今日は一緒に寝たいとお願いされたため、断る理由もないので手を繋いで清隆くんの部屋に向かう。
順番にお風呂に入るまではよかったのだが、どうも清隆くんの寝付きが悪いようだ。ドライヤーで彼の髪を乾かしている最中もパッチリ目が開いている。俯き加減になって、何か考えているように見えた。
なんにせよ彼がおかしなことに変わりはない。
ドライヤーをしているとき、いつもうつらうつらと眠そうにするのに、今日は一切そんな様子を見せない。一体どうしたんだろうか。
髪を乾かし終えてスイッチを切り、床にドライヤーを置く。とんとんと清隆くんの肩を叩いた。
「今日は全然眠そうじゃないね。何かあった?」
「……いや……」
返事の歯切れも悪い。これは本格的におかしいぞ。
首を傾げつつ何があったか追及しようとする私を躱し、清隆くんが立ち上がって「ちょっと外出てくる」と言う。ぽかんとしている私を置いてパジャマから軽装に着替えると、一人さっさと部屋を出て行ってしまった。
様子のおかしい清隆くんを放っておけるわけがない。我に返り、慌てて清隆くんの後を追う。清隆くんの部屋に置きっぱなしにしている自身の軽装に着替えて、後を追うように部屋を出る。
エレベーターの前まで行けば、下に降りていく清隆くんの姿がモニターに映っていた。このままだとエレベーターが再び上がってくるのを待っている間に彼の姿を見失ってしまう可能性もある。
帰ったらもう一度お風呂に入ることを決め、私は階段を一気に駆け降りた。
一階に着くと、ロビーにある自販機の前で立っている清隆くんを発見する。どうやら本当に外にまで出て行くつもりはなかったらしい。走って損した。
若干脱力しつつも、今度は落ち着いて清隆くんの元まで歩いていく。清隆くんは私に気づくと少し目を丸くした。
「葵。どうしたんだ?」
「清隆くんが急に出て行くから、心配になって追いかけたんだよ」
「それは……悪いことしたな」
「反省して」
謝罪の念を示すためか、私の分まで自販機で飲み物を買ってくれる。走って喉が渇いていたのもあり、素直に受け取ってすぐに蓋を開けた。
こくこくと喉を鳴らして中の飲み物の量を順調に減らしていく。半分ほどお腹に収めたところで満足し、口を離した。清隆くんが自身の分の飲み物に口をつけながら、私を見ている。首を傾げて見つめ返す。
「清隆くん?」
「……いや……」
返事の歯切れが悪い清隆くんは健在だ。眉をひそめて距離を詰めた。清隆くんが言い渋るなんてよっぽどのことだろうか? 一応話を聞いて状況を把握しておきたい。何か手伝えることが……少しはあるかもしれないし。
問い詰めようと口を開く前に、逃げるように私より向こう側に視線をやった清隆くんが「あ」という間抜けた声を出した。視線を追って振り向き、私も「あ」と間抜けた声をこぼす。
モニターには堀北さんが映っていた。どうやら下に降りてきているらしい。
「葵、こっちだ」
手を引かれ一緒に自販機の陰に隠れた。少しでも体を小さくするため清隆くんは私を抱き締めるし、私も清隆くんに体を押し付ける。
堀北さんが周囲を警戒しながら寮の外へ出て行くのが見えた。こんな時間に、それも制服でどこへ行くのか……と、思ったところで思い出した。
そうか、今日だったか。堀北さんの『私のために争わないで!』事件。これは原作ファンとして見逃すわけにはいかない。完全な野次馬目線である。
ワクワクして清隆くんの次の行動を待っていた私だったが、しかし彼はなぜか一向に動きそうにない。不思議に思い、首を傾げながらちょいちょいと服の袖を引っ張った。
「堀北さん、こんな時間に外に出かけるなんて心配だよ。追いかけないと」
「……そう……だな」
「……?」
肯定の返事をしながらも、やはり動く気配はない。腰に回った腕が私を抱き締めたまま離れない。いや、ぎこちなく固まっている……といった方が正しいのだろうか?
なんにせよ、このまま彼が動かないままだと私は事件の決定的瞬間を見逃してしまう。メインにはこの清隆くんがいるのだ。私には最後まで監督責任があると言える。言えるよね?
「清隆くん、行こう」
私から無理矢理体を離し、手を取った。清隆くんが繋がれた手を見てから私を見る。
一度不自然に力を込め、まやかしだったみたいにいつもと同じ握る強さに戻った。
「……ああ。追いかけよう」
静かに、だけど素早く堀北さんの後を追う。その道中で私は繋いでいた手を離そうとする。清隆くんはチラと私を見たが、今は堀北さんを優先するべきという意思が伝わったのか素直に離されてくれた。
清隆くんは堀北さんを兄の魔の手から救うためにすぐに飛び出すことになる。そのとき邪魔になるだけの私は必要ないのだ。
堀北さんはすぐに見つかった。堀北兄に片手を頭上で磔にされ、動けなくされている。その上でほとんど一方的な押し問答のような会話を繰り広げており、状況も相まってなんか犯罪臭しかしない。
ちなみにどちらも美男美女だからって許される場合と許されない場合があります。今回は事情を知っているから前者なだけだ。犯罪はダメ、絶対。
いやそれにしてもは〜〜堀北兄……堀北さんの男バージョン……部活動紹介のときも思ってたけど、やっぱりカッコいいよな……。
心の邪念を隠し、さらに清隆くんの背後に隠れながら慎重に彼らの様子を窺う。なおうきうきと心が躍っているのは大目に見てほしい。
だって今からあの有名なシーンが! 見れるんだ! ぞ! この場で踊っていないだけマシだと思ってほしい。
「どんなにお前を避けたところで、俺の妹であることに変わりはない。お前のことが周囲に知られれば、恥をかくことになるのはこの俺だ。今すぐこの学校を去れ」
「で、出来ません……っ。私は、絶対にAクラスに上がって見せます……!」
「愚かだな、本当に。昔のように痛い目を見ておくか?」
「兄さん、私は───」
「お前には上を目指す力も資格もない。それを知れ」
私から見ても直感的に危険だとわかる堀北兄の動き。
清隆くんがそれを見て咄嗟に弾丸のように、しかし極限まで気配も音も殺して一緒に隠れていた物陰から飛び出すのを私は見送った。このとき脳内トロピカルパレードだったことは先に弁明しておく。
背後から手首を捕らえられた堀北兄は、訝しげに視線を移動させ低い声で問うた。
「……何だ? お前は」
「あんた、今堀北を投げ飛ばそうとしただろ」
興奮で今なら床をのたうち回れそう。堀北兄と清隆くん念願の邂逅! 交わす鋭い視線! 殺伐とした会話! 全部素晴らしい!
「やめて、綾小路くん……」
そして堀北さんの意訳『私のために争わないで』発言もキタァァー! よし満足した。帰るか。
いや冷静に考えたらメインの戦闘シーン見てなかったな。もうしばらくここに居ることにするか。
この思考をする間1秒にも満たなかったのだが、彼らが戦闘に移るまでも1秒に満たなかった。目を離す隙などない。本当に一瞬だった。二人とも判断が早い。
いや……いや。いや……私じゃなきゃ見逃しちゃうね。マジで。冗談じゃなく。この時だけはホワイトルームで鍛えられてよかったと思った。私にこんなこと思わせるとかとんでもないお二方である。ありがとうホワイトルーム、ホワイトルームには二度と戻りたくありません。
戦闘は瞬きの間に終わってしまったが、その間に詰め込まれた二人の挙動の数々に興奮を隠せない。隠すけど。たぶん部屋に帰ったら我慢した反動がやってくる。ベッドに寝っ転がってもしばらく目ギンギンになって起きてる。なお私の中では割と高頻度で起こっていることだったりある。
いや……にしてもカッコよ……堀北兄の鋭い攻撃はもちろんのこと、その全てに対応して避ける清隆くんハァ〜〜〜これはモテる……絶対……そりゃモテるよこんなの……こんな……。
見惚れすぎて茫然としてしまう。何か習っていたのかと聞かれて「ピアノと書道なら」とかさらっと宣う清隆くんも最高。私も習ってたよ。ちなみに茶道も習ってた。清隆くんの勇姿はしっかりこの目に収めております。
清隆くんと手合わせし、その強さに興味を引かれた堀北兄がどこか機嫌良さそうにしながら後を去る。寮に帰ろうとする。
清隆くんの隣を通り過ぎて、私が隠れた物陰の横も───
「お前は誰だ?」
「!」
あまりの萌に立ち上がったままでいられず、結果的にしゃがんで隠れていた私の存在に堀北兄は目敏く気づいたらしい。いつのまにか堀北さんとよく似た瞳が私を冷徹に見下ろしていた。
その過程で一瞬で私の体に覆い被さるように壁に手を突き、何処にも逃げられなくするという芸当にまで出ている。もとより私の方には逃げるつもりも反応する気もなかったのだが。
「……女子か? どうしてこんなところに……」
いや、近くで見るとさらにカッコいいな……眼鏡クールイケメン……もしかしたら堀北さんと同じタイプのツンデレタイプかもしれない。要素詰め込みすぎじゃない? 大丈夫??
頭トリップからのしょうもない心配をして何も反応しない私に、堀北兄がじっとこちらを観察し無言で見下ろしながらも徐々に訝しげになる。なおその間も反応は一切しない。なぜなら頭がトリップしているからである。
堀北兄、女子相手だからすぐには手を出さない紳士スタイルを保っているが、おそらくこの人は理由があれば容赦なく女子相手にも実力行使に出られるタイプと見た。清隆くんと一緒だ。そして今は明確な理由がないため手を出せない。助かったぜ!
「女子生徒がなぜ此処にいる。……私たちの話を聞いて───」
「おい」
堀北兄の声に割り込む、先ほど彼と対峙していた時と随分異なり、凍てつくような圧を孕んだ清隆くんの声が耳を突く。
清隆くんは壁に突いていた堀北兄の手を堀北さんを救った時と同様に後ろに持っていき、頑丈に押さえ込んでいた。堀北兄の手首がミシミシ言ってる気がする。さっきもこんなに強く押さえ込んでいたのだろうか。救うにしても随分過激じゃないだろうか。
「触れるな」
「……なるほど。お前の連れだったか」
「触れるなと言っている」
「触れていない。まずは手を離せ」
今の状態の清隆くんに何を言っても無駄だと判断したらしい。体から力を抜き無抵抗であることを示した堀北兄に、清隆くんが警戒しながらも手首を掴んでいた力を緩める。
あっさり離れてみせた堀北兄が、私を隠すような立ち位置に変えた清隆くんを対面にしてどこか愉快そうにしていた。
「ふむ。譲れないものがあることは良いことだ。お前にもちゃんとあるんだな。少し安心した」
「…………」
「触れていないと言っているだろう」
私からは見えないが、清隆くんの表情を目の当たりにしている堀北兄が再度きっちりと否の言葉を返した。清隆くんどんだけ疑っているんだ。
私からも堀北兄の肩を持つ一言を言おうとして、後ろ手に『声を出すな』とジェスチャーされた。大人しく開きかけていた口を閉じる。
両者の間で流れた沈黙は案外短いものだった。
「わかった。これ以上長居はしない。私も用事は済んだ、これで立ち去るとしよう」
あっさり引いた堀北兄がこの場を立ち去って行く微かな足音がする。清隆くんは動かずじっと暗闇の向こうを見ている。
しばらく待ちようやく私の方を振り向いた。手を差し出してくれるので、素直に助けを借りて立ち上がる。その際繋いだ手はそのままに、清隆くんが私を連れて足を進め、再び堀北さんの前に戻った。
壁にもたれて俯いていた堀北さんが二人分の足音に気づいたのか、勢いよく顔を上げて私の姿を目に留める。
……あの人じゃない。一瞬だけそんな顔をした。
「水元さんまで、どうして此処に……」
いつも凛とツンとした堀北さんからは想像もできないほど精彩を欠き、どこか悲壮さを思わせる声。とても誤魔化して笑える空気じゃない。
何か言おうとして口を開いたが、それより先に堀北さんが自嘲するように口元を笑みの形に歪めた。
「……そうね。あなたたちのどちらかがいたら、もう片方も揃ってる。そう思った方がいいわね」
そんなことはないと思うけどな……別に常に一緒にいるわけじゃないし。
とは思うものの、何も言わなかった。とてもそんなことを言える空気じゃない。清隆くんも同じような心境だろう。
堀北さんが一度首を軽く振り、気丈に前を見据えた。それでもどこか滲むような弱々しさを感じてしまうのは仕方のないことだ。
「戻りましょう。時間も時間だわ、明日に響いてしまう」
寮のエントランスに向かう。その途中で、清隆くんが堀北さんに声をかけた。赤点組たちの救済の話だ。
私がのこのこ頭を突っ込んでいい話ではない。大人しく二人の会話を聞くことにする。
堀北さんが言う。あなたは何のために私をそうまで説得するのか。理由を、その真意を問う。
そして私は、清隆くんがどう答えるかを知っている。
「知りたいからだ。本当の実力って奴が何なのか。平等ってのが、何なのかを」
そうだろう。知っている。私が多少なりとも介入したとはいえ、清隆くんはその答えを知りたくて此処に来た。作られた結論を誰かに突き崩して欲しくて、此処に来た。
凪いだ気持ちでそれを聞いている私の手に、ふと力を込められる。
「そして……いや。……あと一つは、オレもまだよくわかっていない。だから今はこれ以上何も言えないな」
「……何それ。ふざけているの?」
「悪い」
本当にわかっていない雰囲気、さらに本当にそれを申し訳なく思う気持ちが伝わってくるような悄気た声での短い謝罪の言葉に、逆に堀北さんがたじろいだ。私も猫目になって隣の清隆くんを見上げていた。
えっ……あれ……『あと一つ』って何……? えっそんなのあったっけ……?
記憶の中をいくら探しても見つからない。
眉をひそめ困惑している私に、出鼻を挫かれ清隆くんへのそれ以上の追及を諦めた堀北さんが矛先を向けて来た。
「じゃあ、水元さんはどうなのかしら。彼と同じく何か理由があるでしょう?」
「えっ? いや、私関係ない……」
「いいえ。関係ならある。少なくとも、私たちの会話を聞いている。それだけであなたが話す理由は十分よ」
堀北さんらしい理不尽な要求というかなんというか……でもまあ、意見はしていないと言っても、他の人が聞けないような二人の話を私が聞いているのは事実だ。私からも何か明かさないと、彼女は納得しないだろう。
うーんと首を傾げる。改めて問われると難しいものだ。理由、理由か。彼女が私に何か問おうとするなら、なぜ何もしないのか、だろうか。
数秒考えるものの、至って私の考えはシンプルなものであり変にこねくり回せば余計突っ込まれると思って、結局頭に浮かんだまま話すことに決めた。
「私はね、この世界が好きだよ」
「……突然、可笑しなことを言うわね」
「おかしくないよ。好きだから、傍観するんだよ。私が手を加えることによって、世界が歪むのが許せない」
「随分抽象的ね。それに、傲慢でもある」
傲慢。的を射った言葉に思わず笑みが溢れた。堀北さんのこういう色んな意味で鋭くて、容赦のないところが好ましい。
「そうだね。そうかもしれない。……だから、私は……」
……はた、と言葉を止める。
自分でも気づかないうちに、少し感情的になっていたみたいだ。堀北さんの裏表のない素直さに引き摺られでもしたのだろうか。
言葉を待っている堀北さんと、じっと私を見ている清隆くんの存在に今さら気づく。少なくとも彼に聞かせる話ではない。……いや。誰に聞かせるつもりもない。
たは、と空気を払拭するふざけた笑みを浮かべる。どこか拍子抜けしたように堀北さんが少しだけ目を丸めた。
「だから私は、これからも何もするつもりがないよ。良くも悪くも、ね」
続ける言葉として不自然ではないはずだ。現に堀北さんは怒りの表情を浮かべている。
「あなたは……いえ、あなたたちは本当にふざけているわね。真面目に話を聞こうとした私が馬鹿みたいだわ。水元さんなんて特に」
「すみません……」
謝罪の念は本当だ。私は真実、誠実にはなれない。どこまでも利己主義であり、ゆえに誰とも分かり合えない。一人だけ共感できそうな人物はいるが、やはり関わるつもりも毛頭ないので結局いつまでも一人ぼっちのままだろう。
しかし望むところだ。もとより私はその覚悟でここまでやってきた。今さら後戻りするつもりも、ない。
堀北さんが一度わざとらしくため息を吐く。私たちに聞かせるつもりなのは丸わかりだ。清隆くんと一緒に素直に彼女のため息を聞く。
その態度も癪に障ったのだろうが、これ以上は時間の無駄だと判断したのか、堀北さんは今までの話を簡潔に締め括りにいく。
「私は私自身のために須藤くんたちの面倒を見る。彼らを残すことでこれから先有利に運ぶことに期待しての打算的な考え。それでもいい?」
「安心しろ。お前がそれ以外で動くとは思っていない。その方が堀北らしいし」
「右に同じく。さすが堀北さん、そこに痺れる憧れるゥ」
「なぜそこで痺れる必要があるの?」
「まさかこの定型句を知らない……だと……!?」
戦慄している私にくだらないことを言われたと察したのか、冷めた目が向けられた。
「とにかく。これで契約成立ね」
堀北さんが手を差し出す。清隆くんが先にその手を取り握手を交わして、今度は私に向けて堀北さんが手を差し出してくる。
躊躇したのは事実だ。しかしここで私が堀北さんを無視することで発生するデメリット等考えると、握手くらい交わしていても何も問題はないだろう。あと美少女と触れ合う機会は積極的に回収していきたいという熱い思いもある。
握った手は女の子らしく柔らかかった。
なのに私を見る瞳は真っ直ぐで凛としていて、好きだなぁ、と純粋にそう思った。
§
翌日の放課後。私は清隆くん、堀北さん、櫛田さんの三人がカフェパレットに向かうのを笑顔で手を振って見送った。清隆くんの視線が鋭かったのはご愛嬌である。
いや私、平田くんの勉強会ちゃんと予約したから……清隆くんがトイレで教室からいなくなっていた間に……。つまり先約があるんだから仕方なくない?
だって一度は受けてみたかったんだもん。とかわいこぶって言ったら「………………」と無言の圧をかけられた。これは寮に帰ったら執念く追及されるパターンだと察した。
清隆くんは最後まで私を冷ややかな目で見ていたが、堀北さんたちに連れられ教室を去っていった。
堀北さんにも平田くんの勉強会に参加することを言ったらお叱りの言葉を受けたが、「いやだから傍観者だって言ったじゃん」と開き直ったら清隆くんに負けない冷めた目を向けられた。う〜ん嫌な予感コンボ決まったな。
まあそういうもろもろの問題は遥か彼方にボッシュートを決め、先生の授業みたいな講義形式を取る平田くんの勉強会は充分に楽しめたと言える。イケメンがする授業ってだけでまず話を聞く気が芽生えるのだから、美形っていうのは本当にお得だ。ほいほいつられている私が言うのだから説得力がすごい。
平田くんは授業中でも変わらず競争率は高かったが、適当な質問をでっちあげて隣まで来てもらったりといろいろ試行錯誤したりもした。お前はどこに試行錯誤しているんだという清隆くんの呆れたツッコミが聞こえるようだ。
ちなみに私の背後から腕を伸ばす形でノートを指差し疑問に答えてくれた平田くんから漂う匂いは素晴らしくイケメンだったとだけ言い残しておこう。イケメンは香りまでイケメンだからイケメンなのだ。世の真理だね。
先ほど充分に楽しめたとは言ったが、息抜きとか目の保養にちょうどいいので今後も定期的に参加したい所存である。平田くんには先んじて許可を取った。
爽やかな笑顔で「もちろん、気軽に来てもらえると嬉しいよ。一緒に勉強頑張ろうね」とまで言われて快く了承してもらえた。う〜んファンサがすごい。
平田くんの勉強会には平田くん本人のみならず、クラスの美少女たちが自然と集ってくる。鑑賞の合間にちょっと勉強するのがちょうどいいのだ。間違えた。勉強の合間にちょっと鑑賞するのがちょうどいいのだ。
平田くんの勉強会を終え、気分上々に帰路につく。玄関のドアを開ければ清隆くんが出迎えてくれる。放課後に見せた鋭い目は健在であった。
「楽しかったか? 平田主催の勉強会は」
声に若干トゲトゲしさを感じる。倒置法を用いてくるとは、なかなかやるな。
その高度な話術に応えるべく、私は極めて素直に返事をした。
「最高でした」
なおその後機嫌を低空飛行させた清隆くんは、しばらくの間上からのしかかって体重をかけてくるという地味に嫌な手段に出た。
仕方がないのでおんぶをして移動しようとしたら、慌てて退いたのは正直指を差して爆笑した。爆笑する私にまたもむすっと機嫌を悪化させたのは言うまでもないが、でも勝手に笑い声が出てしまうのだから仕方ない。
見るかこの二の腕の力瘤を。
清隆くん一人抱えて歩くくらい、私にとったら造作もないのだ。