「貴女達が得た情報に関しては分かりましたわ。……確証はありませんでしたので助かりました。」
バレットを自室に招き入れたヴィアナは彼女から詳しく話を聞き出した。その後、納得したように言葉を返して珍しく自分で入れた紅茶に口を付けた。
「その反応から察するに、やはりある程度の予想は付いていたようですね」
「いえ、私はただ『紫陽の花』が関わっている可能性が高いだろう、くらいに考えていましたので。……彼らが異能薬の売人と完全に敵対しているというのは想定外でしたわ。」
困ったような笑みを浮かべて、ヴィアナはそう言った。
ヴィアナからしてみれば『紫陽の花』の存在をバレット達に教えたのは、あの偏屈な情報屋の逃げ道を塞ぐための保険でしかなかったのだが、結果的に思わぬ情報を引っ張り出してしまったのだった。
「その反応を見るに……貴女も『紫陽の花』の長が誰かは知らないのですね。」
「遺憾ながら、その通りですわね。……正直あまり深く関わろうと思えませんが。」
「……。それは何故です?」
「あまりにもリスクが高すぎるのです。関わるだけでも交友関係があると思われてしまう。……そうなっては当家のイメージに影響が出ますので」
「案外世知辛いものなのですね、当主というのも」
バレットはヴィアナに得た情報を伝達する過程で、自身もまた整理を行っていた。
バレットは3日前に件の情報屋から話を聞くまで、異能薬を流した何者かは今現在も表側の流通を管理するベリエードか裏のルートを管理する組織に潜入しているだろうと考えていた。
しかし、彼の話を聞いて現時点ではソレは無さそうだと判断した。
ベリエードの当主が殺害された件に関しては判断がつかないが、少なくとも急な当主死亡や引継ぎといった騒動の最中で目立った動きは取れないことは想像に難くない。
渦中たるベリエード家だけならばまだしも、当時はまだウォルロード家の根回しが終わっていないだろう。そのことを考えれば、警察組織の監視もあっただろう中で迂闊な行動はできないことは明白だった。
裏側に関しては情報屋の言葉を全面的に信頼するという前提ではあるが、彼の話を聞いた限り『紫陽の花』の長が自身の組織の中にいる異分子を見逃すとは思えなかった。
何しろ彼らは、初日にバレットを襲った襲撃者を即座に捕獲するほどの力を持っているのだから。
以上の事からバレットは今現在において、異能薬の売人または件の事件の関係者が両組織に潜伏している可能性は極めて低いと結論付けたのだった。
「そういえばヴィアナ嬢、あなたの方は何か目新しい情報はあったのですか?」
バレットはこれ以上は推測の立てようがないと見切りをつけ、今度は逆にヴィアナの得た情報を聞こうと試みた。
それに対してヴィアナは、少々困ったように笑いながらバレットに返答する。
「お恥ずかしい話ですが、事件に関連性のある情報は何も。私もオーキス達に調べさせてはいるのですが、事が事ですので。」
バレットはヴィアナの返答を聞き、少し思考を巡らせてから口を開く。
「では質問の内容を変えましょう。……先日話を聞いた『前回の異能薬』の事件については何か思い出したことは」
「あぁ、あの件ですか。……まぁ、一応当時の資料を一通り読み返してみましたが、特にこれといった進展はありませんでしたわよ?」
「……ダリアという前回の首謀者については?」
「この間お話した以上のことは特に何も。……あとは一般人の被害者リストと、当時亡くなった連盟の盟主について少々記述があった程度ですわね」
「__。」
何かが、バレットの思考に引っ掛かった。……バレットは自身の気付きかけたソレを、冷静に手繰り寄せていく。
そうして自身でもはっきりとわかる形にソレが像を結んだ時、彼女はヴィアナに問いを投げていた。
「……付かぬことを聞きますが、ヴィアナ嬢。」
「なんです?」
「……前回も、異能薬が関連する事件で連盟の盟主がなくなったのですか?」
「えぇ、そのようですわね。……私も読んでいて驚きました。表向きは事故死として扱われていた彼女の両親が、この件の関連で亡くなっていた可能性があっただなんて。」
続くヴィアナの言葉にも引っ掛かりを覚えはしたが、それよりも今は確認するべきことがある。
「もう一度聞きます。犯人が死んだ前回の事件で、今回と同じように盟主が亡くなったのですね?」
その問いかけで、ヴィアナもバレットが言わんとしていることを理解したようだった。
そして気を落ち着けるために間を置いてから、ヴィアナはバレットに返答する。
「えぇ。今回亡くなったベリエード当主と同様に、前回の異能薬の事件では彼女の……ハイレンジア家前当主だったイリスの両親が亡くなっています。」
バレットはヴィアナから帰ってきた言葉を受け止め、そして漸くこの厄介な事件を紐解くための確かな足掛かりを見出した。
「ありがとう、ヴィアナ嬢。……貴女の力を得られて良かった。」
バレットは静かに、そして確かな確信をもってイリス=ハイレンジアへの再びの接触が解決へ必要な選択だと結論付けたのだった。
「……。」
一方ヴィアナは、そんなバレットの様子を観察していた。
ヴィアナから見てもバレットは優秀だった。彼女が狩人などしていなければ、即座に使用人にスカウトする。そんな程度には、ヴィアナはバレットを認めていた。
しかしそれは、あくまでも実力面の話だった。
「そういえばバレット」
「なんでしょう」
「貴女、沙耶が撃たれてから彼女とちゃんと話はしましたか?」
「……。」
バレットはヴィアナの問いかけに閉口するしかなかった。
『話は後でしましょう』
あの時、バレットは沙耶にそう声を掛けて屋敷に急いだ。しかしその後、屋敷についた頃には沙耶はすっかり無傷でいつも通りに戻っていた。そのため、どう話を切り出すべきか解らなくなってしまったのだ。
「ヴィアナ嬢、貴女は彼女がどうしてあそこまで歪になっているのか知っているのですか?」
バレットは思わずヴィアナにそう問いかけていた。
……しかし、ヴィアナから帰ってきたのは思いもがけない返答だった。
「あら、沙耶の過去に何があったかなんて、私は知りませんわよ?」
至極当然のことをいうように返事をしたヴィアナを、バレットは信じられないものを見る目で見返した。
あれほどの歪さを、危うさを知りながら見て見ぬ振りができるというのだろうか?……そんなことを考えそうになった。
「そもそもあの子に昔何かあったからと言って、今私が沙耶の親友である事実に何の関係がありますの?そんな些末なこと、知ったことではありませんわ。」
しかし、それは誤りだった。ヴィアナは強い。それだけだった。多少の歪さなどお構いなしに飲み込むほど、彼女は強く懐が深い。
バレットは目の前の少女が自分よりずっと強く、紛れもない『貴族連盟の筆頭当主』なのだと今更ながらに実感した。
「だいたい貴女、そんなに沙耶の過去が気になるのなら本人に直接聞けばいいだけでしょう?何を尻込みしてますの。」
言葉をなくしているバレットに、ヴィアナは呆れたようにそんなことを問いかけてきた。
「そうは言いますが、これまで仕事一本で生活してきましたし……第一、命を救われてからある程度行動を共にしてきたとはいえ、迂闊に踏み込んでいいものかと思案していました。」
本気で困ったように言葉を返してきたバレットを見て、ヴィアナは今日一番の溜息をついた。
そのヴィアナの様子が気に入らなかったのか、バレットは反撃するように今度は自分からヴィアナに言葉を投げつけた。
「貴女の方こそ、随分とサヤに気を許しているようですが……何かきっかけでもあったのですか?」
その問いかけに、ヴィアナは少しだけ呆けたような表情をした。
「……そうですわねぇ。沙耶が私にとって『街の下らない柵に囚われない初めての友人』になってくれたから……かしら」
年相応の少女の顔で笑みを溢したヴィアナを見て、バレットは今度こそ返す言葉がなくなったのだった。