【狩人】1/3
語弊を恐れずに断言するのならバレット=ガットレイという名の個人には、回想するべき過去がない。
より正確に言うのであれば、バレットというのは彼女が『狩人』として活動するにあたって名乗っている所謂コードネームである。
……では、自らをバレットと名乗る彼女は一体何者なのか?これからソレを明らかにしていこう。
端的に言ってしまえば、彼女は生き残りだった。
とある島国のとある町で起きたある種の不幸な事故、あるいは悲惨な大量虐殺。その唯一の生き残りが彼女だった。
世界中を見渡し、かつての文献を読み漁っても類を見ない未曾有の出来事。『組織』に所属する狩人の半数が出向し、その3割程度に満たない人員のみが帰還したという大事件。
『異能』を持つだけの只の人間とは比べ物にならない、吸血鬼や狼男を代表例とする完全な異端である怪異存在。そんな存在の1つが戯れに人類に牙をむいた。
その結果として、一夜にして街は閉鎖され住人たちは怪異に為す術なく蹂躙されつくした。
幸いにしてその怪異存在に増殖するような特性はなかったため数自体はそこまで多くなく、単純に強大なだけの相手だった。
その相手に数と技術力で立ち向かった。そうやって『狩人』達は多くの犠牲と引き換えにして、街を人類の手に取り戻した。
……そして彼女は、その地獄のような状況から唯一救出されただけの、その時点では何の力もない一般人の少女だった。
彼女は一夜にして全てを失い、任を受けて事態の対処をした一人の『狩人』の養子となった。
その狩人は自らをクロウと名乗る男だった。
「……すぐに割り切れることではあるまいが、生き延びた以上は現実に屈するな。……私はお前が奮起することを期待する。」
まだ幼い少女に掛ける言葉としては余りにも酷だったが、彼はこれまでの人生を安寧とは程遠い場所で過ごしてきた。だからこその致し方無い失敗だった。
「……わかった」
対する彼女は、死地において自分を守り続けた寡黙な男の言葉をこれ以上なく忠実に実行した。
彼女には何の力もない。それは異能を持たないし、それらに対抗する手段も持たないという意味だ。
しかし誰にとって不幸なことだったのか、彼女には才能があった。……『狩人』として活動する為の、これ以上ない適性が。
「私を鍛えてください、知識をください、立ち向かうための力をください。」
「……。了承する。だが、最終的に身の振り方を決めるのはお前自身だということを忘れるな。」
そうやって幼い少女は、『狩人』クロウによって力と知識を身に着けていく。
目下の目標は、まず目の前の男に追いつき肩を並べること。
それが全てを失った■■■=ガットレイの、一先ずの生きる指針だった。
@ @ @
「……。」
あれから彼女は18歳になるまでの実に10年間をクロウの元で修練に勤しんでいた。
最初の数年は身体を活動目的に耐えうるものへ錬磨していくことに費やし、そこからようやく『狩人』としての戦闘技術や基礎知識の訓練へと移っていった。
その訓練は最早殺人的と言って差し支えないほどの容赦の無さをもって行われ、そこにもし第三者が居たならば即刻中止を進言する程の苛烈さだった。
そんな訓練を彼女は誰に強制されることなく、弱音を一切漏らすことすらもなく……10年という長期間に渡って黙々とこなしてきた。
……実のところ、その事実は訓練を行ったクロウにとっても予定外で予想外の現実だった。
クロウは10年前のあの街で、一人隠れて耐え続けていた少女を救った。
もとより、生存者が居たならば救助しろというのが『組織』からの命令だった。彼はそれを遂行しただけだった。
そもそもクロウにとっての想定外は、10年前から続いている。
『私を鍛えてください、知識をください、立ち向かうための力をください。』
屈するなと言ったクロウの言葉に、彼女はそう言葉を返してきたのだ。
……その彼女の対応こそがこの奇妙な共同生活が始まった瞬間であり、クロウにとって最大の予定外であり、何よりも後悔している点だった。
……自分は、幼気な少女が歩むべきだった、未来の可能性を大幅に狭めてしまったのではないだろうか?
クロウはそんな風に何度目かもわからない思考を即座に廃棄し、自室の窓から空を仰いだ。
「度し難いな。」
「何がです?」
「……。過去の自分の愚かしさが、だな。」
クロウはいつの間にか背後に立っていた彼女の言葉に、別段驚いた様子もなく返答した。
彼女はクロウの返答に少し首を傾げる程度の反応で返し、自身の要件を話し始めた。
「それで、伝えていた件ですが」
「……。私にお前の判断を止める権利はないが、曲がりなりにも共に暮らした者としては推奨できない。」
クロウはそこで一度言葉を切った。その眼には冷徹な狩人としてではなく、10年をともに過ごした家族としての情があった。
「今更何を言うのです。私に狩人としての知識と力を与えてくれたのは他でもない貴方ではないですか、クロウ」
「良いだろう……お前が『狩人』として活動できるよう取り合おう。」
「!」
クロウの言葉を聞いた彼女は、表情に僅かな喜色を滲ませる。
……クロウは彼女のこういうところが正直苦手ではあった。しかし彼女からしてみれば、数年間追い続けた相手の背にようやく指先が掠めたようなものなので、無理もない話だった。
「ただし、ソレはお前を私の任に数回同行させてからだ。……実際の現場を知らぬままで、後々文句を言われては敵わん」
「えぇ、問題ありません。私としても願ってもない。……やはり貴方は素晴らしい教育者だ、クロウ」
「……」
彼女は本気でそう言っている。恐らくあの街で既に致命的何かが壊れてしまっているのだろう、そしてソレは見て見ぬ振りをしていた私達の責任でもある。
クロウは自身の武装を確認しつつ、そんな風に思考を巡らせた。……そして、ふと思い至った。
「そういえばお前、呼び名はどうするつもりだ?」
「呼び名、とは?」
「『狩人』は基本的に、任務に出る際は所謂コードネームを名乗るのが通例だ。……一部の奴らは本名のまま活動しているが、私としては推奨はできない。」
彼女はそんなことは初めて聞いたというような反応を見せる。
……そういえば言っていなかったかもしれない。とクロウは今までの訓練を思い返して、一人で勝手に納得していた。
「それは、その……貴方のクロウという名前も?」
「コードネームだ。……お前なら私の装備で察せられると思っていたが」
クロウは自身の主武装である鉤爪を横目で見ながら、自身の失態を一度棚上げしてそんな言葉を吐いた。なんとも安直だが、鉤爪を使うからクロウと名乗っているのは、どうやら本当のようだった。
彼女はそんな対応に苦笑気味に言葉を返す。
「……前言を撤回したい気分になりましたが、深くは問わないことにしましょう。私にとって、貴方は既にクロウという個人だ。」
「それで、どうする」
「……バレットという名はどうでしょう?」
控えめに提案する彼女を見ながらクロウは少し思案し、彼女がどういう意図でそれを言ったのかを考察する。
そして一つの結論が出た。
「……なるほど『銀の弾丸』、つまりはシルバーバレット。怪異を祓い困難を打ち砕くための希望の礎、そう成るためにまずは名前から近づこうということだな。」
「そ、それほど大仰な意味はありません!」
気恥ずかしそうに語尾を強めて言い返す彼女を見て、クロウはどうやら自分の推測がそこまで外れていないことを確信した。
「良いんじゃないか。私のクロウよりは余程良い名前だ」
「そ、そうでしょうか……?思い上がりも良いところでは」
「何を言ってる。お前は文字通り地獄から生還した生存者だ。……そしてなにより、私の言い渡す無理難題を涼しい顔をして踏破した到達者でもある。そこらの雑魚なら十二分に対応できるだろうさ」
今更になって弱音をこぼした彼女に、クロウはつい激励するような言葉を返してしまった。本当に無意識に、口をついて出たその言葉に彼女は驚いたように目を見開いた。
「……貴方がそんな風に言ってくれるとは思いませんでした。てっきり見込みがないと思われているとばかり」
「私には見込みのない者を育てるほど物好きではないし、なによりそこまで暇じゃない」
「それは……まぁ、確かに。」
彼女が納得したようなので、クロウは部屋から出るべく扉に向かって歩きだす。
「それから、さっきも言った通りお前にはこれから何度か私の任務に協力者として同行してもらう。出立は2日後だ、遺書と道具の準備を怠るな」
「はい!」
師であり家族のような存在のクロウとの距離を詰め、『狩人』として順調に場慣していく。
……こうして彼女は全てを失った何も持たない少女から、『狩人』バレット=ガットレイとして変化を遂げていくのだった。
クロウ
主武装:鉤爪
異能:無し
備考:
半分人間辞めてるレベルの強さ
強すぎて周りに距離を置かれている。
バレット
主武装:徒手空拳(後に銃を使うようになる)
異能:無し
備考:
クロウの教育によって狩人として開花する。
もともと運動神経等の最低限の素質はあった。