舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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【霧中】⑥

「ごめんなさい、バレットさん」

「何の話です……?」

 

シークの拠点を去った二人は、一旦落ち着くために大通りで見つけた手頃なカフェのテラス席に腰を下ろした。

注文を済ませて運ばれてくるのを待っていると、唐突に沙耶がバレットに対して謝罪の言葉を口にした。

バレットは何故急に謝られたのかわからず、訝し気な表情で沙耶に聞き返す。

 

「協力出来たかもしれないのに、私のせいで断られてしまいました……」

 

どうやら沙耶は、『紫陽の花』の長と協力関係を築けなかったのは自分があの場に居たからだと思っていたようで、本当に申し訳なさそうに項垂れている。

 

「……顔を上げてください、沙耶」

 

そんな沙耶の顔を正面から真っ直ぐに見据えて、バレットは言う。その声色に沙耶を責めるような雰囲気は一切なかった。

沙耶はゆっくりと顔を上げると、すぐにバレットの瞳と目が合った。

 

「その件に関して、貴女が責任を感じることはありません。私だけであったとしても、『紫陽の花』の長には協力を申し出ましたから」

 

言い終わってバレットは思い返すように瞳を閉じた。それからたっぷり5秒ほど間を開け、再び沙耶と視線を合わせて口を開いた。

 

「それにあの情報屋も言っていましたが、私だけでもまず間違いなく断られていたでしょう。……協力関係というのは、今朝のヴィアナ嬢のように双方に協力の意思がなければ成り立たない。……ですので、どうあれ彼らと今日手を組むことは難しかったと思います」

「……なるほど」

 

バレットが言っていることも最もだと沙耶は理解した。

協力しようと片方が手を伸ばしても、差し出された側がそれを払い除ければ意味はなくなる。

 

『誰も彼もが救いの手を素直に掴んでくれるとは思わない方が良い』

 

……一方的に掛けられた言葉だったけれど、もしかするとアレは僅かばかりの気遣いからくる言葉だったのかもしれない。沙耶は不思議とそう思った。

 

「お待たせしました、ご注文は以上でよろしかったでしょうか」

「えぇ、ありがとうございます」

 

沙耶が思考を巡らせていると、注文していた品を店員が運んできた。

とりあえず今はお昼を食べて、気を休めることにしよう。

そう思い、沙耶は運ばれてきたサンドイッチを食べ始めた。

どうにも結構歩いて疲労もたまっていたようで、沙耶にはソレが普段の食事以上に美味しく感じる気がして、無意識に少しだけ頬が緩んだ。

 

「……ふふ」

「ん?どうかしましたか、バレットさん?」

 

バレットは自身の前に置かれたものには手をつけず、沙耶を見て小さく笑みを溢していた。

それを沙耶に指摘され、バレットは気の抜けたような雰囲気のままで素直な言葉を返すのだった。

 

「やはり、貴女にはそういう笑顔が似合いますね」

「そうですか?自分ではよくわからないんですけど」

「えぇ、そうです。日常の中に喜びを見出して、そんな風に笑えるのは美徳です。大事にしてくださいね」

「……わかりました?」

 

いまいちバレットの言葉の意味が解らなかった沙耶は、サンドイッチをまた一口食べながら疑問符混じりの返事を返したのだった。

 

暫くして……昼食代わりの軽い食事を済ませた二人は、今後の方針を話し合うべく真剣な面持ちで話し合いを始めていた。

 

「それで、これからどうしましょうか。」

「……一応の方針として、ここからは地道に足を使った聞き込みと調査になりますね。いっそ犯人側から何か仕掛けてくれれば手っ取り早いのですが」

「手っ取り早いって……」

 

大真面目に呟くバレットに、沙耶は苦笑する。

足を使って調べるのは常套手段だろうが、後者は要するにわざと襲われて迎撃捕縛するという極めて乱暴な囮捜査ということになる。

……確かに手っ取り早いのだろうが、リスクが高すぎるように沙耶には感じられた。

 

「……あの、一度警察関係から情報を提供してもらうっていうのはダメなんでしょうか?」

 

少し考えて沙耶は提案をする。大きな騒ぎにこそなっていないが、ここまで長引いている事件なのだから警察にも何か動きがあるだろう。そう考えての発言だった。

 

「それは……あまり意味は無いでしょうね。」

 

しかしバレットは沙耶の提案に首を横に振った。

 

「他の街なら、それはむしろ最初に取るべき行動でしょう。ですが、ココは他とは事情が違う。……恐らく、事件に異能が絡んでいると判った時点で捜査権は警察から貴族連盟に移っている」

「そういえば、ウォルロードっていう家が警察との折衝役でしたよね」

「えぇ。……現状そのウォルロード家に目立った動きがないということは、既に2組織間での調整は終わっていると考えるべきです。その状況で警察に協力を仰いでも、メリットは薄い。」

 

バレットは自身の考えを沙耶に伝える。……事実として、その判断は正しかった。

異能が絡んだ事件である上に、その被害者は連盟盟主の一人。表面上は友好関係を保っているが水面下抗争が絶えない関係である以上、敵対している組織の盟主の一人が倒れた事件に介入しても警察に旨味が無い。

しかも下手に手を出せば、自分たちの身内からも犠牲者を出しかねないのだ。ますますもって動く意味がない。

 

「綺麗ごとだけでは成り立たない世の中とはいえ、柵に囚われて動かないのは愚の骨頂ですけどね」

 

バレットは呆れている内心を晒すように肩を竦めて、少々冷めてしまった珈琲を飲む。

沙耶は自分が聞いていた以上に、街の内情はややこしいことになっているらしいと改めて理解した。

……そして、ウォルロード家がダメならあそこならどうだろう?と思いついた。

 

「ウォルロード家がダメなら、シークさんを紹介してくれたハイレンジア家ならどうでしょう?……情報統制が役目でしたよね?」

「最初に赴いてからあまり時間は経っていませんが、何か別のルートから情報を得ている可能性もありますか……」

 

沙耶に言われてバレットは考える。……確かにその案は有りだ。何かしらの情報は得られるだろう。

ただ少々タイミングが早い。もう少し……少なくとも2日か3日は間を開けるべきだと判断した。

バレットはその判断を沙耶に伝えるべく、口を開いた。

 

その時、バレットの前に置かれていたティーカップが乱暴な音を立てて弾けた。

……より正確に言うと、飛来してきた何かによって撃ち砕かれたのだ。

 

「ッ!サヤ!」

「え?」

 

バレットは咄嗟に沙耶を抱きかかえて最高速度で走り出す。

先程まで自分たちが座っていた席が一瞬で後方に逃げていくのを認識して、沙耶はようやく自分を抱き上げたバレットが地を駆けていることを理解した。

 

「な、なにごとですか!?」

「舌を噛みます、あまり口を開かないように」

 

数秒と掛からずに路地裏に駆け込んだバレットは、極力射線を切るように物影に身を潜めてから沙耶を降ろした。

 

「……どうやらアチラから仕掛けてきたようですね」

「……。」

 

沙耶もその言葉で、どうやら自分たちは襲撃されたらしいと状況をある程度察した。

 

「沙耶はココで待機を。……狙撃音は聞こえませんでしたが、恐らく敵は1人。囲まれていないならやりようは幾らでもあります。」

「……いえ、ちょっとだけ耳を貸してください。」

 

バレットはすぐに立ち上がり敵の迎撃に出ようとするが、沙耶がそれを制止した。

そしてバレットの耳元に顔を寄せて、小さく何事かを囁くように呟いた。

 

「……本気ですか?それでは貴女が」

「私なら、大丈夫です」

「……。わかりました。お願いします。」

 

 

 @ @ @

 

 

「……。」

 

標的の女性が少女を抱えて駆け込んでいった路地を、私はスコープ越しに見据え続けていた。

あの路地から表通りに出るの道は他にない。

仮に他の場所から出たところで、そこは川に面しているため、ある種の行き止まりになっている。

……だから私はココで待ち続けるだけで良い。

 

「……。」

 

見張り役の同行メンバーから合図はない。

万が一、他の場所から脱出を図った場合は合図で知らされることになっていた。

私は変わらずにココからスコープを覗き続けて、標的が出てくるのを待った。

 

そして、緩慢にも思える時間が数秒過ぎたとき……路地から人が出てきた。

それを認識した瞬間、私は無感情に引き金を引いた。

 

「……な、に?」

 

……襲ってきたのは酷い動揺。何故という疑問と底冷えするような寒気にも似た感情が脳裏を支配する。

路地から一人で出てきたのは、バレット=ガットレイではなく……何故か彼女に同行している東洋人の少女、川崎沙耶。

その彼女が、私が撃ち抜いた肩口を抑えながら地面に倒れ込んでいく。その様子が酷くのんびりとした動きに見えるほど、私の体感時間は引き延ばされていた。

やがて彼女は、その身を冷たい地面に横たえて……そのままの態勢で苦し気に身動ぎをしている。

我ながら無様なことだが、たったそれだけのことで私は動揺した。

 

「どうして彼女が……いや、それ以前に」

 

何故、先に彼女が路地から出てくる。

 

「そこまでです。」

 

……ソレはいつからそこに居て、いったいどうやってココまでやって来たのか。

 

「……」

「銃器から手を放し、ゆっくりと頭の上で手を組みなさい。」

 

後方で、極めてすぐ近くで、恐らく銃を構えているのだろう狩人の声が耳に届いた。

 

……これはマズいことになった。

私は顔に被ったフードと仮面の下で、秘かに冷や汗をかきながらゆっくりと手を頭の上で手を組んだ。

 

 

 @ @ @

 

 

「……単刀直入に聞きますが、貴方は誰の指示でここに来たのです」

 

バレットは油断なく銃を突きつけながら、頭の上で手を組んだ状態の人物に問いを投げた。

体格からして、性別は恐らく男性。しかしフードを被られていてはそれ以外は何も判らない。

 

この後の状況を数パターン想定しつつ、内心でバレットは安堵していた。

沙耶がバレットに耳打ちをしたのは、自分が囮になって撃たれた隙に撃った人を捕獲してください、という内容だった。

沙耶の癒す力は、他者に使う場合は相応の疲労を伴うが自身に使う場合はその限りではない。最初から撃たれると覚悟していれば、撃たれた部位を即座に治すのは容易い。故に、傷みは撃たれた瞬間だけになる。

……それでも激痛は激痛だ、当たり所が悪ければ死ぬ。

バレットは再び目の前の人物に集中するべく短く息を吐いて、横道に逸れかけていた思考の照準を合わし直した。

 

「……」

「聞こえていませんか?答えないなら撃ちますが。」

「……」

 

目の前の人物は動かない、何も答えない。……バレットは答える気はないのだろうと考えて、引き金にかけた指に力を掛ける。

 

「……ッ!」

「ッ!」

 

乾いた音と共に、血が飛び散る。バレットは何も応えない人物の右腕を狙い通り正確に撃ち抜いた。

そしてその瞬間に、男は弾かれたように駆け出した。バレットにとってそれは想定外の行動だ。

普通、人間は痛みを受ければ思考も動きも鈍る。しかし男の動きには、痛みによる劣化が一切感じられなかった。

バレットは歯噛みしつつ、逃げ出した男を追う。仮に男に仲間がいたとしても、先ほどの自身の銃声で撤退を開始しているだろう。

そう判断し、他の違和感を遮断して目の前の男にのみ注意を向ける。

 

逃げる相手を追うバレットの姿は、狩人の称号に相応しく鋭利だ。

数舜早く駆けだしたリードがあるはずの男との距離は、もう目と鼻の先までに詰まっていた。

 

「ッ」

 

男の舌打ちが聞こえた。

バレットは自身の感覚が研ぎ澄まされていくのを実感する。いつも通りに自身を一個の武器へと錬磨していく。

路地裏での追走劇、それは男の次の行動で舞台を変えることになる。

 

男は走りながら何かを足元に転がした。

バレットは転がされたそれを一瞬視界に収め、考えるよりも先に目を覆った。その瞬間、眩い閃光が路地裏を支配する。

1秒にも満たない光の奔流……その間に目前まで迫っていた男の姿は路地裏から消えていた。

 

「……」

 

バレットは集中して周囲を探る。そのどこにも追っていた相手の姿はない。

そしてふと、両側の建物によって視界が狭くなっている空を見上げる。

 

「……なるほど」

 

呟いてから間を開けず、バレットは三角飛びの要領で壁面を駆けあがっていく。

そして駆け上がった先の建物の上で、息を整えていた様子の仮面の人物を再び視界に捉えた。

 

「しつこいな……」

「そう易々と逃がしはしません。……しかし、貴方の動きは目を見張るものがある。明らかに一般人ではない。……何者です?」

「……」

 

男は一言だけ吐き捨てるように呟いてから、再び固く口を閉ざした。バレットが撃ち抜いた腕からは血が滴っている。

……ただの人間が、この負傷でここまで動けるだろうか。

バレットは注意深く、目の前の人物との距離を測る。……路地裏の暗がりから抜けた以上、もう閃光を気にする必要はないが、警戒は解かないことにしたようだった。

 

「……あまり、好き勝手動かないで欲しいものですね。仕事が増えて仕方がない」

「……」

 

バレットは男が呟いた言葉を注意深く聞き取り、そしてどう返したものかと判断に迷っていた。

仕事とは誰からの?何の目的で?何故私達を狙ったのか?

聞きたいことは多々あった。……しかしそれは叶わなかった。別に考えすぎたわけではない、思考に掛けた時間は極僅かだった。

ただその極僅かな時間が、男が懐から煙球を取り出して叩きつけるには充分過ぎたというだけだ。

 

「ッ!」

 

突然の煙幕に、バレットは思わず舌を巻いた。あまりにも用意周到過ぎるからだ。

閃光、煙球に狙撃銃。個人の力だけで準備するには、少々大掛かりすぎる。

 

『……銃火器ならまだマシ、薬に手を出してる奴もいるくらいだからな。』

 

先程の人物が『紫陽の花』の関係者であるのなら、それらの装備を整えるのは容易だろう。

もしかすると私は協力関係を敷くどころか、『紫陽の花』の長と敵対してしまったのかもしれない。

脳裏を過ぎったその可能性に一抹の不安を覚えながらも……バレットは漸く煙が消えて見晴らしの良くなった周囲を見渡した。

 

「……逃した」

 

先程まで男が立っていた場所に立ち、苦々しい表情でバレットは呟いた。下を見降ろすと、そこには河川。

……荒々しく波紋が立っているのを見るに、どうやら男はこの河川に飛び込んだようだ。

 

「……」

 

これ以上は考えても仕方がない。そう判断して、バレットはその場から踵を返して沙耶の元に駆け出したのだった。

 

「サヤ、無事ですか」

「……あ、バレットさん。はい、こっちは大丈夫です。この通り無傷ですから!」

 

別行動を開始した場所に自力で戻っていたのか、沙耶は血にまみれた恰好のままでバレットに無傷であることをアピールした。

……確かに血は止まっているし、バレットを治した時とは違って疲労も全く残っていないらしい。

しかし……。

 

彼女は歪だ。

 

バレットはそう感じざるを得なかった。

この少女の過去に何があったか、自分は何も知らない。お互いの深い部分に踏み込むような会話は、何一つしてこなかったからだ。

だが先程の作戦を自然に提案するところや、こんな様子を見せられてしまっては……その違和感に見て見ぬ振りはできないとバレットは思った。

 

「そういえばバレットさんの方はどうでしたか?」

「……サヤ」

「はい?」

「話は後でしましょう」

「……?」

 

バレットはそれだけ伝えると、上着を脱いで沙耶にそれを羽織らせる。そのまま再び沙耶を抱え上げて、今度はゆっくりと路地裏を歩き始めた。

 

「ちょ!もう普通に歩けますよ私!」

「ダメです。怪我人は大人しく運ばれてください。」

「怪我なんてもうしてないですってば!」

 

遠回りにはなるが、今の沙耶の服装は表を歩けば人目を引く。

バレットは道なき道を自身の人並み外れた身体能力をもって、強引に進んでいく。

逃げた男の残した武器を回収するため、男が潜んでいた場所に赴く。

 

「今日はもうこれ以上探っても成果は望めませんので、一度フェリエットの屋敷に戻ります」

「……あ、はい。……わかりました」

 

そこから先程と同じ要領で上に駆け上がり、平然と屋根を渡り歩きながらフェリエット邸に向かって歩き続けた。

 

息一つ乱すことなく、沙耶と銃火器を抱えたままで超人染みた動きを見せるバレット。

その腕の中で彼女を見上げ、沙耶はそのあまりにも揺るぎない圧倒的な性能を肌で感じた。

 

そして自分には彼女に対してそんなことを思う権利はないし、あまり良くないことだと解っていたけれど、沙耶は不安に思ってしまった。

 

この人、人間として大丈夫なのかな……と。

 

圧倒的な力というのは、時として孤独を生むものだから。

 

 




川崎沙耶
異能:補足情報
自身に対してはフルオートで発動する。
治療速度の加減速のみ可能。
治療しない選択肢は取れない。
ほぼ即死以外では死なない。

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