけた処世術だ。
それさえ、もしかしたら凡才の域は出ないのかもしれない。……最低で最悪な話だ。
けれど、彼女から寄せられる好意は疑いようがない。それくらいは見分けがつくし、彼女がわかりやすすぎるのもあるだろう。
なにより私が築き上げた『私』という理想は完璧で、それに彼女がハマってしまうのも仕方ないことだ。
今までずっと努力してきた。手前勝手な期待にも、見当違いの嫉妬にも、汚い視線にも、下卑た欲望にも、ずっとずっと一人で耐えてきた。それさえ利用してうまく取り入ってやった。
でもまあ、結果的に中学の時は……ちょっと失敗してしまったけれど。
でも私には何一つ悪いところなんてない。
……いや、違う。
あれはなるべくしてなった結末だ。
たった一人に負担がかかりすぎゆえに起きた悲劇。
だって人は究極、神になどなれやしないというのに。
みんなの本当の思いを等しく誰もに聞かせてあげた点で、私のしたことはむしろ褒められるべき善行だったに違いない。じゃあ神に一番近しいのは私だ。
だからやっぱり、私は何一つ間違ってなんかいなかったのだ。
それでも高く積み上げ築き上げた地位が崩れたのは事実。
だから今度こそうまくやろうと決心して、わざわざこんな得体の知れない高校までやって来た。外の世界と断絶できるという、たったそれだけの理由で。
他の人が期待するどこでも進学可能だとか、就職先が選び放題だとか、そんな飾り文句などどうでもいい。
私は何も間違っていなかったけれど、世間はそうと認めてくれなかったから。
だから仕方なく世間に倣って、もう一度綺麗にやり直すために此処へやって来たのだ。
私はどう足掻いても人からの『承認』が欲しくてたまらない。
そこに付属的につく『秘密』が甘美で、欲しくて欲しくてたまらなくなる。
もう今は、どちらが先だったかなんて、よくわからなくなっているけれど。
高校でも相変わらず周りにいる奴らは馬鹿ばっかりだった。
周囲を見下しながら、どこに行っても人はそう変わらないと思ったものだ。
でもその中で前回の反省を活かして、今度こそもっとうまくやるためにより人を観察するようになった。
自分のクラスにいる奴らがとりわけ馬鹿ばっかりだったからだろうか。掌握は赤子の手を捻るみたいに簡単で、拍子抜けしたくらいだ。
だが油断は禁物だ。前回の失敗は繰り返さない。
馬鹿ばっかりのクラスメイトのその中で、異質に映った人物がとりわけ二人いた。
一人は影が薄く目立って秀でた部分がない、よく見れば顔立ちは整っているようだけど、でもやっぱりよく見ないから誰もわかりようがない。
そもそもいつもただ一人を注視して、他に目を向けないような激重キモ男だから、まず論外だ。生まれるところから出直して来たらあのキモイところも直るんじゃないだろうか。知らないけど。
あともう一人は……その男の隣によくいる、女子生徒。男とよく似た顔立ちをしていて、でも表情は男と違ってころころ変わるイメージ。
でもそれだって、男の大きな影に覆われて隠されて、あんまりよく見えない。笑い声は聞こえるけれど、顔が見えないんじゃ仕方ない。
だから総評したら、私にとって二人ともよくわからない人物だった。
それでも究極のところ奴らが私に与える影響はたかが知れている。
最初こそ目障りな堀北を探るため、あと全校生徒と友達になるという我ながら健気な目標のために自ら関わりを持とうとした時期もあったが、それもやめた。理由は奴らに関わるにはシンプルに男がキモかったからだ。
そんなキモイ男に私の本性がバレた時はどうしてやろうかと思ったが……想像の中で何度縊り殺したかわからない。
堀北と並ぶ憎悪を募らせるのも、時間の問題だろう。
ひょんな一件があって以来は、時々女子生徒の方にも探りを入れるようになった。親密な仲である男から、何か私の情報が漏れていないかという確認を兼ねてのことだ。
でもいつまで経っても彼女からはキラキラキラキラ、こっちが目を細めてしまうくらいの好意ばかりが滲んで溢れている眼差しばかり向けられていた。……この調子なら心配いらないかな、と判断したのは早かった。
それほど裏表のない、純粋な好意だった。
彼女から寄せられる好意は疑いようがない。私の人を見る目は確かだ。
それでも彼女との距離は私より、堀北の方が近かったから。
私は分け隔てなく好かれるけど、それだけだ。
本当に欲しいと思ったモノは……いつも手に入らない。
そして私が喉から手が出るほど欲しいと思ったモノを、いつだって当然の顔で、私なんか元から眼中にいないで、易々と手に入れるのは……
だから憎くて……嫌いで……。
「櫛田さん」
───堀北と内心では嫌々並んでいたら、いつも先に名前を呼ばれることに気づいた時からだろうか。
一緒にいる頻度は、堀北の方が確実に高いはずなのに。
「……うん! なぁに、水元さん?」
彼女が私に寄ってくる。いつもそばにいる大きな影が決まってそばにいない時。
それに気づいた時。
首筋に、妙な汗が伝ったのを覚えている。
それはまるで、『秘密』の共有のようだったから。
……私だけに向けられる特別な好意が、眩しかった。
私だけに寄せられる特別な信頼が誇らしかった。
私を見ている。
私の想像通りの反応をしてくれる。
私を可愛いと言ってくれる。
恥ずかしげもなく天使だと宣って、疑いもしないで。
私に甘い水元さん。
私に弱い水元さん。
計算した角度で、計算した表情で名前を呼んで、ちょっと応援しただけで頰を赤くする。
嬉しそうに私を見る。
ちょっとおねだりしてみたら、すぐに元気よく返事をする水元さんが面白い。
櫛田さんはすごいと衒いもなく言っては褒めてくれる。
無人島試験の時、別に何も疑ってないのに、堀北との仲を弁明してきた時は面白かったな。
確かに良い気分じゃなかったのは本当だけど、なによりそれを必死に言い募って私に縋ってくるから、嫌な気分もすぐに吹っ飛んでしまった。
だからつい私らしくなく、必要以上に揶揄ってしまったのは……うんっ、私らしい『いぢわる』ってやつかな?
そのお詫びで、彼女が夜寝苦しいみたいだから、Bクラスの子たちにお願いして簡易クッションの作り方を教えてもらったし。
喜んでくれてよかったぁ。
………
………………
────魔が差した、のだと思う。
まだ高校に上がったばかりの、若人らしい向こう見ずさ。
倒錯感に突き動かされたとか、そんな陳腐でありきたりな衝動。
きっと情けない質問だった。もしくは、私のイメージが壊れちゃうような。
彼女の中に丁寧に厳密に築き上げた私が変わってしまうような、ひどいことを聞いてしまった。
私の世間体を考えても、これからの学校での立ち位置を考えても聞くべきじゃない。聞いちゃいけなかったのに。
でも、我慢できなくなった。
水元さんの……せいじゃない。
コレは、あくまで私の問題なんだ。
「もし、私と堀北さん、どちらかを選ばなきゃいけないとしたら……水元さんは、どっちを選ぶのかな」
聞いてしまってから今さら、どうしよう、と思った。一瞬頭が真っ白になってしまった。
……恐る恐る、顔を上げた先で見た光景は。
きょとんとした顔で、何食わぬ顔で、彼女は相変わらず私を見ていた。
「櫛田さんだよ」
迷いなんてなかった。むしろそれ以外ありえなくない? と表情で物語っていた。
いつも向けられていた。でも、ずっと、これまで誰にも向けられたことないカオ。
それでいつも、私が見ているカオだったと、気づいた。
───彼女が喜びそうな立ち居振る舞いを、無意識になぞるようになったのは、一体いつからだっただろうか?
褒めて褒めてと犬のように懐いてくるから、彼女の望むことを察してそれとなく動いてあげただけ。
……そうだ、私は飼い主なのだ。
ならば飼い主らしく褒めて、お世話をするのも、当然のことに決まっている。別におかしなことじゃない。進んでしたって、構わない。
永遠にポッカリ空いているはずの空洞に、水滴が落ちていく。
少しずつ充足していく。
「私ね、櫛田さんに幸せになって欲しいんだよ」
……見返りのない好意は、……怖い。
「この世界も、櫛田さんも好きだから」
わけのわからないこと。
時折そんな突拍子のないことを言っては、水元さんは私を困惑させる。
でも、それを追求できない私も悪いんだ。
だって、聞いてほしくなさそうなカオをしているから……。
招いた私の自室で、水元さんの手を引いて並んでベッドに座っている。
真っ直ぐ見つめてきながら、眉は下がって、私よりも背が高いのに上目遣いで、私を健気に窺っている。
「櫛田さん。私に、協力してくれる……?」
……差し伸べられた手を取っている。
きょとんとして、それから嬉しそうに笑う顔に頰が熱くなる。
居た堪れなくなって、ぷいっと顔を背けてしまう。
「やっぱり、櫛田さんは優しいよ」
「……そんなこと、ないもん」
取り繕った仮面なのか、本心からなのか、わからない。
水元さんはやっぱり、今日も私を見て甘いばかりの表情を浮かべて微笑んでいる。
どちらかもわからない、こんな私を見ながら………
『わたし』をみてくれた
番外編
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