天衣無縫の巫女 レイム 作:神降ろし
今回は外野の連合に対する秋雨たちの説明回です。
それではどうぞ。
瞬く間の交戦─────たった一度の衝突によって訪れたあまりにもあっけない決着により、先程までの大歓声は夢か幻だったかのように、コロッセオ内にいる全ての人間が静まり返っていた。
彼等の視線の先は、リング中央部にて凛として佇む長い黒髪の少女───霊夢のみ。その周囲三方で倒れ伏す、郭ら中国三大武術チームの三人は視界に入ってすらいなかった。
その理由はただ一つ。会場全ての人間が、博麗霊夢という小柄な少女が発する異様な覇気に呑まれてしまっていたからだ。数少ない例外は、今現在の彼女以上の階級に身を置く、真の達人たちのみ。同じチームであるはずの兼一や美羽でさえ、先の一瞬の決着と霊夢が身に纏う空気に圧倒されてしまい、言葉が出てこない。
兼一は兎も角、美羽でさえ言葉を失くす程の気を霊夢が発することなど今まで一度たりとも無かった。そんな、今まで見たどの彼女の雰囲気とも一致しない、明確な闘気と呼べるほどの覇気。
それは、日常で見る彼女とは真逆のもの。自分たちの体が何十倍にも重くなってしまったかのような、思わず彼女という存在を見上げてしまうような、高い領域にいると確信する程の存在感。
そんな雰囲気を纏う霊夢は、自身へ視線を向けるコロッセオ中の人間をぐるりと見渡した後、最後に兼一たちへと視線を向けた。それを見て目を伏せた霊夢は、先ほどまでの異様な気を霧散させる。
『しょ、勝負あり───ッ!!!! 博麗霊夢選手、中国三大武術チームをたった一度の交差で、それも一撃で三人諸共撃破してしまったぁ───ッ!!! あまりに一瞬のことで私を含む会場の全てが静まり返ってしまいましたが、一体何が起こったのでしょうか!!?』
直後に響く、決着を告げるアナウンス。その響き渡る声を聞いてようやく我に返った観客は、コロッセオが揺れ動くほどの大歓声を轟かせる。それを無視しながら霊夢はリングから降り、悠々と兼一たちの元へと戻っていった。
『ハァ───ハッハァ───ッ!!! 何が起こったも何も、単純だよ。彼女───博麗霊夢があの三人よりも遥かに強かった!!! 今回に限ってはそれ以外に言うことはないな!!』
ディエゴの興奮したような笑い声がコロッセオに響く。普段以上に興奮した様子の彼から告げられた言葉は、子供でも理解できるほど非常に単純なものだった。だからこそ、言い訳のしようがない程に完全無比な決着であったのだ。
「マジかよ………俺のセンサーに引っ掛からなかった博麗の奴は兎も角、あっちの三人は決して無傷で完勝出来るような奴らじゃなかったぜ………ッ!!」
新島の戦慄は当然のものだ。彼はその戦闘能力こそ低いものの、それを補って余りある程、分析能力と周囲の把握力・判断力に優れている。だからこそ、これまで命の危機に瀕しても生き残り続けることが出来ていたのだ。そんな彼にとって、自身の眼力は他の何よりも信頼する武器に他ならない。そんな己の眼が危険だと判断した三名があんなにもあっけなく敗れてしまったことに、新島は新白連合の誰よりも戦慄していた。
「君の認識は正しいね」
そんな新島の肩へ手を置き、その認識は間違っていないと告げるのは、普段とは違い真剣な表情でリングを見つめる剣星であった。
「おいちゃん、嘗てあの中の一人を弟子に取ろうと思ったことがあったね」
『!!!』
その言葉に、新島だけでなく連合の面々も驚愕を露わにする。普段の彼は女性のエッチな姿を見ることに執念を燃やす正真正銘の変態オヤジだが、同時に今まで兼一を鍛え続けた達人たちの一人でもある。そんな彼が、あの中の一人を直弟子に取ろうとしたと言っているのだ。それだけで彼ら三人が生半可な実力ではないことが分かる。
「生憎と断られてしまったがね。それでも………当時のおいちゃんが弟子に取ろうと思う程度の実力は備えていたね。それからも功夫を高め続けていたのならば、まず間違いなく今の兼ちゃんどころか美羽でも危うい戦いになる筈ね。それに霊ちゃんに放とうとしたあの陣………弟子級一人の実力で破るのは至難の技ね」
「えっ、そうなんですか!? それにしては彼女は簡単そうに破ってましたけど………」
「そう観えたかね?」
「秋雨先生………」
武田の発言に対し、試すように問いかける秋雨。彼もまた、連合の面々では見届けられなかった戦いの全容を理解する人物の一人だ。
「あのマスクマンは省略していたが、霊夢が彼ら三人を破ることが出来た要因は幾つかある。だがその前に───剣星」
「解ってるね。まずは相手側三人が何をやろうとしていたのか、解説するね」
剣星は語る。あの技は実力者であるほど嵌ってしまう妙技であると。
彼等、中国三大武術チームが繰り出そうとした陣は、三位一体の合わせ技だ。
彼等の技─────“三頭竜六合陣”は、太極拳の螺旋、八卦掌の円、形意拳の直線の動きを自由に組み替えることで、弟子級では見抜けない変幻自在の攻撃を繰り出す連携技である。
ある程度優れた武術家───それこそ美羽クラスならば、例えば「螺旋の動き」を見れば「螺旋の動きに対する防御」を反射的に取ることができる。しかし、この陣は「螺旋の動き」を見せた後に「円の動き」や「直線の動き」で攻撃する事によって、その反射的防御を無効化させることができる。つまり、「螺旋の動きに対する防御」を取っているせいで、他の動きによる攻撃に対応できなくなるのだ。一人がわざと誇張した動きで攻撃することでこれをフェイントとし、それに対応しようとした相手の隙を突いて残りの二人が異なる動きで仕留めるという、まさに
「円と見るや線! 線と見るや螺旋!! どうしても前の動きが後を引いてしまう。そこに生まれた虚を突くことこそがあの陣形の秘密ね」
「とんでもないね………じゃあ博麗はそれを一人で突破したってのか。一体どうやって………」
「ここからは私が説明しよう」
フレイヤの疑問に答えるべく、秋雨が解説を引き継ぐ。
「先ほども言ったが、霊夢があの陣を破ることができた要因は幾つかある。一つは、あの子が六合陣を張られた直後からしていた見切りの目────観の目だ」
「見切りって………ただ突っ立ってただけじゃないのかい? 構えも取ってなかったし………」
怪訝な表情のキサラに、秋雨は否と返す。
「あれは攻撃への未練を完全に捨て、敵の分析に神経を集中させていたが故のものだ。霊夢は初めから相手が何か仕掛けてくると感づいていたのだろう。そうでなくとも、あの子は普段から“無形”を心掛けている。よって、どの体勢からでも対処が可能なのだよ」
「でも、あの陣形はその対処で生まれた虚を突く技なんだろ? だったら───」
「そこでもう一つの要因────霊夢が形成していた制空圏が活きてくる」
宇喜田の言葉を途中で遮り、秋雨は二本目の指を立てた。
「確かに制空圏ってのがあるなら、どこから攻撃が来ても対処出来るが………それでも捌けるのは両腕だけで────ってまさか!?」
「な、何か分かったのかい、新島?」
新島の狼狽え様に、思わず武田は問い掛ける。すると恐る恐ると言った様子で首だけ武田の方へと向けた新島は、武田に逆に問い返した。
「なぁ………制空圏ってのは、
「え? ああ………そうだけど」
「ならよう………
『!!!?』
瞬間─────連合の切り込み隊長ら全員に稲妻が走った。それは誰も疑問に思うことすらなかった、あり得ない領域の話だったからだ。少なくとも彼等が知る限りでは、そんな無謀なことを試した者など、弟子級達人級問わず聞いたこともない。
それは何故か────そもそもの話、人間の足が両腕程に動くはずがないという共通認識があるからだ。実際、足技を得意とするキサラでさえ、足を両手程器用に動かせる領域にはたどり着いてない。
当然だ。人間の意識上────足とは自身の体を支え歩くという行為のみに限定されている。それ故、物を掴んだり、指を別々に動かしたりといった、両手特有の複雑な動きや力加減は至難であるのだ。
しかし──────────
「理屈の上では、人間の足の可動域は両腕以上だ。人間が足と腕を両方伸ばした時、例外はあるものの大概は足の方が長いだろう? 更に言えば、足は腕の約三倍の力を持つと言われている。つまり、制空圏を築く上では、両足の方が両腕以上の効力を発揮するのは自明の理ということだ。………それをあの子は実際にやってのけた訳だよ。それも両腕にも制空圏を築いた上でね」
確かに、理屈の上では通る。通ってしまう。両腕で捌き切れないならば、そこに両足を追加してしまえばいい。何とも頭の悪い発想だが、それを実現させてしまえるのなら、それが如何に凶悪な効果を発揮するのかは霊夢が先程証明してみせた通りだ。要するに、霊夢は最初から相手の出方を見極めることを目的としていた。そして真に恐るべきは、霊夢が技の本質を理解した瞬間、迫り来る攻撃が己に届くその一瞬の内に、尋常ではない速度で一点の瑕疵もない判断を下したことだろう。まず片足で拳を一つ受け止め、続いて二方向から来る攻撃を今度は両手で捌き、そして最後に相手の力を己の力に上乗せさせ、同時に三人へと反撃した。これこそが、あの一瞬の攻防の全容だ。なんという出鱈目さ、なんという法外さなのか────。
「そして思い出してみたまえ。あの子は右足を上げて、左足でステップを踏んでいただろう? あれは右足だけでも制空圏を築きやすくするための構えだよ。いやはや………兼一君に言った例え話を実際にやってのけてしまうとは、天晴れとしか言いようがないな」
連合のメンバーは、いたく感心した様子の秋雨の発言に驚くやら呆れるやら、とんでもない話を聞いてるだけで疲れ果ててしまった。そして、同年代であるにもかかわらず、あれ程の実力を見せつけた霊夢にうすら寒いものを感じざるを得なかった。
「それにしても………これで
「うむ………今までも片鱗は見せておったが………今回の試合で、あの子は
剣星の発言に同意する長老。その眼光はどこまでも真剣であり、どこか嬉し気で、同時にどこか不安気な色を内包していた。
梁山泊チームの試合が一撃で終わってしまったことで兼一と美羽の出番もなくなってしまったため、試合が終わったその日の夜、彼等は自室のベランダに座り込んでいた。それも体育座りで。
兼一は自分が出なくてホッとするやら、霊夢が自分よりも強いと分かっていても女性に全てを任せてしまった情けなさやらで、複雑な気持ちになっていた。美羽の方はと言うと、折角やる気満々でいたのに霊夢一人が片付けてしまったのでいじけていた。霊夢はベランダで仲良く並んで落ち込んでいる二人を呆れたように見つめて暫くした後、部屋の中へと戻って行ってしまった。
「う~~~………結局、何も出来ませんでした………」
「それは私もですわ………よよよ~」
兼一は自身も意気消沈していたものの、珍しく落ち込んでいる美羽を何とか元気づけようと顔を上げて隣を見た。
「凄かったですもんね、霊夢さん。情けないですけど……ボクじゃあ、同じことはできませんし」
「それに関しては私も似たようなものですわ。あの後、馬さんに相手チームの陣形について聞きましたが、私一人で攻略できるような代物ではなかったですし」
「美羽さんでもですか!?」
驚く兼一に美羽は苦笑いを浮かべ、出来ないと判断した理由を答えた。
「私、幼い頃からどんな場面でも反射的に対処出来るよう訓練してましたの。ですが、今回の相手チームが繰り出した陣形はそれを逆手に取るものでしたわ。霊夢さんに指摘されて意識的に切り替える鍛錬もしてはいるのですが………まだ完璧ではありません。だから一人での勝利はまず不可能だったでしょう」
美羽は空を見上げながら悔しそうにそう告げた。兼一はその横顔を見て、彼女が本当に悔しがっているのだと感じ取った。頑張って手を伸ばしても、どんどん手が届かないほど遠くへ行ってしまう星のような彼女のことが心底妬ましいと。
「なら二人なら………ボクたち二人なら勝てたでしょうか」
「─────」
突然─────芯のある声色で呟かれた兼一の言葉が、美羽の奥底に響いた。美羽は思わずと言った形で兼一の方へと顔を向ける。そこには、どこまでも真剣な表情の彼がいた。そして兼一は言葉を続ける。
「美羽さんと力を合わせて挑めば、突破出来たでしょうか」
彼は真剣に聞いている。二人で力を合わせれば、あの陣形を突破出来たのかと。
考えもしなかった。同じ梁山泊のチームであるのに、いつの間にか彼をいない者としていた。彼女と同じ条件で、自分一人で敵に挑むのだと思い込んでいた。
だが違う。それは違うのだ。自分は確かに彼女を追う者ではある。けれど、己は
「ふふ………ふふふ……ッ」
「え!? 何か変なこと言いましたか、ボク!!」
いつからだろう。そのことを気付かせてくれた彼────兼一のことを、美羽が意識するようになったのは。
「いいえ────きっと出来ますわ。二人でなら」
美羽は慌てる兼一へと微笑んだ。本当に嬉しそうに。兼一はそんな彼女を見て一瞬息を呑み、そして応えるように笑った。
全てが終わり、昼間の騒めきが嘘のように静まり返った月夜の下─────そこには二つの人の影。
一人は、空の青さを映したような水色の髪を持つ端正な顔立ちの男。もう一人は、空の黒さを閉じ込めたような瞳を持つ黒髪の美少女。
月明かりをスポットライトにするかのように屋根の上で対峙する二人は、両者共に顔立ちが美しく整っているだけあって、さながら歌劇の一幕のようですらあった。
「初めまして、博麗霊夢さん。自己紹介をしてもいいかな?」
「いいわよ、別にしても。どうせ今は暇だしね」
「そっか、良かったよ。名前も言わせてくれないものかと思ってたから」
「別に、襲い掛かってこないなら話くらい聞くわよ。それに今日はもう面倒臭いからやり合う気はないし」
「アハハッ………聞いてた通り、すっごい気分屋だね。っと……それよりも自己紹介、自己紹介─────」
爽やかな雰囲気でありながら、只ならぬ気配を醸し出している青年は居住まいを正すと、しっかりと霊夢を見つめながら名乗る。
「闇の弟子集団、YOMIのリーダーにして、一なる継承者───
瞳の奥に妖しい光を灯しながら青年────叶翔は、眼前に凛として立つ霊夢へと微笑んだ。
速報────霊夢さん、弟子級の壁を越えました。
これで霊夢さんも妙手ですね!!!
きっかけ一つで成長するのが天才という兼一世界ならきっかけなくても殻を破る才能があったっていいじゃない。
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