天衣無縫の巫女 レイム 作:神降ろし
よろしくお願いします。
彼女の姿を見た時───ボクはこれが夢だと思った。
だってボクの目には、彼女が
満月を背後に空を飛ぶ姿はあまりにも幻想的で、現実離れしすぎて、そして───あり得ないことに既視感を覚えたんだ。
その空を駆ける少女の姿に────
「今日も散々だわ……」
少女───
軽々と上っているが実はこの石段、下手な神社の石段よりも急である。それに段数も神社のものにしてはかなり多い。
はっきり言うと霊夢は怠いと感じている。元来の怠け者である霊夢は少しでも怠いと感じればすぐさま楽な方に流れようとするのだが、それをすると稀に来る保護者
そもそも自分たちがやっていることを己はやってはいけないという枷をはめるのが気に食わない。………ので、今夜に限り内緒で、黙って跳んで帰ってきたのだ。
バレればただでは済まないが、其れも繰り返せば嫌でも慣れるというもの。消耗を軽減する方法など幾らでも身につくのだ。
鬱憤を溜めながら、けれど吐き出せなくなる程には溜め込まず、もやもやとした状態で霊夢は階段を上った。
階段を上り切った奥の奥、薄気味悪い夜の中ぼんやりと形として見えるのは古ぼけた……けれど神秘的な存在感を漂わせる神社であった。
霊夢はその神社の横を通り過ぎ、
「ただいま」
玄関をがらがらと音を少したてて開き、振り向いて靴を脱ぎ捨てる。揃えるのも面倒臭いと言いたげだ。
この神社には彼女以外誰もいない。神社の元の持ち主である神主は、捨て子であった霊夢を拾ってから十年経った日にふらっといなくなってしまったのだ。尤も、五年前の時点で霊夢は一通りの家事を問題なくこなせるようになっていたため、何の問題もなかったのではあるが───。
霊夢自身そのことに対して文句はあるが、悲しみはない。普段から適当に生きている彼女にとって、そんなものは些事でしかないのだから。
問題なのは、その後に知り合いだと言ってきた高齢長身金髪でムキムキの、見るからにただならぬ存在感を放っていた現保護者擬きである。
神主とは古くからの知り合いで、自分がいなくなった後の神社と霊夢を頼むと言われたから来たという老人は、その存在感に似合わず普通に挨拶と参拝をした後で、非常に常識的な対応をしてきた。
当時の霊夢は老人のあまりにも途轍もない存在感に委縮する───ことはなく、訝し気に首をひねるだけで動揺は全くと言っていい程なかった。
その様に老人は逆に困惑を少しと、だが聞いていた通りの反応をした霊夢に丁寧に此処へ訪れた説明と今後の相談をし始めた。
要約すると───
・神主は、老人に霊夢の後見人になるよう頼んだ後に行方をくらました
・今後は自分か他の知り合いが様子を見に来る
───との事らしい。
それに対して幼い霊夢は特に考えもせずに二つ返事で了承した。………そしてそれが運の尽き。
それからというもの、稀にとは言え奇人変人が来るわ来るわ。霊夢の身を守るためと言ってお節介を焼く助平なオヤジに、これまた勿体ないと変な地蔵やら手作りした変な道具を置いていく道着姿のちょび髭、どう見ても堅気には見えない傷だらけの大男、姿を見せないのに気配でそこにいると分かる忍びのような謎の人物が参拝しに来た。そしてあの老人の、霊夢と同年代の孫も。
正直な所、面倒臭いというのが霊夢の本音だった。
だが、了承したのは自分なのだから、それを撤回するというのも霊夢には嫌だったらしい。
結果、霊夢はそんな変人たちが来ることに適応した。
害がないし、面倒ごとは持ち込まない。そしてお賽銭を入れているのだから無下にするという選択肢が霊夢にはなかった。
「そういえば、先月は
霊夢は思い出したようにぽつりと呟いた。
不定期とはいえ完全にではなく、その月に一、二回程の周期でお参りに来ている変人たちが、先月には一度も顔を出さなかったのだ。
因みにその月に来る人物も決まっていたりする。決まっていないのは月の何曜日に来るというのがないくらいか。
そして先月は秋雨という、お地蔵置き兼ヘンテコ道具を置いていくちょび髭の番だったりする。
「………なんか、来ないと逆に落ち着かないわね。まあ、地蔵だった場合は投げ返すだけだけど……一応あのヘンテコ道具だったら便利だから使っているのに(暇つぶしに)」
おかげで先月は暇だったな~と息をするように不満を溜めていく霊夢は、まあいっかと考えるのをやめ、畳の上に寝転がった。
そして、ふと閃いたのか……両目をぱっと開いて立ち上がった。
「そうだわ……こっちから出向こう」
ついでに差し入れという建前として、貰い過ぎて余っている菓子類やらを押し付けに行こう。
そんな副音声を胸に秘め、霊夢は深く考えることなくあっさり決めた。
「前々から何してるか気にはなっていたのよね………うん、明日行きましょう。決めた」
そう言って霊夢は今の話題をすっかり決めたものとして頭の隅へ追いやり、今晩の献立をまたもや気分のまま決める作業へと移ったのだった。
「ってわけで、来たわ」
「来ちゃったか………」
「ええ、来たわ。だってそっちが来なかったんだもん。落ち着かなかったからこっちからね」
そう言うと秋雨───
「取り敢えず、門の中に入れてくんない?ほら、差し入れ持ってきたし」
霊夢はほれっと両手に持つ袋いっぱいの差し入れを見せて、『梁山泊』と書かれた古びた道場門の前で立ちふさがる秋雨に道を空けるように言う。
それに困ったように、けれど表情には出すことなく秋雨は敷地内に霊夢を入れるのを渋る。
「今、内弟子の修行中でね。境内で火炙り………腹筋と背筋の準備運動をしているところなんだよ」
「それが何だってのよ、別に気にしないし。っていうか、弟子なんてとったのね、あんた等」
「まあね。でもまあ………そうか、君は〝そう〟だったね。うん、それならいいか」
ふと、思考し結論が出た秋雨は、首をかしげる霊夢を見て頷き、入る事を許可して門を開けた。
そして─────
「し、死ぬぅぅぅううううううう!!!!」
「あぁ成程、本当に火炙りされながら腹筋背筋やってるわ」
「中々に効率的だろう?」
「あら!霊夢さん、こんにちは。まあまあ、差し入れですの!!」
「お、珍しいね。霊ちゃんが来るなんて」
「なぁにぃ?霊夢が来ただぁ?……おお!本当に来てんのか。よッ霊夢」
「めずら、しい………」
「チュー!」
これは─────幻想なき世、神秘なき世にて、自身もその神秘を失いながら、されどその身の〝天生〟は変わらずに在り続けた少女の
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