私用により中々手が付かず更新が遅れてしまいました……
今後も宜しくお願いします。
ルーンポリス湾外上空
タイ・アドバンスド機内
「……大佐、何用か?」
ルーンポリス湾外での戦闘も終了しつつあった。ベイダーは敵艦隊をさしたる損害も無く一方的に撃滅し、後はムー国軍の艦艇数隻となった所で通信が入る。
『失礼します、ベイダー卿。火急の報告ゆえにどうかお許しください……』
通信の相手はレノックス大佐であった。ベイダーは不機嫌な様子を隠そうともせずに通信を繋げる。だが、ホログラムに映された画像を見るとマスクの下で若干だが興味深そうな表情を浮かべた。
「……これは……この星の技術にしては妙だな……大きさはどれ程の物だ?」
『外周部を含めれば全長は260m程です。軌道上からの観測の結果、速度は200km程、海面から300m程の高度で飛行しています。』
ホログラムに映されたのは3方向に伸びた構造物を囲む様に円形のリングを回転させる航空機とも艦船ともどちらにも言えない奇妙な物体であった。もしも太陽神の末裔達がこれを見たら某国の自動車メーカーのエンブレムに似ていると思ったであろう。
《空中戦艦パル・キマイラ》
かつて古の魔法帝国こと、ラヴァーナル帝国が開発、運用した飛行戦艦である。武装は15cm三連魔導砲に専用の超大型爆弾ジビル、更には分速3000発を誇る魔光砲アトラタテス砲を備える等、極めて重武装であり、防御面も装甲強化魔法を備える等、極めて強固な船体を有する。
神聖ミリシアル帝国にとって、事実上の最終兵器とも言えるこの空の要塞が5機、ルーンポリスに殺到しつつあった。
「……しかし、何故これ程、巨大な機体を探知出来なかったのだ?」
『どうやら海岸線を沿いながら雲の下を抜けて来たようで探知が遅れました。所で、ベイダー卿……この艦艇、見覚えはありませんか?』
ベイダーは改めてホログラムを見る。円形のリング状のそれは彼等にとって既視感を覚える形状をしていたからだ。
「ルクレハルク級か……」
『矢張り、分離主義者が裏で糸を引いているのでしょうか?』
「………」
《ルクレハルク級》
分離主義勢力、正確にはそれに属していた通商連合で使用されていた艦艇である。中央に球形のコアシップと、それを包む様に円形のリング状の貨物室を擁する大型宇宙船である。
本来は輸送艦、それも民生品の輸送船でしかないが元々が危険な宙域をも難なく航行出来る様に極めて頑健で強固な船体を有しており、更には自衛用のターボレーザー等の武装を装備する等、場合によっては下手なコルベットよりも強力な艦艇であった。その上、リング状の貨物室は膨大な積載量を誇り、これ等のスペースをバトルドロイドやドロイドファイター、戦車や揚陸艇、各種物資をも一度に運ぶ事が可能とまさに万能艦であった。
『細部や大きさは異なりますがルクレハルク級に酷似しています。只の偶然としては聊か出来過ぎているのでは?』
「………」
実の所、ベイダーはこの星の住民が分離主義勢力から支援を受けているとは思えなかった。兵器の技術水準に不可解な程の大きな隔たりがあったりチグハグな運用方法等、とても合理主義的な軍隊とは言えないレベルであった。そして実際に直接戦火を交えて確信を持った。
(今の時代にまさか、ここまで未開の星があるとはな……)
バッティスタ達ミリシアルの軍人達に直接、質問した際にも彼等は銀河系の情報を殆ど知らない様に思えた。ベイダー自身、銀河共和国時代には一外交官として銀河の各地で交渉に携わった経験を持つ。故に相手が嘘をついているか、いないかは、フォースを介さずとも、ある程度は分かった。
しかし……
「警戒は最大限のままにせよ。追い込まれた鼠は何とやらだ。決して敵を侮るでないぞ。」
『はい。ベイダー卿。』
ベイダーは敢えてその事を報告しなかった。警戒はいくらしていても損は無い。また、自軍の部隊に若干ながら油断と驕りがあるのにもベイダーは気が付いた。この状況は余り宜しくは無い。
(この際だ。部隊の引き締めに丁度良かろう。)
弱敵を侮ったせいで思わぬ反撃を受けた結果、壊滅した部隊は多い。だが精鋭たる501大隊でそれは許されない。銀河帝国に於ける最強の部隊、ベイダーの拳が一敗地に塗れる事等あってはならないのだ。
「戦果を急ぐ余り、要らぬ損害を出したと聞く。敵を侮った証拠だ。」
『周知は行っていたのですが……重力下という事もあり、想定よりも乱戦になったらしく味方機同士で追突した機体が多数あったと……』
銀河帝国の誇る主力機タイ・ファイター、量産性と整備性に優れた傑作機である事は間違い無いであろうが、実は重大な欠陥も内包していた。側面部にソーラーパネルを取り付けている為、当然ながら側面の視界はゼロであり、限られたセンサー機器だけで前方以外の視覚を補わねばならないのだ。故に戦闘中、特に乱戦となれば味方機同士で追突してしまう機体が多いのだ。
『我が方の損失はファイターが4機、ボマーが1機となっております。内、MIAが1機……恐らくは戦死したと……』
「旧時代のスクラップと羽の生えたトカゲ如きを幾ら撃ち落とした所で高が知れる……それよりも戦況はどうだ、大佐?」
『ハッ、現状、戦況は我が方に有利、作戦は順調に進行中であります。』
ホログラムに投影されたレノックスは一度、目線を下ろし報告書の内容を読み上げる。
『これまでに我が軍が撃破したミリシアル軍戦闘機(エルペシオやジグランド等)は約400から300機、大型爆撃機(爆撃機型ゲルニカ)を約300機程を撃墜、ムー国軍機と思われる小型戦闘機(マリン)を約150機、飛行型クリーチャー(ワイバーン)を約500機程を撃墜、地上破壊しました。また、ゼノスグラム国際空港を含む近隣の飛行場の破壊、制圧は既に完了しております。これによりミリシアル軍は航空機の使用が不可能となり、我が軍が制空権を完全に確保したと言って言いでしょう。』
ミリシアル軍や各諸国軍で運用されている天の浮舟やワイバーンは離陸、着陸するのにも長大な滑走路が必要となり、これらが破壊、制圧されたという事はこれ以上の空からの支援を受けられないのだ。
「敵の増援への対処は?」
『既にタイタン中隊を含む精鋭を派遣しました。』
「宜しい。敵工業都市への攻撃はどうなっておる?」
『御命令があれば何時でも降下・上陸を行えます。如何なさいますか?』
「指揮は卿に任せる。私はルクレハレク擬きを調査する。このホログラムでは敵の技術が殆ど分からん」
『……護衛を向かわせましょうか?』
「不要だ。所詮はテクノロジーの産物。深淵たるフォースの敵では無い。」
基本的にベイダーは部隊の指揮をレノックスら幕僚に任せて、(丸投げにしたとも言える)自身は最後に責任を負うという体制を取っていた。ベイダー自身は主に遊軍として前線の細かな調整を行う事で前線の士気を高め(実際の所、前線の部下から見れば督戦隊と大差無い)、幕僚らは自由に指揮を取る事が出来、柔軟に指揮を取る事が出来た。艦隊の最高司令官自身が最前線で戦うというのは異様であり極めて危険な事であったが少なくともベイダー艦隊では問題は無かった。
『了解しました。どうかご武運を』
もしも司令官が戦死する事になれば相当なダメージを艦隊は受ける事になる。指揮系統が崩壊し、組織としての統制が失われるからだ。だが、レノックスはその事について殆ど心配していなかった。
(ベイダー卿が死ぬ所等、想像すら出来ん……)
これまでの彼の戦いぶりを見てこの銀河系でベイダーを倒せる者など、レノックスは想像できないからだ。
「進路をルクレハレク擬きに合わせよ」
「……!!???」
「敵艦隊の生き残りだと?捨て置け。後々、掃討戦で始末させるとしよう。」
既に敵艦隊はラ・カサミを含めて数隻を残すばかりで当のラ・カサミも退艦した他の艦艇の船員の救助を行っており継戦能力は殆ど失われたと言って良いだろう。プロトン魚雷は残り少ない。敵の艦隊は事実上壊滅状態であり、これ以上の追撃は無用と判断した。
「ムー国とやらがこの損害をどう判断するかで対処も変わろう。」
ミリシアル国と同じように抵抗するのであれば滅ぼせばよい。実の所、当初は反乱軍を惑星ごと銀河帝国が開発した〘究極の平和維持施設〙の試射も兼ねて木端微塵に破壊する予定だったのだ。ベイダー自身が自身の私情もあり反対し、この案は流れたが、場合によっては見せしめで大陸の一つや二つを海の底に沈める事も必要かもしれないと考え始めていた。
ふと眼下に艦隊の残骸が見えた。その内の一隻に目が止まる。大破し沈みかけた戦艦の残骸。ベイダーの脳裏に先程の光景が思い浮かんだ。
『もしも貴様の家族や友人、愛する者が居ても同じ判断を下せるのか!?』
本来ならば敵からの糾弾を受けた所でベイダーは一願だにしないが、この時ばかりは違った。家族の事を……忘れていた何かが脳裏に蘇った。
(……家族か……)
ベイダーの脳裏に思い浮かんだのは惑星ナブーの美しい景色であった。白いテラスの東屋に、そこには母がいた。妻もいた。緑の芝生には幼子の姿があった。
その光景は彼の怒りと憎しみに覆われた心の中に久方ぶりに暖かい物を感じさせた。しかし、それはベイダーの心に凄まじい葛藤を生じさせた。
(止めろ……こんな物、お前の妄想だ……)
愛する家族に囲まれ平和な土地で静かに暮らす、それは彼が望んだ世界だった。そして彼が永遠に手に入れられなかった世界だった。ベイダーの心に濁流の如く、哀しみの感情が流れ込む。
(あの時に……戻れれば……)
母が死んだ時、妻を手に掛けた時に……やり直せるとしたら?もしも自身の家族、愛する者が危機に立たされているとしたら?
「考える間でも無い」
どのような選択肢を出されたとしてもベイダーは家族を救う方に掛けていたであろう。如何なる手段を使っても、例え自身の手を血で汚し尽くしても守り抜こうとしたであろう。家族は彼にとって全てだった。あの暖かい日々を失いたくなかった。もしも家族が生きていれば彼は良き夫、良き父親になれたであろう。
かつての『彼』であれば……
(下らん……今更、思い出した所でどうなると言うのだ?)
愛する家族……しかしそれは彼の思い出の中にしか居ない。そして過去の思い出は彼を救ってはくれなかった。寧ろ苦しめるだけだった。母と妻は死んだ。生まれてくる筈だった我が子は抱く事すら許されなかった。哀しみは絶望に変わり、ベイダーの心を引き裂き、その隙間から氷のように冷たい物が流れ込む。
(過去は変えられん……私の愛する人達は皆死んだ……)
過去を変える事は出来ない。愛する家族との思い出はベイダーに自身が失った物の大きさを思い知らされるだけであった。あの暖かい日々は二度と戻らないという事を。
絶望は激しい溶岩の如き怒りの激情に変わり始めた。
(全ての責任は『奴』にある……あの弱虫には覚悟が無かった……だが今の私は違う。過去の私のように……いや、『奴』のように躊躇などしない)
弱く愚かな過去の自分は光明面と共に滅ぼした。家族を守れなかった無力な過去の己になんの価値があろうか。そしてもう後戻り出来ないのであれば出来る事は唯一つ。自身が銀河系を支配するという野望を実現させる事だ。その為にもフォースの暗黒面の力を鍛え上げてより強くなる。いや、ならねばならない。生半可な力で勝てる程、皇帝は弱くは無い。家族を守れなかった。ならばもう止まれない。いや、止まるわけにはいかない。
(なまじ情などあったからオビ・ワンなぞに二度も破れたのだ。)
それぞれの人生があっただと?
帰りを待つ家族がいただと?
知った事では無い。ならば私と同じ絶望を味わうがいい。
力が無い者は何も守れない。弱者の意思や尊厳など強者の気まぐれで容易く蹂躙され踏みにじられる。幼少期の頃の彼と母がそうであったから。だからこそ彼には強大な力が必要だったのだ。全てを支配する圧倒的な力を。
(憎しみが私に力を与えた。怒りが私を強くした。ならば、その力を使わんでどうする?)
シスの教義はフォースの完全なる支配であり善意や慈悲等、フォースの探求に邪魔なフィルターに過ぎない。それこそ弱いマスターを強い弟子が打倒して新たなマスターとなるように、選別として弟子同士を殺し合わせるように。より純粋なフォースの探求に余計な感傷等、目を眩ませるだけなのだ。悪意や殺意がより強い力を引き出すならば躊躇などする必要が無い。野望実現の為ならば有象無象の何億人、何兆人だろうと殺してみせる。
とうに自分の心など壊れているのだから。
「私は全てを手に入れてみせる」
希望の光は消え、絶望を示す暗黒の闇が広がった。
慈愛の心は失われ、野心のみが残った。
今の私の名はダース・ベイダー、過去は全て置いて来た。
母と妻の姿もやがて、憤怒と憎悪の濁流に呑み込まれ、やがて消えていく。全ては暗黒面の高みを目指すために。もう何も失わない為に。
(私にはもう失う者など居ない……)
「クッ……ここは何処だ……?」
艦橋の床でクロムウェルは意識を取り戻した。一瞬、自分が何故ここにいるのか理解できなかったが、彼とてベテランの将校、意識を失う前に見た光景と現在の状況を瞬時に理解する。
(たしか機体が突っ込んで来たんだ……)
起き上がろうと上体をそらした時に
「……!?おい!しっかりしろっ!!」
そう言いながら肩を揺する。その反動でその通信兵の背中が露わになり思わず息を呑んだ。彼の背中は無数のガラス片や金属片が突き刺さりズタズタになっていた。生気のない瞳からも彼が死んでしばらくは経っているだろう。
「私を庇ってくれたのか……すまない……」
彼が身を挺してくれなけば自分がそうなっていたであろう。クロムウェルはその通信兵の目蓋をそっと閉じる。
「艦隊は……どうなった?」
遺体を丁寧に脇に退かしてから立ち上がろうとする。だが、胸に鈍い痛みを感じて顔を顰める。
「くっ……アバラが折れたか……」
痛む身体を抱えながら艦橋の窓から外を見る。だが、そこには絶望的な光景が広がっていた。
「あぁ……神よ……」
洋上は炎と黒煙に覆われていた。炎上しながら海を漂う艦艇、断末魔の金属音を軋ませながら海底に沈降しつつある艦艇、弾薬庫内の砲弾・弾薬に引火したのか爆炎を上げながら大破、爆沈する艦艇……ここから見える限り無事な艦艇の方が少ない。
「あれはムー国軍の戦艦か?良かった……無事だったのか……」
無事だった艦艇ことムー国海軍所属のラ・カサミに目を向ける。どうやら脱出した他の艦艇の人員の救助を行っているらしく艦の周りを埋め尽くすように救命ボートが殺到している。
「少なくとも漂流する羽目にはならんようだが……コールブランドは……くっ、やはり駄目か……」
黒煙の充満する艦橋内に改めて目を向けるが、操舵輪やテレグラフハンドルは残骸に押し潰されて使い物にならず、魔導操作盤と魔信の類も激しく損壊していた。艦の傾斜も酷く、いずれにせよコールブランドが沈むのは時間の問題であった。
「艦の放棄も致し方無い……」
「誰かいるのか?」
頭痛と耳鳴りが酷く、半ば朦朧とした意識の中で聞き覚えのある声にクロムウェルはハッとする。
「バッティスタ閣下!?ご無事でしたか!」
痛む身体を支えながら声のする方向に歩き始める。さして広くない艦橋内が今はかなり広く感じられた。バッティスタはすぐに見つかった。だが……
「っ!!閣下!?」
「クロムウェル君。良かった……君は無事だったようだな……」
バッティスタは艦橋内がこの惨状に変わる前と同じ様に椅子に座っていた。いや、彼は既に椅子から立ち上がる事はできなかったのだ。何故なら艦の構造物、鋭利な金属片が槍の様にバッティスタの腹部とシートを串刺しに縫い付けていたからだ。
「すぐにお助けします!!」
クロムウェルは思わず咄嗟に金属片を抜こうとするが冷静さを取り戻し思い留まる。下手に金属片を強引に抜こうとすれば傷口を拡げるばかりか出血も酷い事になるのは明確であった。バッティスタはアドレナリンのおかげか、幸いな事に痛みを感じていない様だが無理に引き抜こうとすれば出血性ショックで死にかねない状況なのだ。
軍医を呼ぼうと通信機を探そうとするが丁度、誰かが艦橋内に入って来る。
「艦長!ご無事でしたか!」
クロムウェルが振り向くと数人の兵士が覗き込んでいた。
「ケイト軍曹!気官らも無事か……すまないが軍医と医療スタッフを早急に呼んでくれまいか?提督が負傷された」
「なっ!て……提督!!」
「私の事はいい……艦は……艦隊はどうなった?」
「延焼により機関室が炎上し魔力供給系が全損しました……ダメコン班の尽力でこれ以上の損害は何とか抑えましたが……」
「浸水が酷く傾斜が止まりません……我々はどうすれば……?」
クロムウェルは自身の予測が最悪の形で的中した事に絶望した。状況はますます悪化するばかりで一向に好転しない。思考の海に沈むクロムウェルにバッティスタは声をかける。
「クロムウェル君……貴官なら分かる筈であろう?何をすれば良いか……」
「提督……」
クロムウェルは自身の感情に踏ん切りを付けた。船乗りとして軍人として重要な決断を命じなければいけない。
「艦長として命じる……総員退艦せよ。遺憾ながらコールブランドは放棄する……」
苦虫を噛み潰したように重苦しくクロムウェルは命じた。艦の放棄、それは決して軽々しく決断できるものではない。船員達にとって自身が乗る艦艇は単なる船ではない。もう一つの家であり、自分達を象徴する誇りでもあるからだ。特にコールブランドに配属された乗組員はその思いが強い。
「た……退艦でありますか……」
「どうにか……いえ、了解であります。直ちに退艦の用意を致します。」
乗組員達は思わず聞き返そうとしたがクロムウェルの表情を見て止めた。一番辛いのは艦長であるクロムウェルの筈であるからだ。何よりも彼等とてベテランの海軍軍人、かつてのクローントルーパーも言っていた通り優秀な兵士は命令に忠実だからだ。
「艦橋はこの有様だ……内線が使い物にならん……貴官らで他の乗組員達に退艦を呼び掛けて欲しい。」
「了解しました。軍医長も直ちに呼んできます。」
ケイトの発言にバッティスタは顔を顰める。
「軍曹……今の私を見たまえ。自分の状態は私自身がよく分かっておる……これも兵士としての定めだ……仕方あるまい」
「し…しかし……」
「命令だ……直ぐに艦長に言われた通りに行動したまえ。」
「ハッ!ではこれで……」
ケイトらは艦橋の入口まで進むが、意を決したようにバッティスタに向き直り直立不動のまま敬礼し告げる。
「バッティスタ提督。閣下と共に戦えた事を我々は光栄に思います。この様な形でお別れするのは無念で仕方ありません。どうか我々を天国からお見守り下さい。」
それは別れの言葉であった。ケイトは静かにだがはっきりと、そして噛み締めるように告げた。バッティスタは敬礼を返す。
「ありがとう。感謝したいのは私の方だ……貴官らの健闘を祈る。」
クロムウェルは静かにその様子を見ていた。彼はコールブランドから離艦する気など無かった。このまま沈みゆくコールブランドと共に運命を共にする気であった。それが艦長としての責任の取り方だと考えたからだ。
「クロムウェル君。君が何を考えておるか良く分かっておる……」
「お見通しでしたか……不肖ながら私も最期までお供させて頂きます。」
長年の付き合いからバッティスタの性格を加味しても断らないであろうと判断し正直に言った。だが……
「ならぬ……君も退艦するのだ……いや、直ぐに生き残った兵士達を連れて国外に脱出してくれ……」
「な……何故そんな事を?」
国外への脱出?何故そんな真似をしなければならないのか?と
「恐らく……本国は長くは保たん……陥落は時間の問題であろう……我が国は……神聖ミリシアル帝国は敗北する……」
バッティスタから思いもよらない発言に息を呑むクロムウェル。敗北だと?!そんな事、あり得ない!
「まさか……神聖ミリシアル帝国が敗北する等、あり得ません!我が国は列強首位なのですぞ!」
有史以来、最も繁栄した文明と言えば光翼人率いるラヴァーナル帝国であろう。彼等が衰退、滅亡した後もラヴァーナル帝国を超える文明は誕生しなかった。だが漸く、魔帝を超えうる文明が誕生しつつあった。それが神聖ミリシアル帝国である。いずれは魔帝の模倣ではなく、魔帝が作り出した技術以上の技術を……繁栄を自分達だけで築き上げられると確信していた。
「列強首位か……だからこそかも知れぬな……」
バッティスタは何処か遠くを見ながら呟いた。
「我々は傲慢になり過ぎていたのかも知れん……自分達に並ぶ者等、この世に存在し得ないとな……」
「……」
「我々は全てを知っている筈だった。だが、結果を見てみよ。何一つとして知らなかったのだよ……」
「ベイダーの事ですか。」
一個艦隊を単騎で殲滅してみせた銀河帝国の司令官。出鱈目としか言えない魔力を持ち、光翼人ですら不可能な規模の未知の魔法を扱う謎多き人物。クロムウェル自身、思い出すだけで背筋が凍るような気がした。
「しかし……所詮は単騎。それにここまでの事を仕出かしているのです。他の列強諸国も黙ってはいません。」
しかし、ベイダーが如何に強大な力を持とうとも単騎で出来る事など所詮、高が知れている。戦艦1隻だけで戦局は変えられないように。艦隊規模の数を揃えてこそ戦艦は戦艦たりうるのだ。少なくともクロムウェルはベイダー個人の能力を危険視しつつも飽くまで個としての問題であり、全体として各列強諸国が全力でベイダーの討伐に当たれば撃破も可能だと考えていた。
「クロムウェル君……飽くまで仮定の話だが、奴程の実力者を後最低でも100人……いや、10人、銀河帝国が抱えているとしよう。この時点で我々に打つ手はあるかね?」
「そ……それは……」
何かの悪い冗談かと思いたかったが、実際にその可能性は充分にあった。クロムウェルの脳裏に先程の戦闘の光景が蘇る。あれが、もしもルーンポリス市内であったなら……
「それに奴は暗黒面の力と言っていたが……あれだけの力を持つ魔法など見た事も聞いた事も無い……あんな魔法にどう対処すればよいのだ?」
クロムウェルはバッティスタの言わんとしている事に気が付いた。ベイダーが使った魔法がどんな系統の魔法なのか、帝国はベイダー程の実力者を何人抱えているのか、そもそもベイダーを従えている皇帝パルパティーン、そして銀河帝国とは一体どんな国家なのか。自分達は銀河帝国について何一つ知らないのだ。
「分かったか?クロムウェル君。我々は何一つとして敵について知らぬのだ……禄に知らぬのに戦争までしている……これを傲慢と言わずに何と言えばいいのだ?」
自分達は知らず知らずに虎の尾を踏んでしまったのだ。それも圧倒的としか言えない魔法を扱う未知の文明を相手に。
「この戦争……行き着く所まで行くだろう……クロムウェル君。私は確信したよ……我々は負ける。徹底的にな……」
殆どのミリシアル兵は自分達の勝利を固く信じている。だが、ベイダーの能力と銀河帝国の技術を目の当たりにして、それは不可能だと悟った。それでもミリシアル兵の多くは戦い続けるだろう。だがそれは何の意味の無い犬死でしかなく、ならばせめて別の戦える手段と機会を残しておくべきだ。真なる勝利の為に。
「ならばこそ陛下にこの事を……!」
バッティスタは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて頭を横に振る。
「……無駄だ……陛下はともかく、政府と軍の石頭共は聞く耳すら持たん……そもそも連中が銀河帝国について調査していればこんな有り様にはなっておらん……」
皇帝ミリシアル8世は客観的に見ても極めて有能かつ、優れた為政者である事は間違い無い。だが、いかに皇帝の権力と権威が強い神聖ミリシアル帝国であっても皇帝一人で国家を動かす事はできない。その為の政府官僚や軍上層部であったが問題はそれらの人材が抱いている『無意識の驕り』が事態を悪化させたのだ。
「連中の大半は報告書を手に取ろうとすらしないであろうな……情けない話だが私も直接、あんな光景を見なければ信じようとしなかったであろう……」
バッティスタは自嘲的に笑った。列強首位という立場ゆえに他文明を見下す者は確かに多いが、殊更にこういった役職者の大半はそういった思想に染まりきった者が多かった。それも狂信的なまでのレベルであり極めて盲目的なまでの信奉者が占めているのだ。例えそのままの通りに報告書を出しても精神疾患を疑われるだけであろう。バッティスタは自身がそちら側の人間であったからよく分かっていた。
「だからこそだ……もはや敗戦は避けられん……だが、戦いは終わってはおらん……!」
「すなわち……負けた後の戦い、レジスタンスですか……」
クロムウェルは内心の不安と焦燥が表情に出ないように懸命にこらえた。バッティスタはもう長くはない。死期が迫る彼にこれ以上、負担をかけたくなかったからだ。
「……陛下や皇族の方々の新たな避難先にもならねばならぬ……その為にも君は先んじて行動をっ……!!」
バッティスタは激しく咳き込み大量の血を吐き出した。
「閣下!」
「クロムウェル君……私は無能な男だ。何一つ……何一つたりとも守り抜けず、この様だ……」
バッティスタは後悔していた。彼の目の前で部下が大勢死んでいった。ある者は生きながら全身を焼かれ、ある者は手足がもげても死にきれずに地獄の苦痛の中惨死し、ある者は最期の言葉すらできずに散っていった。そして全員が心に生涯消えない傷を負った。責任は全て自分にあるとバッティスタは考えていた。相手が強かった、情報が少なかったはなんの言い訳ににもならない。指揮官として対処する方法など幾らでもあったはずだ。何だったらベイダーの進言通り降伏していれば部下達は死なずにすんだのかもしれないと。
「閣下!もう喋るのはお止しください!」
「頼む……クロムウェル君。本来ならこんな事を言う資格など私には無い……だが、あえて言わせてくれ……
祖国を……神聖ミリシアル帝国を救ってくれ……」
虚ろで焦点の合わない目から涙が溢れ落ちる。
「これからの世界は乱世の世になる。列強のタガが外れれば下位列強や準列強は挙って領土拡張に走る。地獄が始まるぞ……」
序列第四位のパーパルディア皇国、第五位のレイフォル国、準列強のリーム王国、これら領土的野心を滾らせた国家群はこれ幸いにハイエナの如く領土拡張に走るだろう。ズタボロになったミリシアルの国土にも触手を伸ばしかねない。
「君は私よりも優秀だ。それにカリスマ性もある。帝国に反発する勢力や軍の生き残りを上手く味方に引き込むのだ。私等よりも君の方が指導者に相応しい……」
これからの時代、今まで以上に柔軟さと人を惹き付ける能力が必須となるであろう。これまでの戦闘でバッティスタは自身にはどちらも無い事を理解していた。自分では銀河帝国には勝てない。だが、クロムウェルならばと希望をもっていた。
「……重ね重ね言うが頼む……馬鹿な老いぼれの詰まらない意地だという事は重々分かっておる……」
「……皆の仇を取ってくれ……」
バッティスタは一瞬悩む様子を見せ、やがて決心したのかはっきりとクロムウェルに懇願した。虚ろだった目に光が戻りクロムウェルを直視する。
クロムウェルはその視線から伝わる熱さに一瞬、たじろいだ。重症を負い今にも死にそうな老人とは思えぬ熱量であった。この老将の覇気に、死地を決めた男の意志とはまるでダイヤモンドの如き砕けぬ強さと美しさを持つとクロムウェルは言葉では無く心で理解した。
「……了解しました……」
クロムウェルは苦悩の末に言葉を絞り出す。はっきり言って自分にどこまでやれるのか、指導者などという大袈裟な肩書を自分を背負えるのだろうかと心に迷いが芽生えた。自分を英雄だと思った事も無い。これまでの人生、飽くまで上からの命令に忠実に軍務に励んできた日々であった。だが、これからは自分が指導者として一つの組織を率いていかねばならない。その重圧に自身は耐えられるのだろうかと。バッティスタに視線を向ける。……だが、そこで気づく。
「!?閣下!!」
呼び掛けにバッティスタは答えなかった。いや、彼は既に事切れていた。だが、心なしかバッティスタの表情に笑みが浮かんでいた。まるで心配するな、君なら出来ると言いたげに。
クロムウェルは彼の目蓋を閉じ、手を元の位置に戻す。
「私に務まるのでしょうか……いえ……やらねばならんのですね……」
自分がやらねば誰がやる?誰がバッティスタや戦死した同胞の仇を討つのか?生き残ったならば、託されたのならば自分がやらねばならないと。それが生き残った者の、生かされた者の義務なのだ。
(皆の死が無駄になる……そんな事、許せん!)
ふと足元をみるとポールが倒れていた。元々は艦橋に飾ってあった物だ。倒れたポールからミリシアル国旗を丁寧に外し広げる。所々、焼け焦げ、破れていてもその旗が持つ意味は変わらない。かつてミリシアル一世が抵抗軍を結成した時に初めて掲げられたのがこのミリシアル国旗なのだ。今でもこの旗は多くのミリシアル人の自由と反抗のシンボルなのだ。
「お別れです。バッティスタ提督、また合う日まで」
広げた国旗をバッティスタの遺体の上からかぶせ敬礼する。不思議と先程まで感じていた不安と焦燥は霧散していた。クロムウェルは自身の中で何かが吹っ切れた感覚を感じていた。やるべき事は決まったと。新たな決意を胸に、先に旅立った者の意志を心に秘め、新たな戦いに身を投じるまでだ。これ以上、語る事は無い。後は戦って証明するのみ。
艦橋の出口に差しかかった所でクロムウェルは振り返り艦橋内を感慨と共に見渡した。ここで過ごした日々は決して無駄にはしないと。二度と戻れぬ家と戦友達に別れを告げる。
「コールブランド、提督を……皆を頼んだぞ」
感想、ご意見、お待ちしております。