舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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【霧中】⑤

 

「それで……あぁ、そうだ。『流通の裏ルート』と『紫陽の花』についてだったな」

「えぇ、聞きたいのはその二つについてです。そちらから話を振っていただけて良かった」

 

一通り話がまとまった後、シークが気まぐれで始めた珈琲の準備を終えて着席したところで改めて彼から話を切り出した。

自分から話を振ったあたり、どうやら今度こそ本当に出し惜しみする気はないのだろうとバレットは判断した。

 

「……とはいえ、どこから話したもんかな。」

 

シークは話を切り出したものの、その後の続け方を決めかねているようだ。

そのまま30秒ほど黙ったままで熟考している様子だったシークは、やがて思考がまとまったのか相変わらず砂糖を大量投入した珈琲を一口だけ飲んでから話を始めた。

 

「まず裏ルートについて簡潔な説明だが、あれは密輸入したほぼ違法の物品を市場に出さず消費者に流すためのものだ。……一般人はまず立ち入れない。立ち入ったところで碌なことにならない」

「……違法な物品というと、やはり」

「それ説明いるか?……銃火器ならまだマシ、薬物に手を出してる奴もいるくらいだからな。それらを一切表に流させなかったんだからベリエードの爺さんはよくやってた方だ」

 

わかりきっていたことを言うようにシークは言い、既に亡くなっている老人に思いを馳せていた。……まぁ、悲しみの色は一切含まれていないので別れを惜しんでいるわけではないらしいことは、沙耶とバレットにも容易に察せられた。

 

「で、それらを売り捌く相手はだいたいが街の外部にいる奴らか……街の中に巣食ってる裏側の連中ってことになる。」

「裏側の連中……あ、例の詳細不明の組織ってやつですか?」

「……あの成り金、仮にも友人だろうに何を教えてんだ」

 

シークは沙耶の発言にこめかみを抑えて吐き捨てるように呟いてから、あぁそうだよとため息交じりに彼女の発言を肯定した。

 

「で、お前が聞いてた詳細不明の組織ってのが『紫陽の花』だ。……悪く言えば無法者共の寄り合い。言い方変えれば、マフィアってことになるな。」

「……ふむ。ありえない話ではないでしょうね。この街の特殊な統治体制、聞き及んでいた警察組織と貴族連盟の軋轢。それを鑑みればその隙間に巣食う者達が居ても不思議はない」

「私には正直空想上の話って感じで実感持ててないんですけど、現実の話なんですね」

 

納得したように呟いたバレットの様子を伺いながら、沙耶は所感を述べる。

本来一般人である沙耶からすれば無理のない話だった。

……その時ふと、バレットは昨日聞いた話の中で彼が言っていた言葉を思い出した。

 

「もしや昨日貴方が言ってた『ある一団』というのは……」

「察しが良いな。そう、ある一団はそのまま『紫陽の花』のことだ。ちなみに裏ルートを運営してるのも紫陽の花なんだよ。」

 

そこで彼は一度間を置いて、珈琲を一口飲んでから言葉を続けていく。

 

「……つまりは連盟でいう所のベリエードの役割を、マフィア組織が担ってるってことになる。……だいぶ繋がって来たんじゃないか?」

 

底意地悪そうな笑みを浮かべる。バレットにそう問いかけるシークからは、目元が隠れてはいるが楽しげな雰囲気が伝わってくる。

 

そんなシークの様子を気に留めることなく、昨日得た情報と今彼が提供してきた情報を整理していく。

 

数日前にバレットを襲撃したある一団の構成員だった人物は、『異能薬』を用いて自身に異能を発現させた。バレットを狙った行動だったのか、それとも突発的な無差別行動だったのかは不明。

しかし、その男の死因自体はまず間違いなく薬による身体の変化に耐えきれなかったことだろう。半身が獣のように変容したままだったことがその証拠にもなる。

そしてその男が所属していた組織は『紫陽の花』、『裏ルート』を運営できるということから如何に強大かを伺い知ることができる。

 

「……。」

 

そこでバレットは違和感に気付いた。

 

「シーク、少し聞きたい」

「……。」

 

シークは何も応えない。ただ黙ってバレットの言葉続きを待っている様子だった。

 

「私を襲撃してきた紫陽の花の一員だったらしい人物は、どこから『異能薬』を手に入れたのですか?」

 

バレットがその問いを口に出した瞬間、シークの纏う空気が変わった。……戦闘については全くの素人である沙耶ですら、その変化に気付けるほどだった。

 

「……先日の貴方の言葉を全て信じるのであれば、貴方の調査でも異能薬の事実性は確認できなかったと聞きました。『紫陽の花』の長が誰かは知りません、しかし昨日の貴方の物言いから察するに貴方と組織の長は交流があるのでしょう?」

 

バレットの紡ぎ続ける言葉を聞きながら、シークはゆっくりと目深に被ったフードを脱いで、その素顔を二人に晒す。顕わになったその瞳には、剣呑な色が隠されることなく灯っていた。

 

「……いえ、そもそも貴方に異能薬の出どころの調査を依頼した人物は」

「バレット=ガットレイ」

 

そしてバレットがその問いかけを口に出そうとした瞬間、シークは彼女の名を呼んで強引に彼女の言葉を遮った。

その声には有無を言わせない強制力の様な力強さがあり、先ほどまでのダウナーな印象からは考えられない迫力が伝わってくる。

 

「……顧客の情報を与えることはできない。無理にでも聞き出したいなら俺を殺した後で聞き出すことだ」

 

だというのに、シークが発した言葉は何とも締まらない内容だった。

戦う前から気圧されかねない迫力を伴いながら、端から自分がバレットに負けることを前提とした台詞を大真面目に言い放つシークに、沙耶とバレットは一瞬で毒気を抜かれた。

しかし一方でその言葉からは、殺されたところで教える気はない、という明確な意思が読み取れた。

 

「顧客情報はともかく、薬を手に入れた経路についてだが……外部から『紫陽の花』以外の小組織の売人グループに流れて、それを使ったってとこだろ。……断っておくが、これに関してはただの憶測で成否の保証はできないんだがな」

 

……要するにどこから薬を入手したかに関しては、シークも現状では把握しきれていないらしい。

顔を晒したうえで、そこまでハッキリ言い放つ以上そこに嘘は無いようだった。

 

「ちょっと、聞きたいことができました」

「ん?」

「その、さっき『紫陽の花』以外の小組織って言ってましたよね?……それってえっと……組織間の上下関係?みたいなのってあるんでしょうか?」

 

沙耶が何かに気付いたように問いかけた質問にシークは驚いたようで、数秒反応するのが遅れていた。

 

「……。いや『紫陽の花』は裏ルートを管理運営してる組織ってだけで、その他の小組織と上下関係はないはずだ。」

 

沙耶の言葉の意味を正確に汲み取り、シークは淀みなく返答した。

 

「そっか……じゃあやっぱり『紫陽の花』のリーダーさんは、『異能薬』を流した人とは敵対してるってことなんですね?」

「……そうか。」

 

沙耶の言葉で、バレットも気が付いた。

もしも異能薬が裏のルートで流れているのなら、シークがその事実性を確認する必要はない。そんなことをしなくても長にはすぐに出所が分かるからだ。

なのにわざわざシークに依頼した。それはつまり、名前も知らない『紫陽の花』の長はなんらかの理由で薬の製造者または売人組織に思う所があるということになる。

そして状況証拠のみだが、組織の長とシークは何らかの関係があるのは明確だ。

……長の思惑が善意にしろ悪意にしろ、協力関係を敷くことは充分に可能なのではないかとバレットは判断した。

なにしろ『紫陽の花』からは既に構成員から犠牲が出ているのだから、是が非でも下手人を探し出そうとするのは当然の流れだからだ。

 

「シークさん。ここからは情報提供の依頼じゃなくて、個人的なお願いになります。」

 

沙耶はバレットの反応から自身の考えが間違えていなかったことを確信し、シークの眼を真っ直ぐ見つめて言葉を続ける。

 

「『紫陽の花』のリーダーさんに私たちを会わせてください。……きっと、私たちは協力できると思うんです。」

 

真剣に、真っ直ぐに。沙耶はシークに訴えかける。交渉の場だというのに裏の無い真っ直ぐな言葉だった。

シークは、沙耶の言葉を真っ向から受け止めて……。

 

「……断る」

 

その申し出をはっきりと拒絶した。

 

「理由は2つだ。……1つ、この件に関しては他者の介入は不要だとアイツ自身が言っている。2つ目は……単純に相性だ。」

「……相性?誰と誰のです?」

 

バレットは問いかける。シークはそれに対して、分かりきっていることを言うように返答する。

 

「決まってんだろ。川崎沙耶……アンタはアイツと協力するには優しすぎる。」

「……彼女と組織の長は会ったことがないというのに?」

 

バレットは言葉を選ばないシークに、懐疑的な目を向けている。

 

「アイツは他人の協力なんて求めてない。だから仮に今日ここに来たのが狩人だけだったとしても、その申し出は断っていた。」

 

バレットの視線をものともせず、シークは言葉を続ける。そこにあるのは否定、断絶。歩み寄る相手に、これ以上を許さない明確な拒絶だけだった。

 

「……わかりました。急に変なこと言ってすみませんでした」

 

沙耶は力なく苦笑して、シークの言葉を受け入れた。

……しかし、裏ルートと紫陽の花の情報を入手するという本来の目的は既に達成していた。

悲観するような結果では断じてなかった。

 

「良いよ別に。ただ、誰も彼もが救いの手を素直に掴んでくれると思わない方が良い。頑固で偏屈な奴ってのは……いつの時代、どこの世界にもいるもんだからな。」

 

沙耶の謝罪を受けて、シークは視線を逸らして呟くようにそう返した。……本人に指摘すれば否定するのだろうが、恐らくは彼なりの優しさの発露なのだろう。

 

「……」

「……」

 

沙耶とバレットは、その言葉を受けて意外そうな目でシークを見る。……シークは不機嫌さを隠すことなく再びフードを被り直してから、まるで追い払うように手を振った。

 

「聞きたいことがもう無いならさっさと出て行け。こっちもこっちで忙しいんだよ。」

「……あぁ、はい。それでは私たちはこれで」

 

バレットは立ち上がってシークに一礼し、そのまま無理矢理嵌め込んだ扉に近付いていく。

 

「ありがとうございました」

「……」

 

シークは沙耶の唐突な感謝の言葉には何も返さない。沙耶も返事は期待していなかったのか、ドアを外しているバレットの元に歩いていった。

 

「手伝いましょうか?」

「いえ、すぐ終わります」

 

鈍い金属音を響かせてドアを外し退室した二人は、外側から可能な限り丁寧に鉄製の扉を嵌め直してから去っていった。

 

……陽光の中に消えた二人を室内の暗がりから見送り、シークは苦々しい溜息を吐き出した。

 

「……調子が狂う。」

 

その目にはバレットの言葉を遮った時と同様の、剣呑な色が顕わになっている。

 

「仕事熱心なのは結構だが……俺たちの邪魔はしてくれるなよ?出来れば人は殺したくない」

 

砂糖を大量に入れた珈琲を飲み干し、天井を見上げながらシークはそう言った。

そしてしばらく、そのままの状態で思考を巡らせた後、彼は部屋の闇に溶け込むかのように閉じた室内から姿を消したのだった。

 

 


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