銀河帝国召喚   作:秋山大祭り

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 お久しぶりです。秋山です。
 一身上の都合により投稿期間が遅れてしまいました。
 今後も宜しくお願いします。


第25話 巨星が堕ちた日

 アルビオン地下特別防空壕

 防空壕内最高総司令部

 大会議室

 

 「よもや、こんな代物まで持ち出して来るとは……!」

 

 モニターに映し出される映像に、神聖ミリシアル帝国皇帝ミリシアル8世は戦慄の表情を浮かべる。その映像にはズダン要塞に於ける戦闘の様子が映し出されていた。

 

 「これが件の四足獣……!こんな馬鹿げた巨獣まで使役するとは……!」

 

 列席する貴族の一人がそう唸る。ビルに匹敵する巨体、それを支える四本の巨大な脚部、周囲を威圧的に睥睨する頭部。モニターに映し出される巨獣こと《ATーAT》の威容はミリシアル8世を含む参加者全員を絶望のドン底に突き落とすのに充分過ぎた。

 

 「ヒルカネ殿!アレは一体何なのだっ!?」

 

 「わ…私に分かる筈が無かろう!魔帝の技術資料やサンプルは一通り見て来たつもりだが、あんな化け物は初めて見る!」

 

 「「!?だったらアレは何だと言うのだっ!?」」

 

 「お…恐らくは魔帝の二足歩行兵器を模した代物であろうが、理論上、今の我々の技術では再現できる物では無い!例えるならば、戦艦に足を付けて歩かせているようなものだぞ!出来る筈が無い!!」

 

 ヒルカネの発言に議場は更にざわつく。対魔帝対策省に所属する彼ですらも知らないと言うのだ。場が混乱するのは当然の反応であろう。だが、そんな混乱もすぐに収まる。

 というよりも収まらざるを得なかった。列席する女性議員が短かくも鋭い悲鳴を発したからだ。何事かと全員がモニターに目を向けるが全員が一様に顔を青ざめさせ、言葉を失う。

 

 「ここまで……!ここまで圧倒されるとは!」

 

 それは戦闘と呼べる物では無かった。敵の四足獣の放つ光弾はまるで吸い寄せられるように異常な精度と威力で守備隊の砲陣や戦車を粉砕し、進行方向に存在する地雷や対戦車障害物の類も巨大な脚部で踏み砕いて破壊し、まるで意味を成さない。

 無論、要塞守備隊も手をこまねいている訳では無い。大小様々な砲火が放たれ、眼前に迫った四足獣を撃ち砕かんと砲火の華を咲かせるが、その分厚い装甲に全弾を弾き返され、傷一つ付ける事すら叶わない。

 四足獣達が近付くにつれ、要塞守備隊の籠る陣地は加速度的に崩壊していった。砲もトーチカも火に包まれ、兵士達は敵の情け容赦の無い砲火の前に無為な屍を積み重ね、生き残った者も闘志を折られ只々無様に逃げ惑い、まさしく潰走と言うに相応しい有様であった。

 それとは対称的に四足獣達は等間隔を維持しながら隊列を乱さず、悠々と芸術的とも言える見事なパンツァーカイルを取りながら前進を続けていた。この絶対的な王者の前には砲も銃も爆発物も、兵士達の必死の覚悟と献身すらも圧倒的な力の前には無力。という無情なまでの現実を突き付けていた。

 

 「ウ…ウソだろ……こ…こんなことが……こ…こんなことが許されていいのか」

 

 若い貴族の一人が絶望の声を漏らすが、これは当然の反応であろう。戦艦や空母を豊富に保有する海軍の存在する事から勘違いされがちだが元来、神聖ミリシアル帝国は陸軍国家である。

 大陸全土を防衛する為にもその規模は海軍よりも大きく、300万人もの兵員を抱え多数の軍管区に振り分けられている。更にはミリシアル陸軍は歴史的に見れば、かつて国父ミリシアル1世率いる魔帝に対するレジスタンス軍を事実上、継承している組織として内外に喧伝されていた。言うなれば弱体化したとは言えど、一度は大陸全土から魔帝を駆逐した組織の後継者とも言える組織なのだ。明確に歴史的な格式と伝統に裏打ちされた神聖ミリシアル帝国の守護者、それがミリシアル陸軍なのだ。

 

 (レベルが違いすぎる!これではサンドバッグと同じではないか!)

 

 それが一体どうした事か。目の前に映し出される映像に、栄光ある守護神としての姿は微塵も存在しなかった。自分達の最後の希望がたった10頭前後の巨獣相手に手も足も出せず、ほぼ一方的に蹂躙殲滅される様は、彼等に残された自信と奢りを粉々に打ち砕くのに充分過ぎた。

 

 「シュミールパオ大臣!!本当にこのシェルターは大丈夫なのかね!?軍は何をしていたのだ!?」

 

 「あんな化け物が大挙して押し寄せて来たら……もうルーンポリスにまともに戦える戦力は残っていないと、言っていたではないか!?一体どうするつもりだっ!?」

 

 「…………」

 

 皇帝の御前だというのに恥も外聞もかなぐり捨て半狂乱に陥る貴族や議員達をミリシアル8世は冷ややかな目で見ていた。人間というのは追い詰められている時程、冷静な判断が出来なくなる。それが自身の生死に関わるとなれば尚更だ。そして視野が狭くなった者達に建設的な会議など出来る筈も無く会議は荒れていく。ミリシアル8世にはそれを咎める気力も失せ、只々疲れ切った表情で絶望していた。

 

 (一万数千年続いたミリシアル王朝の重鎮達がこの有様か……貧すれば鈍するとも言うが、ここまで酷く狼狽するとは……)

 

 金に困れば目先の事しか考えられず愚鈍になるという諺であるが、今の神聖ミリシアル帝国の現状に最も当てはまっていた。自身の判断の何もかもが裏目に出ていた。たかが新興国と侮った結果が国家の半壊……いや、現在進行形で崩壊しつつあった。

 

 「現在、ルーンポリスの防衛に当たっている大陸中央軍は戦力の8割を喪失し、これ以上の作戦行動は完全に不可能となりました。」

 

 列席する軍の高官が冷や汗を垂らしながら状況を説明する。

 

 「……残存する残りの戦力も、アルビオン城を含む重要施設の警備、並びに市民の救援活動に従事しており、これ以上の追加の支援をズダン要塞に送る事は不可能です。我が大陸中央軍は完全にショートしました……」

 

 実際の所、既に中央軍はインペリアル級の砲撃で戦力の殆どを失っていた。それに加え、タイ・ボマーによる空爆でルーンポリス内に設置されていた後方拠点、物資集積所の尽くを焼き尽くされていた。

 ルーンポリスからズダン要塞に派遣された戦力が、僅か1個機甲師団だけだったというのも、ルーンポリスを戦場にしない為という理由もあったが、これ以上追加の増援に出せる部隊がこれしかいなかったのだ。

 そして、そのズダン要塞も陥落寸前……奈落の底のような絶望感に満たされるのは充分過ぎた。

 

 「質問に答えたまえっ!我々の身の安全はどうなるというのかっ!?」

 

 「貴様ら庶民の百倍は税金を払っているのだぞっ!!こんな時ぐらい役に……」

 

 ドンっ!と室内に鈍い音が鳴り響く。ビクリと全員がその発生源を見ると憤怒の表情を浮かべたミリシアル8世がその場に居た全員を睥睨していた。 

 

 「いい加減にせぬかっ!愚か者共めが!!神聖な会議の場を何と心得るか!?」

 

 雷鳴のような怒声に一喝され黙り込む議員達。4000年生きた文字通り歴史の生き字引たる皇帝の威厳にその場に居た全員が押し黙る。

 

 「……くっ……」

 

 だが、ミリシアル8世はこめかみを押さえ苦しそうに顔を顰める。万力で脳を締め上げられるような激しい頭痛を覚えたからだ。おまけに目眩と吐き気までしてきた。魔導薬で誤魔化してきたが最早、それも通用しないレベルまで症状は悪化していた。

 この半日余りの状況はミリシアル8世は肉体的、精神的に徹底的に追い詰めていた。半ば皇帝としての気力と責任感のみで、この場に居続けているのだ。だが、多大なストレスを受け続けた彼から、徐々にかつての英気を失わせるには充分過ぎた。

 魔導薬の錠剤を禄に確認もせずに無造作に口に放り込み、冷え切った紅茶で流し込む。先程から何度も繰り返してきた作業だ。濁り切った目でシュミールパオに顔を向ける。

 

 「シュミールパオよ、正直に申せ。我が軍はどこまで戦えるのだ?ズダン要塞は保てるのか?そして今後の戦況はどうなるか?希望的観測など省いてありのままの意見を言ってくれ。」

 

 現在の戦況を問うミリシアル8世。その表情には先程とは違い苦悶と不安が見てとれた。シュミールパオは一瞬、葛藤するが意を決して意見を述べ始めた。

 

 「……陛下……では僭越ながら申し上げます。現状、我が軍は最悪と言っていい状況です。中央軍精鋭は尽く壊滅し、予備戦力の補填もままならない状態です。更に制空権、制海権の全てを失いました。兵士達の士気もどん底です。」

 

 「……」

 

 「唯一幸運な事はズダン要塞の防衛自体は可能だということです。各州からの増援、並びにパル・キマイラ艦隊による包囲殲滅戦を行い敵地上軍を撃退します。これ程の戦力を投入すれば如何に四足獣とて大地に伏すのは間違い無いでしょう。」

 

 「おぉ……」

 

 室内に安堵のどよめきが広がる。やはり空中戦艦パル・キマイラの存在は大きかったようだ。最も、自分達の先祖を散々苦しめ、虐げた元凶の遺産が最後の希望となるのはある意味、滑稽な光景であった。

 

 「……ですが、それまでです。」

 

 どよめきが鳴り止まぬ内にシュミールパオは言い切る。ミリシアル8世以外の全員の表情が凍りつく。

 

 「我が軍は主力たる正規軍の戦力の尽くを失い、残っているのは緊急動員された2線級の地方軍と州軍、そして予備役の兵だけです。我が軍の精鋭たる主力部隊の犠牲で辛くも現状の維持が出来ているという状況です。これら2線級の部隊では維持すら出来ないでしょう。」

 

 シュミールパオは能面のように顔色を変えず、再度説明を始める。そもそも僅か半日足らずで正規軍の尽くを瞬殺されているのだ。練度、装備で劣っている予備兵力ではそれ以下の働きしか出来ないであろう。ハッキリと言って屍の山を増産するのが関の山である。

 

 「パル・キマイラも同様です。いや、寧ろ兵器としての運用では最悪と言っても良い程コストパフォーマンスに劣ります。今後の運用は事実上、不可能と言えるでしょう。」

 

 「……大臣の話の補足となるが、あれらは、そもそも予備部品の補填すら無い正真正銘の1点物だ。エルペシオやジグラントのような、たかが量産品と一緒にされては困る。」

 

 ヒルカネの補足にシュミールパオは顔を顰めるが、反論は無い。空中戦艦パル・キマイラは確かに強力だ。だが、兵器として見ればその立場は微妙なのだ。運用コストは高く、使い勝手が良い訳でも無い。もしも撃破される事があれば新造はおろか、修理すら不可能なのだ。ハッキリと言って現状の神聖ミリシアル帝国にとっては手に余り、文字通り決戦兵器として使うしか用途が無いのだ。

 

 「現状の我々は首の皮一枚でようやく繋がっているという状況であり、これ以上の戦闘は政治的、軍事的に無意味であり、少なくとも我々にまだ余力がある内に一刻も早い戦闘停止を銀河帝国に対し協議するべき……と、飽くまでも個人的な意見として述べます。」

 

 「……つまり停戦という事か……」

 

 「はい、陛下。」

 

 停戦という単語がミリシアル8世から発せられると同時に、再度、会議場は紛糾する。殆どの者は停戦もやむなし、とミリシアル8世の発言に同調するが、一部の議員や軍官僚は徹底抗戦……とも言わずとも、せめて戦況を有利な状況に持ち込んでから交渉に移るべきだと主張した。会議は再び泥沼と化す。

 

 「停戦案には賛成だ……しかし、我が国が不利な状況で停戦するというのは看過出来ない!」

 

 「とにかく、我が国が負けたように見える形での停戦はさすがに容認出来ない……せめて引き分けという形に持っていけないだろうか?」

 

 「既に我が国の威信は地の底に堕ちているというのに、これ以上、恥の上塗りを重ねるようならば、どの国も我々を見限る事になる!我々は世界中の笑い者になるのですぞっ!陛下!」

 

 「兵士の練度が劣るというならば数で圧倒するというのはどうだろうか!?全国から徴募兵を募集するというのはどうだろうか!?」

 

 「!?そうだ!ミリシアル全土にこのルーンポリスの惨状を喧伝すれば、民衆は長蛇の列をなして徴兵センターに雪崩込み、喜んで兵士となるだろう!」

 

 徹底抗戦派の議員達は口々に騒ぎ立てる。それはミリシアルの為と言うよりは己の保身の為だ。敗戦を主導したとなれば自らの経歴に汚点を残す事になる。それは絶対に避けたい。

 ならば寧ろ、この状況をプロパガンダとして利用すべきと、主張し始めた。確かに歴史的に見れば、敵の非道さを喧伝し愛国心を鼓舞して市民に自ら戦争に協力させる状況を作り出すのは実際、戦力の即時回復という面で見れば有効であり、現状、余裕の無い神聖ミリシアル帝国ならば有効に見えた。飽くまでも素人目の意見の域を出ない話であるが……

 

 (……この連中は戦争をスポーツか、何かだと思っているのか?)

 

 当のシュミールパオは能面のような表情に固まり、ミリシアル8世は余計、顔色を青くさせていた。シュミールパオは感情の消えた表情で問う。

 

 「そのような兵士が何の役に立つというでしょうか?」

 

 「うっ……」

 

 「兵士の育成には最低でも9週間は必要になります。我が国にそこまでの時間はありません。碌な訓練も受けていない兵士など、所詮、肉壁ぐらいにしか使い道はありません。」

 

 ミリシアル8世から正直な意見を申せ、と皇帝直々に命令を受けた事もあるがシュミールパオの言葉は清々しい程、冷たく、容赦が無いが、それも当然である。優秀な兵士は一昼夜で作れない。徹底した規律と国家への忠誠心を叩き込み、心身ともに兵士として新しく作り変える必要があるのだ。反乱同盟軍はよく銀河帝国における軍事教育学校たる帝国アカデミーを洗脳的と批判しているがそれは大きな間違いだ。

 古今東西、あらゆる国家・組織が普通の若者からそれまで持っていた筈であろう個人の意思と人格を完全否定し、国家の意思決定のみに忠実に行動する兵士として作り直す事自体、普遍的に行われてきた事であり、逆説的にはそこまでしなければ忠実な兵士など作れないという事だ。シュミールパオは最低でも9週間は必要と言っていたが、それは飽くまでも最低ラインに過ぎない。そして実際に訓練を受けた兵士ですら、戦場で迷わず銃を撃てる者が何人いるだろうか?

 戦いは数であるとも言うが、最低限の質すら伴っていなければ戦力にはなり得ない。武装した暴徒が関の山と言える。結局の所、碌な訓練もせずに銃だけ渡した即席兵士もどきなど、所詮B1バトル・ドロイド以下でしかないのだ。

 そういった意味では産まれた時から徹底的に兵士としての教育を受けてきたクローントルーパーや、全自動の生産ラインで10分に1機製造できたとされるB1バトル・ドロイドはある意味完成された兵士だったのだろう。

 

 「……仮に兵士の数で圧倒したとしても、敵との兵器の性能差は歴然としています。天の浮舟、魔導戦車、砲、銃火器に至るまで我が軍は著しく遅れを取っているという認識です……そして、それらを扱う兵士達の数も絶対的に不足しているのです。」

 

 最悪の場合、徴用した民間人に小銃で武装させれば民兵やゲリラといった出来の悪い歩兵としての代用くらいにはなる。戦い方次第では敵の兵站線や後方の破壊工作といった厄介で強力なプレッシャーを相手に与えるからだ。だが、今はまだその段階ではないのだ。

 今、彼等に必要なのは高度な兵器を扱えた上で、尚且つ上意下達を行えるレベルまでは訓練を受けた兵士こそが必要なのであって、せいぜい民兵程度の兵士など逆に戦線を混乱させるだけでしかなく邪魔にしかならないのだ。

 

 「今の我々に必要なのは天の浮舟のパイロットや魔導艦艇の船員です。そして、これらの兵士の育成には半年から数年は最低限必要となるのです。」

 

 極論、銃さえ渡せば女子供でも歩兵の代用には成れる。だが、パイロットや艦船の船員等の人員に関してはそうはいかない。彼等は膨大な時間と予算を掛けて教育を受けた生粋の職業軍人であり、替えなどある筈がないのだ。初戦の大空中戦で失った天の浮舟乗り達とルーンポリス湾で海の藻屑と化した船乗り達は文字通り最高戦力だったのだ。

 

 (……今更ながら失った後で思い知らされるとはな……初戦で戦死した天の浮舟乗り達は金銀ダイヤよりも価値があったのだ……!)

 

 後悔先に立たず……ということわざをシュミールパオはこれ程までに痛感させられる事は無いだろうと理解した。神聖ミリシアル帝国は貴重な人的資源を余りにも早く、そして無為に失い過ぎたのだ。失った戦力の回復には、どれ程少なく見積っても数年は必要になるだろう。

 しかし……

 

 「わけの分からん事をベラベラと囀るな!」

 

 「我々はやれと言っているのだ!軍人ならば任務を全うせぬか!」

 

 「たかが軍人風情が我々に意見しようなど百億万年早いわ!」 

 

 室内に怒号が響く。とうの議員達はヒステリックに喚き散らし、まるで聞く耳を持たない。彼等は軍がこれから何を行うか?では納得しない。具体的に敵を何人殺せるか?幾ら金が掛かるか?選挙で自身にどれ程の票が集まるのか?といった数字でしか判断出来ないのだ。

 そもそも彼等にとって神聖ミリシアル帝国は勝利する事が当たり前の事であり、とっくに自分達は勝利という名の料理に舌鼓を打っている筈だったのだ。

 それがどう言う事か。僅か半日余りで軍は壊滅。都市機能は崩壊。更には敗戦の戦犯というレッテルまでオマケで付いてくる始末だ。彼等の立場からして見れば、軍に騙されたようなものだ。

 

 (私が今の立場を得る為に一体どれ程の金を使ったか分かっているのか!?コネを得る為に嫌なヤツに何回頭を下げた事か!漸く好き勝手出来る立場を得たというのに何故、こんな酷い目に遭わねばならん!?どれもこれも全て弱い軍が悪い!)

 

 とは言え、結果には勝敗に関わらず責任が付いてくる事など、社会通念上当たり前の事であり、今の状況に追い込まれているのは彼等自身の采配の結果に過ぎず、同情に値しない。

 そもそも今の彼等の脳内を占めているのは歪んだ被害者意識だけであり最初から話を理解する気も余裕も無い上に、そもそも最初から理解を拒んでいるのだ。これではどうしようもない。自身の進退が掛かっているという事もあるが、絶望的な状況が彼等を感情的にし冷静さを奪っていた。

 シュミールパオは内心で毒づく。

 

 (所詮は自身の保身以外は指先1つ動かす事すらしない腐りきったブタ共が……このような輩に我が神聖ミリシアル帝国の国政を任す訳にはいかん……)

 

 このブタ共はいずれ必ず失脚させる……腸の中がグツグツと煮え滾るのを感じながらもシュミールパオは反論を続ける。半ば苛ついていた事もあり、後半はかなり攻撃的な口調になる。

 

 「……今は捲土重来を待ち、国力の回復を優先すべきです。そのような投機的な作戦行動を取り続ければ、明日にも我が国は破綻するでしょう!それとも貴方方は神聖ミリシアル帝国の滅亡をお望みのつもりか!?」

 

 「と、投機的だとっ!?貴様、我々を侮辱するつもりかっ!?」

 

 「もうよい!!」

 

 再度、室内に怒号が響き渡る。怒号の主はミリシアル8世だ。頭を抱え、絞り出すようなか細いながらもハッキリとした口調で命じた。

 

 「……停戦だ…!直ちに停戦の交渉を行うのだ!……」

 

 「……それは現地指揮官同士の一時的な停戦で宜しいのでしょうか?」

 

 「……そうだ!兎に角、停戦だ!……何としてでも銀河帝国を交渉の席へと引き摺り下ろす。これ以上、民に犠牲は出せん……停戦交渉成立の後に正式に講和条約の締結を行う……貴官に全権を委任する……」

 

 「御意……早急に手配致します。」

 

 ミリシアル8世は項垂れ憔悴しきった様子でシュミールパオに命じる。議員達も流石にミリシアル8世相手には強く言えず、振り落とした拳を静かに戻さざるを得なかった。今後の方針は決まった。シュミールパオは部下に命じ書類の片付けを行う。改めてミリシアル8世に目を向ける。

 

 (おいたわしや、陛下……)

 

 シュミールパオから見てもミリシアル8世は完全に限界を向かえつつあった。忠義を誓った主君の変わりように内心、心が痛んだが、同時に今後の神聖ミリシアル帝国の今後の方針を自身の思うがままに出来る事に感謝していた。

 

 (……陛下、お許し下さい。これも全て神聖ミリシアル帝国栄光の為、必要な布石なのです。勝利の為ならある程度の犠牲は止むを得ない。)

 

 自身への全権の委任を他ならず皇帝自身から、この会議という場で言質を取れたのはシュミールパオ自身にとって正に僥倖であった。シュミールパオは自身に人徳が無い事を良く理解している。秀才ではあるがカリスマ性の無い彼が人を動かすには皇帝からの委任という権威が必要になるのをこれまでの苦い経験から理解していた。

 だが、これにより自身のプランを着実に実行する事が容易になるからだ。

 

 (まずは停戦と講和の締結……これは屈辱的だが実質的な条件付きの降伏となるが、今の状況を鑑みれば止むを得んだろう……だが、まだ終わりでは無い。挽回は出来る。)

 

 シュミールパオは冷静に今後の状況を分析していた。彼の考えている通り、現状のミリシアル側には打つ手は殆ど無い。事実上の条件付き降伏以外には最早、燃え広がる戦火を消す手段は無かった。ミリシアル8世や議員達も誰も降伏の2文字を言わず、意識的に避けているだけで事実上の敗戦、降伏として認識しているのは間違いだろう。その場にいる全員の表情はまるで死刑執行前の囚人のようだ。

 しかし、当のシュミールパオの表情は涼しいもの。そもそも彼にとっては飽くまでも停戦は『仕切り直し』であって敗戦では無い。彼は神聖ミリシアル帝国の勝利を諦めていないからだ。

 

 (要は単純な話だ。負けを認めなければ負けでは無い。飽くまでも勝利までの途中経過……所詮、今の状況など我々の勝利への中継地点に過ぎんのだ。)

 

 負けを認めなければ負けでは無い……暴論にも聞こえるかも知れないがシュミールパオには具体的に、今後の展望について大まかながらも予想とその対策を立てていた。

 無論、今後に締結される停戦、講和はミリシアル側の不利になるのは間違い無いだろう。軍備の縮小、賠償金の支払い、領土の割譲……内心、吐き気を催すような屈辱的な要求を突き付けられる事になるのは想像に難くない。それでもシュミールパオはこの苦境を跳ね返せると信じていた。

 

 (所詮、相手は新興国に過ぎん。小さな勝利など幾らでも渡してやれば良い。最後に勝てば良いだけの話だ。我々に1番足りないのは時間だ……ならば時間を作ってしまえば良い。)

 

 時間……ある意味現状のミリシアル側が最も悩まされている問題であろう。銀河帝国の侵攻を留めつつ、ミリシアルの国力を回復しなければならない。神聖ミリシアル帝国は余りにも多くの物を失い過ぎていた。

 

 シュミールパオのプランは以下のものだった。まずは軍備の縮小に対して。

 

 (軍備の縮小などは如何様にも誤魔化せる。そもそもエルペシオ3や魔導戦車も殆ど役には立たんから第三国に売り払おう。上手く焚き付ければ銀河帝国相手に戦争を仕掛けるかもしれん。変わりに銀河帝国側の技術を何としてでも手に入れ、新兵器の開発を急がせる……我が国がリバースエンジニアリング技術が他国の100年先を行っている事を見せつけてくれる!)

 

 かつてナブーの戦いに於いて敗北した通商連合は戦後の裁判でも4回敗訴し多額の賠償金と私設軍の解体、縮小を命じられる事になった。これにより銀河全土の交易路を牛耳っていたコングロマリットとしての通商連合の命運は尽きたと思われていた。

 しかし、そうはならなかった。保有していた艦艇やバトル・ドロイドを名目上、破棄、解体したかのように見せかけて、実際には辺境の惑星で改めて再組み立てし、あろう事かより性能の優れたバージョンアップモデルであるB2スーパー・バトル・ドロイドの量産すら行っていた。

 無論、こんな事がまかり通る事になったのは当時の銀河共和国の腐敗も大きいが、それ以上に大総督ヌート・ガンレイの手腕が群を抜いていたのが大きいだろう。運と状況を見極める事が出来れば、例えどんな不利な状況であっても上手く切り抜けるのだ。

 

 次に賠償金の支払いに対して。

 

 (これは厄介な問題だ……だが、国体の変更や戦争指導者の引き渡しを要求されるよりかは遥かにマシだ。それに我が国は世界で最も裕福な国だ。市場経済もほぼ全て牛耳っている。所詮、我々が居なければ世界中、モノも金もまともに動かなくなる……我々も苦しいが敵も苦しくなる筈だ。)

 

 神聖ミリシアル帝国は大国である。それは単純に国土の広さや人口の多さだけという意味では無い。それらを支える強大な軍事力と工業力が存在するからだ。だが、一番の理由は経済圏そのものを支配下に置いているからだ。そもそも資本力の基盤が他の文明圏と格が違いすぎる。信用のある通貨があり余るからこそ世界中の通貨・物の価値を自由に決める事が出来るのだ。

 しかし、それは銀河帝国による侵攻の理由の一つとなっていた。惑星全土の征服と統治の為には現地の既存のシステムは邪魔になる。皮肉にも神聖ミリシアル帝国が大国であるがゆえに滅ぼされる事になったのだ。

 

 

 そして領土について。

 

 (重要なのは国土では無く、人材、そこに住む住民だ。新兵としての徴用や新たな労働力として奴等に引き渡す領土に住む住民は全て疎開させるとしよう。尚且つ、奪われた領土を取り戻すという国民受けの良い大義名分も得る事が出来る。いずれ戦争を再開をした時に良いプロパガンダに利用できる……それに領土など後で取り戻せば良いだけの話だ。)

 

 戦争は綺麗事ではできない。国の為ならば命を捨てられる愛国戦士というのは実の所、かなりの少数派だ。大抵は流されるまま嫌々、兵士になる。中には徴兵を逃れる為に自らの人差し指を切り落としたり、足の骨を折る者まで存在するのだ。兵士を作るにはそれなりの教育は必要となるのだ。

 しかし今回の状況は違う。明確に侵略を受け大勢の人間が命を落としているのだ。更に領土の割譲に伴い故郷を失う者も当然現れる。その関係者や遺族の復讐心を銀河帝国に向ければ、強力な戦力になるであろう。

 

 (ざっと、こんな物だろう……我ながら相当、外道なやり方だが、背に腹は代えられん……)

 

 シュミールパオは次々と今後のプランを出した。それは講和後の戦略、ドクトリンから世界情勢までと多岐に渡るものだ。まだ荒削りで彼自身の偏見と勘に頼ったものであったが、精査していけば、よりマシな物になっていくであろう。

 

 (国民にはかなり負担を掛ける事になるだろうが、まぁ取るに足らない事だろう。)

 

 とは言え、彼が考えたプランが実際に実行された時には少なからずのミリシアル人が地獄を見る事になる上に、より戦火を拡大させる危険な賭けでもあった。

 しかしシュミールパオにとってはそんな事は些事に過ぎない。

 

 (敗戦の屈辱も、民と兵の死も、それを遥かに上回る敵の流血と勝利の美酒で雪げば全て解決だ。陛下は甘すぎる……神聖ミリシアル帝国の存続のみが、この世界の文明圏の発展、維持に必須なのだ。その他の価値観など必要無い。多少の被害など、この際は度外視すべきだ。)

 

 一見するとシュミールパオは過激かつ冷酷に見えるかも知れないが、これは単純に戦争に勝つ為にはこれ位の犠牲は止むを得ないと、完全に割り切った故の判断なのだ。

 シュミールパオは信じていた。祖国たる神聖ミリシアル帝国がいずれ到来するであろう古の魔法帝国との最終決戦に勝利し、この世界に真の平和をもたらすと……そして、その後全ての文明圏を神聖ミリシアル帝国の名の下に統一し、偉大なる魔導文明の恩恵をもたらすだろうと考えていた。

 故にこんな新興国との不毛な戦争に一喜一憂する暇など無いのだ。

 

 (例え、何十年、何百年かかろうとも神聖ミリシアル帝国は勝利する!どのような犠牲を払うともな……)

 

 

 

 「……余は少し休ませて貰う……後の事は任せる……」

 

 「承知致しました。陛下を御寝所にお連れしたまえ。」

 

 何はともあれ会議は無事終了した。ハッキリと言って今後の神聖ミリシアル帝国の展望は暗い。それでも一区切り付けた事は大きいだろう。後は予定通りに事を進めるだけだ。シュミールパオは席を立ち部下に命じる。

 

 「直ちに、この資料通りに銀河帝国に対して魔信を送れ。前線にも、これ以上の被害を出さずに守りに徹するように、と伝えるように。」

 

 (どうせ負け戦だ。これ以上の損失は無駄でしかない。)

 

 

 だが、シュミールパオもミリシアル8世も気が付かなかった。銀河帝国と神聖ミリシアル帝国とでは絶望的なまでの隔絶した差があるという事に。

 話を総括すれば、銀河帝国側の損失はどれも直ぐに取り戻せる。それこそ帝国の国力を鑑みれば、仮にベイダー以外の全ての将兵、兵器を失ったとしても、帝国軍の保有する総戦力の0.1%にも満たない数でしかないのだ。

 逆にミリシアル側の損失は悪夢と言っても良い規模だ。彼等の受けた損失は永久に取り戻せない上に、そもそも身内にすら容赦が無いベイダーが待ってくれる筈が無いのだ。

 ミリシアル8世は聡明な指導者であった。自ずと人が集まり、好かれる魅力というのは指導者として必要不可欠な素質だ。そうでなければ彼に付いてくる者は居ない。何かと軽視されがちだが人徳という物は勉強した所で身に付く物ではないからだ。

 シュミールパオは若干、冷酷な面も持ち合わせているが、彼なりに国家と皇帝に対して最大限の忠義を尽くせるように尽力しているだけに過ぎない。

 だが、彼等は常識的過ぎた。根本的に自分達の一般論、常識以外のモノサシを持ち合わせていないのだ。そもそも彼等には列強首位としての誇りがある上に、国家を率いる立場にいるという自負心もある。その為、他者よりも認知バイアスが強い傾向にあるのは仕方がない事なのだろう。

 そして、それが彼等にとって一番の不幸であった。歪んだバイアスのせいで現実を直視出来ない彼等は、この期に及んでも自分達の常識に囚われ続けた。

 そして、とうとう引き返せない所まで行き着いてしまったのだ。

 

 

 結局の所、神聖ミリシアル帝国という国家は、銀河帝国という最悪の相手に対して、最後の最後まで真剣に向き合う事をしなかったのだ。

 

 

 

 そして遂に決定的な崩壊が始まった。会議室のドアが勢い良く開かれ血相を変えた魔導通信士が飛び込んでくる。

 

 「何だ!騒々しい!!」

 

 「……ほ、報告しますっ!!増援部隊が……」

 

 「やっと増援部隊が到着したのか。これで要塞守備隊も多少の息継ぎを出来るだろう。」

 

 シュミールパオは安堵の表情を浮かべる。敵の四足獣が如何に強大であろうとも、こちら側にも予備戦力があると知れば、これ以上の進軍は出来ないだろうと……だが……

 

 「違います!増援部隊は……全滅しました!」

 

 「!!!???」

 

 「カン・ブリットからの報告によれば行軍中の部隊が、数時間前に件の空中戦艦からの砲撃を受け壊滅しました!その威力は一撃で1個師団を消滅させたと……」

 

 「そ、そんなバカな……!」

 

 「シュミールパオよ、一体どうなっておる!?」

 

 「私にも何が何やら……」

 

 ミリシアル8世から詰められるものの、当のシュミールパオ自身、何が起きているのか全く訳が分からない。

 だが、これで終わりでは無い。会議室にけたたましいサイレンが鳴り響く。シュミールパオは思わず舌打ちし、魔信の送受機を取る。設定上、自動的にスクリーンに相手が映るが、その相手を見て更に苛立ちか込み上げる。

 血相を変えた様子の、その相手は現在のルーンポリス防衛を任された近衛師団を指揮代行する中佐(師団長の戦死により繰り上げで指揮を代行)であり、良くも悪くも凡庸で余り優秀では無い人物であり、シュミールパオを苛立てさせていた。

 

 (えぇぃ!こんな時に!いちいち判断を仰がねば指揮すらまともに取れん指示待ち人間めがっ!)

 

 「何事か!?今は会議中であるぞ!!」

 

 『シュミールパオ大臣!一大事です!!ルーンポリス周囲に敵部隊を確認!!首都は敵の包囲化に置かれています!』

 

 「な、何ぃ!!」

 

 『西地区、並びに東地区に件の四足獣で構成された部隊、1個師団を確認しました!す、既に5kmまでの位置にまで……一体、どうすれば……?』

 

 「西地区に東地区だと!?き、貴様……!一体、今まで何をしていたのだ!?」

 

 シュミールパオは激昂するが、それは当然の反応だ。西地区と東地区は首都ルーンポリスの両翼とも言える場所であり、そもそも侵攻を受けているのは南部方面であり、敵の姿など影も形も無かった筈だ。

 首都ルーンポリスは上空から見るとアルビオン城を中心に、主に北部は港湾施設と造船所を含む工業地帯、西部に住宅街と商業施設、東部は金融、政府庁舎を含む行政機関、再開発中の南部で構成された都市だ。

 ルーンポリスから見て南部のおよそ50km先、目と鼻の先にズダン要塞が存在している。少なくともズダン要塞はまだ突破されていない以上、存在してはいけない敵が何故か存在しているのだ。

 

 

 (銀河帝国はどんな魔法を使ったと言うのだ!?)

 

 『司令!緊急事態です!!これをご覧ください!!』

 

 『なんだ!?こ、これは!そんなバカな!!』

 

 だが、真の悪夢は始まったばかりである。スクリーンの向こうで師団長が愕然とした表情で凍り付きシュミールパオに向き直る。

 

 『か…閣下…!敵の空中戦艦が……戻って来ました!!』

 

 「な、なんだとっ!?」

 

 スクリーンが再度移り変わり、ルーンポリス上空が映し出される。だが、その光景に一同は絶句する。

 

 「……う、嘘だ……」

 

 「奴等は燃料切れで撤退したのではないのか!?」

 

 スクリーンに映し出される空は既に白銀の鉄塊……インペリアル級スター・デストロイヤーの占領下に置かれていた。撤退前と違い、数隻減っていたように見えるが、1600mを超える巨大の前には違いなど無いようなものだ。

 

 

 《私は銀河帝国軍ベイダー艦隊副司令官ザミュエル・レノックス艦長である。ルーンポリス上空並びに、主要道路は既に我々の占領下にある。私はミリシアル政府に対し全面講和を要求する。直ちに全ての軍事活動を停止し、武装を解除せよ。然るざれば首都ルーンポリスに対して無差別攻撃を加えるであろう。返答までに3時間の猶予を与えるが……》

 

 インペリアル級からルーンポリス全土に向けて外部スピーカーから拡声されていた。魔信や通信では無く、直接このような原始的なやり方で、これ以上民間人を巻き込まないように勧告している事や、無条件講和という言葉を選んでいる辺り、銀河帝国側がミリシアル側のプライドを傷付けないように配慮した勧告であった。

 

 「無条件講和だと!?実質的な無条件降伏ではないか!ふざけおって!!」

 

 「辺境の野蛮人風情が!どこまで我々を虚仮にするつもりだ!?」

 

 「やはり徹底抗戦しかあり得ませんぞ!」

 

 しかし、この放送は逆に議員達の自尊心を酷く傷付ける事になった。本来、格下だと思っていた相手に慈悲をかけられているのだ。これ程屈辱的な事は無い。唯でさえこう言った上から目線の物言いというのに議員達は慣れていない。寧ろ、挑発と受け取る者すらいた。激昂した議員達は口々に徹底抗戦を叫ぶ。

 

 (な、何なんだ?この状況は……?何故、こんな事に……!?)

 

 シュミールパオは次から次へと起こる惨事に最早ついていけなくなっていた。彼が必死に考えたプランは今では、何の役にも立たない妄想と化し、漸くまとめた議会は再び混沌と化す……正に悪夢そのものだ。

 

 

 『おのれ!小癪な!!全ダビデ砲発射用意!!』

 

 「よ…よせ!止めぬか……!」

 

 場の雰囲気に当てられたのか師団長は苦しげなミリシアル8世の静止も聞かず、インペリアル級への砲撃を命じる。これが命取りになるとは思わなかったであろう。

 

 

 インペリアル級

 デヴァステイター艦橋

 

 「艦長。敵部隊に新たな動きが……どうやら先程、確認されたレールガンだと思われます。シールドを貫く程の威力はありませんが如何なさいますか?」

 

 「……まだやるつもりか。いい加減にして欲しいものだが、彼等の方から的を用意してくれたのは寧ろ丁度いいだろう。射撃目標をアルビオン城からレールガンの発射施設に変更したまえ。」

 

 「エネルギーは何%に設定しますか?」

 

 「75%にしたまえ。流石に都市の中心部にクレーターを作る訳にもいかんだろう……」

 

 レノックスはそう命じる。彼とて一方的な殺戮を望んでいる訳では無いが、ここまでやった以上、腹を括るしかないと考える。

 

 (……今更らしくないとは言え、この星の住民達には同情を禁じ得ないな……せめて違った出会い方があれば、こうもならなかったのか……)

 

 レノックスの思案を余所に、両陣営共に最後の一撃を放つべく準備を終える。それは奇しくも同時であった。

 

 「撃て。」『撃て!!』

 

 レールガンの砲弾とターボレーザーのエネルギービームが互いに交差し激しくぶつかった。強大なエネルギーの渦が一瞬、ビルの窓ガラスを緑色に照らし、金色の粒子が舞う。だが、それも一瞬の僅かな輝きに過ぎない。

 金色の粒子……それの正体は超高温のエネルギーで溶融されたレールガンの弾体の残滓でありスラグだ。一瞬の輝きを残してミリシアル側の最後の抵抗の一撃は粉砕されたのだ。

 レーザーは減衰する事無く地表に到達した。刹那、地上に人工の太陽が出来上がった。

 

 『なっ!!』

 

 レールガンの発射台……元々、この施設一帯は国防省管轄の保管施設であり、自前の司令部を失った近衛師団が仮設の司令部として一時的に使う事となっていた。レールガン自体も初期に開発され、モスボールされていた試作機の1機であった。

 言うなればミリシアル側の最後の抵抗の一撃であったのだ。それが一瞬の輝きを残して文字通り一蹴され、減速する事無く仮設司令部に直撃した。驚愕の表情を残して近衛師団長は自らが放ったレールガンの砲弾と同じように原子レベルまで分解、完全に消滅した。

 無論、その程度で済む筈がない。火球は施設一帯を含む数kmのビル群が熱線で焼き尽くし、直後に起きた爆風がその残骸を薙ぎ払う。警備にあたっていた兵士達、ライフルで武装した軽歩兵や魔導アーマーを着込んだ重装歩兵、戦車すらもエネルギーの余波は巻き込み消滅させた。

 

 「コア魔法……!これが!」

 

 後には何も残らなかった。 文字通り何もである。ある意味、この光景は銀河帝国と神聖ミリシアル帝国の差を如実に表していたと言える。

 

 「「……!!」」

 

 会議室の中では最早、誰も声を挙げる者はいなかった。只々、目の前に映し出される光景に圧倒されていた。

 

 『……余興はこれで充分であろう。今の砲撃は75%の威力だ。3時間後、返答が無い場合、100%の威力で無差別攻撃を行う。その最初の洗礼はアルビオン城に対して行うとする。』

 

 「っ75%……!?」

 

 『もしも我々の要求を断るのであれば、この地は明日にはルーンポリス《湾》と地図上に表記される事になるであろう……重ねて警告するが我々は本気だ。諸君らの冷静な判断に期待する。』

 

 そこで放送は終わった。最早、誰も声を挙げる者はいなかった。序盤の攻撃など、所詮は爆竹程度の威嚇でしかなかったのだ。いざ、銀河帝国側が本気となればルーンポリスは更地どころか、海の底に沈める事など造作も無い事なのだ。それを列席する全員が遅かれながら理解する事になった。

 実際問題、銀河帝国のやり方は過激ではあるが有効なのは間違い無い。徐々に自分達の力を見せつけ、尚且つタイムリミットを設けて考える時間を奪い相手を焦らせるのは交渉術では基本だ。

 そもそもミリシアル側は気付いてすらいないがタイムリミットを勝手に決められ、時間的な優位も交渉の主導権すらも完全に奪われているのが今の神聖ミリシアル帝国の立場なのだ。余りにも格が違い過ぎた。

 

 (これは……悪夢だ……)

 

 シュミールパオはフラフラと、よろめきながら倒れ込むように椅子に座る。目の前で起きた光景も、敵の事実上の降伏勧告も何もかもが彼の理解を越えるものばかりだ。

 何故、こうなった?何処で自身は見誤った?自分達は何者を相手に戦っているのだ?と……終わりの無い自問自答が彼の脳内を占める。

 無論、そんな事をしている暇は無い。会議室の扉がゆっくりと開き、先程とは別の魔導士が入って来る。しかし、様子が明らかにおかしい。汗だくで顔色は青いを通り越して死人のように真っ白だ。シュミールパオは天に祈る。

 

 (……頼む……!良い報告であってくれ……!!)

 

 「……ほ……報告致します……パ、パル・キマイラが……」

 

 パル・キマイラというワードを聞いた瞬間、ガタン!と勢い良くシュミールパオは立ち上がる。

 そうだ!無敵のパル・キマイラがあったではないか!

 

 「パル・キマイラは……!いつ、到着するのだ……?」

 

 (……頼む……!出来るだけ早く来てくれ……!!)

 

 パル・キマイラさえ来てくれれば状況は変わる……訳はある筈が無いが、そうとでも考えなければ最早、正気を保つ事は出来ない。だが、現実というのは彼が考えている以上に非情なものだ。

 

 「ぜ、全滅です……!それも、たった1機の飛行機によってです……」

 

 「……バカな……あり得ん……」

 

 そこまで言って、その魔導士はバタリと卒倒する。シュミールパオも同じだ。遅れて椅子から崩れ落ち、口から泡を吹いて気絶する。ちなみにヒルカネも丁度、同じタイミングで卒倒していた。

 

 「パル・キマイラですら敵わないとは……!」

 

 「もう、お終いだ……!」

 

 「やはり全面降伏しかない……!」

 

 「バカな事を言うな!!降伏などすれば我々は戦犯……!絞首刑だぞ!?」

 

 「我々の首だけで済めば上等であろう!少なくとも民の大半は救われる!」

 

 「この状況を挽回するには……!陛下!!陛下ならば何か良い策がっ!!」

 

 ガチャンっ!!

 

 陶器が割れる音に、全員が目線を音の発生源に目を向ける。音の正体はミリシアル8世が使用していたティーカップであった。恐らく床に叩きつけられたのだろう。だが、そんな事は重要ではない。

 

 「へ、陛下……?」

 

 「……神よ!何故、我等にこのような試練を与える!?一体、何人の血を吸い取れば気が済むというのか!?」

 

 全員が思わず言葉を失う。ミリシアル人にとってミリシアル8世は絶対的な存在だ。4000年という途方も無い年月を生き、皇位に就いて以降も、様々な国難を解決して来た文字通り現人神のような存在なのだ。自分達とは明確に異なる超常的な存在……そう言ったある種の神秘性がミリシアル王朝を堅実なものにしてきたのだ。

 

 「我々が何をしたというのかっ!?」

 

 そんな絶対の象徴が、文字通り天を仰ぎ神に向けて悪罵を放つ姿など、あってはならない光景なのだ。良くも悪くも神聖ミリシアル帝国という国家はミリシアル8世個人の能力に依存している節がある。

 実際問題、ミリシアル8世自身が有能な指導者という事もあるが、彼等自身の親、祖父母の代以前から玉座に座っているのだ。故に『ミリシアル8世に任せていれば全ての問題を解決して下さる。』という、ある種の呪いのようなバイアスがかかっている。

 

 ある意味、この後に起こる悲劇はそんな澱みが重なった結果であると言えよう。

 

 ミリシアル8世は只々、怒りに任せて吠えた。愛すべき民を何も出来ずに、蹂躙されるのを只々見ているだけの自分に。そしてこんな非道を許した神に生まれて初めて本気の怒りを抱いた。

 そして、遂にその時が訪れてしまった。

 

 ブツン!

 

 「なっ!……はっ……?」

 

 それは強い衝撃だった。頭の中で小さな爆弾が爆発したような、もしくはゴムのホースが弾け飛んだ感覚を覚えた。一瞬、ミリシアル8世は自身が狙撃されたのかと思い、手を頭部に当てるが出血はしていない。そもそも衝撃は受けたものの痛みは無かった。だが……

 

 「……かっ……!はっ……!?」

 

 「陛下……?如何なさいましたか?」

 

 ストロボのように視界は断片的に投写され徐々に大きく歪む。何が起きたのか訳が分からない。余りにも突然だったのだ。まるで頭の中に濃霧が増したように何もかもが理解できなくなる。

 一瞬、視界がブラックアウトし、気が付いた時には自身が床に倒れ伏していた。何が何だかまるで分からない。そして急速に眠気が彼を襲う。それは急速に世界が遠のき、肉体だけを残して精神が重く沈んでいくような感覚だった。

 この時、ミリシアル8世は自身の死を理解した。

 

 (……そうか。余は……私は死ぬのか……)

 

 ミリシアル8世の身に起きた事は誰にでも起きえる事だった。長時間に渡って過度な高ストレス下にいた彼は、驚異的な精神力と気力で限界まで皇帝としての公務をこなしていた。無論、限界を通り越して働くという事はそれだけ心身に負担を掛ける事になる。何よりも長寿種族たるエルフと言えど、飽くまでも多種族に比べれば寿命が長いだけであり、老いもするし、病みもする。決して不死身の存在では無いのだ。

 《脳溢血》……それがミリシアル8世に起こった症状だった。高ストレス下に於いて胃に穴が開いたり、髪の毛がごっそりと抜け落ちる等の症状が出るように、ストレスという物は人体を容易く破壊するのだ。そもそもミリシアル8世自身、町エルフとしては規格外とも言える程の超高齢者なのだ。そして脳溢血という病気は前兆らしい前兆が無い。いつ爆発してもおかしくない文字通り見えない爆弾のようなものだ。

 

 「……陛……陛下……!……誰か……医者を……!」

 

 (あぁ……もう、どうでも良い……私は疲れた。今は眠らせてくれ……)

 

 自身を呼び掛ける声が聞こえた。ただ、それも別の世界の事のように思えた。空気も何もかもが凍ったように世界は静かに止まっていた。

 もう、何も考えたく無い。何も聞きたくない。もう全て手放してしまおう……と。

 ミリシアル8世の心は凪のように静かだった。安堵すら感じていた。

 

 (そうだ……手放してしまえば良い。このまま死ねば、私は全ての重責から解放される。ようやく終われるのだ……)

 

 長く暗いトンネルを泳ぐように進んでいく。様々な光景が見えた。かつて彼が見た光景だ。

 

 (走馬灯という奴か……私もいよいよだな……)

 

 幼少期の記憶が蘇った。初めて馬に乗った事、ワイバーンで空を駆けた事、そして今は亡き両親の事……

 次に青年期の事を思い出した。皇太子として様々な国を巡った事、そして最初の皇后との初夜……最初の子供達……自分だけが余りにも長く生きすぎた……

 最後に皇帝として即位した後の事を思い出した。自身を見上げる大勢の民達……自分はそんな民達を実の子のように愛していた。死ねば全て終わり?ならば自分が死ねば彼等はどうなると言うのか?このまま楽に死ねる権利がお前にあると言うのか?

 ミリシアル8世はカッと目を見開き意識を覚醒させる。

 

 (終わる……?馬鹿な事を!全てを投げ出して勝手に死ぬなど許される事では無い!私は……いや、余は皇帝だ……!せめて半年!いや、一月だけでも良い……!この戦争の趨勢を決めるまでは……!)

 

 行動には責任が伴う。そんな事は当たり前の話だ。全てを投げ出す事も、何も決めずに勝手に死ぬ事など、艱難辛苦の末に命を繋いだ先駆者達と、後の時代を生きる者への侮辱に等しい。皇帝としての覚悟が彼を再び蘇らせた。

 だが、立ち上がろうとした時、異変に気付く。

 

 (左腕が……動かん……?)

 

 左腕だけでは無く、左半身自体が麻痺して動かなくなっていた。如何に彼が力を尽くそうとも、既に彼の身体は限界だったのだ。死神は容赦無く、貴賎を問わず、そして個々人の意思など知った事では無いからだ。誰にでも死は平等に訪れる。それはミリシアル8世であってでも例外ではなかった。

 

 ブツリ……

 

 「かはっ……!」

 

 立ち上がろうと力を込め過ぎた結果、再び脳の血管が切れたのだ。溢れた血液が脳組織を圧し潰し、ミリシアル8世の生命活動は強制的にシャットダウンさせられる。そして遂に最期の瞬間が訪れた。

 

 (頼む……死神よ、待ってくれ……まだ……ここで死ぬ訳には……)

 

 最早、ミリシアル8世には指先一つ動かす事すら出来なかった。息を吸う事すら出来ない。視界は黒く染まり、現実と虚構の区別すら判断出来なくなる。徐々に混濁する意識の中、彼が見た光景はとうに亡くなった両親と妻、先に逝った子供達、お忍びで会った少女……様々な人々の顔が流れ、やがて暗闇に包まれていった。

 

 「へ、陛下……!?陛下ーーー!!!」

 

 ミリシアル8世は二度と目を覚ます事は無かった。4000年生きた巨星が堕ちた瞬間であった。

 

 時刻にして午後4時45分。神聖ミリシアル帝国第8代皇帝ミリシアル8世は永眠した。銀河帝国側からの事実上の降伏勧告からの数分後であった。それは神聖ミリシアル帝国にとって決定的な崩壊を意味していた。

 その数時間後、神聖ミリシアル帝国政府は正式に全軍に対し停戦命令、並びに武装解除を命令。これは銀河帝国側の要求を全て呑む事を意味していた。

 事実上のミリシアル側の全面降伏で戦闘は終了した。

 

 

 




 ミリシアル編もいよいよ終演に近いです。
 次話でズダン要塞の最後、その次にパル・キマイラ戦の投稿を予定しております。
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