舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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【霧中】③

 

突如として始まった戦闘は呆気なく終了した。

主命に従った戦闘の結果として倒れたオーキスが、他の使用人たちによって別室に運ばれていくのを見送った三名は、先ほどより少々荒れてしまった室内で会話を再開した。

 

「見事な手並みでしたわ。6割とはいえ、私のオーキスを打倒したのですから貴女の技量は沙耶を預けるに値すると判断しました。」

「……。ヴィアナ嬢、貴女は少々友情が行き過ぎてはいませんか?」

 

自らの懐刀を打倒してみせたバレットに、ヴィアナは惜しみない賞賛と拍手を送っていた。

バレットはヴィアナのそのあまりの変わり身の早さに半ば呆れつつも肩を竦める程度で終わった。

 

「ところでさ、ヴィアナちゃん?」

「なんでしょう沙耶?」

 

上機嫌にバレットを称賛していたヴィアナに、沙耶は努めてにこやかに言葉を投げかけた。

 

「そろそろ隠してる事情も話してくれないかな?」

 

素晴らしい笑顔で沙耶はヴィアナにそう言った。言われたヴィアナはぴたりと拍手を止めて、ぎこちなく沙耶に向き直った。

 

「……なんの話です?」

「私はヴィアナちゃんのことは友達だと思ってるし、正直敵わないって思ってるけどさ?流石にここまであからさまだと私でも気付くよ?」

 

沙耶とヴィアナの付き合いは実のところまだそれほど長くはない。しかし、それでも彼女らの間には確かな信頼関係と友情があった。

そしてこれまでに沙耶が自身の中で築いてきたヴィアナのイメージと、今朝の彼女の行動のギャップによって、沙耶はヴィアナが何かを隠したままで会話を終えようとしていると勘付いたのだった。

それから沙耶は何も言わず、ただ黙ってヴィアナを見つめていた。

 

「……貴女には、本当に敵いませんわね」

 

結果として、先に折れたのはヴィアナの方だった。

 

彼女は項垂れるように首を垂れて、深々と重い溜息を吐き出した。

そしてゆっくりと面を上げてバレットと沙耶の両名を見据え、重々しく口を開いた。

 

「実は私たちがハイレンジア邸に赴いた日、つまり一昨日の話なのですけれど……ミハイルが失踪しました。」

「……確か、ハイレンジア邸まで馬車で送ってくださった方でしたね。」

「えぇ、その認識で間違いありません。」

 

確認するように呟いたバレットの言葉をあっさりとヴィアナは肯定した。

 

「正確に言えば、ミハイルと連絡がつかなくなったのは昨日の朝方。バレット、丁度あなたが屋敷を出た後の事でした。……その後、予定時間を3時間過ぎても現れなかったため一部の使用人が捜索を開始し、数時間後には行方知れずとなっていることが確定したのです。」

「ミハイルさんが行く場所に心当たりとかはないのかな?」

 

沙耶は思ったことをそのまま口に出して問いかけた。ヴィアナもその質問は予想出来ていたのか、直ぐに返答が帰ってきた。

 

「1つだけ、ミハイルが一昨日の夜に人と会う約束をしていたと彼と仲が良かった使用人の一人が証言しています。……ですが」

 

ヴィアナは途中で言葉を詰まらせる。言うべきか否か悩んでいるようで数秒逡巡した後、続きを話し始めた。

 

「ミハイルが合う約束をしていた人物というのが、その……妙な話ですけれど、例のベリエード家当主殺害事件の際に馬車を捨てて逃げた御者だというのです。」

「え、けどその人って……昨日バレットさんから聞いた話だと街の外に追放になって今は近くにいないんじゃなかったの?」

 

沙耶の疑問も当然だった。錯乱してしまうほどの精神的ショックと自分から処罰を求めるほどに追い詰められていた人物が、再び事件に遭遇した街を訪れるとは考えにくいからだ。

 

「私も一度だけ件の御者とは会ったことがありますが、責任感の強い誠実そうな人物だったのは覚えています。なので、この件は何かの間違いか……」

「どうしても再び街に来なければならない事情があったか、その2択ということになりますね。」

「私としてはあまり身内だった方を疑いたくはないのですけどね……。」

 

ヴィアナは表情を曇らせて自身の心境をこぼすように小さく呟いた。バレットの言う2択の内の後者は、ヴィアナにとってあまり考えたくはない可能性だったようだ。

 

暫く沈んだ表情のままだったヴィアナはゆっくりと自身の前に置かれたティーカップを手に取り、少々冷めてしまっている紅茶に口をつけた。

そして再びティーカップを置いたときには、彼女の表情から影は消えていた。

 

「さて、私が話していない情報はこの程度ですけれど……次は貴女達がこれまでに入手した情報を教えていただきましょうか?」

「……もしかしてヴィアナちゃん、最初からそれが目的だった?」

「まぁ、こちらとしても情報の共有が出来るのは有難い話ですが」

 

バレットはヴィアナにこれまでの調査で得た情報を開示することにした。

ヴィアナ自身が言ったとおり、事件の当事者である御者が自分から追放処分になったこと。

バレットの来訪初日に彼女を襲った襲撃者が、既に捕らえられ且つ死亡していること。

異能を持たない人間に異能を発現させる『異能薬』なる物が存在している可能性があること

その情報をもたらしたのが、ハイレンジア邸で紹介されたシークという情報屋であること。

バレットはその辺りの事情と情報を、要約しつつヴィアナに話した。

横で聞いていた沙耶も昨夜既に聞かされていた情報ではあったが、自身の中で食い違いが無いか改めて確認するように集中して聞いているようだった。

 

「はぁ……。」

 

話を聞き終えたヴィアナは深々と溜め息を吐いてこめかみを抑えた。その表情はいつもの自信に満ちたものではなく、苦々しい事実を思い知らされたような険しいものになっていた。

 

「……あの男、まだ情報屋だなんて胡乱なことをやってましたのね。……しかも『異能薬』ですって?どうして今になってそんなものが……。」

「ヴィアナちゃん、『異能薬』のこと何か知ってるの?あとシークって情報屋さんのことも」

「え?あ……えぇ、一度彼をウチの使用人にスカウトしたことがありましたので……まぁ、にべもなく断られてしまいましたが。」

「あの情報屋とのことは分かりました。……薬の方は?なにか以前にも似たことがあったような口ぶりでしたが」

 

沙耶がヴィアナに問いかけた中で、彼女が何の返答も返さなかった部分をバレットは改めて問いかけた。

返答を避けた話題を再び振られたヴィアナは、観念したようにバレットと沙耶を再び見据えてから口を開く。

 

「……貴女達から聞いた『異能薬』という薬ですが、10年以上前にこの街の一部界隈で出回っていたことがあります。」

「え?」

「……ほぅ」

「当時、私もまだ幼かったので記憶が一部曖昧なのですが……お父様が頭を悩めていた時期があったのは覚えています。」

 

昔を思い出すように語るヴィアナの表情からは、事の深刻さがにじみ出ていた。……どうやら思った以上に厄介な事件みたいだと、沙耶はヴィアナの顔色から感じていた。

 

「ヴィアナ嬢、可能であれば貴女の父にも話を聞きたいのですが。」

「お父様に?考えは分かりますが、それは難しいですわね……。今現在お父様は国外を転々としていますから。緊急の連絡手段も……。」

「……そうですか。」

 

バレットの問いかけに、ヴィアナは言い辛そうに否と答えた。

記憶が曖昧だというヴィアナからでは、当時の話を聞くのは難しい。しかし、当時を知っているだろう彼女の父は国外にいる。

バレットはタイミングの悪さに歯噛みしつつ、それは単なる八つ当たりの感情に過ぎないと自制した。

 

「はい」

 

沈黙が支配する室内で、沙耶は小さく挙手をした。

 

「なんです、沙耶?」

「その10年くらい前の事件のことで、何か覚えている事とかない?曖昧でも全然大丈夫なんだけど」

 

沙耶は本人の記憶にしか手掛かりがないなら、いっそ出来る限りを聞いてみるしかないと判断しての発言だった。

 

「……。あぁ、そういえば……」

 

結果として、それは功を奏した。ヴィアナはポツリと、本当に今思い出したような珍しく間の抜けた表情で一言呟いた。

 

「『ダリア』」

 

そう呟いた自身の声に反応して、ヴィアナは目を大きく見開いていく。

彼女自身が今の今まで忘れていた数年前の記憶が鮮明に、昨日のことのように思い出されて行く様子が傍目からでも分かるかのようだった。

 

「当時の犯人ですが、確かお父様は『ダリア』と言ってましたわ。……そう、そうですわ。ダリア、えぇ、間違いありません。自分で言っておいてなんですが、私もこの名前には覚えがあります。」

 

それからヴィアナは、思い出せる限りで『ダリア』という人物についての記憶を沙耶とバレットに語って聞かせた。

 

ダリアはいつの頃からか霧の都の片隅に居付き、密やかな診療所を開設していた医師だったそうだ。

物腰は柔らかく穏やかな性格だったようだが、彼は診療所を経営する裏で研究者のような活動をしていたらしい。

その研究は悍ましいもので、自身を被検体とした異能の複製移植と制御法の確立を主題としていた。

彼が何を思ってその研究を始め、継続していたのかは誰にもわからないことだったけれど、その研究は部分的に実を結んだ。

その研究の成果物こそが10年以上も前に既に一度、霧の都に出回った『異能薬』だった。

彼が狡猾だったのは薬を流すのを貴族連盟が管理する表の流通ルートではなく、『裏の流通ルート』に絞ったという点だった。そのせいで連盟が事に気付き迅速な対処を行うのに、数日の遅れが出たからである。

その数日という時間が、彼に何をもたらしたかは誰にもわからない。

けれど一つだけ言える確かなことは……異能薬の製作者であるダリア本人もまた、事件収束の直前に、何者かに殺害されてしまっていたという事実だけだった。

 

「以上が、私が思い出せる範囲の以前の状況です。」

「……。研究者……か」

 

沙耶が思いを馳せたのは、自身の師とも呼べる存在となっている冴えない黒縁メガネの男性だった。彼と話に聞いたダリアという人物とでは、あまりにもタイプが違うということは沙耶自身分かってはいるけれど、それでも沙耶は少しだけ複雑な気分になった。

 

「ありがとう、ヴィアナ嬢。先程の話を聞けたのは収穫でした。」

「今の話が何かのお役に立つならばそれで構いませんが……。バレット、沙耶……貴女達はこれからどうするつもりですの?」

「私は、サヤと一緒にもう一度情報屋を訪ねてみるつもりです。……先ほどの貴方の話にもあった『裏の流通ルート』というのも気にかかる。」

 

情報を自身の中で整理し終えた様子のバレットは、スッと立ち上がって退室の意思を示しながらヴィアナの応えた。

沙耶もまた彼女に倣って立ち上がり、軽く体を解している。思ったよりも長く話し込んで少々凝っていたようだ。

 

「そうですか。なら、少しだけ助言しておきましょう。……彼に裏ルートのことを聞きたいのでしたら、『紫陽の花』という組織名を出しなさい。」

「『紫陽の花』?」

「ふふ、聞けばわかりますわよ。……ではお二人とも、お気をつけて」

 

キョトンとした様子で聞き返してきた沙耶に微笑みつつも、ヴィアナは明確な答えは何も返さなかった。

 

 

そして、しばらく後に屋敷を出た二人を窓から眺めつつ物思いに耽っていたヴィアナは、意を決したように面を上げて柏手を打った。

 

「お呼びでしょうか、ヴィアナ様」

「オーキス……あの二人が追っている事件のこと、当家も本気で事に当たることにしましたわ。」

「……。」

 

ヴィアナの宣言に、オーキスは何も答えずにただそこに佇んでいた。

命令が下されるのを待つ従者のように、ただそこにあった。

 

「止めませんの……?」

「私は、ヴィアナ様が幼少の頃から付き添わせていただいております。……それ故に、ヴィアナ様の思いは重々承知しているつもりです。」

「……そう、ありがとうオーキス。やっぱり貴方は最高ね。」

 

他の部下には見せない年相応の子供らしい僅かな不安の混ざった笑みを浮かべて、それでも自身の片腕とも言うべき頼れる従者にヴィアナは朗々と響く声で指令を下す。

 

「”今”のことは彼女たちに任せましょう。オーキス、貴方は手の空いている者と共に10数年前の『異能薬』の事件について可能な限り調べ上げなさい。期日は2日以内。その間に私はウォルロードとベリエードの現当主に当たります。2時間後に出立します、馬車の手配も並行して進めておきなさい。」

「承知いたしましたヴィアナ様。御武運を」

「えぇ、貴方も無理はしないように」

 

ヴィアナの労いの言葉を受け取ったオーキスは、普段よりも一層力強い足取りで部屋を出ていった。

その精悍な後姿を見送った後、ヴィアナは立ち上がり出立の準備を始める。

 

「さぁ、忙しくなりますわよ」

 

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