もしも『水鏡』で飛ばされたのがマシュでなく藤丸立香だったら 作:妖精A
トネリコの後に続いてキャンプに向かう途中、冷静になったからかさっきは気が付かなった異常に気が付いた。
ノリッジでの戦いの時点ではあったはずの光の壁がなく、内陸に目を向ければその代わりにとでも言わんばかりに無くなったはずの空想樹がある。それはつまり、ここは自分たちがやってきた異聞帯ではないということの証明だ。目の前にこれ以上無いほどの異常に、思わず足を止め立ち止まってしまった。
「どうかしましたか?」
トネリコがそう聞いてくるのでとりあえず「何でもない」と返して歩き始める。だが、その時も頭の中ではたくさんのはてなが駆け回っていた。
みんなは無事なのか。ここはどこで、ノリッジからどれほど離れているのか。なぜ壁がないのか。期限まであとどれほど時間が残っているのか。目の前にいるトネリコと名乗った少女は何者なのか、どこか聞き覚えがあるような気がするけどそれは何故なのか。
ここで考えても答えの出ないような疑問をついつい考えてしまう。足は動いているが、心はここにはなかった。。
そんな様子を見かねたのか、それとも純粋に心配してくれたのか、トネリコはキャンプにつくなり温かい紅茶を出してくれた。
「人間が一人であんなところにいたなんて大変でしたね。どうぞ、こちらを。飲めば少しは落ち着くでしょう」
「ありがとう」
一口飲む。
紅茶の温かさがのどや胃を通じて全身に染みわたっていく。
ふうと、息を吐いた。
頭の中を駆け回っていた疑問たちはいったん動きを止め、ひとまずの休息へと入っていった。
「大丈夫ですか?どこか上の空な感じでしたが」
「うん、ありがとう」
柔らかくこちらを安心させるように微笑みかけてくる。もう一度紅茶を飲み、ふうと息を吐いた。
「良ければ話を聞かせてくれませんか?恥ずかしいことに、私たちはノリッジという
「そうだな!のりっじってどこにあるんだ?」
ひょこっとトトロットが頭を出して首をかしげる。俺は紅茶を飲んでからノリッジまでに通った場所を思い出していった。ノリッジに行く前には……
「えっとノリッジはソールズベリーからずっと東に進んだところにある港町かな」
「ソールズベリーから、ですか……」
トネリコは少し考えるようにうつむいては、何かの仮説を立てたのかまっすぐにこちらを見つめてきた。
「リツカ。ソールズベリーからまっすぐ東に進んだところには港町はありません。そしてこの近辺にノリッジなんて村、いえ町も存在しない。貴方がノリッジという町でやったことを、その町にやってきた理由などを詳しく教えてくれませんか?」
俺は、ノリッジに来た理由やそこでやったことを一つ一つ話していった。
予言の子のアルトリアと一緒に予言に従って災厄を退治しに行ったこと、離れていた仲間と再会できたこと、何とか災厄を退けたこと、そして天から降り注いだ光に呑まれたこと。なるべく詳しく話したつもりだ。なにせつい1時間前のことを話しているのだから、詳しくならないはずがない。
そして話している途中、具体的にはアルトリアの話をした時にふと思い出した。
トネリコ、そうだ救世主トネリコだ。どこかで聞き覚えがあると思ったら、アルトリアがトネリコの生まれ変わりだと言われていたのだ。目の前の彼女が本当にトネリコだったとしたら、それも納得してしまう。あまりにもアルトリアと似過ぎている。心の中でそんな事を思いながら、俺は全部話した。
俺が話している間トネリコは時折反応をしながらも基本はずっと同じ表情のまま聞いていて、トトロットは一つ一つにリアクションをしてくれ、そしてキャンプにいた黒い甲冑の騎士は無反応だった。
「なあ、トネリコ。もしかしてこいつって、可哀想なやつか?」
「そんな事言うんじゃありませんよ、トトロット」
「だって、そんなでかい事件ボク達が知らないわけないぞ!」
「ええ、耳に挟まないわけがない。ですが、現に私達は知らない。……救世主の生まれ変わり、予言の子。恐らくですが、彼は遠い未来からやってきたのでしょう」
トトロットが目を丸くしながら驚くも、黒い騎士は未だに無反応だ。
「あまり信じたい話ではありませんが、嘘をついている様子もない。救世主の生まれ変わりがいるって事は、まあ今よりも未来の事でしょう。だってほら、私救世主だし」
えへへと、どこか無理矢理笑うトネリコ。やっぱりどこか、思う所があるんだろうか。
「さて、リツカ。ここから先行く当てがないのなら貴方を保護しますが、一つだけ守って欲しいことがあります」
「それは、どんな?」
「貴方が元の時間に戻りたいのならここから先、未来の話はしないで欲しい」
それはいいけど、何でだろう。そんな考えが顔に出ていたのか、トネリコは俺の目を見ながらこう続けた。
「
優しく微笑んだままのトネリコ。全てこちらを思いやっての進言だ、未来の話はしない事にしよう。
「それにしても、もし貴方ではなく『ノリッジの厄災』が過去に送られていたらと考えるとゾっとしますね。せっかく『ロンディニウムの騎士』も生まれたのに、全部台無しになる所でした。その点、厄災と戦った貴方たちには感謝してもしたりませんね」
「ロンディニウムの騎士?」
聞き覚えのある単語に思わず未来の事を話してしまいそうになったが、何とかそれを止めた。忠告されたばかりのことを破ってしまっては示しがつかない。
俺が言葉に詰まった後、俺の呟きに答えたのはトネリコではなく沈黙を保っていた黒い騎士だった。
「ああ、騎士、と言うよりもこの場合は王と言った方が分かりやすいか。まさか5つの氏族を纏め上げるのが人間とは思わなかったが、盲点だったよ。妖精は妖精には従わないものだ」
「ブリテンに、人間の王が?」
そうか、と考えてみれば当たり前の事に驚いた。モルガンが統治を始めたのは、大体二千年ほど前。つまり、二千年以上前の時代ならば他の王がいた可能性だってあるのだ。あまりにもブリテンはモルガンの國、モルガンの島という印象が強すぎてそんな発想が微塵もなかった。
「そうだぞ!マヴのやつはまだ文句言ってるけどな!自分の方が王に相応しいって!」
「マヴにはマヴのプライドがあるんです、トトロット。『夏の戦争』の事もありますしね」
そこでトネリコはこほんと一度咳払いをした。
「話が逸れましたね。リツカ、貴方を未来へと帰すのは、ウーサー君の———ロンディニウムの騎士の戴冠式が終わった後でも良いでしょうか?」
「ああ、うん。寧ろそこまでしてもらって申し訳ないというか」
「これも何かの縁ですし、私にとっては通り道です。遠慮しなくても大丈夫ですよ」
トネリコは、少し目を丸くしながらそう微笑む。そんな時、黒騎士がよしとでも言わんばかりに口を開いた。
「ひと段落したな。ここで話を戻して悪いが、トネリコ。なぜソールズベリーで戴冠式を行わん。ロンディニウムは戦のあとで血生臭い。モースが寄り付くぞ」
「それは、ソールズベリーはあの大穴に近いから。ブリテンの妖精はあの大穴に心理的に近づけないし、少なくとも一回は調査しないと」
初めてトネリコが悩むような素振りをした。何か、無茶振りをしてもいいか迷っているような……そもそも口に出して良いのかどうかみたいな
「うーん……調査、したいけどなぁ。うーん………」
チラっとこちらを見てくる。そこでトネリコは、何かにピクッと反応した。
「リツカ、その手の甲の紋章は……」
なにやら、令呪を見たようだった。
「……よし!リツカ、少し無茶振りしていい?」
「えっ、別にいいけど」
「やった!じゃあ今から……はリツカの体が保たないかもだから、明日の朝!大穴に行こう!調査しよー!」
急にテンションが上がって、彼女はぴょんぴょんとその場で飛び跳ねた。見た目もあいまって、側から見たらはしゃいでる少女にしか見えなかった。
「……こほん。と言う事で、今から野宿です。明日に備えてよく休みましょう」
はしゃぎ過ぎたのが恥ずかしいのか、彼女は赤面しながら無理矢理話を進めた。今は休むと言うその提案は正直ありがたかった。ノリッジでの戦いの疲れが、先程紅茶を飲んだ時に安心したからかドッと出てきていたのだ。
その後、みんなで寝る準備やご飯の準備などを始めたりしてなんだかんだ過ごすうちに空はすっかり暗くなっていた。
夕食に野菜のスープを食べて、今日はみんなで眠った。
目を閉じ、眠りに落ちる最中、マシュやみんなの声が聞こえたのは果たして気のせいだっただろうか。