鶏が先か、卵が先か   作:楊枝

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IQ3になって読んでください回



一欠片の願い

 

 

 5月初日から、早くも1週間が経とうとしていた。

 

 茶柱先生から嘲笑混じりに真実を明かされて以降、表向きは黙って授業を受ける生徒が大半となっていた。まあ須藤は別だが。

 私みたいに最初から真面目に授業を受けている生徒ほど損を被っていることになるが、だからといってどうすることもできない。できるのはこれからクラスポイントがプラスに転じることを祈りながら、真面目に生活することだけだ。

 

「たうわ!?」

 

 あ、清隆くんが堀北さんにコンパスの針で刺されてる。ずっと思ってたけど、可愛い悲鳴だよね。女子力が高いあざとい悲鳴だと思う。あれが計算じゃないんだから恐ろしい。

 茶柱先生が軽く注意を飛ばし、清隆くんは素直に謝罪していた。一連の流れを耳にしながら私の意識は授業に戻る。

 きっと今頃清隆くんにはクラスポイントに敏感になっているクラスメイトたちからの冷たい視線が刺さっていることだろう。せめて私だけでも無視してあげよう。

 

 

 

 昼食の時間だ。前の授業で机に広げていたノート類を片付けて、お弁当を入れている小袋を取り出す。いつものように清隆くんと連れ立って最近見つけたベストプレイスに向かおうとして、振り向いた。それより先に平田くんが口を開いた。

 内容を聞くに、どうやらDクラスのヒーローは慈善事業も始めるようだ。赤点組の救済を考えてのことだろう。ふむ、原作通りの流れだな。

 殊更須藤に対し優しく語りかけ、あくまで善意として手を差し伸べようとする平田くんはマジ平田くんだったとだけ言い残しておこう。

 

 実は私平田くんが主催する勉強会、一回参加してみたいんだよね……きっと優しい教え方なんだろうな……ときめくんだろうな……。

 ふら〜っと光に集う蛾のように平田くんの席に向かおうとして、それより先に手を捕まえられた。清隆くんが呆れた顔をしてそばに立っている。私を掴んでいる手とは反対に、もう片方の手には私たちのお弁当箱二つがあった。

 

「昼ご飯食べに行くぞ、葵」

「平田くんの勉強会の予約だけしてきていい?」

「オレがつきっきりで教えてやる」

「私より下の点数の人に教えられたくないよ!」

 

 茶番を繰り広げつつ、繋いでいた手を引っ張られて平田くんの席から離されていく。仕方ない、予約するのはまた今度にしよう。時間はまだまだたっぷりあるのだ。私は諦めない。

 

 廊下を出てしばらく歩いてからだ。後ろから声をかけられ、同時に振り向く。

 

「少し話を聞いてもらえないかしら」

「げ、堀北……」

 

 清隆くんが嫌そうな顔をした。さっきコンパスの針で刺されたことを思い出しているんだろう。

 提案の口調をしながら、堀北さんに譲歩する気配は微塵も感じない。凛とした表情をしている堀北さんを見て、無気力ボーイの清隆くんに視線を移して、やれやれと肩を下げた。

 

「ほら、堀北さんが呼んでるよ。私は二つ分のお弁当食べて待っておくから」

「さらっとオレのも食べる発言をするな。嫌だ、オレは行かないぞ。堀北の話を聞くつもりはない」

「協力するって言ったわよね?」

「あいにくだが、そんなこと一言も言った覚えはないな」

「いいえ、私には心の声が聞こえたもの。協力するって言ってた」

「それまだ言ってるのか…」

「言うわよ。この耳で聞いたんだもの」

 

 廊下で三人立ち止まって話をしているものだから、だんだんと周囲から視線が寄せられてくる。徐々に居心地が悪くなってきた。

 清隆くんが頭に手をやり、ぽりぽりと掻いてから、一度大きくため息を吐いた。

 

「……わかった。話を聞こう。先に言っておくが、聞くだけだからな」

「ええ。それじゃあ行きましょうか」

 

 私たちの前に出て、堀北さんが先導する形で進む。私と清隆くんは一度顔を合わせ、お互いに息を吐いた。

 

「それじゃあ頑張ってね」

「葵も行くんだよ」

 

 

 

 結局逃してもらえず、先を歩いていた堀北さんを抜かし私たちが私たちのベストプレイスまで案内して、そこで話を聞くことになった。

 とは言っても、私ができることは本当にない。これは謙遜ではなく事実だ。今清隆くんと堀北さんが話している横でマイペースにお弁当を食べているところからもわかるだろう。

 一応話は耳に入れているが、案の定というかなんというか、赤点組かつ平田くんに与しない組、通称3バカの救済についての話だった。

 清隆くんは渋りに渋っている。話を聞いているうちに協力してもいい気になってきたが、でもなんかやっぱりちょっと……っていう渋りに見える。今回はスペシャル定食の奢りもないから立場が弱くないというのもあるのかもしれない。

 渋る清隆くんに堀北さんが畳み掛ける。

 

「櫛田さんと結託して、嘘で私を呼び出したこと、許したつもりはないのだけれど?」

 

 お、清隆くんは原作通り櫛田さんと堀北さんの友情のキューピット作戦に出ていたのか。この様子だと原作通り失敗したようである。でしょうねとだけ言い残しておく。

 清隆くんがさらに嫌そうな顔をして数度応答していたが、最終的には協力することを受け入れたようだった。

 堀北さんがさっそく携帯番号とアドレスを教えている。清隆くんに教え終わると次に私の方にも顔を向けた。

 

「水元さんも。自分は関係ないって顔してるけど、手伝ってもらうわよ」

「私本当清隆くん以上に役立たずなんだけど……」

「あなたは将棋の歩よ。余計なことはしなくていいし考えなくていいの。また必要になったら連絡するから」

「さいですか……」

 

 言い返す気力もない。どう足掻いてもなんやかんやとやり込められることがわかっているからだろうか。それとも、そもそも私が美少女に弱いというのもあるのか。

 最近思うのだが、顔面偏差値が高いこの学校、誰かに何か頼まれごとをされたらホイホイ引き受けそうな気がしている。

 

 すごすごと連絡先を交換して、堀北さんは用件を終えたとばかりに颯爽と去って行った。そして清隆くんは堀北さんが去り、ようやく落ち着いたとばかりにお弁当を食べ始めた。

 

「葵、今日の卵焼きうまくできてないか? 今朝は一つも焦がさなかったんだ」

「それ思った。すごい綺麗だし、味付けも甘口で美味しかったよ」

 

 私の感想を聞いて嬉しそうに目尻が垂れた。直前まで堀北さんとほとんどやり込められていたけど、舌戦を繰り広げていたとは思えない能天気な顔だ。その横でお弁当を食べていた私が言えたことじゃないかもしれないが……。

 明日は私がお弁当を作る番だ。清隆くんだったり私だったり、二人で作ったりとゆる〜くやっている。こんな感じでこれからもゆる〜く学校生活を送りたいものである。……無理だろうなぁ……。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「勉強会は明日から?」

「ああ。櫛田が協力してくれて、堀北が赤点組に勉強を教える。オレたちはおそらくその場にいるだけだな」

 

 清隆くんの部屋でさっき作ったスパゲッティを食べながら、合間に会話をする。櫛田さんを引き込んで3バカを集結させる作戦か。マナー通りに綺麗に食べながら、ふんふん頷く。

 先に食べ終わった清隆くんが誰かとチャットでやりとりしていた。文面を見て少しだけ目を瞠って、感心した様子を見せる。

 

「櫛田の呼びかけもうまくいったみたいだ。これで赤点組も集まるだろう。……ただ、櫛田も勉強会に参加したいみたいだが……まあ、難しいだろうな」

「堀北さん絶対嫌がるやつだよ」

「ああ。だが背に腹は替えられない。堀北にも連絡しておく」

 

 清隆くんが堀北さんにチャットを送ってすぐ電話がかかってくる。はっや。そして話が長くなる予感がビンビンするぞ。

 スパゲッティをちょうど食べ終わり、食べ終わった二人分の食器を流しに置いて水に浸してから部屋に戻ってくる。清隆くんは堀北さんと電話で会話している。

 横で話を聞いているのもあれなので、口パクで『お風呂入ってくるから、その間に済ませててね』と告げれば、軽い首肯が返ってきた。持ってきたお着替えセットを手に浴室に向かう。

 堀北さんとの電話が終われば次は櫛田さんと電話をするはずだ。可愛い女の子と電話しまくりでお母さんは嬉しいよ。

 

 

 お風呂を済ませた私と入れ替わり、今度は清隆くんが浴室に向かう。さらっとした生地の長袖パジャマを纏った私は、ラグマットに座りテレビのリモコンを取った。お笑い番組があったので、それを見ることにする。

 たまに渾身のギャグがあったりして面白いので、お笑い番組を見るのは好きだ。もっぱらテレビをつけたらお笑い番組しか見ない。

 ちょうど面白いギャグがあって一人ケラケラ笑っていると、お風呂を上がったばかりでほかほかしている清隆くんが部屋に戻ってくる。私の隣に座ってテレビに視線をやった。

 ちなみに彼も私と同じさらっとした生地の長袖パジャマを身に纏っていたりする。二人で出かけて二人で同じパジャマを買ったから、まあ自然な流れだ。でも色は違うため、すべてがすべて同じというわけではない。私は深青色で、清隆くんは若草色を選んだ。特に深い意味はなく、なんとなく。

 

「お笑いか?」

「そうそう。今ちょうど面白いギャグ言ってるんだよ〜」

 

 清隆くんにも見るよう言おうとして、面白かった芸人さんはタイミング悪く舞台裏に入ってしまった。今はあまり私の知らない芸人さんがネタを披露している。

 仕方がないのでテレビから目を離し、清隆くんを見た。正確には髪。ところどころ湿っているのを見て、まーた適当に乾かしてきたと白んだ顔をする。

 

「まったく、世話が焼けるなぁ」

 

 洗面台からドライヤーを持ってきて、ベッド近くにあるコンセントにプラグを挿し、清隆くんの背中に回る。ベッドに座り、足で清隆くんの体を挟み込みながら温風を選択した。ぶおーという音とともに清隆くんの柔らかい色をした茶髪が風に揺れる。

 

「悪いな」

「悪いと思ってるならちゃんと乾かしてきなさい」

 

 頭を撫でるように髪を梳きながら、丁寧に乾かしていく。男の子は髪が短くて乾かしやすいから助かる。乾かすのにあまり時間もかからないし、良いところしかないと言える。だから毎度適当に乾かしてくる清隆くんのことが理解できないんだが……。

 乾かし終わって、スイッチを切った。一度ドライヤーを床に置いて、本当に髪が乾き切っているか確認するのに改めて手で髪を梳いていく。……よし、ちゃんと乾いてるな。満足げに息をつき、上から清隆くんの顔を覗き込んだ。

 

「乾いたよ〜清隆くん」

「ん……ああ。ありがとう、葵……」

「どういたしまして」

 

 気持ちよさそうに瞳を閉じていたところ悪いが、今夜はまだ寝かせないぞ。

 さらさらになった髪を手慰みに梳いたり撫で付けたりしつつ、電話の内容を尋ねる。

 

「電話で話し合って、結局どんな感じになったの?」

「オレも、あまりわかってないんだ。櫛田がどうにかするって……堀北は嫌がっていたが、櫛田は何か考えがあると……言って……」

 

 話の最中にも関わらず、清隆くんがうつらうつらと船を漕ぎ出す。もう少し詳しく聞こうかと思ったが、眠そうな顔を見ているとこれ以上無理強いをして話をさせる気になれない。

 

 私は週2、3回清隆くんの部屋にお泊まりするのだが、いつも泊まった日はお風呂から出た清隆くんの髪をドライヤーで乾かして、彼はちょっとしたうたた寝に入る。ドライヤーで髪を乾かしていた体勢のまま寝に入るので、私のお腹にあたまを預ける形だ。私は私でテレビを見ながらちょうどいい位置にある清隆くんの頭を無意識に撫でていたりする。

 たまに視線を下げるのだが、少し上向いてどこか間抜けな顔を無防備に晒して寝ている清隆くんを見るのは、私のちょっとした楽しみだったりする。

 

 と、まあ、そんなわけで。

 

 髪を乾かしてもらってからうたた寝に入るという一連の流れがほとんど習慣化している清隆くんからしたら、今の状況は酷だろう。だいたいの流れは彼が今言った通りだろうし、もちろん私の方も知っているのでこれ以上聞いてもお互いに何の益もない。一応記憶に間違いがないか確認しようとしただけである。

 頭を撫でて「もういいよ。またベッドで寝るときになったら起こすから」と言うと、小さく返事をして寝る体勢に入る。私に凭れて、お腹に頭が預けられる。

 一度頰を撫でてやってから、テレビに視線を向けた。テレビの中で芸人さんがネタを披露し、お客さんの笑い声と私の笑い声が部屋に響く。清隆くんはたまに訪れる私の笑い声による体の震えに眠気が覚めるということもなく、変わらず呑気にすやすやと安らかな顔をして眠っている。

 

 

 お笑い番組が一段落を終えて、時計を見て頃合いが良いこともあり、清隆くんの体を揺らして起こす。ゆっくり開いていく瞳に上から顔を覗き込んでいるためか、どこか間抜けた顔をした私が映っている。

 

「そろそろ寝ようか。清隆くん」

「ん……」

 

 立ち上がって手を差し出した。伸ばされる手を取り、二人で洗面所に向かう。並んで歯磨きをして、それも終えるとまた二人で手を繋いで部屋に戻る。

 いつものように先にベッドに入って壁側に行き、清隆くんが入りやすいよう毛布を持ち上げた。隣に寝そべったのを確認すると、リモコンを取って部屋の明かりを消す。

 清隆くんの体に毛布を被せつつ、私もしっかり包まって眠る体勢に入る。

 

「おやすみ、あおい……」

 

 ぽやっとして眠たそうな声がすぐ耳元でする。体を横に向けて手探りに清隆くんの頰に両手を当て包み込み、一度額を合わせた。それと同時くらいに腰に腕が回り、緩く抱きしめられる。

 密かな笑みをもらして、囁くように言う。

 

「おやすみ、清隆くん」

 

 パジャマの生地越しに肌に馴染んでいく彼の体温が心地良い。同じように、私の体温も彼にとって心地良いものであればいいなと思った。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 放課後、清隆くんに連れられ、堀北さんについていき図書館に向かう。懇切丁寧に私にやれることはないと説明はしたのだが、堀北さんの眼光に負けた。あと単純に清隆くんが手を離してくれなかったのもある。これは捕まるより先に平田くんに突撃しに行く必要があるな……。

 今後の予定を練っていると、櫛田さんの「連れて来たよ〜!」という明るい声が聞こえてきた。顔を上げ、櫛田さんとその後ろにいる3バカ、あと沖谷くんの姿を目に留める。沖谷くん……可愛いな……こうやって改めて見ると男子とは思えないほど可愛い……。なんでヒロインじゃないの?

 

 じっと見つめていると、何か不穏なものを感じたのか櫛田さんの背中に隠れられてしまった。しまった、邪な感情が漏れ出ていたか…!

 反省して今度は私の方が隣に座っていた清隆くんをうまいこと壁にして隠れる。チラと私を見て、何か察したのか清隆くんも積極的に隠してくれた。

 私と清隆くんを置いて話は進んで行き、最終的にこの場にいる全員が堀北さんの勉強会に参加することが決まる。櫛田さんの説得がうまくいった形だ。聞いていてハラハラしたが、全員無事参加できることになってひとまず安心する。

 

 ……が。やはりすぐに問題は起こった。

 堀北さんのキツい物言い、かつ遠慮の欠片もない正論にまず須藤が切れた。胸倉を掴むくらいの切れ具合、一触即発な空気はとりあえず櫛田さんや須藤自身のなけなしの自制心によって解かれたが、腹の虫が治まるわけもなく勉強会から離脱。それに続く形で池、山内も離脱し、沖谷くんも周りの空気に負け離脱。メイン赤点組が消えた勉強会に意味などない。

 櫛田さんが堀北さんに、清隆くんに縋るように声をかける。しかし結果は無情なものだ。堀北さんがそう判断するなら従うまで、清隆くんが言っていることはそういうことだ。

 櫛田さんが最後に私に縋るような目を向けた。そっと視線を逸らす。それだけで私の立ち位置もわかったんだろう。

 

 悲しいよ、と言った櫛田さんの俯いた瞳にはここからだと涙がうっすら浮かんでいるように見えた。切り替えるように顔を上げた彼女は、だけど気丈で逞しい。

 

「……じゃあね三人とも、また明日」

 

 短い挨拶とともに櫛田さんも去って行き、残ったのは堀北さんと清隆くん、そして役立たずな私である。

 清隆くんが櫛田さんとはまた別の角度で須藤たちを擁護し、櫛田さんを追いかけるためか図書館を出る。そしてさらに残る堀北さんと私。

 

 静まり返った図書館も相まって、ひどく居心地が悪い。座った位置的にも堀北さんの前だったため、気まずさ倍増である。

 なんとなく肩を寄せもぞ……としていると、堀北さんが教科書に目を落としながら静かな声で言った。

 

「あなたは何かないの」

「え?」

「あなたはじっと見ているだけ。聞いているだけで、何も行動を起こさない。何も言わない。いつもそう」

 

 視線は合わない。きっと合わせてくれる気も彼女にはさらさらないだろう。だから私が一方的に見ているだけだ。

 うーん、と小さく唸る。薄っぺらい笑みを浮かべ、それに相応しい薄っぺらいセリフを言う。

 

「私は傍観者でしかないから」

「そう。綾小路くんの事なかれ主義と似ているわね。私には到底理解できない考えだわ」

「ま、似てるのは否定できないかな」

 

 バッサリ切り捨てられるのは想定内だ。会話が終わり再び静寂が落ちると、堀北さんが冷淡に「早く綾小路くんを追いかけでもしたらどう」と言ってくる。提案の形をしているが、これは強制だ。体よくこの場から追い出そうとしているのだろう。裏の意味は『邪魔よ』といったところ、か。

 素直に従い、荷物を持って席を立つ。堀北さんはずっと一人教科書に目を落としている。一瞥して、図書館を出ようと扉を開ける。

 

 ……なんとなく。少しだけ、世話を焼きたくなった。

 孤独な少女を憐れにでも思ったのだろうか。

 

「堀北さん。じゃあ今日は、私も一つだけ言うよ」

「……何かしら」

「孤高はね、人が人を認めて、尊敬して……その根本は人からの好意で生まれるものだよ。今の堀北さんはどうなのかな」

 

 ほとんど言い捨てに近い。開けていたドアを潜って後ろ手に閉めれば、一度も振り返らずに立ち去る。

 

 言われた通り清隆くんでも追いかけようか、と一瞬思ったけれどやめておいた。おそらく今は櫛田さんと屋上に続く階段でドンパチ(語弊あり)している頃なんじゃないだろうか。追いかけて二次被害を被るのは勘弁願いたい。あと素直に櫛田さんに敵認定されたくない。これが一番強い。

 私は可愛い櫛田さんが好きです。でも可愛くない櫛田さんも可愛くて好き。どっちも好きだけど、敵認定はされたくない。この気持ちわかってほしい。

 

 一人帰路につきながら、『そういや清隆くん、櫛田さんの胸揉んでるのかな……』とすごくしょうもないことに思いを馳せた。

 いいなぁ……私も今度水泳の授業とかあったら着替えるときに揉ませてもらおうかなぁ……無理かなぁ……。

 

 

 

 

 自分の部屋に帰って先にご飯を作っていると、清隆くんが帰ってきた。具沢山チャーハンに目を輝かせている。

 時間もちょうどいいのでテーブルの準備は任せ、お皿に大盛りによそったチャーハンを二つ運ぶ。もちろん私も大盛りだ。私も基本的には大食いなのである。

 ホワイトルームにいた頃より頭にも体にも負荷をかけまくり日夜訓練に明け暮れていたので、気づけばもりもり食べる系女子になっていた。胃が馬鹿になっているのかと問われたら、否定はできないかもしれない。

 

 さっそくマナー良く、しかしもりもり食べている清隆くんを向かい側に座って見ていると、自然と笑みが浮かんできた。こうやって清隆くんと二人で過ごしているときが一番平和であることを実感する。願わくば、……いや。人が永遠を望むのは傲慢すぎるだろう。

 そうだな、と代替を考える。清隆くんが視線を上げ、ちょうど目が合う。

 

「葵?」

 

 ……うん、と一つ頷いた。こっちを見ている清隆くんに軽く笑いかける。

 

「いやぁ、2回目だからかうまくチャーハン出来てよかったなぁって思ったんだよ」

「ああ、なるほど。1回目は……キッチン周辺が悲惨なことになったもんな」

「最初っからプロみたいに空中にお米を浮かべて作ろうとしたらダメだね。反省した」

「料理は奥が深いよな……次はオレに作らせてくれ。オレも今度こそうまくやってみせる」

「いいね。じゃあ次は清隆くんよろしく」

 

 そう思えば、願いはずっと変わっていない気がする。健気なものだ。健気というか、頑固なのだろうか。

 

 いつか私がこの目で願いが叶ったことを、知らないうちに叶っていたことを確認できたならば、私はきっと嬉しすぎて幸せ過ぎて、たとえ一人でだってなんだってできるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 




土日は定期更新お休みします、すみません
また月曜から定期で更新していく予定です
一章が終わるまで残すところ後三話ほどですが、最後までお付き合いしてくださると嬉しいです

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