舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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【霧中】⑦

あれから3日が経過した。

 

バレットと沙耶は3日間でもう一度銃火器を用いる人物から襲撃を受けはしたが、それ以外は特に何もなく、事件に関しても進展はしなかった。

襲撃に対してもバレットが矢面に立って捕縛を試みるも、後一歩という所で逃げ果せられてしまったため有益な情報は得られていなかった。

……それでも複数人からの砲火を全て掻い潜り、ほぼ無傷で襲撃者を追い詰めるバレットの戦闘センスは人間離れしていると言わざるを得ない。

 

バレットは2度の襲撃に関して、霧の都を訪れた初日の襲撃とは別の思惑によるものだろうと推測していた。

理由を挙げるのなら初日は単独犯で、2度の襲撃は複数犯であるという点。並びに、用いられる凶器も背後から自身を穿った近距離武装……恐らくは異能薬によって発現させた異能を用いた犯行……と、銃火器や煙幕という小細工を用いてくるという差異。

これらの違いから裏で糸を引いているであろう人物が別人である可能性を、バレットは感じていた。

 

そして、そんな二人は……。

 

「では、いきましょうか」

「はい、今日も頑張っていきましょう」

 

今日も今日とて散策を兼ねて霧の都の調査をするべく、フェリエット邸から出立するところだった。

沙耶が初めてバレットに同行した日から数えて、今日で4日連続の行動である。

 

「今日はまだあまり調査できていない部分……ちょうどハイレンジア家の付近になりますね。その辺りの調査をしましょうか。」

 

ちなみに二人は3日の内に流通を管理しているベリエード家の、当主代行から話を聞くことに成功していた。……だが、これといって新しい収穫はなかった。

前当主の御老人が急に亡くなったことによる引継ぎの不備と、それでも滞らせることの出来ない日常業務に追われて、未だにベリエード家は落ち着きを取り戻していないらしい。

……しいて言うのであれば、収穫らしい収穫はその事実が分かったことくらいだろう。

 

「ハイレンジア家の近く……あ、話聞いてみるんですか?」

「えぇ、そのつもりです。沙耶が提案してくれてから既に3日、彼らが何か新しい情報を得ている可能性も高いでしょうからね。」

 

沙耶はイリスのヴィアナとは全く違った不敵な笑みを、バレットはアルエの油断ならない佇まいを思い返して、内心で秘かに気を引き締めた。

そして二人は一見穏やかに話し合いながらも、真剣な面持ちで屋敷の外に通じる扉を開けようとした。

 

「お待ちなさい沙耶、それにバレットも。」

 

その時、二人の背後から突然有無を言わさぬような圧力を感じさせる声が響いてきた。

何事かと二人が振り返ると、そこにはオーキスやゴルドを含めた5人の使用人を引き連れて二人に歩み寄ってくるヴィアナの姿があった。

 

「ど、どうしたのヴィアナちゃん」

 

沙耶は思わず不安そうな声色でヴィアナに問いかける。ヴィアナは一瞬毒気を抜かれたような顔をしたが、すぐに真剣な表情に戻って二人を見つめる。

 

「どうしたの、ではありませんわ。貴女達……今日で何日連続かわかってますの?休みなく今日で4日目。いい加減に一度休みなさい。」

 

ヴィアナは毅然とした態度でそう言い放つ。

連日調査を続けて方々を駆けまわっているバレットと沙耶を心配しての事だと思いそうになるが、それにしては言葉の節々に怒りの色が滲んでいた。

……沙耶はヴィアナの怒りに気付いき、更にその原因にも心当たりがあった。

 

「……もしかして、怪我したの説明しなかったから怒ってる?」

 

沙耶は内心ではもう治ってるけどと付け足したが、明らかに藪蛇だと思ったから言葉には出さなかった。

 

「?、サヤの傷はもう完治していますし、活動に支障はないと思いますが?」

「ちょ、バレットさん!?」

「はい?」

 

バレットは沙耶が回避した地雷を力の限り踏み抜いたのだった。

バレットの名誉のため、彼女に悪気は一切ないということを一応ではあるが明言しておく。

事実は事実として受け入れるバレットの価値観が、致命的なまでに悪く働いた結果だったというだけだ。

 

「……愉快なこと言いますわねぇ、二人とも?」

「!」

「!」

 

その声にバレットは言い知れぬ危機を感じ、沙耶は早々に大人しく降参することを決定した。

 

ちなみに委縮しているのはバレットと沙耶の二人だけではない。オーキス以外のゴルドを含めた4人の使用人も、一様にヴィアナの言葉に射竦められている様子で彼女の様子を窺っているようだった。

普段から彼女に仕えている使用人ですらオーキス以外は不用意に動けない。

……早い話、それくらいヴィアナは怒り心頭の状態だった。

 

「私が怒っているか否かで言うなら、いっそ清々しいくらいに怒り心頭ですわね。」

 

ヴィアナは朗らかな笑顔でもってそう言うと、まず手始めに沙耶を真っ直ぐに見据えた。

 

「まず沙耶、怪我をしたなら直ぐに報告なさい。あんな血塗れの格好で帰ってきたというのに何の連絡もないとはどういうつもりですか。」

「う……それは確かにそうだけど、いろいろあったからつい忘れてて」

「そのついの中には、怪我は治っているから問題ないという油断はありませんでしたか?」

「え、えっと……それはその……」

 

沙耶はものの見事に図星を撃ち抜かれ、続く言葉を選べなくなった。

 

今の沙耶はヴィアナの屋敷の客人という扱いだ。

連盟の現当主が、怪我をして帰ってきた客人を放置して気にも留めないということになれば、それこそヴィアナの沽券に関わってくる。

そしてそれ以前の問題として、沙耶とヴィアナは友人同士だ。付き合いはまだそれほど長くはないとはいえ、ヴィアナの怒りは友人としては酷く真っ当なものだ。

誰だって自分の友人が怪我をして帰ってくれば心配する。剰え、それを自分に隠しているともなれば尚更だ。

 

自身の身を案じてくれる打算の無い怒りであるからこそ、この場の沙耶はヴィアナに何も返せなかった。

 

「まぁ……反省さえしてくれるなら、過ぎたことを責める気はありませんわ。顔を上げてくださいな沙耶」

「うん……心配かけてごめんね?」

「ただし、次に隠すようなことがあれば……わかってますわよね?」

「……はい、もうしません。」

「……まったく、仕方ない方ですわね。」

 

気落ちした様子で沙耶はヴィアナに謝罪をした。ヴィアナもそれに苦笑気味に返して、肩を竦める様にしながら沙耶から視線を外した。

 

「……さて」

「……」

 

そして次に彼女がその視界に収めたのはバレットだった。バレットはヴィアナの発する圧に怯むことなく彼女の眼を見返した。

 

「バレット、私確か……貴方の実力を見込んで安心して沙耶を預けた筈ですが。見込み違いだったのかしら?」

「その件に関しては謝罪しましょう。確かに彼女に傷をつけたのは私の落ち度、気が緩んでいた事実も認めましょう。申し訳なかった。」

 

ヴィアナの糾弾するような言葉に対し、バレットは素直に自身の非を認めて謝罪の言葉を返した。

ヴィアナはその言葉を聞き、様子見する意味も込めて返答する。

 

「結構。……それから私、根を詰め過ぎているから今日くらいは休めとも先刻伝えましたけど、そのことへの返答はまだ頂いてませんわよね?」

 

言い方は悪くなるが、沙耶の協力はバレットの本来の任務からすればイレギュラーともいえる事態だ。沙耶の負傷の隠蔽に関しては、責任をバレットに追及するのは筋が違う。

ヴィアナは負傷の事実を隠した沙耶を注意こそすれ、バレットへの協力を禁止する旨の発言は一切しなかったことからも、それは明白だった。

 

「えぇ、ヴィアナ嬢。確かに貴女の言うとおりだ。確かに訓練を受けていない人間には、これ以上の連続調査は」

「……私は、貴女にも、休めと言ったのですが?」

 

バレットの言葉の意味を正確に汲み取って、ヴィアナは敢えて強い口調でバレットの言葉を遮った。

例え沙耶を休ませたところで、バレットは単身で調査に出かけるだろう。

それは狩人としての本来の職務からすれば真っ当な判断だが、ヴィアナとしては推奨できない事態だ。

 

ヴィアナは保有する異能の影響もあり、幼少期から周囲をよく観ていた。

観続けるうちに相手がどのような思惑で動いているのか、どういう状態なのかが感覚でわかるようになった。

わかると言っても察する程度ではあるし、数日間を共に過ごしたような気心の知れた相手でなければ使えない手段だが、将来的に人の上に立つことが約束されているヴィアナにとって、それはちょっとした自慢であり特技だった。

 

そのヴィアナから見て、バレットは今現在精神的に疲労していた。

無理もない話だ。慣れない街に、初日の不意を突かれた襲撃、進まない調査に、明らかに一筋縄ではいかない状況。

気疲れしない方がおかしいというものだろう。

 

「……私にはまだ、休息は必要ありません。」

「強情ですわね。狩人の常ではありますけれど……」

 

バレットの対応を見たヴィアナは短く言葉を発した後、右手を高く掲げて指を鳴らした。

 

それを合図にして、ヴィアナの背後に控えていた5人の使用人たちが一斉に動いた。その動きは一様に素早く、流石のバレットもその全てを追いきれなかった。

 

「なんのつもりです」

 

バレットは咄嗟に自身の傍らに立つ沙耶を庇う体勢を取ろうとして、既にそれが意味がないことを理解した。

5人の使用人の内、3人がバレットを一定の間隔で取り囲み、傍らにいたはずの沙耶はいつの間にかゴルドによって万が一戦闘になったとしても危険の及ばない場所に移動させられていたからだ。

……そして、肝心要の外に続く扉の前にはオーキスが普段と何ら変わらぬ様子で佇んでいた。

 

「貴女にまだ休むつもりがないということはよく理解できました。なので……情報共有その2といきましょう、バレット」

「……その割には随分と強引な手段を使いますね」

「けれど、悪い話ではないでしょう?……それに、今の彼らには3割程度しか与えていない。にもかかわらず……貴女、追いきれなかったのではなくて?」

 

バレットは10秒ほど返答に窮した後、深々とため息を吐いてからヴィアナの提案を承諾した。

 

「……では改めて、今日の調査活動は休止ということでよろしいですわね?」

「えぇ。今回に関しては私に非がありますので、それで問題ありません。」

 

ヴィアナの言葉をバレットは渋々と言いた様子で返答する。今日の調査は中止になったようだ。

沙耶はゴルドに連れられたまま若干他人事のようにそれを眺めて、予定の無くなってしまった今日をどう過ごすか考えた。

 

「沙耶、申し訳ないのですが今日のところは自室で休んでいてくださいな。私は少々バレットと話がありますので」

「……あ、うん。わかった」

 

沙耶はヴィアナの言葉を受け入れた。

恐らくはバレットと話した後、情報の共有もするつもりなのだろう。……そして、その場に疲労した状態の自分が居ても仕方がないことを、沙耶は重々理解していた。

……疲労を隠していたつもりはない、けれど無自覚な誤魔化しはあったのかもしれない。

そう思って沙耶は、反省の意味も兼ねて大人しく割り当てられた自室に引っ込むことにした。

 

「……久しぶりに、一人だなぁ」

 

ほんの少しだけ寂しさを感じながら、沙耶は自室に向けて屋敷の廊下を歩いて行く。

 

……ここ数日毎日歩いていた通路だけれど、何故だか沙耶には少しだけ長く感じた。

 


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